間歇日記

世界Aの始末書


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96年10月中旬

【10月20日(日)】
▼古畑任三郎の再放送を途中から観て煙草を一本吸い、投票に行った。帰ってテレビを観てびっくり。なんだ、この投票率は。まあ、このややこしさでは行きたくなくなる気持ちはわかるが、あとで文句を言う楽しみを得るために、おれは一応行くのだ。「よくわからないから行かない」という良心的な人もいるけれども、そんなもの、隅から隅までよくわかって投票するやつなどほとんどいるものか。よーくわかってるくらいなら、それで金を取るか、自分で出馬すればよい。よくわからん専門的世界を、素人にいかにわかりやすく説明するかという能力も選択の基準である。わからなければ、フィーリングで選べばよい、顔で選べばよい、奥さんが美人の候補者を選べばよい。医学がよくわからんからという理由で、身体が悪いのに医者に行かないという人はあまりいないはずだ。たいていの人は、とにかくなんらかの基準で選んで医者に行く。その医者がヤブだったら、殺されないうちに医者を変えて、知り合いに「あの医者はいかん」とふれまわればよい。医者に行かないままでは、抜き差しならぬ事態になってかつぎ込まれたときには、どんな名医にも治せなくなっていることだろう。

【10月19日(土)】
▼HP200LXのアポイントメント・データが壊れる。バックアップのおかげで被害は少なかったが、二十日分くらいが吹っとんでしまった。パソコンのデータが壊れるのは太陽が東から昇るようなものだからいたしかたないにしても、やっぱり復元は面倒だ。
▼NIFTY-Serve・SFフォーラムの友人と食事&カラオケ。DAMのハモルン機能は、曲によっては気色悪いだけだが、おれの好きな Time after Time (Cyndi Lauper)にはもってこいだ。カラオケのあと、戎橋のハーゲンダッツに入る。どうでもいいが、男子トイレの左右に揺れる便器は気色悪い。思わず、おちんちんで便器を追いかけてしまいそうだ。
▼カラオケの面子と別れ、帰りに旭屋で William Gibson の idoru を買う。べつにギブスンとは関係ないのだが、洋書で困るのは、日本の基準からすれば奇ッ怪な大きさの版が多いため、ぴったり合うブックカバーがなかなかないことである。たいていの本は電車の中で読まざるを得ないおれは、いろんな大きさのブックカバーを取り揃えているが、妙な形の洋書にはいつも悩まされる。人前で剥き出しで本を読むというのはかなりこっぱずかしい。SFとなると、とんでもないデザインのものも少なくないから、なおさらである。通勤電車というのは、堅気の日常を象徴する最たるものであって、その真っただ中では、人は新聞かマンガを読むか、流行音楽や英会話かなにかのテープを聴いていなくてはならないのだ。小説などという反社会的・反日常的なものは、こそこそとうしろめたげに読むのが一般人のマナーというものである。そういうわけで、文房具業者に於かれては、洋書のサイズを考慮したブックカバーをご考慮いただきたい。

【10月17日(木)】
マイクル・コナリー『ラスト・コヨーテ(上・下)』(古沢嘉通訳、扶桑社ミステリー)読了。ずいぶん前に古沢嘉通さんにいただいていたので気になっていたのだが、なかなか読む機会が作れなかったのだ。もらいものだからというよりも、すっかりボッシュファンになってしまっているため、彼の母親の事件にどうカタがつくのか、慌ただしい読みかたをしたくなかったというのが主たる理由のような気がする。NIFTY-Serve の会議室で感想を見かけるたび、あわてて目を背けたりしていた。ボッシュとは似ても似つかぬ日常を送っている私だが、なぜか素直に感情移入できてしまうのは、ハードボイルドという分野の徳なんだろうな。大の大人の男がミーハーできるおとぎ話とでも言おうか。それにしても、女性ファンはこうしたハードボイルドのどこを楽しむものなのだろう。たいへん興味深い。
▼間歇日記と銘打っているわりには、けっこうまめに書いている。まあ、こんなことがいつまでも続くはずがない。
 人に見せることを前提にした日記なんてケッタイなものを書いたことがないので、どうもまだ文体の座りが悪いような気がする。“私”という一人称がいかんのだろうか。客観的になりすぎると、日記というよりエッセイに近いものになりかねない。よし、しばらくのあいだ、“おれ”を使って書いてみることにする。具合がよければ続けることにしよう。
 話は変わるが、おれはいい歳をした大人が“ぼく”という一人称を使うのを聞くと、背筋に悪寒が走る。文筆家の中には、いい歳をしていても意図的に“ぼく”を使って文章を書く人がいるが、ああいうのは目的意識があるからいいのである。読者が比較的若年層であることが予想できる場合、エラそうに響かずよそよそしくもない“ぼく”を使うのは、たしかにひとつの手だ。大野万紀さんなどはその典型で、書いてあることがいかにハードでも、あの“ぼく”に引っ張られて読みこんでしまう若い読者も多いんじゃあるまいか。ただし、大野万紀さんが日常会話で“ぼく”を使うのを、おれは滅多に聞いたことがない。
 もっとも、不思議と“ぼく”が自然に響く人というのがいるものである。加山雄三、田中康夫、手塚治虫、吉行淳之介といった人たちが即座に浮かぶ。彼らに共通するのは、自分の中の少年を圧殺せず、それを人格の一部としてアピールしてしまうプロの強かさである。若者に媚びるかのごとく“ぼく”を使っているいい歳をしたおっさんとはレベルがちがう。要するに、等身大の自己像を的確に把んでいるかどうかで、似合う似合わないが決まるのだろう。“ぼく”というのは、誰の前に出ても背伸びせず卑下もせずという境地に達したほんとうの大人の男にしか使えないきわめて難しい一人称である。おれにはとても使えない。“ぼく”を連発するおっさんには、一度自分の話し言葉を録音してじっくり聴いてみることをお薦めしたい。赤面しない人は稀だろう。

【10月15日(火)】
▼菅浩江さんから手作り連絡誌の『PLEIADES』が届く。なんでもKBS京都のラジオでお酒のCMに出演されるそうだ。いまどき(失礼(^ ^;))三田寛子のような京都弁を喋る人には、京都に住んでいても滅多に会わない。放送が耳に浮かぶようである。
 私は東京生まれで、ぺらぺら話しはじめた頃に京都へやってきたためカルチャー・ショックを受け、言葉ががちゃがちゃになってしまった。普段は関西弁らしきものを喋っているし、もっとも愛着のある言葉ではあるのだが、周囲の関東人比率が高くなってくると、三つ子の血が騒いでヘンな言葉になってしまうのだ。また、関東に行けば行ったで、まったく見破られることなく関東人に化けることができるが、関西人がそばにいると、関東言葉を話すのがなんとなく照れ臭い。よって、関東関西混成集団の中にいると、『火星年代記』の火星人のように、なにに化けたらいいかわからなくなってしまい、はなはだ疲れるのである。
 菅さんのように骨の髄まで染みこんだ故郷の言葉を持っている人がなんとなく羨ましい。菅さんの話し言葉は、聴いているとほにゃほにゃほにゃと身体の力が抜けてくる。きっと周囲の人は肩凝りが治るにちがいない。ご本人は凝るのかもしれないが。

【10月12日(土)】
▼テレビ朝日の『ザ・スクープ』でダイオキシン汚染を取り上げていた。この番組では継続的にフォローしているテーマである。うちは目と鼻の先にゴミ処理場があり、そのでかい煙突がもくもくと煙を立てているさまが、すぐ近くの小学校と中学校から仰角35度くらいで見上げられるというとんでもないところなのだ。おまけにゴミの分別はまったくない。収入の少ない若夫婦などがたまに越してくるが、子供が学齢に達すると出てゆく人が多い。私は処理場ができたあとに引っ越してきたのだが、聞けばやはり反対運動はあったという。が、爺さん婆さん比率が極端に高いため、ちょいと廃熱利用施設で頬っぺたをひっぱたかれ、あっさり決着してしまったらしい。原発とまったく同じ構図である。住んでいるほうはたまったものではないが、これはある意味できわめて合理的な施策と言える。京都の議員には合理的な人が多いにちがいない。なぜなら、年寄りのほうが変異原を体内に取り込んでも若年者よりはダメージが少なく、一般に低所得者層のほうが社会的貢献度が低いであろうと考えれば、そういう人々に早死にしてもらうほうが高齢化の歯止めにもなるからだ。“ある意味で合理的”というのは、早い話が、ナチス的に合理的だという意味である。
 で、あなたはこういう合理的な人々に一票を投じますかね?
▼『セーラースターズ』を観る。もうほとんど惰性であるが、最近とくにぐちゃぐちゃになってきて、一世を風靡した番組が壊れてゆくさまが、言っちゃ悪いが面白いのだ。それにしても、いくらお約束だとはいえ、変身しても顔が変わらない連中の正体がわかったからといって、お互いそんなに驚くなよ。モロボシ・ダンがあの顔のまま巨大化して怪獣や宇宙人と闘っていたとしたら、ウルトラセブンの最終回はもっとしらけたものになったであろう――てなことを言い出すと、もうおじさんなんだよな。


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