面白絵解き俳句 4

磯野香澄俳句の世界五の四琥珀彩の四季より
(この書は一巻を通じて情け無いとか、かなんとか、怖いとか癖のある句で構成しているものです)

剣の里寒風抜ける牢格子
けんのさと かんぷうぬける ろうごうし
私達のドライブは何時も目的無しに家を出る。自動車が走っているその間に行き先を決めるのだ。
何故かと言えば私達のドライブは目的を持たないからだ。もし目的が有るとするなら偶然に遭遇したいと言うのが目的だ。だからどこに素晴らしい偶然が待ち受けてくれているかだ。
京都市内から脱出するのに北からだと三箇所、西からも三箇所、南が四箇所、東が三箇所ある。だが実際には北に二、西に二、南に二、東に一が主な出口だ。このどの道を選ぶかと言う事である。
其日は南の二十四号線から木津川を遡っていた。去年月ヶ瀬の梅を見に行ってこの道は知っていた。
月ヶ瀬から向こうは行った事が無い。山手へ入って行くとその道は開けて人家が見えて来た。
この村の雰囲気は普通ではない。
お寺らしい所が見えた。しかしこの寺はどうも勝手が違う。受付があって拝観料を取る所があるのでお金さえ払えば入っても怒られないと、何処を見るのか分らないが辺りを見ながらうろうろした。これと言って見る所は無い。なのに何故か緊張感が漂っている。庭らしい所を回ってお堂へ入った。がらんどうのお堂で何も見る物は無い。どうやら裏から入った様だ。何も無いお堂を入り口の方へ歩いて行った。
『これは何だ』格子になった檻の様な形の所がお堂の入り口にしつらえてある。
一メートル五十程の四角い空間。開け放されたお堂を吹き抜ける風が木で作られたと見えるその格子の檻の中も風が吹き抜けて行く。よく見ると入り口らしい所に大きな南京錠が付いている。
私「これは牢屋と違うやろか」
彼「そうやこれは昔牢やったんやなあ」
そう思って見るとこの牢屋に入れられていた人の姿が目に浮かんで来る。寒風の吹き抜けるこんな所に監禁されていたらたまらないだろうなあと思うと、その辛がっている姿が色々目に浮かぶ。
ここは何処から何処迄緊迫感が感じられて、暖か味の有る物は何一つ無い。
彼「出よう」
私「寒の寒さもさる事ながら心も寒いねえ」
身の内も外も冷え切ってお寺か何や分らんとこを出た。

剣豪は言葉響かせ凍て道場
けんごうは ことばひびかせ いてどうじょう
「先に入った所は牢屋があっただけであんなとこ可難わ、もうちょっと良いとこは無いのやろか」
と言って車を走らせて行く。又先のお堂に似た建物がある。
「ここも見せている様やし行ってみようか」
先と似た様なとこやのに性懲りも無く入る事にした。
今度はお堂に五、六人の人が居てこれから剣道が始まるのか、ものものしい姿だ。何と言うのか知らないけれど、胴を守る物とそれに頭から被ったマスクとか完全武装だ。そんな人が横一列に並んでいる。
そしてその人達に対面する形で堂主らしい人が何か言っている。その声が凄いのだ。
お堂は寒真っ最中の硬く締まった空気が凍りついた様に張り詰めている。
その人の声がお堂を震わせ空気を震わせて、それが又反響して入口近くにいる私達の所迄震える感じだ。どうしたらこんな凄い声が出るのだろう。
その声に圧倒されてお堂の響きに弄ばれている様で、何を言っているのか聞き取る事も出来ない。
私等はそこにいるのが悪い様に思えて、いや、怖かって逃げ出した。
私「拝観料を払って入ったのにすぐに出て来てしまったなあ」
彼「こんなとこ可難わ」
私達は気まぐれで行ったとこ勝負だから、村が何と言う名前かも全々分らない。
村一体が何と無く凄い所だと肌に感じてその村を後にした。

墓参り前の欅に寒烏
はかまいり まえのけやきに かんがらす
娘が亡くなって毎月お墓へ行っていた。こうして三十日間隔でお墓参りをしていると、周辺の自然が移り変わって行く様子がよく分って、心を和ませて貰ったものだ。
お墓の周囲には桜の木や紅葉とか大きい欅等が、冬になるとその葉を落して裸木になる。桜や紅葉は枝が色んな形で交差しているので余り目立たないが、欅は枝が上へ真直ぐに伸びて樹全体が箒を逆さに立てた様で見通しが良い。
そんな中で色んな生き物が私のお参りの終わるのを待っている。小さい鳥は低い木の枝に止まって待っているが、烏は警戒心が強いのか近くへ来ない。でもこちらの行動をしっかり見ている。
昔はお墓にお供えを残して帰るのが普通だったが、近頃では不潔だと言う事でお供えを持ち帰る取り決めにされたので、今迄お墓が餌場だった動物達は餌が当らなくなってしまったのだ。
それでもお墓へ行く人を見つけて墓地の周りで待っている。小さい生き物は身を隠す様にして待っているが、烏は高い欅の上でしっかりとこちらを見張っている。それが又墓を掃除したりお供えを用意している視線に、まともに入る角度に身じろぎもせず止っているのだ。
この部分だけを切り取れば結構良いバランスで、一服の絵だがこっちを見張っていると思えば楽しくない。
他の季節は色んなのが待っているので私は禁を犯して、お供えを残して行くのだがこの烏は可愛くない。取り決め通りに何も残さず帰ろうか。
でもこんなに長い間身じろぎもせずに待っているのだ。烏も寒中で餌が乏しいのだろうと何時もと同じ様に、私は取り決めを守らずお供えを残して墓を去った。

平成十九年五月   磯野香澄

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