面白絵解き俳句 6

磯野香澄俳句の世界五の四琥珀彩の四季より
(この書は一巻を通じて情け無いとか、かなんとか、怖いとか癖のある句で構成しているものです)

信号灯雪に消されて奥琵琶湖
しんごうとう ゆきにけされて おくびわこ
からからの良いお天気の京都から奥琵琶湖の湖岸道路をドライブしていた。
マキノから桜で有名な観音崎を回って、だんだん風景が鄙びた感じに変わって来るのを楽しんでいた。やがてその道は行き止まりになって少し手前に山へ登って行く道がある。引き返そうか山を越えて浅井へ降りようかと、車を止めて辺りを見乍ら話していた。それ迄よかった天気が何だか怪しくなって来た。
「雲って来たしここらをちょっと見て帰ろうか」と私が言った。
「見る言うてもこんなとこ何処を見るねん」と彼。
「そらそうや、時間もまだ早いしそしたら余呉湖へ行くトンネルの手前迄行って食事でもして来ようか」
「そうやなあ」
道は少し登ったかと思ったらすぐに山頂の尾根を走る。観光道路だと言うのに視界が悪い。
低い山だが降りて来ると急に天気が変わって雪が降り出して来た。
湖岸の方へ向かっているのだが吹雪になって何処を走っているか分らなくなった。此処迄来てしまっては引き返す事は出来ない、どうにか見える道路を頼りに走っていると信号灯らしい物がおぼろに見える。でもそこが十字路なのかT字路なのか分らない。信号のすぐ下迄来てやっと青が点いているのが見えた。道路の横は水辺らしい。のろのろと走り続けるが、一体私達は何処を走っているのだろう。
吹雪に閉じこめられて視界がきかない。信号がある位だから人家が有るのだろう。この辺は、入り江になっていて向こう側に漁師町があるのだろうか。私は見えない辺りを必死で見ながら言った。
「高い山の上でガスに巻かれたのならとも角、こんな信号のあるとこでこんな天候になるとは、この辺りに住んでいる人はこんな事しょっちゅうで馴れてはるのやろなあ」
「そうやろなあ。こんなもん走れるか」彼は言う。
「情緒があると言えば有るけどどれだけ走ったのやら、何処に居るのやら。何とか道は見えるし徐行してる限りは危ない事ないけど一体何処へ来たんやろ」私は辺りを見回して言った。
「何処へ来たんか分らひんなあ」
のろのろ走り続けていたら何時の間にか吹雪がなくなって辺りが見える様になって来た。
どこ迄きているのだろうと辺りを見回しているとトンネルがある。
「何や元来たとこへ戻ってしもたやんか」
行きがけに見て置いたトンネルを抜けて一気にマキノへ帰って来た。
「何しに行ってきたんや」
「昔の人が言うていた〈狐騙し〉に逢うた様なもんやなあ」
「誰があんなとこ行こう言うたんや。あんなしんどい運転嫌やわ」
「あれでも運転は大変やったんやろなあ」
「当たり前やんか」
「私は一種の情緒が有って良かったけど」
「俺は何しに行ってきたんや」
「アハハ」私は笑うより無い。
「笑い事や無いわ」
彼は元来た道をふっとばした。

奥宮の凍てや自販機銭戻り
おくみやの いてやじはんき ぜにもどり
鞍馬川の支流に貴船と言う村があるのだが、そこは村全体が料理旅館で普通の村とは違ってぶらぶら見て回ると言う雰囲気ではない。だが一ヶ所のん気に楽しめるとこがある。そこは貴船神社と言って水の神さんが祀ってある。神社の謂われはよく知らないが、竹を蛇に見立てて神話のヤマタノオロチ退治の様子を再現して奉納の舞をする行事があるが、その神社の奥宮が料理屋さんの集落が終って百メートル程の所にある。そこに舟の形をした石が有るとか、山奥なのに何故舟が出て来たり、ヤマタノオロチが出て来るのか不思議に思う所だが変わった村だ。
料理屋さんは河魚料理が主でお客扱いは丁重だが、料金の高い事は有名だ。主なお客はお金持ち。
絣の三幅前垂れの村の衣装で独特の風情があるが庶民には無縁の村だ。夏の川床の頃は表が賑うが冬ともなればお客はお座敷でしんみりやってはるのか村はひっそりしている。
貴船神社の奥の院も千年を越すと言う大木が二本あるのを初め大きな杉の木が生えていてしっとりした感じだ。冬場そんな所にうろうろしているのは私等だけだ。形ばかりのお宮の建物があってその横に自動販売機と床几が置いてある。辺りは冷えて寒々としている。冬でも自販機があると近寄って行って先ず床机に腰をおろして一服だ。
「何か飲もうか」
「今時分でも何か暖かい物あるのやろか、お茶とかコーヒーとか」
「そうやなあコーヒー飲もうか冷たいかも知れんけど」
ハンドバックから小銭を出して
「これでも貴船でお金を使う事になるのやで」と私は通じるかなあと思いながら言った。
「そうや俺等も貴船のお客や」彼は即座に反応して言った。
料亭へよう入る事の出来ないお財布から百円硬貨を二枚出して
コーヒー缶がごろっと落ちて来る事を予想しながら投入口へ入れた。
“チャリン”返金口へ百円玉が戻って来た。
「暖かいのは無理かも知れんけど何も入れて無いとは」と言いながら私は百円入れてはどのボタンも押しまくった。何も出て来ない。
「あーあ、貴船のお客になりそこねたなあ」と私。
「金持ちの仲間入り出来たと思たのに」と彼。
暫く腰を掛けてくだらんジョークを言って話していたがお尻が冷たくなって来て立ち上がった。残念。

平成十九年七月   磯野香澄

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