Tibet
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このページをご覧になる方なら、ご存知かもしれませんが、現時点ではチベット文字をweb上で表示することは困難です、Unicode は未だ実用的ではないでしょう。そこで、このサイトでは特別な場合を除いては、文字のコーナーで詳しく説明する方法で、ASCIIキャラクタによってチベット語を表記します。
チベット語はシナ・チベット語属-チベット・ビルマ語派-チベット語群に属し、これから学んでいくのはその中の中央チベット語方言群の現代ラサ方言およびチベット文語の一部です。(なお、チベット語群以下の分類は確定的なものではありません)[西田 「チベット語の変遷と文字」(長野・立川 1987)]より
チベット語群には多くの近縁語が含まれ、最近に至って存在が確認された言語もあります。
伝承では7世紀前半にトンミ・サンボータ(thon mi sam bho Ta)という人物がインドの文字にならってチベット文字を作った、とされています。しかし、最近ではもっと古い時代からこの文字は使われていたと考えられていて、トンミ・サンボータが作ったとすることも疑問視されています。
ネパールとインドの国境付近で発見された碑文の文字がチベット文字に近い
[山口 1987]、との事ですし、デーヴァナーガリー文字(サンスクリットやヒンディー語で使われる文字)もそう思うと似ているものがあるように感じます、またいわゆる梵字でも [ ra ] や [ ha ] などはよく似ていますから、インド系の文字から派生したことは間違いないでしょう。
詳細は[西田 「チベット語の変遷と文字」(長野・立川 1987)]を参照してください、ここでは綴字の問題を説明する上で必要な、最低限の解説にとどめます。
- 原初チベット語
- 古代チベット語(?-7世紀)
- 中古チベット語(7-9世紀初頭)
- 旧仏教チベット語 ソンツェン・ガンポ(srong btsan sgam po)の時代以降9世紀までの仏教チベット語、第一次釐訂。
- 中古チベット語 敦煌・トルキスタン・トルファン文献や碑文などに代表される仏典以外のチベット語。
- 近古チベット語(9-10世紀)
- 古典チベット語 814年のティデ・ソンツェン(khri lde srong btsan)による仏教語訳語の改定のあと、826年にティツク・デツェン(khri gtsug lde btsan = ral pa chen)の時代に仏教語綴字が改定された、第二次釐訂。
- チベット文語 第二次釐訂の規則に従って書かれた、仏典以外の文献文語。
- 中世チベット語(10-17世紀初頭)
- チベット文語の第一次発展型(10-14世紀) 教理哲学的文語の成立期の文語。
- チベット文語の第二次発展型(14-17世紀初頭) 教理哲学的文語の完成期の文語。
- 近世チベット語(17-19世紀) 満州語と漢語を基準にした新語が作られ、《西番館訳語》等に用いられた文語。
- 現代チベット語(20世紀-) 解放以降の文献に見られるチベット語。
([西田 「チベット語の変遷と文字」(長野・立川 1987)]より引用、一部省略)
以下で使用されるJPEGイメージのアーカイブ(zip file)を用意しました。
ファイル名 tib_scp*.jpg の * の部分の数字が[図 *] の * と対応します。
ダウンロードした後で展開する必要があります。また内容は画像のみですから、ウイルスなどは含まれないと思われますが、万一、何らかの損害を受けたとしても一切責任は負いません、すべて自己の責任において行ってください。
チベット文字はインドのデーヴァナーガリー文字などと同じで、単音文字と音節文字の中間に位置し、すべての子音文字は母音要素 a を伴っています。
あとで図で解説しますが、k の文字は ka を表し、a 以外の母音を示すときは ka に母音記号を付けて表します。
基本文字(サ・チェ gsal byed または カーリ k'a li)は30種あり、母音記号(ヤン dbyangs またはアーリ a+' li)は5種類(第二次釐訂以前には6種類)あります。
チベット文字にはここで紹介する楷書体の有頭字(ウ・チェン dbu can)と無頭字(ウ・メ dbu med)があり、ウ・メは行書体のペ・イク(dpe yig)と草書体のキュク・イク('khyug yig)があります。
それでは図に沿ってチベット文字の字形と綴り方、そしてそれらのASCIIキャラクタ転写法(以下;ローマナイズ)を見ていきましょう。
なお、注意して欲しいのは、ここでのローマナイズに際しては大文字と小文字は明確に区別される、ということです。たとえば i と I は別の文字を意味します、一般的にチベット関連の専門書などで行われる、基字(後述)を大文字で表記するなどの記述は行いません。
ローマナイズルールは基本的に、福田洋一氏による、Extended Wylie Method of the transcription of Tibetan characters. に準じていますが、一部、独自方式を取り入れています。独自方式には解説時に[Individual]マークを付けます。
ここでは敢えてACIP方式を採りませんでした、理由はほとんど全体が大文字になってしまう事と、基字 a と基字 a に母音記号が付いた場合、AA, AI, AU, AE, AO, Ai,のように母音が2つ続くのは習慣的に見にくいと感じたからです。しかし、ある程度学習が進めば、ACIP方式も知っておくことをお薦めします。
[図 1]
上の8行が基本文字でそれぞれ子音と母音 a を伴っています。
そして下の1行は母音ですが。ここでは a にそれぞれの母音記号を付けて、i,u,e,o,I をあらわしています、母音記号は i,e,o,I は上に、u は下に付いている記号がそれです。
また、I は第二次釐訂より古い文献やサンスクリットの転写に見られ、古い文献ではどんな音価を持っていたかははっきりわかっていません。
ka に母音記号を付けて ki,ku,ke,ko,kI をあらわすと[図 2]のようになります。
[図 2]
このように、すべての基本文字および結合文字に対して母音記号が付けられます。
そして、これらの基本文字を中核にして、有頭・有足の結合文字や、前置字・後置字・再後置字が付いて一つの音節を作ります。この中核になる字を基字(ミンシー ming gzhi)と言います。
また、詳しくは句読点のところで説明しますが、各文字の右肩に付いている点はツェク(tsheg)という句読点で、一音節の最終の文字の後に付けられます、英語などのスペースと同じようなものです。
基本文字の上下に基本文字の一部や全部を結合させて結合字形を形成します。
上に付くものを有頭字(ゴ・チェン mgo can)と言い、下に付くものを有足字(ドグ・チェン 'dogs can)と言います。
(有頭字、と言う言い方は、ウ・チェンと同じみたいですが、ウ:dbu は敬語なので、ウ・チェンは「御頭付き」、ゴ:mgo は敬語ではないのでゴ・チェンは「頭付き」と言う感じで、区別されます。)
有頭字には次の3種類があります。 [図 3]
上の2行は r 有頭字のランゴ(ra mgo)で、ka ga nga ja nya ta da na ba ma tsa dza の12種類があります。
次の2行は l 有頭字のランゴ(la mgo)で、ka ga nga ca ja ta da pa ba ha の10種類があります。
下の2行は s 有頭字のサンゴ(sa mgo)で、ka ga nga nya ta da na pa ba ma tsa の11種類があります。
r, l, s ともに発音されませんが基字の発音や声調に変化がおこります、詳細は発音のところを見てください。
有足字には次の4種類があります。 [図 4]
上の2行は y 有足字のヤタ(ya btags)で、ka kha ga pa pha ba ma ha の8種類があり、y は発音され、pya, phya, bya, mya, は大きく発音が変化し、それぞれca, cha, ja, nya, と同じ発音になります。
次の2行は r 有足字のラタ(ra btags)で、ka kha ga ta tha da na pa pha ba ma sa ha の13種類があり、発音は nra, mra, sra, は変化しません、hra, は ra, の無声化音です、その他は舌端裏後部歯茎音(反り舌音)化します。
次の1行は l 有足字のラタ(la btags)で、ka ga ba ra sa za の6種類があり、zla, を da と発音する以外は基字の音かが失われ、la の発音のみになります。
最後の3行は w 有足字のワスル(wa zur)で、ka kha ga nya da tsa tsha zha za ra la sa sha ha の14種類の基字とphya gra の2種類の有足字に重なって付きます、発音に影響しません。
チベット語では今まで見てきた基字(ming gzhi)・有頭字・有足字及び有頭字+有足字、に対して、前置字・後置字・再後置字を置きます、そしてそれらが組み合わされ、ツェクで区切られたものがチベット語の1音節となります。
たとえば前述の「母音記号(ヤン dbyangs)」なら、前置字 da + (基字+有足字) bya + 後置字 nga + 再後置字 sa と言う構成になっています。[図6] 1行目
1音節で母音はひとつ、基字部分(基字・有頭字・有足字及び有頭字+有足字 ; 以下「基字」と省略、純粋な基字を表わす場合は「」(かぎ括弧)なしの 基字 とする)のみが有するので、前置字・後置字・再後置字からは母音が消され、子音のみで表記します。
当然、a 以外の母音のときは「基字」に母音記号が付きます。
[図 5]
ここで、ひとつローマナイズ上の問題があります、通常は1音節はツェクで区切られ、母音はひとつしか現れません、しかし属格助辞の 'i と指小辞の 'u そして終助詞の 'o の3つ、' で作られる助辞だけは単語に直接付き、ツェクで区切られません、したがって、[図5]のように、nga'i=私の (nga=私 'i=の:のもの)のような場合 ngaにツェクが付かず 'i と分離されません、ですからローマナイズのときも nga と 'i の間にスペースが入らずに nga'i となります、このように、ひとつの音節内に2つの母音がある場合はこの例と思ってください。いずれにしても、前置字・後置字の場合は母音がひとつしか現れないことで区別できます。
[図 6]
上の図は前置字・有頭字・基字・有足字・後置字・再後置字それぞれの組み合わせ例です、2行目から。
前置字・再後置字にはそれぞれに成り得る文字と、組み合わせ可能な「基字」が決まっています、以下にそれを示します。
*1 :有頭字・有足字のみが組み合わせ可能で、基字のみでは組み合わせない。
前置字には次の5種類があり決まった基字に付きます。
ga :
ca, nya, ta, da, na, tsa, sha, za, ya, sha, sa
da :
ka, (kya, kra), ga, (gya, gra), nga, pa, (pya,pra), ba, (bya, bra), ma, (mya)
ba :
ka, (kra, kya, kla, rka, skya, skra), ga, (gya, gra, rga, rgya, sga, sgya, sgra), nga,*1 (rnga, snga), ca, ja,*1 (rja), nya,*1 (rnya, snya), ta, (rta, lta, sta), da, (rda, lda, sda), na,*1 (rna, sna), tsa, (rsta, stsa), dza,*1 (rdza), zha, za, (zla), ra,*1 (rla), sha, sa, (sra, sla)
ma :
kha, (khya, khra), ga, (gya, gra), nga, cha, ja, nya, tha, da, na, tsha, dza
'a :
kha, (khya, khra), ga, (gya, gra), cha, ja, tha, da, (dra), pha, (phya, phra), ba, (bya, bra), tsha, dza
後置字は次の10種類あり、前置字のように決まった組み合わせはありません。
ga, nga, da, na, ba, ma, 'a, ra, la, sa
再後置字は次の2種類があり、決まった後置字の後に付きます。
なお、再後置字 da は古典チベット語にのみ現われ、現代チベット語には用いられません。
da :
na, ra, la
sa :
ga, nga, ba, sa
ここで問題となることがあります、たとえば、gya と書いた場合、ga+有足字y なのか、前置字gaの後にyaなのか、区別がつきません、そこで、ローマナイズの際には、ga+有足字y なら gya 、前置字gaの後にya なら g-ya 、と前置字と基字の間に-(ハイフン)を入れて区別します。
チベット語(書写法)の歴史のところを見ればわかるように、チベット語の書写法は仏典のチベット語訳のために発展してきました、その中で、マントラ(真言)等を音写するために元来チベット語には無かった音韻を転写するための文字や記号が作られました。
次に挙げるのは2重母音、長母音、半母音を表わす文字です。
[図 7]
長母音記号としての'a のことを 'achungと言います、この長母音のローマナイズには注意してください。母音(サ・チェのaにヤン)に 'a chung がついたときは、後置字の 'a と明示的に区別するため、母音+ ' と+記号でつなぐようにし、その他のサ・チェに'a chung がついたときは、子音と母音の間に ' を入れるようにします。[Individual]
ただし、基字 a に後置字 'a と言う組み合わせはチベット語ではありません、しかし、チベット文字を用いて他の言語を表記した場合に、そう言った例が絶対無いと言いきれない為に敢えて明示します。
次に挙げるのは子音の転写文字と記号です。
[図 8]
はじめの2行、6文字は反転文字(log yig ロク・イク)と呼ばれ、反舌音の転写文字です。
3行目の1つ目は鼻音化記号の anusv[-/a]ra(アヌスヴァーラ)、2つ目は純粋子音化記号の vir[-/a]ma(ヴィラーマ)です、ぢつはこのヴィラーマのローマナイズ記号はバックスラッシュなんですが、日本語環境では\マークになってしまうので、コードを同じにするために\マークを使います、英語環境ならバックスラッシュに置き換えてください(置き換わる)。[Individual] 3行目の3つ目は気音(無声)化記号の visarga(ヴィサルガ)です。
最後の行に5字は、気音(有声)化記号として ha を下に重ねた重層字(rtseg ma ゼー・マ)と呼ばれるものです。
[図 9]
上から順に、
[図 10]
インドから導入されたものなので字形もよく似ています。アラビア数字と同じように使います。(そりゃそうだ、インドの数字がアラビア経由でヨーロッパに入ったからアラビア数字って言うんだもん。)
今まで説明して来た転写方法によって、次のチベット語をASCIIキャラクタのみでローマナイズしてみましょう。
[図 11]
*.'phags nga shes rab kyi pha rol tu phyin pa'i snying po'i mdo.
上のように転写される事がお解りいただけたでしょうか?この段階で、きちんと転写方式をマスターしておいてください。以後、特別な場合を除いては全てチベット文字をASCIIキャラクタに転写して用います。チベット文字をASCIIキャラクタに、ASCIIキャラクタをチベット文字に、確実に変換できるようにしておいてください。