注 村上龍Japan Mail Mediaから
■ 『from 911/USAレポート』第229回 「ある季節の終わり」 ■ 冷泉彰彦 :作家(米国ニュージャージー州在住) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ 『from 911/USAレポート』第229回 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ある季節の終わり」 本稿の時点では、イラクの国民議会議員選挙は順調と伝えられています。一番の課 題であったスンニー派も相当の部分が選挙を認める形で投票しているようです。15 日夕のNBC『ナイトリー・ニュース』では、激しい市街戦の舞台となったファルー ジャでは、暫定選挙の際には2%だった投票率が、今回は90%になったと報じてい ました 同じ番組では、バグダッド特派員のジム・マセーダの報告という形で、米軍のビル ・マッコイ将軍のコメントが紹介されましたが、戦争直後の失業率が60%だったの が、今は30%に下がり、月間の平均収入も、2ドルから200ドルと100倍に なっているというのです。番組では、3万3千の「自営業者」が活動し始めていると いうことで、その中の「バグダッドのケーキ屋」を紹介していました。 こうした「楽観気分」は、一連の「イラク反戦の気運」と一種左右の両輪のように なって、アメリカ軍のイラク撤退という「路線」をどんどん既成事実化させて行って いる、それが2005年12月中旬のアメリカの政局です。 では、その反戦の気運ですが、確かに2003年の開戦以来「こんなことはなかっ た」というぐらいのレベルになってきています。いや、2001年の911以来続い ていた「テロと戦うため、国家や軍は不可侵」という一種の戦時気分は、完全に払拭 されたと言って良いのでしょう。左右に振れやすいアメリカの「振り子」は確かに戻 りました。 今週の間に報道されたことだけでも、 *ブッシュ大統領の「イラク人の戦争犠牲は3万人」と認める発言(12月12日、フィ ラデルフィアにて) *ペンタゴンによる一般市民の反戦活動に対するスパイ活動の暴露(12月13日) *ブッシュ大統領の「イラクに大量破壊兵器があったとの諜報は誤りと認める」発言 (12月14日、ワシントンにて) *米軍並びにCIAによる「拷問禁止法」に対して大統領が拒否権を行使しない方向 で「妥協成立」(12月15日) *アーレン・スペクター上院議員(共和)を中心とした上院司法委員会による、NS A(国家安全保障局)が米国市民に対する捜査令状なしの「盗聴」を行っているとい う告発(12月16日) という具合で、長く続いた「戦時気分」の時期には考えられなかったような事態が 急速に進行しています。特に、ブッシュ大統領の発言内容は、この間絶対に言わな かった「イラク市民の犠牲」「大量破壊兵器の問題」を自ら認めたという点では、大 きな違いと言わざるを得ません。 NSAに対する告発は、三大ネットワークをはじめ各局で大きく取り上げられ、年 明け以降に「ブッシュ大統領への徹底追及」があるという報道です。この欄でもご紹 介した『チャター』という本(翻訳も私がしています)で、パトリック・ラーデン・ キーフという30歳そこそこの学者が911以降の情勢に抗して始めた「治安かプラ イバシーか」という問題提起が、大きなうねりになって行くかもしれません。 こうした状況に対抗するためか、15日には懸案となっていたニューオーリンズ市 を囲む堤防の改良について、連邦予算を3.1ビリオン(約3700億円)投入する という大統領の決断が報じられました。カトリーナ被災以来、連邦政府を罵倒し続け てきたニューオーリンズ市のナーギン市長をホワイトハウスに呼んで、一緒に発表す るという念の入れ方です。 こうなると、ブッシュ大統領はイデオロギーも何もかなぐり捨てて、世論の「多数 派」が納得しそうな方向へ向けて、なりふり構わずに向かい始めた、と言って良いの でしょう。年が明ければ恒例の「年頭一般教書演説」を行わなければなりません。そ こで支持率を回復できなければ、秋の中間選挙へ向けて、政権は本当に死に体になっ てしまうからでしょう。 では、この「振り子の揺り戻し」はどこまで「本格的」なのでしょうか。2週続け て恐縮ですが、映画のご紹介をしながら、世相のムードをお話ししてみようと思いま す。この秋、映画館にはリベラル色の濃い映画が溢れています。だいたい秋から12 月にかけてというのは、アカデミー賞の選考の時期に当たる関係で「集客より芸術的 な質」を狙った「文芸映画」のシーズンとなります。 ハリウッドの「文芸映画」といえば、監督さん、脚本家から役者さんに至るまで、 リベラルな人が圧倒的で、そうした世界観から様々な表現をしています。ハッキリ言 えば、それが現代のハリウッドであって、その背後では、穏健派のユダヤ系の人々や 資本の存在が後押ししているのです。 そうした「文芸映画」は、911以降の「安全と国家」が優先される世相ではスト レートな主張ができずにいました。アカデミー賞の「最優秀作品賞」の候補作になっ た中から、一種の「文芸枠」のようなものを想定してみますと、2001年は「復讐 劇(『イン・ザ・ベッドルーム』)」、2002年は「極端な内向的表現(『めぐり 会う時間たち』)」、2003年は「異文化もの(『ロスト・イン・トランスレー ション』)」、2004年は「伝記もの(『アビエイター』『ファインディング・ネ バーランド』『レイ』)」とそれぞれの年の傾向を見ることができます。そのいずれ も、リベラルな社会派映画ではありませんでした。 この4年間の作品賞候補作20本に拡大してみても、社会派は見あたりません。例 えば、『ロード・オブ・ザ・リング』の三部作は漠然とした「もっと崇高な大義が欲 しい」という心理に訴えたとか、2004年の伝記映画ブームでは、リベラルなタッ チの表現はありました。ですが、正面切っての社会派という表現はありませんでした。 2003年(『ミスティック・リバー』)2004年(『ミリオンダラーベイビー 』)と研ぎ澄まされた表現で話題になったクリント・イーストウッド監督も、復讐心 による誤殺への告発や尊厳死の肯定など政権批判を匂わせてはいましたが、あくまで 人間ドラマのカテゴリを出るものではありませんでした。 それが、ここへ来て「社会派映画」がどんどん公開されるようになってきているの です。単に公開されるだけではなく、批評家たちは絶賛し、そればかりかお客さんの 入りも堅調です。更に今週発表になった「ゴールデン・グローブ賞」の候補にも、相 当数がノミネートされています。 先週から公開の『ナルニア国ものがたり、ライオンと魔女』が予想外の大ヒットと なる一方で、今週からは『キングコング』が鳴り物入りで公開されています。ですが、 その一方で確実に興行収入を稼いでいるのが『シリアナ』(ステファン・ゲーアン監 督)です。中東の石油利権をめぐる人間模様を描いた原書をもとに、監督自身が書き 下ろした脚本によるドキュメンタリータッチのフィクションです。 公開当初は「過激な」内容のためか、上映館が5とか9とかに限られていたのです が、あまりに評判が良いので先週から2千館弱の拡大公開になりました。先週末の配 収ランキングでは『ナルニア〜』が65ミリオンというお化けヒットになったのに続 いて、この『シリアナ』は12ミリオン弱で2位につけ、公開4週目の『ハリーポッ ター4』を僅差で抜いてしまいました。 映画の構成はとしては、統一的なストーリーは全くなく、中東と石油に関係したエ ピソードが大きく分けて5つ、断片的にオムニバス風に進行します。最終的には、全 てが関係するような形でクライマックスが来るのですが、そこまで「我慢」するのは 平均的な観客にはかなり大変で、難解な映画といって潰されてもおかしくないのです が、それが受けているのですから時代も変わったといえるのでしょう。 余り詳しくお話はしない方が良いと思いますが、ジョージ・クルーニーがCIAの 対イラン工作員で、「イランは一筋縄ではいかない」とワシントンに警告しても聞き 入れられず窮地に陥って行く話が一つ、マット・デイモンはスイスに本拠のあるコン サルタント会社でエネルギー産業のアナリストで、こちらも危ない話に巻き込まれて いきます。 クリス・クーパーは石油会社の経営者で、カザフスタンの利権やら、合併話やら、 中国との利権争いに加わっていきます。この三つに加えて、中東某国の王子は反乱を たくらみ、失業したパキスタンの出稼ぎ青年は原理主義に引き寄せられていく、その 二つを加えて計5つのエピソードが絡んでいくという仕掛けです。 一部には、原理主義者の描き方が同情的に過ぎるとか、石油資本やイランの自由化 を企む保守派のシンクタンクが悪者に描かれているということで、「下らない左翼の プロパガンダ映画」という声も聞かれます。ですが、それでもこれだけのヒットに なっているのは、ジョージ・クルーニーの工作員、マット・デイモンのアナリストの 葛藤を通じて、「中東が分からないアメリカ人の苦悩」をリアルに描いているからだ と思います。 そのジョージ・クルーニーは、この秋から冬の「文芸映画」の中でひときわ話題の 人物と言って良いでしょう。『シリアナ』での好演に加えて、自分が監督し出演して いる『グッドナイト・アンド・グッドラック』という作品も好評だからです。 この『グッドナイト・アンド・グッドラック』は1950年代に、マッカーシー上 院議員による「赤狩り」が吹き荒れた時代のCBSテレビの伝説的なキャスター、エ ドワード・マーロウの物語です。少しでも「共産主義的」と思われた人物は社会的に 抹殺される、そんなヒステリックな世相に対して、微動だにしない姿勢を貫いて、最 後にはマッカーシー自身を自分の番組に登場させてその仮面をはがし、彼を失脚に追 い込むきっかけを作るのですが、そのマーロウのカリスマ性をデビッド・ストラザー ンが熱演しています。 テーマ的には実に古典的なリベラリズムなのですが、クルーニーは全編を白黒で撮 り、映画音楽もほとんどつけない手法で、画面全体に緊張感を漂わせることに成功し ています。この作品も、地味な内容にも関わらず22ミリオンという興行成績は立派 です。大傑作ではありませんが、私がニュージャージーの田舎のシネコンで見たとき は、中規模のスクリーンが満員でした。平均年齢は相当高かったのですが、皆満足そ うに劇場を後にしていました。 若者に受けている作品もあります。第一次湾岸戦争を描いた『ジャーヘッド』がそ れで、今や超売れっ子となったジェイク・ギレンホールが、海兵隊に志願して湾岸に 送られる兵士を演じています。この主人公は、それほど劇的な戦闘に巻き込まれるの ではないのですが、戦争というある不思議な空間に送られることで、言いようのない 空虚を抱えて帰郷する、その淡々としたドラマがいつまでも印象に残る作品でした。 とにかく若者の支持は強く、興行的には62ミリオンという、この種の映画として は大ヒットになっています。私の教えている大学でも、軍籍にある学生などを中心に 圧倒的に支持されています。極端な反戦ではないし、かといって戦争賛美でもない、 バランス感覚と言うよりも、とにかく現代における戦争経験を「等身大の若者の視点」 で描いたのが魅力なのでしょう。 この『ジャーヘッド』、実は監督をしているのが英国の元舞台演出家、サム・メン デス監督です。アカデミー賞を受けた『アメリカン・ビューティー』ではアメリカの 家庭崩壊を、『ロード・トゥ・パーディション』では大恐慌期のギャングの逃避行を 描いた、その次が「湾岸」というのは意外に思ったのですが、作品を見て納得しまし た。 メンデス監督は、アメリカという異文化を「アメリカ英語」を通じて描こうとして いるのです。『アメリカン・ビューティー』では主演のケビン・スペイシーに「中年 の危機」に差し掛かった男の精神の崩壊を「倦怠感そのものの言語」で表現させてい ましたし、『ロード・トゥ・パーディション』では冷え切った大地を逃げていく絶望 的な親子の孤立感を、トム・ハンクスの淡々とした喋りで表現していました。 今度の『ジャーヘッド』は全編が言葉の洪水です。俗語や卑語が機関銃のように浴 びせられる海兵隊という空間を、これまた「アメリカ英語」で表現させています。 荒っぽい言葉で威勢の良さを見せる、その言葉の洪水にどうしようもない空虚がある、 その感覚を表現できているのが、この作品の魅力でしょう。同じ英語を話しながら、 その英語が異なることから感覚を研ぎ澄まし、一旦解体した英語をアメリカ英語の 「劇」として練り上げることから「アメリカ」に迫ろうというメンデス監督の姿勢は、 ここでも成功していると言って良いと思います。 いわゆる「社会派」の映画はまだこの後に「真打ち」が控えています。それも2本 です。カウボーイの同性愛、しかも悲恋をヒース・レジャーとジェイク・ギレンホー ルに演じさせた『ブロークバック・マウンテン』(李安監督)、五輪選手団へのテロ に対して復讐を命じられたモサド(イスラエルの秘密組織)の工作員(エリック・バ ナ)の暴力と苦悩を描いた『ミュニック』(スティーブン・スピルバーグ監督)の2 作がそれで、どちらも公開前から賛否両論の騒ぎとなっています。 映画だけで世相を占うのは危険ですが、どうやら今年に関してはこうした「社会派」 の映画が、時代の変化を象徴しているのは間違いないようです。911、そしてイラ ク戦争による保守の季節は確かに終わりを告げています。ですが、問題はこの先です。 イラクにしても、本土のテロや天災からの「防衛」にしても、本当に新しい時代を呼 び込むだけの思想や政策の姿はいっこうに浮かび上がっては来ていません。 本来であれば、古典的なリベラリズムではなく、もっと現実的な問題解決のスタイ ルを通じて、新時代の思想を描いてゆくべきなのですが、そんな展望はありません。 こうした社会派映画が作られ、見られることによって、そんな新しい時代への展望は 開けてくるのでしょうか。私には、まだわかりません。ただ、ある季節が終わろうと しているのは事実のようです。
(注)司法書士の法外な費用請求例
年金制度には、同じ世代でやりくりする貯金方式と、将来に負担を残す負荷方式があり、日本を含め世界の国々は負荷方式でやってきた。ところが少子高齢化社会になり、負荷方式がうまくいかなくなった。(中略)厚生労働省は人口推計をやっているが、そこで15歳から50歳までの人口を数えると、生まれる子供の数はだいたい分かる。例えば2030年、15歳になったらすぐ子どもを産むとは限らないから、30歳になった人を例に考えると、2030年に30歳になる人はもう生まれちゃっている。機械といっちゃなんだけど、産む機械、装置の数は決まっているから、後は一人頭でがんばってもらうしかない。(中略)合計特殊出生率という数字がある。今は1.26で、去年は1.29です。2030年の数字を推計すると、今と同じ1.26になる。これを1.7くらいまであげていかなきゃいけない。
◆2007年3月6日毎日新聞朝刊「新聞時評」欄にJR九州会長田中浩二氏の「踏み込んで主張した2社説について」がでていました。その文中に柳沢氏の発言要旨が有りました。以下の通りです。 「なかなか今の女性は一生の間にたくさん子どもを産んでくれないん人口統計学では女性は15〜50歳が出産をしてくださる年齢で、その数を推定するとだいたい分かるんです。他から産まれようがない。2030年に30歳になる人を考えると、今7,8歳になっていて、生まれちゃっているんですよ、もう。産む機械と言っては何だが、装置の数が決まったとなると、機械と言っては申し訳ないが、機械と言ってごめんなさいね。あとは産む役目の人が一人頭でがんばってもらうしかない。1人当たりどのくらい産んでくれるかという合計特殊出生率が今、日本では1.26なんです。2055年まで推計したら奇しくも同じ1.26でした。それを上げなければいけないんです。」
2007年7月2日の投書欄に次の当初が見られました。
東京都内の司法書士が契約を結んだ77歳女性から「報酬が法外だ」として解任されていることが分かりました。この司法書士は「成年後見センター・リーガルサポート」の元東京支部副支部長です。女性は都内で一人暮らしでしたが、05年1月司法書士と財産管理などの委任契約を結び、翌月任意後見契約をしました。契約では3ヶ月ごとに報告をすることになっていましたが実行されないので報告を求めましたが、同年末になってやっと報告書が届き、女性の預金から報酬として約500万円が支払われていたのです。毎月の定額報酬は3万円でしたが、不動産売買や福祉施設への入所手続きなどの報酬として300万以上が請求されており、大半の業務に「30分5000円」の日当が加算されていました。2006年7月に契約が解除されましたが、報酬総額は498万円に上ったといいます。女性は「報酬は月3万円で、それ以外に報酬がかかるとは聞いていない」と話しています。契約では定期的な月額報酬の他に日当、不動産売買の手数料などは支払う内容だったようで、当該司法書士は「契約書通りの正当な報酬」だと言っており、行き違いもあったようです。
調停を求められた東京司法書士会とリーガルサポートは「高すぎる」と認定し「不当な分」400万円の返還を指導しましたが、拒否されました。翌14日当該司法書士も「交渉はリーガルサポートに一任している。誠実に対応したい」と述べました。司法書士会では今月末の理事会でこの司法書士を後見人候補者名簿から削除する方針です。また法務省も調査を開始したようです。注 柳沢大臣の発言内容
2007年2月2日の毎日新聞朝刊29ページに柳沢大臣の発言要旨が、紹介された。「1月27日、松江市内で。出席者による」と書かれています。それによりますと以下の通りです。
注 毎日新聞の投書欄から
陸上自衛隊がイラク派遣に反対する市民団体や関係者の発言内容をチェックするなど
、市民情報を収集していたという報道に、背筋が寒くなった。このことから、少年時
代のある記憶が鮮明によみがえった。
太平洋戦争末期、旧制中学の勤労動員で、広島の工場にいた私が、休暇をもらって
帰省のため広島駅のホームにいた時のこと。数人の男性の雑談の中から、「日本は
負けるかもしれない」という意味の発言が聞かれた。
その途端、どこからともなく屈強な2人の男が現れて、その人をうむをいわさず
連行していったのを目の当たりにした。
戦争体験のない世代には、容易に信じがたいかもしれない。が、今の世の中の
状況には、かっての暗黒時代の兆しが確実に表れ始めている。このような国家統制の
枠組みは、できてしまってから気付いても取り返しのつくものではない。戦前回帰を
画策する政治権力の動向を監視する国民一人一人の見識が、今こそ問われている時だ
と思う。(“国家統制は知らないうちに…・・“住職 中山 道77(広島県庄原市
)
注 対北朝鮮政策「再考」の時
RIPS' Eye No.76(2007.5.28)
対北朝鮮政策「再考」の時
静岡県立大学教授/当研究所研究委員
伊豆見 元
2月13日に、「6カ国協議」の場で北朝鮮の核開発に歯止めをかける合意が成立してから、
早いもので3ヶ月半もの時が過ぎ去った。マカオの銀行の北朝鮮関連口座の送金問題が、
予想以上に紛糾したことにより、「初期段階措置」として北朝鮮が実行すべき寧辺の核施設の
稼働停止・封印は未だに実現していない。
しかし、早晩、北朝鮮は「初期段階」における自らの義務を履行することになるであろう。
そこまでは、北朝鮮にとってとくに痛痒を感じさせる譲歩を意味しないからである。むしろ、
問題は「次期段階措置」を北朝鮮に実行させることにある。
2月13日の合意で、北朝鮮は、(1)「全ての核プログラムについての完全な申告」を提出
することと、(2)「全ての既存の核施設の無能力化」を実行することを約した。われわれの
立場からすれば、まず(1)について、少なくとも北朝鮮は「ウラン濃縮」活動の全容を
明らかにする必要があるし、また(2)については、5メガワット原子炉が再稼働出来ない
ような措置をとらなくてはならない。さらに、過去2年間、5メガワット原子炉を稼働さ
せてきた燃料棒8000本を国外に搬出する必要がある。
だが、北朝鮮の立場は明らかに異なると考えておかねばなるまい。おそらく、北朝鮮は、
「無能力化」を優先し「申告」は出来るだけ先送りしようとするであろう。しかも、北朝鮮の
考える「無能力化」とは、クリントン時代に成立した米朝核合意のさいの「核活動凍結」と
基本的には同じものだと見ておく必要がある。「初期段階措置」は核施設の「稼働停止」と
「封印」だけを意味し、使用済核燃料棒の取り扱いは、そこに含まれていないと北朝鮮は
考えていよう。したがって、使用済核燃料棒の「安全管理」作業を終えることが、「無能力化」
の完成だと北朝鮮は強弁してくるものと思われる。
こうして、2月13日合意の「次期段階措置」をめぐり、われわれはさらに一段と困難な
状況に直面することが想定される。ブッシュ政権は年内に「次期段階措置」を完了させたいと
望んでいるが、それが叶わぬ場合には、使用済燃料棒の国外搬出を最優先させ、その他の措置は
継続努力する方向に舵を切ることになろう。
さらに、それらに加えて、以下の二つの課題に焦点を当ててくるものと思われる。つまり、
ひとつは少なくとも数十キログラムに達すると考えられる「既存のプルトニウム」を国外に
搬出させることであり、いまひとつは朝鮮半島の冷戦構造に「終止符を打つ」こと(あるいは
「朝鮮半島平和メカニズム」を創出すること)である。
ブッシュ政権に残された時間は1年半しかない。この間、ブッシュ政権が目指すのは、北朝鮮
核問題にかんする外交的「成果」にあるのではなく、過去8年間の北朝鮮政策が、イラク
と同様に「失敗」であったと烙印を押されるのを避けることにあると言ってよい。そのため
には、上記二つの課題を達成することに、ブッシュ政権は相当の労力を注ぎ込んでくるものと
考えられる。
とくに、朝鮮半島の平和メカ二ズム創出については、現在、ブッシュ大統領自身が大きな関心を
抱いていると伝えられる。「まず核問題の解決をはかってから朝鮮半島の恒久的平和の構築に
着手する」という従来からの米国の立場にも、重大な変更が加えられるかもしれない。韓国は、
すでに朝鮮半島の平和メカニズム創出に相当な熱意を抱いている。北朝鮮を非核化に導く
作業が遅滞するなかで、来年末までに南北朝鮮と米中両国による「平和協定」が締結される
可能性も、決して排除することは出来ないのである。
以上のような状況のなかで、日本が拉致問題の進展・解決を最優先し、核問題をめぐる「取引」
にも積極的に加わらず、また朝鮮半島の平和メカニズム構築にも関与しないのであれば、
北東アジアにおけるわが国のプレゼンスは確実に低下するであろう。われわれの対北朝鮮
政策を、根本から再考すべき時機が来ていると言ってよい。
〔執筆者略歴〕いずみ・はじめ 1950年生まれ。上智大学大学院
修了。平和・安全保障研究所主任研究員、静岡県立大学助教授を経て、95年
から同教授。2003年から同大学現代韓国朝鮮研究センター所長を兼任。