間歇日記

世界Aの始末書


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96年10月下旬

【10月30日(水)】
▼ううむ。はなはだリーダビリティーの低い日常((C)古沢嘉通)を送るおれではあるが、ここはひとこと日記で言っておきたい。“宿主”を“やどぬし”と読むのはやめてほしい。セーラームーンでもX−ファイルでも“やどぬし”と言っている。たしかに辞書では、寄生されるほうの生物という意味で“やどぬし”と読むことも認めてはいるが、専門用語フェチ(?)としては“しゅくしゅ”と乾いた音読みをよしとするものである。そのほうが、よりおどろおどろしい感じが出ると思うがどうか。おれが歳食ってるだけかもしれないが、どうも“やどぬし”などと言われると、ゲンセンカンのおやじが天狗の面かぶって障子の向こうに立っていそうな気がするのだ。

【10月28日(月)】
▼マウスを買う。ノートパソコンにはキーボードとマウス兼用のPS/2ポートがあるのだが、おれはシリアルマウスしか持ってない。シリアルポートを使ったら、通信中はマウスを使えないではないか。とんだもの入りだ。おまけに、直接マウスを繋ぐとエミュレートのため重くなりデータのとりこぼしが起こる可能性があるというので、信号をスプリットするためのYコネクタも買う。
 B5ノートにマウスを繋いで使うというのもなにやら情けない気がしていままでやらなかったが、使ってみるとなかなか快適だ。どうせ持ち運ばないのだ。家は狭い。画面も狭い。金はない。雪は降る。あなたは来ない。らーららー。
▼講談社ブルーバックスの新刊『図解・できるパソコン接続』(加藤肇・見城尚志・高橋久・著)を買う。初心者が読破するべき本ではないが、自分でいろいろ繋いでみたりするのを厭わない人は手元に置いておくと重宝すると思う。ぱらぱらと眺めてみると、深すぎず浅すぎず、実用的な内容がよく整理されている。ソフトハウスやパソコン・ショップの新人の方にはお薦め。
▼中公新書の新刊『昆虫の誕生 一千万種への進化と分化』(石川良輔・著)はすばらしい。愛想のかけらもない文体と専門用語の嵐なのだが、それが独特の異化効果を生んでいる。たとえば、こんな具合である――「トンボの翅脈は五本の縦脈が複雑に分岐し、二次横脈に仕切られた数千もの小室がある。前後翅ともに前縁は中間部でやや凹むが、そこは前縁脈が終わる場所で結節があり、先端近く亜前縁脈と第一径脈の間に目立つ縁紋(ルビ:えんもん)がある。中脈前枝(ルビ:ちゅうみゃくぜんし)と肘脈後枝(ルビ:ちゅうみゃくこうし)の間に三角室または四角室があるのも、トンボ目の顕著な特徴である。」
 いやあ、なんだかさっぱりわからないが、読んでゆくだけで快感がある。著者には文学的意図などまったくないだろうけど、安部公房かロブ=グリエ、筒井康隆の「寝る方法」などを思わせるものがある。最近だと、別唐晶司がこういう文体ですな。おれ、こういうの好き。無性に音読したくなるのだ。
 ヘンな褒めかたばかりしては著者に申しわけない。内容も、おれが理解できる範囲ですら、とても勉強になった。昆虫の鬼面人を驚かす生態を場当たり的に紹介する本はたくさんがあるが、本書のように、系統を分類学的にコンパクトに講義してくれる新書規模の本は稀だろう。怪獣や異星人の形態を考えたりしなきゃならない職業の人は必読である。

【10月27日(日)】
▼とうとうノートパソコンのトラックボール・ユニットがバカになる。いくら掃除してもだめ。ときどき思い出したように反応するが、ものの役には立たない。しかたがない、外部マウスをつけるか。

【10月25日(金)】
▼帰るとSFマガジンが届いていた。もう12月号なんだなあ。改めて恒例のインデックスを見ると、3月号から12月号までの十冊でスキャナー六回、ブックガイド一回をやっている。新米にこれだけ書かせてもらえるとは、まことにありがたいことである。おれのスキャナーを読んで「こいつはおもしろそうだ」と、わざわざ原書を手に取ってみる人が日本に二人くらいいてくれればいいなと思う。三人もいたらもったいなくてバチが当たろう。
▼本屋をうろついていたら、プータローという雑誌が平積みにしてあって目を疑う。こりゃまたずいぶん思い切った命名だなとよくよく見ると、「PUTAO」という情報誌だった。中身は見てないけども、やっぱり“プータローの道”という意味なのだろうか??
▼NECのニュースリリースを読んでいて、またもや目を疑う。98のValueStarシリーズに新製品が出たのか――と特徴を確認してゆくと、「直木賞作家執筆の初心者向けガイドブックを添付」とあるではないか。なんでも、「直木賞作家海老沢泰久氏による洗練された縦書きの文章により、パソコン初心者にもスムーズに読むことが可能なため、パソコンのセッティングや操作方法を手順を踏んで理解することができる」のだそうだ。うーむ、海老沢氏にはなんら含むところはないけれど、直木賞作家が書いたからってパソコンの操作がわかりやすくなるとはかぎらないと思うのだが……。その道で食ってるテクニカル・ライターが怒るぜ、こりゃ。
 パソコンの大衆化もここまで来ているのだという認識の表明と思えば鋭い着眼と言えないこともないが、これが流行りだすと怖いよなあ。当然、富士通のFMVには、山本周五郎賞作家執筆のガイドブックが付くことになるだろうし、そのうち、コンパックを買ってきて入門用のCD−ROMを入れると、「あいまいな日本の私にも簡単です」とか言いながら、実写の大江健三郎がダブルクリックのしかたとかを教えてくれるようになるのだろう。もちろん、3Dの対戦型『同時代ゲーム』がプリ・インストールされているのは言うまでもない。

【10月23日(水)】
▼お、「ワイアード」大原まり子がたくさん書いている。小さな記事ではすでに登場しておられたが、ギブスンやスターリングをあれだけ大きく引っぱり出したのなら、大原まり子が出てこないのは日本版としてけしからんじゃないかと思っていたのだ。畏れ多くも日本で初めてホームページを持った女性作家(たぶん)であらせられるぞ。村井純の“あの表紙”で笑いを取ったのはえらいけれど、「ワイアード」の表紙ってちょっとおじさん比率が高すぎるのではあるまいか。大原さんの登場が待たれる。
 肝心の記事だけど、イッセイ・ミヤケの話も化粧の話も、ファッションに疎いおれには身体でわかるものではなかったが、衣服にせよ化粧にせよ、彼女に於いては生身の肉体との境界線が曖昧であって、被覆物と化合する反応染料みたいなものなのだろうというのはなんとなくわかる。てことは、服を着て化粧した大原まり子が都会を歩いていれば、それは「生物都市」の実演なわけだ。
 それにしても、すっぴんの写真をホームページで公開しちゃう人がこういう記事を書くのはけっこう素敵かも。とにかくおれは眼鏡の似合う女性には弱い。


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