サンガ日記 (2001 March)


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2001 Mar.31

 昨夜から、プロバイダのweb serverが反応しない。メンテナンス明けには一時接続できたのだけど、いざファイルをアップロードしようとするとエラーで蹴られてしまう。今朝8時頃もだめ。髪を切って出発の準備。もう一度トライしてみるが、果たしてどうなるか。

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 1時少し前に西京極に到着。青空も少し見え、天気は持ちそうだ。と思ったのも束の間、カメラを取り出してさあ、というあたりで雨が降り出す。すぐ止むだろうと甘く見ていたら、冷たい雨は30分近く降り続き、すっかり気勢を削がれる。いざ声を掛けてみても、立て続けに2組断られる。子供2人連れにも良い顔をされなかったのが、少しショック。内心ちょっと慣れたような気がしていたが、まだまだである。良い意味の緊張感に欠けているのかもしれない。

 いわゆるVゾーンの裏で、アウェイバスで写真を撮らせていただいたご夫婦とお会いし、ご挨拶。今朝方ページを見られなかったとのこと。こちらのミスではないものの、失礼しました。やはり、多少とも知っている人がいるというのはどこか心強い。少し元気が出て、数組の方々にお話を伺うことが出来た。ありがとうございました。

 キックオフ。立ち上がり10分ぐらいまでは、完全なサンガペース。何度も得点チャンスが訪れるが、湘南の4番が壁となって立ちふさがり得点には至らず。そのうち攻撃のペースも落ち、一進一退の状況に。しかし野口の元気さは印象に残る。前半はどこか歯がゆさの残る気分を残したまま終了。

 ハーフタイム。真冬のような北風が絶え間なく吹きつける。彼方に望む比叡山の頂が、心なしか白い。陽差しと雨粒が交互に落ちてくるような、奇妙な天気。

 後半開始。前半の小気味良いパス交換が少し減ったような気がする。平塚も積極的に攻撃を仕掛けてくる。後半15分、平塚が最初の選手交代。スピードのありそうな外国人FWだが、さほど危険なにおいはしない。数分後、早くも松井OUT、松川IN。当分はスタミナが課題か。後半26分、膠着状態を打破すべく、黒部を下げて安を投入。これで前線が勢いづいたか、後半28分に黒部の得点で先制。これで逃げきれるかと思ったが、次第に押し込まれる展開が増え、後半40分に元京都の井原に遠目からシュートを決められてしまう。やや沈み込んだように見えたイレブン。だが残り時間も少なくなった後半43分、深く切れ込んでいった安の折り返しをパクが決め、サンガが再び勝ち越す。その後も引きすぎることなく時間を消化し、2分のロスタイムの後タイムアップ。第4節終了時点とはいえ、とうとう首位に!

 沸き上がるゴール裏。さっきのご夫婦に再び声を掛け、喜びを分かち合う。すぐそばで応援していた知り合いのご夫婦を紹介していただき、お話を伺う。聞けばスタジアムでの観戦は今年からで、それ以来負け知らずなのだという。負け試合を数限りなく見てきた身としては、羨ましい限り。プリントしている最中に電池切れ。寒いからなあ。観客数は2782人と、じわりと増加。首位決戦としては寂しいが、この天気で1000人も増えたことを喜びたい。毎試合増えていけば、いつかは満員になる日も来るかもしれない。それまで地道に出来ることをやっていこう。

 6時過ぎに帰宅。web serverをチェック。ようやく復旧。何のアナウンスもないのが気になるが、いつの間にか容量が2MBに増えていたので許す。早速写真のデータをややましな画質のものに戻す。前のはノイジーでショッキングだったよなあ。GRPの掲示板をチェック。まだ早いのか、あまり書き込みは無い。とりあえず今日はここまで。お会いした皆様、ありがとうございました。


2001 Mar.30

 4月からの更新作業に対応するため、プロバイダにディスクスペースの拡張を申し込む。基本の2MB(4月から)に30MBを追加。これで多分困ることもないだろう。日曜の夜にはまともな画像ファイルに戻す予定です。

 予想通りサッカークリックがリニューアル。ちょっと軽くなった感じ。でも画面が800*600以上を要求しているような。でも、主なテキストは640*480で読めるような配慮がなされている。こういう所は見習わなければ。ってそんな凝ったレイアウトじゃないのですが。開いているウインドウのサイズに思いっ切り依存しているはずです>私のページ。今のところ、軽いのだけが取り柄です。

 丸善で立ち読みしていたら、視野の端で何か大きな影が動くのを認識。顔を上げると、何と関取(しこ名は不明)が歩いている。紫系の着物に簡単な髷。三条通でラモスを目撃したときと似たような衝撃を受ける。しかし、どう反応したものか困りつつ雑誌に目を落としていたら、いつの間にか姿が消えていた。一体何処へ?

 日曜朝にオンエアされたvsフランス戦をようやく見る。何も出来ない日本代表もコパ・アメリカ以来か。さんざん言い尽くされた感もあるが、これを糧にして前に進むしか無い、としか言えない。レベルこそ違うが去年の開幕戦、市原にぼろ負けしたのをふと思い出す。あの時はこれほどの力の差は無かったはずなのだが。孤軍奮闘するヒデとカズ。その姿が重なって見える。

 明日はもう湘南戦。ついこの前、川崎への旅を終えたばかりだというのに。勝利という週末の喜びが、生活のリズムを軽やかに刻んでくれることを願いつつ、明日に備えよう。



2001 Mar.29

 ページの確認のため、寺町通のJ&Pへ。iMacのInternet Explorer ver4でチェック。予想以上に画像のブロックノイズがひどい。これはちょっと... 容量が増え次第、まともなファイルに差し替えます。

 それ以外にも、お話を記述した箇所の改行が、どうもおかしい。質問文と回答との間には、改行による空白行が入るつもりで記述しているのだけど、回答→質問となる部分がくっついてしまっている。以前チェックしたときは、こんなじゃなかったはずなのに。環境に依存するのだろうか? 色々試してみないとなあ。

 新しいMacOS X。ずいぶんMacOSライクになっている。でもどこか違う。すぐに乗り換えられるかというと、まだ様子見だ。でも、いつかは移行すべき環境であるのは間違いない。などと書いてみても、そもそも動かすことの出来るマシンが手元にないのだから一寸虚しい。一日千秋の思いで待つPowerBookG4だけど、寺町通の某店には「即納!」の札が。流通状況は改善しているのだと、良い方に解釈しよう。はあ(溜息)。


2001 Mar.28

 写真を加工。スタンドの陰にいたこともあって、ちょっと暗めかもしれない。うちのディスプレイ環境と、ご覧になる方のそれとでは見え方が全然違うと思うのだけど、果たしてきれいに見えているのだろうか? このあたりはwebの限界なのですが。Internet体験スペースとかでなるべく確認するようにはしているのですけど、うちはMacなので、特にWin環境でどうなっているかが気になります。お気づきの点がありましたらご一報下さい。

 さて、データは出来たがちゃんとアップロードできるのだろうか? 実は使えるweb serverのディスクスペース、500KB(MBではありません、念の為)しか無いのです。4月から無料使用分が2MBになるということでたかを括っていたのですが、あっと言う間に満杯になりそうな勢い。もし溢れてしまうようなら、どこかのデータを削るという暴挙に出なければなりません。数日間ですが。いずれにせよ、この先データは増えるばかり(の予定)なのだから、一気に数十MB単位で増量しなければ。有料だけど。

 などと心配していたら、あと少しというところでserverからerrorを返される。仕方がないので急遽JPEGファイルの圧縮率を最高にして保存。画質が落ちますが、ご了承下さい。余裕が出たら、もう少しきれいなファイルに戻します。


2001 Mar.27

 テープ起こし。なかなか集中できず、だらだらとやっていたらあっと言う間に1日が終わろうとしている。写真はハードディスクにコピーして下見しただけ。火曜日までに更新できたら、と考えてはいたのだけど、結局無理。明日には終わらせなければ。

 それにしても等々力の風。予想外に強かったようで、録音に一部ノイズが乗っていて聞き取りにくい箇所がある。わずかですが、省略を余儀なくされた部分があることを、どうかご了承下さい。こういうのは外部マイクを付けたら改善されるのだろうか。あまり大げさな装備にしたくは無いのだけど。お金も無いし。手をかざすとか、アイデアでカバーするか。


2001 Mar.26

 24日分の日記を書くので手一杯。読みやすさとかを全く考えずに書き散らしているのがもろバレです。もっと読み手のことを考えて簡潔に書かないと、とは思うのですが、なかなか上手に書けません。って子供の言い訳みたいだなあ。書いていてますます情けなくなってきた。自己嫌悪。考えすぎると煮詰まってしまうので、これはこれで完成ということにします。明日はテープと写真に手を付けなければ。別件で用事もあるし、集中しないと。


2001 Mar.25

 昼まで爆睡。さすがにエネルギー不足を感じ、起き抜けに焼肉弁当系を食べてしまう。今日も個人的な理由で更新作業に取りかかれず。どうも申し訳ないです。

 晩飯を食べた某店、ずいぶん久しぶりに行ったら何となく味も雰囲気も変わっていて、ちょっと複雑な気分。正直な話、コストを切り詰めているのが割とあからさまに感じられてしまって残念、といったところ。コストダウンは別に悪いことではないのだけど、こちらの期待が大きすぎたのかもしれず。それなりのレベルを維持していく、というのは結構難しいことなのだなと痛感。

 帰ってmailをチェックしたら早速お便りが。ご夫婦ということなのですが、それらしい方々と何組もお会いしたので、どなたなのか判断できません。ごめんなさい。ドイツvsアルバニア戦(渋い!)をご覧になるとのことなので、かなりのサッカー通とお見受けしましたが。写真を掲載したら、どれに写っているかご連絡いただければ幸いです。ああ、早く作業を進めなければ。


2001 Mar.24

 何とか午前3時に起きる。4時間と寝ていないが、何とかなるだろう。こんな時間に、ポテトサラダを作って朝食。馬鹿だねえ。とは言え、腹が減っては何とやら。食べるものは食べておかないと。

 これを書いている今は、もう5時を回っている。地下鉄の始発ももうすぐだ。何も荷づくりしていない。急ごう。何とかなると信じて。


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(以下は、記憶とビデオを頼りに月曜日に書いています)

 始発の地下鉄を降り、八条口に出る。いつも団体バスが止まっているあたりに、人だかりが見える。近づくと、紫色に身を包んだ人がいる。数人の列に並び、名簿でチェックを受けて5000円を支払う。何も考えず、一番近くのバスに乗り込む。何だか平和な雰囲気だな、と出発を待っていたら、窓の外から声を掛けられる。何と、乗るべきバスを間違えていたのだ。大慌てで席を立ち、ガイドさん達に照れ隠しの言い訳をしながらバスを降りる。正しいバスは京都交通ので、座席は大方埋まっている。空席を見つけ、再び「乗るバスを間違えてしまって」と弁解めいた事を言いながら、腰を落ち着ける。残りの人達も次々と乗り込んで、バスは6時に出発。

 京都東インターから名神高速道路に入るときに後援会の方から簡単な挨拶があった後は、車内は意外なほど淡々とした雰囲気に包まれる。そこかしこから話し声は聞こえてくるのだが、一丸となって盛り上がるような気配は全く感じられない。少し意外。まあ、この先6時間もそんな調子だったら、疲れて応援どころではなくなってしまうだろうから当然と言えば当然か。数年前のキリンカップ、西京極でのペルーvsベルギー戦を思い出す。キックオフの2時間前から、目の前の日本女子代表の試合とは関係なく自国の応援を熱く繰り広げていたペルーサポーター。本番の試合では、後半息切れして静かになってしまってたっけ。先は長い。ペース配分を考えなければ。

 ほぼ2時間おきに休憩しつつ、バスは東へとひた走る。寝ていない割には、弱い緊張感と見慣れない風景とで背筋が伸びる。磐田、藤枝、清水と聞いたことのある地名が通りすぎていく。やがて、高そうな山が見えるたびに、そわそわした気分が周囲から伝わってくるのを感じる。みんな関西人だなあ。だが、富士山は雲に包まれていて、その麓しか窺うことができない。みんなそれと気付いたのだろうか?

 神奈川県に入り、関東の風景が車窓に広がってくる。果てしなく続く丘陵を埋め尽くす、家々とマンション。名古屋周辺ほど平坦でもなく、京阪神ほど山は見えない。12時を過ぎ、東名川崎インターを降りる。ほぼ予定通りか。しかし、川崎市内は予想以上に走りにくい所だ。旧街道は狭くて、交通量をさばききれていない。バスがジグザグに走り、方向感覚があやふやになってきた頃、照明灯が見えてくる。反対側には富士通の巨大なビル。嫌でもアウェイを意識させられる。京都に来るサポーターも、京セラや任天堂のビルを見て同じような気分になるのだろうか。バスを停めるのに手間取っていたが、何とか降車。12時半を過ぎて、等々力陸上競技場に到着する。

 スタジアムは、案外と言っては失礼だが悪くない設備。屋根が羨ましい。スタンド1階の立見席も、話に聞くかつてのイングランドのスタジアムにあるそれ―フーリガンがらみの事故で一掃されてしまったらしいが―を想起させる。Jリーグ初期、そう、カズやラモスのいたヴェルディの全盛期にはここが緑一色で埋め尽くされていたのかと思うと、感慨深い。だがそれも今は昔。場内放送が五月蝿い。もう少し音量を下げて欲しい。録音できるのか心配になり、マイクテスト。どうにか聞き取れそうだ。でも、最初に声を掛けるのは、毎度のことながら腰が引けてしまう。みんな腹ごしらえや応援の準備に余念がないし。周りを観察し、バスで前の席に座っておられたご夫婦(?)にアタック。事情を説明すると、快く応じて頂けた。その後も会う人みんなに快諾してもらえ、ずいぶんと作業がはかどる。これもアウェイ故の連帯感のなせる業か。関東在住の方とも話ができ、少しだけ距離が縮まった気分。

 試合開始も近づき、各種のセレモニーが続く。『威風堂々』の独唱はともかく『幸せなら手をたたこう』の替え歌は、正直どこか間が抜けている。これが川崎流なのだろうか。観客増員―多分子供たち―のためとはいえ、チーム側の苦労が偲ばれる。スタメンは前節とほぼ同じ。後で気付いたが、松川の名前が無い。聞けば、風邪とのこと。川崎はエメルソンに尽きる。どう押さえるか、厳しい試合になりそうだ。

 2時過ぎ、キックオフ。前半4分、早速ペナルティエリアに切り込んできたエメルソンを倒してしまい、PK。きっちり決められ、先制を許す。やはりスピード・技術とも別格だ。でも、倒されると割と長く転がっているのが気になる。それを差し引いて余りある働きをするとはいえ、味方だとイライラするかもしれない。アウェイだが、一方的に押されるような展開にはならず、中盤から前もそこそこ作れて悪くない。しかし得点には至らず、1-0で前半終了。エメルソンという最終兵器の有無が、前半戦の差だろうか。だが組織力ではさして見劣りしているとは思えない。

 ハーフタイム、今日も声を掛けることが出来ない。しかし15分の間にトイレや食事を済ませたいだろうから、遠慮すべきなのかもしれない。ごく近い人や、暇そうな人ならOKなのかもしれないが。無理強いは出来ないし、するつもりも無いので、やはり試合開始前に勝負をかけるべきだろう。でも、これも自分への言い訳かもしれない。悩む。ともかく、持ってきたカロリーメイトと野菜ジュースで昼食。そうこうするうちに、後半が始まる。

 後半11分、前半のエメルソンが倒されたプレーを再現するような形で、上野が倒され、PKを得る。これを何と、野口が決めて1-1の同点に。途中、ピオトルが太股を傷め(?)、後半20分に石丸と交代。その後もややサンガペースで進んでいながら、後半30分、ペナルティエリア外からまたもエメルソンにシュートを決められ、2-1。その後、疲労で動きの 鈍った松井を下げて、安を投入、3トップ気味の布陣に。これが功を奏したか、直後に野口
 エメルソンは最後にはゲームから消えていたように思う。運動量の問題なのか、サンガの守備が良かったのか。何にせよ、彼がいないとフロンターレの攻撃力は相当落ちる。そう、後半はチーム力の差。贔屓目だが、今日ぐらいは言い切っても許されるだろう。1人の力で局面を打開するのではなく、選手それぞれの力を重ね合わせることこそが、長いシーズンを戦い抜く上で重要ではないか、ということを再確認できた。パクが代表に召集されたり、誰かが怪我をしても安定した力を出せるようになれば、きっと結果もついてくる。そんな希望が沸いてきた。

 試合終了後、再び声を掛けてみる。皆、一様に明るい反応を返してくれる。これで負けていたらどうなっていたのだろう。そんな状況もきっとあるに違いない。心配はその時まで先送りしておこう。

 撤収作業を終えた人から三々五々スタンドを後にする。バスが離れたところに停めてあるので、そこまで自然と集まって行動してしまう。メインスタンド前には選手の出待ちをするフロンターレファンの人だかり。良く見ると、紫色のレプリカを着た人もちらほら。頭上には、一分咲き程度だが薄いピンク色の桜が咲いている。どこか平和な春の日。まるで大人の遠足だな、心の中で呟く。公園内のグラウンドでは、少年サッカー大会なのか、清水エスパルスのユニホームを身につけた子供たちが並んで、コーチの話に耳を傾けている。この中の誰かが10年後にはJリーガーになっているのかも、と思ってシャッターを押 す。

 バスに戻り、隣の席の人と勝利を喜び合う。フィルムが1枚残っているので、記念にと撮らせてもらう。掲載は断られたが、しばらく話し込む。お子さんがGKで、松永コーチ(当時は選手)との幾つかの縁について嬉しそうに話しておられたのがとても印象に残る。本人も最近GKとしてプレイされているそうだが、お子さんからの影響なのだろうか。やがて全員がバスに乗り込み、帰途につく。

 行きには乗っておられなかった後援会の方がご挨拶。喜びが緩やかな拍手の波に乗って流れてゆく。混雑した道をバスはゆっくりと抜けて、再び東名高速に入る。1度トイレ休憩し、その次のS.Aで食事休憩。ちょっと古い施設、愛想が良いとは言い難い対応、貧弱なメニューと今一つな感じ。時間も無いので、揚げたジャガイモに慌てて齧りついて、口の中を少し火傷する。今日はイモの日か。出発時刻になっても何人かが戻らない。混んでいたレストランで料理がなかなか出てこなかったらしい。イモで正解ってのも何だかなあ。

 S.Aを離れ、お楽しみタイム。ビンゴゲームでレプリカユニやカズTシャツ(サイン入り!)の争奪戦。何列もリーチがかかったけれども景品GETはならず。それでも楽しい一時を過ごす。ところが、浜松―浜松西IC間が事故のため通行止めで、迂回することになる。出口近くも渋滞。今日中には帰れそうにない、とそこかしこから携帯で連絡を取る声が聞こえてくる。バスは浜松市内をぐるぐると走り、再び高速に戻ったのは10時を過ぎていただろうか。TVを点けると、地震のニュース。車内がざわめく。広島で震度6とのこと。かなり大きい。死者も出たようだ。京都はどれくらい揺れたのだろう。代表がフランスに5-0と大敗したことも知る。でも、これで良いのではないか。2002年に結果を残せれば良いのだから。

 いい加減疲れてきて、うとうとする。気が付けば12時近く。スーパーサッカーを見ようとチャンネルを探しているが、なかなかきれいに映らない。ようやく安定すると、お待ちかねの川崎vs京都戦。エメルソンに先制され、後半に野口のPKが、という時に電波が途切れる。落胆の声。またチャンネルをスキャン。次に現れた画面は、松井のインタビュー。結局どんな風に報じられたのかわからずじまい。仕方ないか。それより滋賀県まで来たことの方が嬉しい。

 12時半を過ぎて、ようやく高速を下りる。途中、前の席の人達が外環状線のあたりで下車。自分も烏丸五条で下ろしてもらえるよう頼む。隣の人は、堀川五条。梅津までタクシーで帰られるとのこと。明日は試合があるそうなので、結構大変そうだ。息子さんによろしくと挨拶をして、バスを降りる。19時間の長旅もあと少し。烏丸通を歩き、コンビニに寄って帰宅。時計を見ると、1時半も近い。焼きそばとビールを胃に収めつつ、web brouse。しかし、1時間ほどで力尽き、布団も敷かず床に身を横たえ、意識が遠のく。疲れた。でも良かった。



2001 Mar.23

 デジカメのテンプレートをフロンターレ戦用のに書き換え。試みに自分のmail addressも入れてみる。レイアウトがちょっと窮屈になる。URLとmail addressは、TimesフォントのBoldにしてみたのだけど、どんなものだろう。前使っていた、最初からBoldにデザインされているフォントの方が見栄えは良いのだけど、あんな小さいスペースだと違いもわからないか。まあ、小さなこだわりということで。

 思い立って、タオルマフラーを購入。黄色の入った方を選ぶ。バンダナを頭に巻いてると、寝癖ならぬ“巻き癖”が付いてしまい、帰り道がみっともなかったりする。巻きっぱなしで地下鉄に乗るほど肝は座っておらず、レプリカユニを買うほどの金も無し。きっと役に立ってくれるだろう。明日のフロンターレ戦がデビューか。

 それにしても、5:45集合は危ないなあ。気を張っていれば大抵大丈夫なのだけど、まれにぽかをやってしまうこともあるし。ま、大丈夫と信じて明日に備えるしか無い。

 関係ないけど、ミールが無事、南太平洋に落下。夜のニュースで空を横切る光球の映像を見ると、SFやアニメの世界がそこにあるのを感じる。「空が落ちてくる」と言うにはまだまだ小さいけど、爆発するスペースシャトルと同じ軸の上にある、歴史の1ページを目にした日。


2001 Mar.22

 昼頃、後援会からアウェイバス申し込みについて確認の電話。もし乗り遅れたらどうなりますか?なんて質問したら、キャンセルに近い扱いにはなるけど、申し込みをお断りしている方もいるのでなるべくそういうことのないように、と釘を刺されてしまった。まあ、そうですよね。でも、5:45集合6:00出発というスケジュールは、真面目な話ギリギリだ。地下鉄の南行き始発が京都駅に着くのが確か5:42。乗り損ねたらアウト。京都に戻ってくるのも12時頃だそうだし、遅ければ歩きも覚悟だなあ。後先考えていても仕方がないので、腹をくくってバスに乗り込もう。


2001 Mar.21

 フロンターレ戦のアウェイバスを、後援会事務局に問い合わせる。あと2席しか残っていないと言われ、慌ててコンビニからFAXを送る。これで申し込みできたのだろうか。初めてのことなので、今からちょっと緊張気味。関東遠征も初めてだしなあ。ま、何とかなるだろうと自分に言い聞かせながら、ローソンでチケットを購入。1800円って高いよ、と思ったが、よく考えれば去年の西京極A席の値段だ。今年は1000円。回数券でもっとお徳。有り難いことです。

 ようやくテープ起こしと写真の整理が完了。2回目ともなると、試行錯誤が少ない分は早く進んだ気はする。遅くなったのは、3日間作業をしなかった自分の責任です。どうもすみませんm(_ _)m。


2001 Mar.20

 朝、mailをチェックすると新着が2通。1通はプロバイダからメンテナンスのお知らせ。3月30日(金)の 10:00〜18:00は、本サイトにアクセスできなくなるそうです。後でトップページにも載せておかなければ。

 もう1通は、全く知らない人から。一瞬「間違いmail? spam?」と思いながらも開いてみる。何と、西京極で話を伺った方からの、初めてのお便り。その時は写真の掲載をお断りされたのだけど、mailで事情を説明して頂き、納得。ともかく、反響があると嬉しいです。 月並みだけど、励みになります。昨日あんなに沈んでいた気分は何処へやら。窓から見える今日の晴天のようです(大げさすぎ)。

 ああ、今日も更新作業が出来ないのが申し訳ないです。色々あって、神戸まで行ってきます。昨年のJ1最終戦以来の神戸。永島に引導を渡され、その引退セレモニーをバックスタンドから見ていたのを思い出します。暮れゆく空に何故か紫色が見えて、「来年もまた続くんだ、精いっぱい応援しよう」と心に誓ったあの日。そう、このサイトの原型はあの日に生まれたのかもしれません。世に出たのは2週間前だけど(苦笑)。


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 ひどく疲れて神戸から戻る。ちょっと体力不足&寝不足な状態で慌ただしく行ったのが堪えたのかもしれない。夕食前に2時間半ほど寝てしまうなんて久しく無かったことだ。でも、まあ行って良かった。

 それにしても、中華街の某豚饅屋さんに連なる行列、何年も前―震災の数年前だっけ―に行ったときには、あんなに長蛇の列ではなかったような気がするのだけど。店の前の広場を埋め尽くすような勢いには驚かされた。列には加わらず、通りすぎたのは言うまでもない。美味しいのは確かなんだけどねえ。中華街も屋台の数が増えて、道端で食べる人がずいぶんいたように思う。連れに言わせると、横浜の中華街は、人出はもっと多かったけど、屋台はこんなに多くなかった気がする、だそうだ。あっちは20年近く前に、親戚に連れられて行ったっきりだから、頭の中にイメージが無いも同然。今年中に行く機会はあるだろうか。


2001 Mar.19

 朝から調子が悪い。体調ではなく、心の調子。昨夜、ちょっと中身の濃い本を読んで、ディープな話をしていたのが、今日にまで残っている感じ。精神的なコンディションが崩れることを「心が風邪をひく」と表現することがあるけど、それよりは「心の二日酔い」とでも言った方が、しっくり来る。本自体は、ある作家(30代後半、離婚して今はシングル)が、友人知人や自分自身の経験に基づいて、生きていくことと結婚とを感情的・論理的に考察したもの。感情と理性との微妙な狭間を、時折ふらつきながらも(筆者曰く「鬱爆弾を抱えながら」)1人で生きている筆者は、「結婚できないと諦める」のではなく「結婚しないかもしれないと覚悟して生きていく」のだ、と記している。その力強い決意、また様々な男女のそれぞれの軌跡を短時間で受容するには、自分はまだまだ器が小さいのだろう。いくら上質な酒でも、飲みすぎれば翌日に残ってしまう。今日は結局、夕方までふらふらと過ごしてしまった。

 という訳で、今日は何も作業できず。期待してきてくださった方、ごめんなさいm(_ _)m。実は明日(20日)も、私用で作業時間が取れません。水曜日を目標に頑張ります。


2001 Mar.18

 日曜日は色々あって、更新作業は出来ず。まあ、時間の使い方が下手なだけなのですが。明日こそは集中してやるぞ、と決意はしてます。気長にお待ち頂けたら、と。

 F1マレーシアGPは大荒れの展開にも関わらず、シューマッハ兄がポールtoウィン。この調子だと独走してしまって「フェラーリ退屈症候群」なんて言われてしまいそうな勢い。ああ、サンガもこんな風に「J2の順位争いもつまんないねえ」と言われるようになって欲しいものだ(と無理やりサンガネタに持って行ってみる)。

2001 Mar.17

 午前中から雨。早すぎやしないかい?>天気。出発の準備中に、デジカメのテンプレートを更新していないのを思い出す。慌てて文字入れ。危ないところだった。

 果たしてこの天気、観客の出足はどうなのか。前節より増えていたら奇跡だよなあ。などとだらだら書いている場合ではない。もう12時。出発だ。


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 スタジアムにはちょうど1時に到着。入場待ちの列に並ぶとすぐ開門。弱い雨がいつひどくなるのか。鏡の前でバンダナを巻き、カメラを取り出す。はっきり言って、スタンドは閑散としている。最初の行列にいた人以外はいないんじゃないだろうか、と思えるぐらいだ。天候次第では本当に1000人を割り込むかもしれない、そんな気さえする。

 まず、男性2人連れ―親子だろうか―に声を掛ける。快く承諾していただき、写真を撮る。今日も幸先良いぞ、と思っていたら、立て続けに断られる。2人とも、スタンド最上段に1人で陣取る方だったのだが、ちょっと無理なお願いだったか。まあ、自分が質問される立場だったとしたら、きっと同じように断ってしまうだろうなあ、とは思う。でも、ちょっと落ち込んで、しばし腰を下ろす。

 気を取り直して、また行動開始。OKを頂き、NOと言われ、写真はダメだが話だけなら、と色々な反応を頂く。試合開始までの勝率は辛うじて5割を越えた、というあたりか。大阪、滋賀と少し遠くから来られた人、望月のファンだけど京都を応援している、というありがたい女性。サッカーをやっている兄弟。断られた人も含めて、声を掛けさせていただいた、全ての方々に感謝。

 試合開始。幸いなことに弱い雨が降ったり止んだりのコンディションで、前節のような辛い思いはせずにすむ。スタメンは一部修正されていて、パクをディフェンシブな中盤に戻し、熱田を右サイド、松川と松井をトップ下に並べるような形。一見して、全体の動きが良くなっているのがわかる。山形戦では、中盤の競り合いにかなり負けていた印象があるのだが、今日は攻守共にそこそこ機能しているようだ。熱田の守備意識が印象的。新潟のGKが、サンガサポに“いじられて”いる。キックが遅いので秒読みされたり、キックの瞬間に名前を呼んだら転けてミスキックしたり。まあ、この程度ならそれほど罪深くもないだろう。ウィットの範囲。でも、点は入らず、前半はあまり盛り上がらないまま終了。

 ハーフタイム、周りの様子を窺うが、人の動きが多くて声を掛けるのが憚られる。迷っている間に、あっと言う間に15分が過ぎ去る。難しい。やるのなら思い切って行かなければ。

 後半開始。入場者数1820人のアナウンスに、そこかしこから溜息が聞こえてくる。これを最低記録、ということにして欲しい。後半19分、上野→黒部と交代。この采配が当たってか、後半22分にパクのシュートをGKが弾いたところを黒部が押し込み、サンガ先制。その後もサンガペースで試合は進む。ところが後半41分、新潟DFセルジオとエンゲルスとの間に一悶着あったようで、セルジオが一発レッドカードで退場。その間のゴタゴタの際にも何かあったようで、FWリンドマールも退場。こういっては何だが、昔の悪いサンガを見ているようだ。4分のロスタイムの後、試合終了。1-0で今季初勝利。大勝ではないが、前節の結果と観客の少なさから来る“もやもや”を吹き飛ばしてくれて、胸のすく思い。

 フィルムが1枚だけ残っていることもあって、試合終了後、少し声を掛けてみる。が、あっさり断られる。そうそう上手くは行かないものだ。ハーフタイムや試合終了後の感想を聞くにはどうすればよいのだろう。まだまだ課題は多い。そう、1週間前と比べて、中途半端に慣れてしまった自分が気になる。相変わらず腰は引けているものの、他人と接するときの姿勢が、少し横着なのかもしれない。この辺は自分ではわからないところだ。出来れば、どんな風に感じたか、とか感想を頂きたいところ。よろしくお願いします。

2001 Mar.16

 明日の昼頃から雨、という天気予報の冷たいお告げ。土曜日の開幕戦を思いだし、憂鬱になる。

 だが、悩んでいても仕方がない。空模様を眺めながら、早め早めに行動しなければ。今夜のうちに、質問事項を練っておこう。いろんな意味で、先週の二の舞はごめんだ。傘も忘れないように。

 開幕戦の録画を、改めて見直してみる。結局はスコアと同じく、山形と大差のない力関係ではないか、という結論にしか至れなかった。雨という悪条件を差し引いても、チームはまだ未完成。というか去年のチームから主力が抜けた状態から大きな上積みはできていない、と言うべきだろう。でも、完成度を高めていけば、相対的な地力はあるはずなのできっと結果も伴ってくるだろう。今から悲観していては、勝てる試合も勝てなくなりそうだ。明日は2000人も入れば御の字。90分で試合が終わり、濡れつつも笑いながら家路につく自分をイメージして備えよう。

2001 Mar.15

 今日は更新作業無し。と言いながらこれを書いているのだから、ちょっと矛盾しているのだけど。3日連続でhtmlとにらめっこしていたら、結構目が疲れた感じ。それなのに映画を観に行く。

 九条通のみなみ会館で、アン・リー監督、チョウ・ユンファ他主演の『グリーン・デスティニー』と、J.L. ゴダールの『はなればなれに』を観る。後者は観客を選ぶが、前者はほぼ万人にお勧め。『マトリックス』張りのワイヤーアクション(ってあっちの方が弟子みたいなものだが)ばかりが注目されがちだけど、むしろ4人(+数人)の男女の愛と憎しみが複雑に、力強く、しかし細やかに描かれている様をじっくりと味わうべきだ。枠組みとしては武侠物の体裁を取りつつも、その実ラブファンタジーと言い切っても良いと、個人的には思う。今月末まではモーニングショーかレイトショーで上映中なので、興味のある人はお早めに。

 ...全然サンガネタじゃないなあ。まあ、こんな日もままあるでしょう。

2001 Mar.14

 ふう、ようやくテープ起こし完了。溜息をつくほどの分量でないのは確かなのだけど、初めてだと何かと勝手が分からず、時間ばかりかかってしまう。

 録音を聞いていて、自分の舞い上がった様子にあきれるばかり。全然会話になっていない。と言うか内容が薄い。今後はちゃんと、最低限の質問事項はメモしておかなければ。写真と会話の段取りも考えておかないと、すごく間の悪いやり取りになってしまう。事前の準備が足りないのだけど、やってみないとわからないことでもある。

 こんな至らない私にお付き合い頂いた3組様には、本当に感謝するしか無い。ありがとうございました。もし、これを読まれる機会がありましたら、よろしければご意見・ご感想をお寄せ下さい。反省材料であると同時に、今後の励みにもなりますので。

2001 Mar.13

 何とか写真を登録。メモリもハードディスクも全然足りないのを痛感。画面も狭いし、色数も足りない。今時、VGA(640*480)で8bit(256色)な環境で写真をいじっている人など少数派なのは間違いない。言い訳じみた事を書いてしまったが、これが現状なのです。

 これでも、テキスト処理する分には十分な処理能力なのだけど、昨日も書いたようにパワー不足なのは否めない。大体、キーボードからしてずいぶん不調だし。htmlをほぼ手書きで書いている身としては、これもまた辛い。特にDeleteとControlの渋さは致命的。

 と言うわけで、昨日の今日なのにPowerBookG4が待ち遠しい。納期は10日後か、1カ月後か。でも、新しい環境になったら、作業の遅れをMacのせいに出来なくなるなあ。それまでにノウハウを身につけて、更新作業をスムーズに出来るようにならなければ。日々精進か。

2001 Mar.12

 ようやく更新作業再開。でも、どこから手を付けたものやら。とりあえず日記から書き始める。銀行に行き、PowerBookG4の代金を振り込む。

 今使っているのは、やはりAppleのPowerBookDuoという、ずいぶん昔のノート型。正直、web関係にはずいぶん力が足りないと感じてきたので、思い切って新機種を購入することに。実は、新品のパソコンを買うのは1988年以来のこと。後は中古を騙し騙し使ってきたので、ずいぶん久しぶりの体験。現金ではなく、通帳の数字だけが移動するというのは実感が薄くて、よく考えるとかなり怖い。しかも無収入でこんな買い物をするなんて無謀な話だが、今年はすっからかんになる覚悟で生きていくつもり。はい、阿呆です。

2001 Mar.11

 個人的な諸事情で、サイトの更新は全く出来ず。これも実は月曜日になって書いている。速報ページにするつもりは無いのだけど、出会った人たちが期待してくれているかもしれない、と思うと、何日も放っておくのはとても心苦しい。一番恐れているのは、見に来たのはいいけど、何も無くて二度と来てもらえない、というパターン。慣れてくれば、サクサクっと更新してアップロード、という体制が出来るのかもしれない。でも、まだその域には至っていない。すみません、ほんの少しだけ気長にお付き合いください。

2001 Mar.10

 どうにか6時起き。3時間しか眠れなかったが仕方ない。

 とうとう開幕。緊張感はあるが、実感はまだない。試合のワクワク感よりも、見ず知らずの他人と上手くコミュニケーションできるのだろうか、という期待と不安がない交ぜになったような気分が、胸の中に渦巻いていると言うべきだろう。

 デジカメ用のテンプレートの目処がつき、一安心。プリントに貼るシールを作ってしまったのはちょっと無駄だったかもしれないが、どこかで役に立つかもしれない。

 朝食を済ませ、ボロボロのページを整理。形になっていない所は、いさぎよく「鋭意作成中」に書き換え。「工事中」という表現、あまり好きじゃないのです。やっていることは大差無いけど。

 そうこうするうちに、もう9時半。サポーターミーティングは11時から。出発の準備にかからなければ。サンガも自分も、幸先の良い船出となると良いのだけど。ベストを尽くそう。

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 ぐしょ濡れで帰宅。身も心も寒い。とにかく辛い時間を過ごした。山形の出足の良さも、途中から降り出した冷たい雨も、2,800人余りという観客数までもが「J2の厳しさ」を我が身に叩き込んでくれたように思う。ミーティングで「こちらが格上。油断してはいけないが呑んでかかるぐらいの気持ちで応援しよう」という話が出たが、それだけではとてもやっていけそうにないと実感させられる。頭一つ抜けられそうなのは、多分川崎Fだけ。後の半分ほどは大差が無くて、最後まで団子レースになるのではないか、という予感がする。逆に言うと、そうなったときにはここで得た勝ち点1、あるいはここで失った勝ち点2が、最後に大きな意味を持つはずだ。あの悪コンディションの中で、少なくとも負けなかったことは評価したい。試合内容は、これから改めてVTRを見直さなければ何とも言えない。ゴール裏は良い所だけど、フィールドを客観的に見にくいのは仕方がないとはいえ辛いところ。

 正直、最初に声を掛けるのは大変だった。辺りを見回し、誰なら受け入れてくれるだろう、誰なら快くOKしてもらえるだろう、と思い悩むうちに時は過ぎ去り、気が付けば2時近く。こんなヘタレなことでどうする、と自問自答する自分の背中を押すために、洗面所に行ってバンダナを頭に巻く。スタンドに戻ると、旗竿を持った家族連れが、目の前の通路を歩いていく。ここで躊躇してしまったら永遠に何も出来ない、と意を決して声を掛ける。

 どこの誰とも判らない妙な奴が、突然写真を撮らせてくれ、と現れたにも関わらず、最初のご家族には快く対応してもらえた。緊張のあまり、何を言ったのかよく覚えていない。胃の痛みだけは、今でもはっきり蘇ってくるようだ。でも、本当に嬉しかった。最初の体験は、後々まで大きな影響を及ぼすものだ。

 結局、試合開始までに全部で3組の方々の写真を撮り、お話を聞かせて頂くことが出来た。自分にもっと、勇気と行動力があれば、もう何組かは確実にアプローチ出来ただろう。選手の写真を撮っていた人。着物姿で1人座っていたご夫人。ハイテンションで応援する若い男性。あの家族連れも、あのカップルも、あの少年サッカーチームも。

 だが、この日はここまでしか出来なかった。雨は確かに降っていた。だが、ハーフタイムにも、試合終了後にも、誰にも声を掛けることが出来なかった。ただ1人、スタンドをうろうろと歩き、いわゆるVゾーンの後で声援を送り続けるのがやっとだった。朴の同点ゴールには歓喜した。延長戦の惜しいシュートには悔しがった。でも、そこまで。それ以上、何かをしようというエネルギーは残っていなくて、唯々早く帰って温かい物を食べたい、熱い風呂に入りたい、という肉体的な欲求しか浮かばなかった。

 こうして、長い1日は終わった。実は、極めて個人的にはもう一波乱あったのだけど、それはここに書くことではないと思う。そう、とても長い1日は、最初から最後まで嵐の中にいるようだった。これからきっと、もっと辛いことが待ち受けているに違いない。でも、3筋の光明が、私を導いてくれる気がする。今日という日を忘れることは無いだろう。


2001 Mar.9

 前日になってサイトを構築し始めるのは、小学生の頃からの悪い癖。夏休みの宿題も、残りあと数日、という時期になって慌てだして、8月31日の夜中に泣きながらやっていたのだから進歩が無い。

 とはいえ、バタバタしながらも深夜には最低限の骨組みだけは完成。これを人に見せるというのも無茶苦茶な話。でも、恥をかいてでも始めなければ、何も動き出さない。とにかく、公開します。問題は山積みだけど、1つずつ解決していけば何とかなるだろう、と信じて。



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