Okushobo Co., Ltd in Kyoto
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新作落語:鋳掛屋

 馬鹿馬鹿しいお笑いを一席申し上げます。鍛冶師、鋳物師と呼ばれる職業がございますが、鍛冶師と申しましても、かたや国宝や重要文化財などに指定されたりもいたします、刀鍛冶、鉄の固まりを赤く熱して叩いたり折り曲げたりしながら鍛え、立派な刀剣を造っていくような方々もいらっしゃいますが、他方では町の鍛冶屋などと言われ、農作業用の道具や民芸のような物を製作する方々もいらっしゃるわけでございます。
 鋳物師、いもじとも呼ばれておりますが、鉄や銅を融かし、型に流し込んで固まってから型を壊して取り出し、余分なところを削ったり、磨いたりして成型していく、刀が鍛造ならこちらは鋳造というものらしいですが、こちらもなにがし作などと銘などの入った、梵鐘やら仏像、置物、鏡などを造る方がいらっしゃるかと思いますと、同じ鋳の字をお使いになっておりますが、本日ここに登場いたします鋳掛屋と申しますと、鍋の底をカンカン叩いたり、ハンダ付けをして修理する、今日は鍋などに穴があこうものなら、すぐに屑屋行きでございますが、当時は金物も貴重でございまして、このように修理する職業もあったわけでございます。
 ところで話は替わりますが、近頃鑑定団などというものがはやっており、
「さあ、次のお宝をどうぞ」
「これはうちの家の蔵から出てまいりました、おそらく鎌倉時代と思われる鎌です」
「鎌やから鎌倉時代ですか?しかしよく錆びていますねー」
 さあ本人の評価額は貴重な資料と期待を込めて十万円。では鑑定結果はいかにー、などと司会者が申し上げて、ボタンを押しますと、価格表示板がチャチャチャと音を立て、止まったら、さあ鑑定結果は、、、、三百円! そうしますと会場は割れんばかりの拍手と笑いに包まれる訳でございます。やっぱりねえ、あんなもん十万円もするはずないじゃない。馬鹿ねえ、などと嘲笑に近い笑い声が飛び交う訳でござますが、
「では鑑定人のご意見は?」
「そうですね、これは農民が畑仕事に使ったもので、何の値打ちもありません。捨ててもかまわぬ鎌でございます。ゼロでは可哀想なのでくず鉄の値段です」 
 そのようなコメントが出ますと、また会場がワーと湧くわけでございます。
「では次なるお宝の登場です」
「これは代々伝わる刀剣で頼朝佩刀の品と言われています。長船の銘があります。亡くなった親父がお金に困ったらこれを売れ、と申しておりましたので、随分値打ちのあるものと思います」
「ほほー、これは高そうな品物です。未だに光り輝いています。では本人評価額は?」
「恐らく偽物でしょうから、でもなかなか良い出来映えですから百万円にします」
「ほほー、偽物で百万円、高くありませんか?またくず鉄の値段で三千円くらいでは?」
 ああだこうだと言っている間に、専門家が口にハンカチをくわえ、息のかからないようにして、真剣に鑑定しておりますが、さあ、鑑定結果はいかにー。
 ここでたいがいコマーシャルが入り、驚きの鑑定結果はコマーシャルの後、などとテロップが出されますが、そのコマーシャルの間は、何万何十万というにわか鑑定士の出番でございまして、恐らく偽物で、何の値打ちもない、司会者のいうようにくず鉄で三千円とちゃうやろか?などと家族集まって評価いたすわけでございます。だいたいが低い評価を下す傾向があるようでございます。
 さあコマーシャルも終わりまして、少し巻き戻しされ、では鑑定結果はいかにー、とボタンを押しますと、またチャチャチャーと掲示板が音を立てて止まるわけでございますが、司会者も驚きの表情と声で、
「なんと五千万円ー!」 
 会場にはそんなことがありうるのか、という驚嘆や嫉妬、羨望の入り交じった拍手が沸き起こります。人間、他人様の不幸は大層な喜びを感じるものでございますが、このような場合は、まあ、くそったれ、に似たような複雑な感情を持たれる方も大勢いらっしゃるのではないかと思う訳でございます。
「では鑑定人のご意見は?」
「いやあいい仕事してますねえ。鎌倉時代、備前長船の本物でございます。反りといい、刃紋といい非の打ち所がございません。頼朝うんぬんは不明ですが、重要文化財クラスの物でございます。博物館にお預けになるなどなされて大切に保管してください」と鑑定人が申すような立派なお宝も時々出てまいります。
 このように立派な刀剣を造る刀鍛冶がいるかと思えば、長屋の女房連中を、ちょっとお尋ねいたしますが、お客様で長屋にお住まいの方は、お手をお上げいただけませんか?いらっしゃいません?何の悪気もございませんで、あくまでも落語のお話でございます。どうかお気を悪くなさらないように、お願い申し上げます。
 で、そのような主に長屋の女房連中を相手に、鍋や釡の穴を修理してまわる、先ほど申し上げました鋳掛屋という職業がございます。大概が一つも二つも、いえ三つも抜けたような、ちょっとお尋ねいたしますが、お客様で鋳掛屋の方はいらっしゃいませんか?いらっしゃいましたらお手をお上げいただけませんか?いらっしゃいません?嘘つていませんでしょうな。いえ、何の悪気もございませんで、ただ落語の中のお話でございます。お気を悪くなさらないようにお願い申し上げます。
 で、あまり賢い人物は落語には登場いたしませんで、三つも抜けた鋳掛屋のような人物が織りなすお話がおおございます。
「いかけー、いかけー、いかけのご用はございませんか」
「鋳掛けやさーん」
「へい、まいどー」
「この鍋の穴、なおるかえー」
「おらあ自慢じゃないが上方一の鋳掛けやで、この程度の穴ならばおちゃのこさいさいでごす。しかしよく錆びているね」
「鋳掛け屋さん」
「え、へい、何です」
「いっぺん聞いておくんなさい。うちの宿六ときたら、大工でねえ、雨がふったら休み、晴れの日でも頭が痛い、腹が痛いと、ちっとも働きゃしないで、昼から酒くらってるようなぐうたら亭主。わたしゃ内職に針仕事で夜なべまでして、やっとおかゆが食べれる暮らし。この鍋も何ヶ月もほったらかして錆ほうだい、どうしてくれるんだよー」
「ちょちょちょっと、そんなに泣かないでくれ。こちとらもつらいじゃねえか」
「鋳掛け屋さん。そんならただで直してもらえねえかね」
「しかたねえなあ、一度だけですよ」
「ありがたいねえ、うれしいねえ」
「鋳掛けやサーーーン」
「へい、まいどありー」
「鋳掛け屋さん、この鍋の穴直るかしら」
「どれどれ、いやー結構大きな穴が幾つもあいているが、これはちと手間がかかるなあ。手間賃も普通の五倍はするけど、よござんすか?」
「えー、そんなに。、、、、鋳掛け屋さん」
「へい、何です」
「いっぺん聞いておくんなさい。うちの宿六ときたら、魚屋でねえ、雨がふったら休み、晴れの日でも頭が痛い、腹が痛いと、ちっとも働きゃしないで、昼から酒くらってるようなぐうたら亭主。わたしゃ内職に傘はり仕事で夜なべまでして、やっとおかゆが食べれる暮らし。この鍋も何ヶ月もほったらかしで穴開きほうだい、どうしてくれるんだよー」
「ちょちょちょいと、そんなに泣かないでおくれ。おいらもつらいじゃねえか。ただでいいよ、ただで」
「鋳掛け屋さん」
「なんでえ」
「お前いい男だねえ。こんな鋳掛屋初めて見た。うれしいわー。ありがとね」
「ほんとにもう、この長屋はどうなってるんだい。商売あがったりだわ。どうせまた八百屋で障子張りの内職のかかあでも来るんだろうよ」
「鋳掛け屋さん」
「ほーら来た来た」
「その八百屋の女房で障子張りの内職のものだけど、この鍋ただで直せる?」
「ばあろー、もうだまされねえぞ。駄目駄目、今度はきっちし銭もらうからな」
「鋳掛屋さん、あんたって酷い男だねえ。ほかの二人はただで直しておいて、わたしにゃ銭払えなんて、よく言うねえ」
「おいおい、逆うらみされたんじゃおいらも立つ瀬ねえがなあ」
「でもさあ、よーく考えてごらんよ。ほかの二人と同じ立場じゃないかい。ここはひとつただで直すと言ってごらんよ、男が上がるよ」
「別に男を上げる必要もねえがな。お前ら相手じゃなあ」
「ふん、いやな男だねえ。駄目なら鍋持って帰るから。皆に言いふらしてやる」
「まいったなあ、いいよただで、もう焼け糞やあ。次からかお断りでえ、ホンマにえらい長屋に来てしもうたわ。早うどこか場所替えしたほうがよさそうだな。悪ガキも来んうちに」
「わーい、鋳掛屋や鋳掛屋や。からかったれ。わーい、わーい」
「そら来てしもうたがな。えらい奴らにつかまってしもうたがな。商売どころやねえぞ、こりゃ」
「鋳掛屋、汝の腕前はいかがなものかな」
「ほっといてんか、お前らに言う筋合いもないわい」
「ほほー、自信がないな。どうせ三流鋳掛けやろう」
「うー腹の立つ餓鬼どもめ」
「鋳掛屋、汝は落語の鋳掛屋を存じておるか」
「おお、おっちゃんも一応自分の仕事やさかい、何遍か聞いたことはあるわい」
「そうか、それなら早い、あのように小便で火を消してしんぜようか?」
「こりゃ、アホぬかせ、火はおっちゃんの命や、そんなことしてからはただじゃすまんぞう」
「ただじゃすまんかったら、銭でもくれるか?」
「ああ、腹立つやつらやのう」
「鋳掛け屋」
「何じゃい」
「汝は何年この仕事をしておるか?」
「お、ええこと訊いてくれたのう、もうかれこれ修行時代を入れて35年にはなる。腕自慢の鋳掛屋でござるわ」
「35年もしておるのか?よくぞ飽きがこないものだの。よほどおもろい仕事か、儲かるか、あるいは能が無いかじゃのう。鍋のケツばっかり叩いてないで、たまには女のケツでもたたけよ」
「うー腹立つのう、がきのくせしてなんちゅう言い草や」
「いかけやさん」
「お、今度は可愛いお嬢ちゃんではないか。何でちゅか?」
「いかけやさん、いかけやてどんな漢字」
「おー、お嬢ちゃん、ええ質問するなあ。これこそ子どもの質問やはなあ。それにくらべてほかのガキいうたら憎たらしいことばっかりぬかしやがってからのう。おー、おっちゃんも自分の仕事やからのう、勉強してないけどこの漢字くらい書けるで。最初のいの字はきん書いてな、横にことぶきや」
「鋳掛屋さん、きんはかねへんというの、かねへんにことぶきで”い”と読むのね。お目出度いお仕事ね」
「うれしいねえ、おめでたいお仕事か、そうだわな、使えんもんを使えるようにするんやからのう」
「そのおめでたじゃなく、阿呆のおめでた」
「なんじゃい、この嬢も結構なぶりよるな」
「鋳掛屋さん、次のかけはどういう字?」
「そうだわな、確かこうかいて、あと土二つに、こっちはこうかなあ」
「鋳掛屋さん、左はしは手偏というの、鋳掛屋さんのは横棒が三本あるけど、手偏の時は二本でいいの」
「ええ、そうかい。手という字は三本じゃなかったけ」
「三本は普通の手、手偏になると二本」
「本当かい、三本では駄目なのかい、多い方がよいと思うがなあ」
「そんな問題ではないの」
「それにしても、お嬢ちゃん、よく知ってるねえ。いくつだい」
「わたし、六つ」
「六つ?賢いじゃねえか。寺子屋で勉強してるか?」
「そう、寺子屋の優等生」
「そうだろな、他の連中とは顔つきといい随分違うものな」
「鋳掛屋さん、最後のやの字はどう書くの」
「やの字はしょっちゅう出くるからな。魚屋や八百屋の看板みてみい。最後にみんな屋の字使うとるやろ、あれと一緒や」 
「ほんならわかった」
「わかったか、わかったんやったら、皆で帰りや、おっちゃんも仕事忙しいからな」
「こりゃー、いかけや!」
「うわー、こりゃまた大きな餓鬼やがな。どこにおったんや、なに、後ろで隠れてたてかい。何や」
「わしゃー、相撲取りになるけん、わしゃーと腕相撲せんかい」(ふん、腕相撲やて、なんぼ大きいいうても所詮は餓鬼や、負ける筈ないやろ)
「ところで、ぼんは幾つや」
「わしゃー八つや」
「八つ?八つにしては大きいがな、十五には見えるでえ」
「あたりまえじゃ、末は横綱じゃけん」
「ほー、横綱でっか?えらい自信やおまへんか」(えらそうにしているが、たった八つかいな、いちころやろ)
「いかけや、やるのけー」
「ほいじゃまあ、やってみるか」
「わしゃー勝ったら何くれる」
「えー、掛け相撲かいな。そうやなあ、小遣いでもやろう。おっちゃん勝ったら何くれる」
「いかけや、勝ったらてわしゃーには勝てはせんわい」
「ふん、大きく出たな。何でもええけど、おっちゃん勝ったらはよ帰ってや」
「よっしゃー」(ほいじゃ、この箱を台にして、この座布団敷いてと、よし出来た)
「いくぞー、そりゃー」
「うー、なかなか、うー、なかなか、うーなかなか強いぞ」
「いかけや、しっかりせんかい」
「何をこしゃくな、うー、なかなか、うー、なかなか、うーなかなか強いぞー」
「いかけやー、そろそろ本気出そか」
「えー、今まで本気とちゃうのかい」
「どりゃー!」
「がくっ、負けたー」(わーい、いかけや負けた、いかけや負けたー)ほかの餓鬼どもが大騒ぎしております。
「大人いうてもたよりないのう、どやまいったかい」
「こんな怪力初めてでごじゃります。まいりましたでごじゃります」
「銭よこせよ」
「あー、鍋はただやし、餓鬼には銭まで取られ、ふんだりけったりとはこのことかいな、えらい長屋に来てしもうた」
「ふんだりけったりなんぞしてねわい、ひねっただけじゃ」
「うるさいわい、はよ銭もってけえれ」
「けえろ、けえろ、このいかけやではわしらに刃がたたんやろ、叩きがいのあるやつ探そ」                                     (了)