多くの古代宗教で、よく見られる霊魂のシンボルであった。先に死んだ人の霊魂を担っているハエを呑み込むと、女は子供をみごもることができるという、原初の信仰によったのである。ケルトの英雄たち、たとえばエティナとか、クーフリン Cu Chulainはこのようにして生まれた[1]。同じように、ギリシア人も霊魂は昆虫の姿となって、生命から次の生命へと移れると信じた。霊魂、 psycheという言葉自体がチョウを意味した。中東では、バール・ゼブブ、ベールゼブブは霊魂導師だから、「ハエの王」であった。この添え名の本当の意味は「霊魂の神」である。
そのようなイメージの背後には、父性の発見に先行する、古風な思考様式があった。その頃は、胎児が女の身体に入る方法についての神秘を説明するのに、さまざまの乱暴な理論が展開されていたのである[2]。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
〔アフリカ〕 バミレケ族やバムン族(ンジンジ)では、「ハエは、連帯のシンボルである。……有翅の小さな昆虫の王国では、力を生み出すのは団結である。1匹のハエだけでは、無防備である」(MVEA、62)。
〔ギリシア〕 ギリシア人にとって、ハエは、聖なる動物であり、ゼウスやアポッローンのいくつかの名前もハエと関係がある。多分、ハエは、オリンボス山での生活で旋回するような、慌ただしさ、神々の偏在を連想させる。
〔一般〕 ハエは、たえずブンブンうなり、くるくると旋回して、噛みつき、我慢できないものである。ハエは、腐った物、腐朽した物で繁殖し、最も有害な病原菌を運び、予防も役立たないようにする。
〔象徴〕 ハエが象徴するのは、〈絶えざる追求〉である。シリアの古代の神ベルゼブト(この名は、語源的に「ハエの王」を意味する)が、「悪魔の首領」となったのは、こうした意味においてである。
他方、ハエは、〈活動家の偽物〉を表す。機敏で熱に浮かされ、興奮するが、役立たずで要求ばかりする人間のことである。他の働く人たちの真似しかしなかったのに、自分の報酬を求めるのは、ラ・フォンテーヌの寓話の乗合馬車のハエである。
(『世界シンボル大事典』)
バーバラ・ウォーカーには、霊魂導師としてのハエが述べられている点で、『世界シンボル大事典』を凌駕している。しかし、医神としてのハエが欠落している点で、どちらも物足りない。