「切る人」の意味である。ギリシアの三相一体の女神「運命の三女神」 Fatesの3番目の女神である。この女神は破壊者で、最初の女神〔クロートー〕が紡いで、 2番目の女神〔ラケシス〕が撚った生命の糸を断ち切るのがこの女神の役目であった。つねに、鋏を持つ老婆の姿で描かれた。破壊者カーリーと同様、アトロポスも女神として自己の正当な資格において崇拝された。パルティア〔「処女地」。アジア西部、カスピ海南東にあった古代国家〕においては、アトロポスは彼女自身の聖都アトロパテネ(現代の名はアゼルバイジャン[1])を持った。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
「アトロポス」は、a+tropoV、「変えるべからざる〔方向転換のない〕女」の意味であるが、役割としては「切る人(Cutter)」である。
紡績の技術は非常に古い。すでに旧石器時代に裁縫は巧みな技術であり、縫糸として細い草紐と腱の線維が使われたが、なかには撚りの掛かったものもあり、紡糸のように繊細なものもあった。<……>
紡績が発明されたいきさつは不明である。<……>
紡績は繊維植物を栽培していた地域で発明されたという説の方が、〔羊飼いの少年が最初の糸をつくりだしたという説より〕もっと妥当性がある。というのも、植物繊維が濡れるとくるくる巻くのを見て、原始人がおそらく紡績を思いついて以来、彼らは糸を紡ぐときにすべての繊維に撚りをかけ始めたのだろう。この説は、今日でも植物繊維は紡ぎ始める前に適宜に湿らされるという事実によって支持されている。
アマ(とその他の靭皮繊維)、ワタ、絹、羊毛という主要繊維はすべて、最古の考古学遺物とともに発見されている。しかし、羊毛がきわめて朽ちやすいので初期の多くの遺物から消えてしまったかもしれないことを考慮しても、植物繊維のアマとワタのほうが羊毛や絹よりも早く出現しているらしい。さらに。それぞれの地域で他とはやや独自に特定の1種類の繊維の紡績が、つまり、インドでワタの、エジプトでアマの、メソポタミアと北方民族で羊毛の、中国で絹の紡績が発展したという確かな印がある。
紡績が古くから行われていたことは、初期の宗教文書にすでに見られる「生命の糸を切る〔白殺する)」というような多くの表現によっても明らかであり、さらに、(母系を意味する)「糸巻き棒方(distaff side)」や〔結婚適齢期を過ぎた未婚女性を指す)「紡ぎ女(spinster)」というような語句から、最古の時代から紡績は主として女の仕事であったことがわかる。このような事情なので、アリストテレス(Aristoteles、前384-前322)が「もし鑿と糸巻がひとりでに動くな
らば、奴隷は存在しなくなるだろう」と述べたのはまさにあたっていた。(フォーブス『古代の技術史』下II、P.373-374)