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back.gifユング「錬金術研究」目次

C・G・ユング
「錬金術研究」I

『黄金の華の秘密』註解

(1/7)


[1929年末、ミュンヘンにおいて、ユングと中国研究家リチャード・ヴィルヘルムは、『黄金の華の秘密 — 中国の生命の書 —』を刊行した。内容は、古代中国の文献『太乙金華宗旨(T'ai I Chin Hua Tsung Chih)』(=黄金の華の秘密)のヴィルヘルムによる翻訳・注・テキストの論考と、ユングによる「ヨーロッパの読者のための注解」とから構成されていた。同年の始め、2人の著者は「Europäische Revue」(ベルリン)V:2/8 (Nov.), 530-42に、「Tschang Scheng Schu; Die Kunst das menschliche Leben zu verlängern」(すなわち、「Ch'ang Sheng Shu; 長生の術」)という、「黄金の華」との二者択一的な、非常に簡約な版を刊行していた。

[1931年、ユングとヴィルヘルムの共著が、『The Secret of the Golden Flower: A Chinese Book of Life』として英語版で現れた。訳者はキャリー・F・ベイネス(ロンドンとニューヨーク)、内容に、1930年に亡くなったチャード・ヴィルヘルムを追悼する記念講演を含んでいた("In Memory of Richard Wilhelm,"は『ユング選集』第15巻を見よ)。

[ドイツ語原著の改訂第二版は、1938年(チューリッヒ)に刊行され、ユングによる特別な前書きと、そのヴィルヘルム追悼講演を含んでいる。さらに二つの(本質的に変更されていない)版が続き、1957年、第5の、全面的に改定された版(チューリッヒ)が現れた。これは関連テキスト、『Hui Ming Ching』、翻訳者の未亡人サロメ・ヴィルヘルムによる新しい序文を追加した内容であった。

[Baynes夫人は自分の翻訳の改訂を作成し、これは1962年(ニューヨークとロンドン)に現れた。これはユングの序文と、ヴィルヘルムが追加した材料を含む。彼女が校訂したユングの注釈の翻訳は、バイオレット・S・デ・ラズロ編『魂とシンボル(Psyche and Symbol)』(Anchor Books, New York, 1958.) のアンソロジーの中に現れる)。

[ユングの註釈とその序文の以下の翻訳は、Baynes夫人の版に密接に基づいている。編集者注のいくつかも、そこから 引き継がれてきた。瞑想の段階を示す4枚の図版は、「黄金の花」のテキストを伴うHui Ming Ching所載のものだが、ユングの註釈に関連しているので模写された。ヨーロッパのマンダラの例は、そのほとんどが、異なる文脈においてではあるが、『ユング選集』第9巻第1部「マンダラの象徴に関して」の中に出版されたものである。各章に番号を付けた。— 編集者]。





[目次]

ドイツ語第2版のための序文
  1. 1.ヨーロッパ人が東洋を理解することは、なぜむつかしいのか
  2. 2.現代心理学が理解を可能にする
  3. 3.基礎概念
    1. 回転運動とその中心点
  4. 4.道の諸現象
    1. 意識の解消
    2. アニムスとアニマ
  5. 5.対象からの意識の離脱
  6. 6.完成
  7. 7.結論
ヨーロッパの曼荼羅の例



[邦訳]

 C・G・ユング/R・ヴィルヘルム著//湯浅泰雄・定方昭夫訳『黄金の華の秘密』(人文書院、1980.3.)〔ドイツ語版選集からの翻訳〕。




ドイツ語第2版のための序文

 本書の共著者である私の友人故リヒアルト・ヴィルヘルムが、『黄金の華の秘密』のテキストを私に送ってきたのは、私の仕事が行きづまっていたときだった。それは1928年のことである。私は1913年以来、集合的無意識の諸過程について研究を進めていたのであるが、多くの点で、自分ながら問題が多いと思ういくつかの結論にみちびかれてしまった。それらは、"アカデミック"な心理学にとってよく知られている事柄すべてをはるかにこえたものであったばかりでなく、医学的な、また純粋に個人的な心理学の限界をも逸脱していたからである。つまり、既知のカテゴリーや方法がもはや適用できない広大な現象学的領域が問題になっていたのである。それまで15年間努力して到達した私の成果は、どこにも比較可能な手がかりを見出せないために、宙に浮いたように不安定なものに思われた。私の到達した諸発見が、何ほどかの確実性をもってそのよりどころとできるような人間経験の領域は、どこにも知られていなかった。私が知り得た唯一の歴史上の類似例は、異端思想家〔グノーシス主義〕の記録の中に散見するにすぎなかった。それも、時代的には遠(隔たったものでしかなかった。この歴史的関連は私の仕事を容易にしてくれるどころか、逆に困難にするものであった。というのは、グノーシス主義の教説は、その大部分が思弁にもとづいて体系化されたものであって、直接に心理的経験を記述した部分は、ほんのわずかにすぎなかったからである。 グノーシス主義についてくわしくのベた文献は、ほんのわずかしか残されていないし、既知の大部分は、グノーシス主義に敵対したキリスト教陣営の手に成る報告〔異端反駁書〕であるから、この混乱した、奇異な、容易に見通しのつかない文献については、その内容についても、歴史的由来についても、われわれはきわめて不十分な知識しか持つことができないのである。きらに、グノーシス主義の時代から現代まで千七百年ないし千八百年の時間がたっていることを考えると、この領域に支持を求めることはあまりに大胆に過ぎるように思われた。そればかりでなくこの〔グノーシス主義と深層心理学の〕関連は二次的なものにすぎない場合もあって、大事な点で、グノーシス文献を利用することができないような欠点があったのである。

 私をこの窮地から放ってくれたのは、ヴィルヘルムが送ってきた本書〔太乙金華宗旨〕のテキストであった。それは、私がグノーシス主義者たちの中に求めても得られなかった当の部分を含んでいたからである。したがってこの書物は私にとって、自分の研究の最も大事な成果を、少なくも暫定的な形で公表できる絶好の機会になったのである。

 その当時、私には、『黄金の華の秘密』が中国的ヨーガ〔道教の瞑想法〕に関する経典であるばかりでなく錬金術〔錬丹術〕の書でもあるという事実は、大して重要なことではないように思われた。しかし、その後ラテン語錬金術書を深く研究するにつれて、私の最初の考えが誤っていたことがわかり、本書の錬金術的性格が本質的意義をもっているということが明らかになってきた。ただし、この点についてくわしく立入ることはここでの問題ではない。私はただ、私の研究にはじめて正しい方向づけを与えてくれたのが、この『黄金の華』のテキストであった、ということを強調しておくに止めたい。というのは、われわれは、古代のグノーシス主義と現代人のうちに観察される集合的無意識の諸過程とをつなぐ環を長い間探し求めてきたのであるが、それは中世錬金術の中に見出されるからである[01]

 私はこの機会に言っておきたいのだが、この書をよむに当たって、教養のある読者でさえも、ある種の誤解をしているところが見受けられる。本書の公刊の目的は読者に幸福を手に入れる方法を与えるところにある、としばしば思われたようである。そのように考えた人びとは、私が本書の注解で述べていることを全く誤解して、中国のテキストにのべられた「方法」ばかりまねしようとしたのである。われわれとしては、そのように精神的に低次元な人たちがなるべく少ないことを望むものである。

 もう一つの誤解は、次のような意見が出てきたところにある。その意見によれば、私はこの注解において私の心理治療の方法をのべたのであって、それによって、治療に役立てるために患者に東洋的な観念を吹き込んだ、というのである。私は、この注解によって読者をそのような誤りにみちびくきっかけを与えたとは思わない。いずれにせよ、そのような意見は全く誤ったものであって、深層心理学は経験科学ではなく、一定の目的に役立てるための工夫にすぎない、という広く流布した見方にもとづいている。集合的無意識という考えは,"形而上的"である、という浅薄で知的でない意見もこれと同様である。ここでは実は、本能の概念とくらべることのできる"経験的"な概念が問題になっているのである。多少注意深い読者なら、このことは誰でも明らかに理解できる筈である。
                         C・G・J.
Küsnacht / Zurich, 1938

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