俳句の読み方18

磯野 香澄   

< 閑 か さ や 岩 に し み 入 る 蝉 の 声 >  
  <閑かさや>「しづかさや」芭蕉さんがこう読む様にふりがなされたのなら、今の言葉とニュアンスが少し違うのではと思います。何故かと言いますと、蝉が凄く鳴いているのに静かな事は有り得ないからです。そこで<閑かさや>を現代の感覚で漢字の通り「のどかさや」と読むとすんなり行きます。そして<閑かさや>の「や」にそうしたしずかさと言いたい複雑な意図が込められていて<岩にしみ入る蝉の声>と大発生した蝉が鳴き競っている。蝉の声が岩にしみ入る事はありませんから、これは芭蕉さんの主観です。普通何々の様だと言うと如し俳句になるのですが、断定されると説得力があります。読み手はその喧しい蝉の声が聞こえ、お寺の閑かな庭が思い浮かびます。この句が愛されるのは雰囲気で共感を呼ぶからだと言えます。  
 
< 古 本 市 杜 に 言 霊 蝉 時 雨 >  
  下鴨神社の境内で毎年古本市が開かれています。本と言う脳ミソと心の滴壷は言葉がひしめいていて、その古本の山に降りかゝる蝉時雨は、古本の膨大な言葉と融合して杜はさながら言霊の霊界と化します。芭蕉さんが「岩にしみ入る蝉の声」と主観で言っていますが、この句も「杜は言霊」と主観で言っていて、句そのものが憑いていますので、前に書いていますが俳句は反転するので読むとその情景が想像されるだけです。
 
< 行 者 滝 ひ び く 寺 領 や 青 葉 闇 >  
  この行者滝は水量も多く下に強く跳ね返って大きな音がしていました。そこへ行く迄は自然の滝があるのかと思っていました。見終って滝を後にしても何処迄もその音がついてくるのです。今思うと、滝の辺りが共鳴する様な状態になっているのではと思うのですが その音は大きな木々の繁った境内一帯に聞こえて不思議な感じがしました。読みのポイントは<寺領や>の「や」です。この「や」が「響き」と「青葉闇」を一つにしている処です。又この「や」はその時は何と無く不思議に思った気持とお寺の立派さ神秘さ、こうした潜在意識の上にその音を聞いている。そんな意味もこもった「や」です。イメージして樹木の繁った中にその響きを聞いて下さい。
 

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