ナイル人ホーロス・アポッローンの
『エジプト人たちのもとにおける神聖文字の表意』の
第2巻
この第二の著作では、余すところの事柄について、あなたのために健全な〔ためになる〕言葉を叙述するつもりである、――ほかの写しによっては、大事な説明を含まない事柄を、わたしが主題としたのは当然である。
1
[星を書いて何を表すか]
エジプト人たちのもとでは、星が書かれると、時には神を表象し、時には夕刻を、時には夜を、時には男性の霊魂を〔表象する〕。
2
[若鷲は何を]
若鷲も男児や円形を表象する。<勃起した男根>とか人間の精子も同様である。
3
[そろえたり踏み出したりした二足は何を]
そろえたり踏み出したりした二足は、冬至の太陽の黄道を表象する。
4
[人間の喉からぶらさがった心臓は何を]
人間の喉からぶらさがった心臓は、善人の口を表象する。
5
[いかにして戦の顎を]
「戦の顎」〔Il. X_8, XX_359〕は人間の両手――一方は楯を、もう一方は弓をつかんでいる手――の象形で表す。
6
[指は何を]
人間の口は指で表す。
7
[手につかまれた恥部は何を]
手につかまれた恥部は人間の慎みを表す。
8
[いかにして病を表すか]
アネモネの花は人間の病を表象する。
9
[いかにして人間の腰とか党争を]
人間の腰とか党争を象形したいとき、われわれは背骨を書く。精子はそこからもたらされるという人たちがいるからである。
10
[いかにして持続(diamone)や安全さ(asphaleia)を表象するか]
オリュクスの骨をもって象形とされることで、持続や安全さを表象するのは、この動物の骨は不壊だからである。
11
[いかにして同心(homonoia)を]
人間二人が右手を挙げて、同心を表す。
12
[いかにして群衆を]
人間が完全武装して弓射するところで、群衆をあらわす。
13
[いかにして測量を]
人間の指は測量を表象する。
14
[いかにして孕み女を]
孕み女を表したいときは、星を伴った太陽のまわりに、二つに分かれた太陽の輪によって表象する。
15
[いかにして風を]
日の出の<方角に>天翔る鷹は神々の風を表象する。なおまた別の方法では、天空に両翼を広げた鷹は、翼を持ったかのように風を表象する。
16
[いかにして火を]
天に立ちのぼる煙は火を表す。
17
[いかにして仕事(ergon)を]
牡牛の角が書かれると、仕事を表象する。
18
[いかにして購い金(poine)を]
これに反して、雌牛の角が象形されると購い金を表象する。
19
[いかにして不敬(anosiotes)を]
戦刀を持った上半身が書かれると、不敬を表す。
20
[いかにして季節を]
河馬が書かれると季節を表す。
21
[いかにして長い時間(polychronia)を]
象の牙は年ごとに大きくなるので、それが象形されると、長い時間を表象する。
22
[いかにして帰還を]
狼ないし犬がふりかえったところは帰還を表す。
23
[いかにして将来のことを]
聞き耳が象形されると将来のことを表象する。
24
[いかにして悪漢や人殺しを]
空を飛ぶ蜂とか鰐の血は、悪漢とか人殺しを表象する。
25
[いかにして頓死を]
夜鴉は死を表象する。夜ごと鴉の雛たちに襲いかかる素早さたるや、死が素早く襲いかかるがごとくだからである。
26
[いかにして恋、<空気、息子>を]
罠は死の狩り立てのごとき恋を、羽は空気を表象し、卵は息子を。
27
[いかにして昔を]
言説や群葉、あるいは捺印された紙は、昔を表す。
28
[いかにして攻囲(poliorkia)を]
梯子で攻囲を。その不規則さゆえに。
29
[いかにして音楽とか無限とか運命を]
7つの文字が2本の指の間に挟まれていると、音楽とか無限とか運命を表象する。
30
[<いかにして>平面上の<11本の>線を]
1本の直線と曲がった線とで平面上の11本の線を表象する。
31
[燕を書いて何を表すか」
息子たちに遺贈された子孫の全財産を表象したいときは、燕をもって象形とする。燕は泥の中に行き交い、死もいとわずに、雛たちのために巣をこしらえるからである。
32
[黒いドバトは何を]
死ぬまでやもめを守り通す女を表象しようとしたら、黒いドバトをもって象形とする。ドバトはやもめであるかぎり、ほかの男とは交合しないからである。
『Physiologos』第28話
33
[イクネウモンは何を]
軟弱で、自分を守るに自力ではなく、他の者たちの助けをかりる人間を表そうとしたら、イクネウモンをもって象形とする。イクネウモンは、蛇に出くわすと、真っ先にこれに立ち向かうことなく、他のものたちに助けを求め、しかる後に蛇に立ち向かうからである。
「エジプト産のマングース〔イクネウモン〕は、「アスピス」と称するヘビ〔コブラ〕を見ると、まず他の〔仲間の〕助力者を集め、それから初めて攻撃する。打傷や咬傷に備えて、自分の体に泥を塗りたくる。それには、まず水に入って(体を)ぬらしてから、地面の上で転げ回るのである」とある(アリストテレス『動物誌』第9巻6章612a)。
ふつう、イクネウモンは、蛇を狩るものとして、太陽の敵アポピスを象徴的に殺すので、太陽の神々の神聖動物であるとみなされた(『エジプトの神々事典』)。
上の記述には、そういう様子が見えないから、かなり後世の思潮の反映とみてよかろう。
34
[マヨラナ(origanon)を聖字で書くと何を表すか]
蟻除けを表象したいときは、マヨラナを聖字で書く。マヨラナは、蟻たちが出てくるところに置かれると、蟻たちを退散させるからである。
35
[蠍や鰐は何を]
敵意ある人間や、別の同一人物に反抗するものを表象しようとしたら、蠍や鰐をもって象形とする。どちらもがどちらをも亡き者にするからである。他者の反抗者や殺害者を表象する場合は、鰐とか蠍をもって象形とする。しかし、素早く殺害する場合は、鰐を象形し、ゆっくり殺害する場合は、蠍を。動かしがたいからである。
36
[鼬は何を]
男のすることをする女を表象したいときは、鼬をもって象形とする。鼬は小骨のような雄の恥部を持っているからである。
「キツネやオオカミやテンやイタチの陰茎のように、骨質のものがある」(『動物誌』500b24)
37
[若豚は何を]
いまわしい人間を表象したいとき、若豚をもって象形とするのは、若豚の自然本性がそういうものだからである。
38
[いかにして度はずれた怒りを]
怒りが度はずれたものであり、そのためにまた、怒る者が燃え立っている場合には、わが仔たちを骨抜きにする獅子を書き、その獅子はおのが怒りによって、骨抜きにされる仔どもたちは、仔どもたちの骨が砕かれるのだから、火を吐く。
『Physiologos』第1話
39
[いかにして老いたる歌い手を]
老いたる歌い手を表象したいときは、白鳥をもって象形とする。白鳥は老いると最も甘い歌を唄うからである。
40
[いかにして自分の妻と交わる男を表すか]
自分の妻と情交中の男を表象したいときは、二羽の鴉で象形する。これらは、あたかも人間がふつうに交わるように、交合するからである。
41
[盲目の黄金虫を書くと何を]
太陽の光線で熱射病にかかって、そのせいで死んだ男を表象したいときは、盲目の黄金虫をもって象形とする。この虫は太陽で盲目になると死ぬからである。
42
[半驢馬〔=騾馬〕を書くと何を]
不妊の女を表象したいときは、半驢馬を書く。半驢馬が不妊である所以は、直系の母親を持たないからである。
43
[いかにして女児を出産した女を]
初めて女児を出産した女を表象したいときは、左に傾いた牡牛をもって象形とするが、男児を〔出産した〕場合は、今度は右に傾いた牡牛をもって象形とする。あれ〔=胎児?〕は、性交〔が終わって?〕から下りるときに、左の方におりると、女児が生まれることを表象し、性交〔が終わって?〕から右の方におりると、男児を生むからである。
44
[いかにして蜂を表すか]
蜂を表象したいときは、馬の屍体をもって象形とする。その死体から多数の蜂が発生するからである。
パラドクサ作家・アルケラオス断片126
45
[いかにして流産した女を表すか]
流産した女を表象したいときは、狼を踏みつける馬をもって象形とする。馬が流産するのは、狼を踏みつけるばかりか、狼の足跡を踏んだだけでも、たちどころに流産するからである。
46
[いかにして神託から自分を癒す人間を]
神託から自分を癒す人間を表象したいときは、月桂樹の葉をくわえたモリバトをもって象形とする。この鳩は弱ると、月桂樹の葉で自分の巣を覆い、健康になるからである。
47
[いかにして多数の蚊を]
まとわりつく多数の蚊をかたどりたいときは、蠕虫を書く。これから蚊が発生するからである。
48
[いかにして、胆汁をもたず、他人からもらう人間を]
生まれつき胆汁をもたず、他人からもらう男を書くときは、まっすぐな尻をもった鳩をもって象形とする。その尻に胆汁があるからである。
49
[いかにして都市に安全に住んでいる人間を]
都市に安全に住んでいる人間を表象したいときは、石をつかんだ鷲をもって象形とする。鷲が海や陸から石をさらい、自分の巣に置くのは、安全に過ごせるからからである。
50
[いかにして、弱々しくて、他人に追随する人間を]
弱々しくて、他人に追随する人間を表象したいときは、野雁や馬をもって象形とする。これは馬を見ると襲いかかるからである。
51
「いかにして、自分の祖国を捨てて避難し、救国しようとしない人間を]
自分の祖国を捨てて避難し、救国しようとしない人間を表そうとするときは、雀や梟をもって象形とする。雀は、狩り立てられると、梟のところに逃げ込むが、そのもとにいるため、押しつぶされるからである。
52
[いかにして軟弱で性急な人間を表すか]
軟弱で性急な人間を表象したいときは、蝙蝠をもって象形とする。蝙蝠は、羽をもたず、襲いかかるからである。
53
[いかにして、授乳し、育て方の美しい女を]
授乳し、育て方の美しい女をかたどりたいときは、これまた歯と乳房をもった蝙蝠をもって象形とする。他の羽を持ったもののなかで、これのみは歯と乳房をもっているからである。
54
[いかにして、合唱舞踏で魅了する人間を]
合唱舞踏と縦笛とでうっとりさせる人間を表象したいときは、小雉鳩をもって象形とする。小雉鳩は吹笛と合唱舞踏とでうっとりさせるからである。
55
[いかにして秘儀の入信者を]
秘儀の入信者や完徳者を表象したいときは、蝉をもって象形とする。蝉は口によって囀るのではなく、背骨によって発声して、美しい節で歌うからである。
56
[いかにして、孤独で、挫折しても同情されることのない王を]
孤独で、挫折しても同情されることのない王を表象したいときは、鷲をもって象形とする。鷲は無人の地に巣をもち、いかなる有翼のものよりも冷酷に襲いかかるからである。
57
[いかにして長い時間の還暦(apokatastasis)を]
長い時間の還暦を表象したいときは、緋の鳥をもって象形とする。この鳥が産まれるとき、ものごとの還暦が生ずるからである。それは次のような仕方で起こる。緋の鳥が命終しようとするときは、大地に体当たりをして、この体当たりによって傷口を穿ち、その傷口から流れ出た霊液(ichor)から別の〔緋の鳥〕が生まれ、これは、生まれると同時に羽が生えているので、父親といっしょに、エジプトにある太陽の都(Helioupolis)へと赴き、そこにたどりつくと、〔父親は〕日の出と同時に、そこで命終する。そして、父親の死後、雛は再び自分の祖国へと立ち去るが、エジプトの神官たちは、その死んだ緋の鳥を埋葬する。
I_35[いかにして、久しぶりに外国から帰国した者を]
58
[いかにして父親に対する愛(philopator)を]
父親を愛する人間を表象したいときは、鸛をもって象形とする。生みの親たちに育てあげられても、自分の両親のもとを離れず、ひどく老齢になるまで、そのもとにとどまり、彼らに対する世話を務めとするからである。
59
[いかにして、自分の夫を憎む女を]
自分の夫を憎み、その死を策謀しながら、ただ性交だけで相手のご機嫌をとっている女を表象したいときは、鎖蛇をもって象形とする。この蛇は、雄と交尾するとき、口を口に合わせ、交接した後、雄の頭を噛みきり、亡きものにするからである。
60
[いかにして、母親たちに策謀する生みの子を表すか]
母親たちに策謀する生みの子を表象したいときは、蝮をもって象形とする。蝮は、地上で生まれるのではなく、母親の子宮を食い破って出てくるからである。
『Physiologos』第10話
61
[いかにして、誹謗中傷によって悪罵され、弱り切った人間を表すか]
誹謗中傷によって悪罵され、そのために病気になった人間を表象したいときは、バシリスコンをもって象形とする。バシリスコンは、自分の息に触れるものらを殺害するからである。
62
[いかにして、火に焼かれない人間を]
火に焼かれ<ない>人間を表象したいときは、サラマンドラをもって象形とする。サラマンドラは<いかなる炎をも鎮火させる>からである。
『Physiologos』第31話
62b
[ ]
〔欠損〕
おのおのの頭部で亡き者にする。
63
[いかにして盲目の人間を]
盲目の人間を表象したいときは、土竜をもって象形とする。土竜は眼をもたず、見ることもできないからである。
「モグラは、ある意味では眼があるともいえるし、まったくないともいえる。なぜなら、まったく見えないし、外からはっきり見えるような眼はないからで、皮膚をはぎ取ってみると、がんらい体表の、眼のために備えられた場所あるいは領域に、眼の領域と黒目とがあって、あたかも眼が発生の途中で退化し、その上を皮膚が被ったもののようである」(『動物誌』第1巻9章)
64
[いかにしてやって来ない人間を]
やって来ない人間を表象したいときは、蟻と蝙蝠の羽とをもって象形とするのは、羽が蟻の巣の前に置かれると、どの一匹も出てこないからである。
65
[いかにして、みずからの破滅を阻止せんとする人間を]
自分の破滅を阻止せんとする人間を表象したいときは、ビーバーをもって象形とする。ビーバーは、追いかけられると、野原に自分の睾丸を引きちぎって投げ捨てるからである。
66
[いかにして、自分が憎んできた生みの子に相続される人間を]
憎んできた生みの子に相続される人間を表象したいときは、背中に別の小猿を背負った猿をもって象形とする。猿は二匹の猿を産むが、そのうちの一匹は溺愛するが、もう一匹の方は憎む、愛する方は、以前は抱いていたのに、これを殺し、憎んでいる方は、後になって選んで、これを育てあげるからである。
67
[いかにして、自分の短所を隠す人間を]
自分の短所を隠す人間を表象したいときは、小便する猿をもって象形とする。猿は、小便すると、自分の小便を隠すからである。
68
[いかにして根ほり葉ほり聞きたがるものを]
根ほり葉ほり聞きたがるものを表象しようとするときは、山羊をもって象形とする。山羊は、鼻と耳で呼吸するからである。
69
[いかにしてふらふらしたものを]
ふらふらしていて、同じところにとどまることなく、時には強く、時には弱いというものを表象したいときは、ハイエナをもって象形とする。ハイエナは時には雄、時には雌になるからである。
「ハイエナは、……陰部について、一頭で雄のと雌のとを兼ね備えている、といわれていることは、うそである」(『動物誌』第6巻32章)。以下、アリストテレスは、ハイエナの陰部について詳細に論じている。
70
[いかにして、短所が原因で敗北した人間を]
短所が原因で敗北した人間を表象したいときは、二枚の毛皮をもって象形とするが、その一枚はハイエナの毛皮、他方は豹の毛皮である。この二枚の毛皮がいっしょにされると、豹の毛皮はその毛をかなぐり捨てるが、ハイエナの毛皮はそうしないからである。
71
[いかにして、自分の敵に遭遇した人間を]
自分の敵に遭遇した人間を表すさいには、右方向にまわるハイエナをもって象形とするが、相手に勝利する場合には、今度は左方向にまわるハイエナをもって象形とする。ハイエナは、追跡されたときに、右方向にまわると、追跡者を亡き者にするが、左方向にまわると、追跡者によって亡き者にされるからである。
72
[いかにして、自分に課せられた貢ぎ物を恐れることなく納める人間を]
自分に課せられた貢ぎ物を恐れることなく死ぬまで納める人間を表したいときは、ハイエナの毛皮をもって象形とする。この毛皮を身にまとって、幾人かの敵たちの中を通り抜けようとする人は、誰かに不正されはすまいかと恐れることもなく通過できるからである。
73
[いかにして、自分の敵たちに嫌われた人間を]
自分の敵たちに嫌われ、わずかな罰金でのがれた人間を表象したいときは、尻尾の先端を失った狼をもって象形とする。狼は、狩り立てられかかると、尻尾の毛と先端をかなぐり捨てるからである。
74
[いかにして、見えないところから自分に襲いかかるものを恐れる人間を]
見えないところから自分に襲いかかるものを恐れる人間を表象したいときは、狼と石をもって象形とする。狼が恐れるのは鉄でも棒でもなく、石だけだからである。とにかく、これに石をぶつければ、狼がうろたえるのを眼にできるし、その狼が石に当たると、当たった箇所から虫がわくのである。
75
[いかにして、怒りの火を鎮める人間を]
怒りの火を鎮める人間を表そうとするときは、獅子と松明をもって象形とする。獅子が他に何ものをも恐れないことは、燃えさかる松明〔を恐れないの〕と同じであり、何ものにも屈服しないのは、それに〔屈服しないの〕と同じである。
76
[いかにして、熱病にかかって、自分で養生する人間を]
熱病にかかって、自分で養生する人間を表したいときは、猿に噛みついている獅子をもって象形とする。獅子は、熱病にかかると、猿を喰らって健康になるからである。
77
[いかにして、初めの破滅から後に慎み深くなった人間を]
最初の破滅の後に慎み深くなった人間を表したいときは、野無花果に繋がれた牛をもって象形とする。牛は、怒っても、野無花果に繋がれると、おとなしくなるからである。
78
[いかにして、変わりやすい慎みを持った人間を]
変わりやすく、確固としたところのない慎みを持った人間を表象したいときは、右膝を繋がれた牡牛をもって象形とする。牡牛は、右膝を輪で繋ぐと、従順になるのを眼にできよう。しかし、牡牛が常に慎む深くなるのは、性交後、雌に乗りかかることは決してないからである。
79
[いかにして、羊や山羊を損ねる人間を]
羊や山羊を損ねる人間を表象したいときは、これらの動物がコニュザをはんでいるところをもって象形とする。家畜は、コニュザを喰うと、渇きにとりつかれて死ぬからである。
80
[いかにしてものを囓る人間を表すか]
ものを囓る人間を表象したいときは、口を開けた鰐をもって象形とする。鰐は、<夢の中で欠伸をして、肉にみちた歯をもっている>からである。
81
[いかにして、盗人<や>怠惰な人間を表象するか]
盗人<や>怠惰な人間を表象したいときは、頭の上に朱鷺の羽をもった鰐をもって象形とする。この朱鷺の羽で触れられると、鰐は不動となるのを眼にできようから。
82
[いかにして、一度だけ出産した女を]
一度だけ出産した女を表象したいときは、雌獅子をもって象形とする。雌獅子は二度とは妊娠しないからである。
83
[いかにして、最初に奇形児を出産した人間を]
最初に奇形児を、しかる後に健常児を産んだ人間を表象したいときは、妊娠した熊をもって象形とする。熊は凝集した血の塊を産み、しかる後にこれを自分の大腿のなかで形にし、舌で舐めまわして完成するからである。
アリストテレスはキツネについて次のように記す。
「キツネは、雄が雌の背に乗って交尾するが、生まれた子はクマと同様、否、クマよりもっと未熟である。いよいよ産む時になると、遠くへ出て行ってしまうので、妊娠中のキツネはめったにつかまらない。出産すると、子を舌でなめて温め、成熟さす。産児数は多くて四頭である」(『動物誌』第6巻34章、580a)。
熊の産児が極端に小さいことは述べているが(第6巻30章、579a)、舌でなめて成熟させるとは記していない。
84
[いかにして、強く、災厄に対する嗅覚を持った人間を]
強くて、災厄に対する嗅覚を持った人間を表象したいときは、長い鼻をもった象をもって象形とする。象はその鼻で匂いを嗅ぎ、出くわす出来事の主導権を握るからである。
85
[いかにして、愚昧と無知慮をのがれている王たる人間を]
愚昧と無知慮をのがれている王たる人間を表象したいときは、象と牡羊をもって象形とする。象は、牡羊を見ると、逃げ出すからである。
86
[いかにして、馬鹿話をする人間をのがれている王を]
馬鹿話をする人間をのがれている王を表象したいときは、若豚といっしょの象をもって象形とする。象は、若豚の鳴き声を耳にするや、逃げ出すからである。
87
[いかにして、動きは機敏だが、無配慮・無思慮に行動する人間を]
動きは機敏だが、無配慮・無思慮に行動する人間を表象したいときは、象と蝮をもって象形とする。象は、蝮を見ると、逃げ出すからである。
88
[いかにして、自分の墓のことをあらかじめ考えている人間を]
自分の墓のことをあらかじめ考えている人間を表象したいときは、自分の歯を土の中に埋める象をもって象形とする。象は、自分の歯が抜けたのを眼にすると、それをつかんで、それを穴に埋めるからである。
89
[いかにして、完全な人生を生きた人間を]
完全な人生を生きた人間を表しようとするときは、死んだ鴉をもって象形とする。鴉はエジプトでは百年を生きるが、各1歳はエジプトでは4年だからである。
90
[いかにして、内なる悪徳を隠した人間を]
おのれの悪徳を包み隠し、自分を隠して親しい人たちにも知られない人間を表象しようとするときは、豹をもって象形とする。豹は、生き物をひそかに狩り、自分の衝動を控えることができず、他の生き物を片っ端から追跡するからである。
91
[いかにして、阿諛追従によって瞞着する人間を]
阿諛追従によって瞞着する人間を表象したいときは、縦笛吹きの人間といっしょの象をもって象形とする。象は、快い笛の音によって歌うものたちに聞き惚れて狩られること、あたかも快楽によって魅了されるごとくだからである。
92
[いかにして、葡萄酒の豊作の前兆を]
葡萄酒の豊作の前兆を表象したいときは、ヤツガシラをもって象形とする。ヤツガシラが葡萄の時季の前にしきりに鳴くときは、葡萄の豊作を表象するからである。
93
[いかにして、のどちんこが傷ついた人間を]
のどちんこが傷つき、自分で養生しようとする人間を表象したいときは、ヤツガシラと、薬草のホーライシダとをもって象形とする。ヤツガシラは、のどちんこが傷つくと、口にホーライシダをあてがい、旋回するからである。
94
[いかにして、敵たちの策謀から自分でまぬがれた人間を]
敵たちの策謀から自分でまぬがれた人間を表象したいときは、目覚めた鶴をもって象形とする。鶴たちは夜通し目覚めて、秩序正しくお互いに見張っているからである。
95
[いかにして少年愛(paiderastia)を]
少年愛を表象したいときは、二羽の山鶉をもって象形とする。山鶉は、やもめになっても、自分たちだけで満足するからである。
96
[いかにして、餓死しそうな人間を]
餓死しそうな人間を表そうとするときは、嘴の曲がった鷲をもって象形とする。鷲は、としをとると、自分の嘴が曲がって、飢えで死ぬからである。
「年をとったワシの上の嘴は伸びて先がますます曲がり、ついに飢えて死ぬ」(『動物誌』第9巻32章、619a)
97
[いかにして、いつも活動的で意気をもって過ごしている人間を]
いつも活動的で意気をもって過ごし、食事中もじっとしていない人間を表象したいときは、鴉の雛たちをもって表象とする。鴉は、襲いかかりつつ、雛たちを養うからである。
98
[いかにして、気象に精通した人間を]
気象に精通した人間を表象しようとするときは、襲いかかる鶴をもって象形とする。誇り高い鶴が激しく襲いかかるのは、曇り空を観相するからであり、
99
[いかにして、貧窮のせいでわが生みの子を捨てる人間を]
貧窮のせいでわが子を捨てる人間を表象したいときは、孕んだ鷹をもって象形とする。鷹は、三つの卵を産むが、ひとつだけを選んで、他の二つはつぶすのだが、こんなことをするのは、産卵のときに鈎爪を失い、そのため、三つとも子を育てられないからである。
100
[いかにして、両足を使っての活動をいやがる人間を]
両足を使っての活動をいやがる人間を<表象>したいときは、駱駝をもって象形とする。駱駝(kamelos)は、他の生き物の中でこれのみが、腰(meros)が曲がっている(kamptein)、このために「腰曲がり(kameros)」とも呼ばれるからである。
101
[いかにして、恥知らずで視力の鋭い人間を]
恥知らずで視力の鋭い人間を表そうとするときは、蛙をもって象形とする。蛙は血をもたず――ただし、両眼だけは別で、ここには血をもつ――、恥知らず(anaides)と呼ばれる。だから、詩人も〔次のように歌う〕。
大酒呑みの、犬の眼をもった、鹿の心臓の持ち主よ〔『イリアス』第1巻225〕
102
[いかにして、<長時間>活動することのできない人間を]
長時間活動することができず、後になってから足を使って活動する人間を表象したいときは、後ろ脚を持った蛙〔オタマジャクシ〕をもって象形とする。蛙は、脚なしで生まれるが、後に、大きくなると、先に後ろ脚をまずもつからである。
103
[いかにして万人の敵たる人間を]
万人の敵にして、ひとりぼっちの人間を表そうとするときは、鰻をもって象形とする。鰻は、いかなる魚類ともいっしょには見つからぬからである。
104
[いかにして、海で多くのものを救う人間を]
海で多くのものを救う人間を表象しようとするときは、シビレエイをもって象形とする。シビレエイは、多くの魚類が潜水できないでいるのを眼にすると、自分のところに集め、救うからである。
105
[いかにして、有用なもの・無用なものの消尽の仕方が悪い人間を]
有用なもの・無用なものの消尽の仕方が悪い人間を表象したいときは、多足〔蛸〕をもって象形とする。蛸は、多くのものを自堕落に味わうために、穴蔵の中に食い物を貯めておき、有用なものを消尽するや、無用となったものを外に放り出すからである。
106
[いかにして、同部族のものを支配する人間を]
同部族のものを支配する人間を表象したいときは、クワガタムシと蛸をもって象形とする。クワガカタムシは蛸を支配して、第一位をしめるからである。
107
[いかにして、女とつがいとされた男を]
生まれた最初のときから女とつがいとされた男を表象したいときは、孕んだタイラギをもって象形とする。タイラギは、貝殻の中に生まれると、しばらくの後、貝殻の中でお互いにつがいとなるからである。
108
[いかにして、自分のことを気にかけない人間を]
父親、あるいは、自分のことを気にかけず、むしろ家族の者たちに気にかけられる人間を表象しようとすれば、タイラギと小蟹をもって象形とする。この小蟹は、タイラギの肉にへばりついたまま留まり、タイラギ番(pinophylax)とも呼ばれるが、その名のとおりである。とにかく、タイラギは腹が減ると殻の中で欠伸をする。すると、タイラギが欠伸をしたときに、ある種の小魚が近づいてくると、タイラギ番がそのはさみでタイラギを挟む、それでタイラギが気づいて、殻を閉じ、かくして小魚を狩るのである。
109
[いかにして大口をもった人間を]
大口をもった人間を表象したいときは、ブダイをもって象形とする。魚類の中でブダイのみが反芻し、行き当たる小魚は何でも食うからである。
「魚類の中では、いわゆる「スカロス」〔ブダイ〕だけが、四足類のように、反芻するらしい」(『動物誌』第8巻2章591b)
110
[いかにして、自分の食い物を嘔吐する人間を]
自分の食い物を嘔吐して、またもやがつがつ喰う人間を表象したいときは、海鼬をもって象形とする。海鼬は、口をつかって受胎しようとし、泳ぎながら精子を飲み下すからである。
『Physiologos』第21話
111
[いかにして、異部族と婚姻する人間を]
異部族と婚姻する人間を表象したいときは、魚の鰻をもって象形とする。鰻は、海から陸に上がり、雄の鎖蛇と交尾し、すぐに、海にもどるからである。
112
[いかにして、殺人罪で罰せられた人間を]
殺人罪で罰せられ、悔い改めた人間を表象したいときは、釣り針に引っかかった雉鳩をもって象形する。雉鳩は、罠にかかると、尾羽にある棘を投げ捨てるからである。
113
[いかにして、他人のものを遠慮なく食い尽くす人間を]
他人のものを遠慮なく食い尽くし、しかる後に自分のものを消費する人間を表象したいときは、多足〔蛸〕をもって象形とする。蛸は、ほかからの食い物に窮すると、自分の巻腕を喰らうからである。
「「タコは自分自身を食う」という人々もあるが、これはうそで、アナゴに巻腕を食い取られたタコがいうからである」(『動物誌』第8巻2章、591a)
114
[いかにして、美にあこがれる人間を]
美にあこがれながら、美ではなく悪にまみれた人間を表象したいときは、コウイカをもって象形とする。コウイカは、自分を狩ろうとするものを眼にすると、嚢から墨を水中に放出し、そのおかげで、もはや自分を見ることができないようにし、そうやって逃げおおせるからである。
「軟体類〔頭足類〕の中で一番悪賢いのはコウイカで、恐れた場合でなくても、身を隠すために墨を使うのは、このイカだけであるが、タコやヤリイカは恐れた場合にだけ墨を出す」(『動物誌』第9巻37章、622b)
115
[いかにして、子沢山な人間を]
子沢山の人間を表象したいときは、塔に棲む雀をもって象形とする。雀は、度はずれた情欲と精子の多さとに悩まされ、一季に7度雌と交わり、一挙に授精するからである。
116
[いかにして、まとめ人や結びつける人を]
まとめ人や結びつける人を表象したい時は、竪琴(lyra)をもって象形とする。竪琴は、個々の音程のまとまりを守るからである。
117
[いかにして、初めは自分の考えからは逸脱しているが、後には自分の正気を取りもどした人間を]
初めは自分の考えからは逸脱しているが、後には自分の正気を取りもどし、自分の人生に秩序をもたらした人間を表象したいときは、シュリンクス笛(syrinks)をもって象形とする。シュリンクス笛は反省的であり、おのが心にかなった出来事に対して想起的であり、なかんずく、整った音曲を実現するものである。
118
[いかにして、万人に等しく義しさを配分する人間を]
万人に等しく義しさを配分する人間を表象したいときは、雀駱駝〔=駝鳥〕の羽をもって象形とする。この生き物は、他の生き物の翼にくらべ、どこでも、等しい翼をもっているからである。
119
[いかにして、建設好きな人間を]
建設好きな人間を表象したいときは、人間の手を書く。人間の手はどんな建設物でも作るからである。
[『神聖文字法』の終わり]