介護―アルツハイマー病を中心に
妻(当時、48歳)の異常が見え始めたのは長年病床にあった私の父が亡くなり、長男が北海道に就職して家を離れ、長女がカルカッタのマザーテレサのところへ単身奉仕に出かけて、高校生の次男と私の三人になった頃からでした。私は相変わらず仕事に熱中し大抵家に帰るのは夜10時ころでした。妻にとって家の中が急にとても淋しくなった時です。お墓の掃除に行っても掃除道具や身の回りのものを忘れてきて、お寺から電話が掛かってきます。あるいは町内の役を持っていたとき何枚も同じ領収書を発行していて、私が謝りながら回収に回ったこともあります。自転車で出かけて帰りに乗ってきたのかどうかが分からなくなって、置き忘れてくる事もたびたびでした。それでも妻の好きな短歌づくりはまだ出来て同人誌に発表は続けていました。しかしそのお仲間の一人が私に「近頃奥さんは少しおかしいので、良かったら私が精神科のお医者さんに連れていって上げましょうか」といって来られました。京大病院精神科での診察結果は知能指数が低下して小学校3年程度になっているとのことでした。
後で触れる金子満雄先生の著書を読んで、いま後悔するのは、少しでも異常を感じたらその時点で医師と相談すべきであったということと妻が頼りにしていた父が亡くなったときに、それをカバーするように出来れば家族がそのぽっかり空いた家内の心の穴を埋めるように協力すべきであったということです。我が家ではこのとき子供達の独立行動時期と私の仕事の最盛期が運悪く重なり、むしろ逆の態勢に移っていったのです。精神科を訪れること自体に抵抗を感じがちですが、そこで躊躇って遅れてしまうと、その間に痴呆がどんどん進むのです。相談する
医師も薬に頼る先生ではなくて生活指導に目の届く先生を選ぶ必要があると思います。
私の場合遅ればせに精神科のケアを受けさせましたが、カウンセリングが主でしたから、もう少し物理的な検査も含めて診察してほしいと思い神経内科を紹介してもらい、当初1ヶ月検査入院しました。結果はアルツハイマー病(注参照)ということでした。
私は妻の介護を長年してきましたが、経験上、今アルツハイマー病と一括して呼ばれているけれども、将来もっとこの病気の研究が進めばアルツハイマーT型、U型、V型というようにさらに細かく分類されるだろうという予感を持つようになりました。この病気の患者もいろいろなタイプが見られ、一律ではないからです。
認知症にアルツハイマー型と脳血管症があることは広く知られていますが、これ以外にも「レピー小体型」「前頭側頭型」があることを知ったのは最近です。「レピー小体型」は変形性認知症ではアルツハイマー型に次いで多いようです。認知症を知るをご覧ください。
こういう心境にあった最近注に書いた金子満雄先生の考えに接して肯けるものがありました。周囲にアルツハイマー患者を持たれる方はぜひわたしの書いた注に目を通して頂き、さらに金子先生の著書を一読して頂きたいと思います。必ずしも多くの医師たちの賛同をまだ得ておられないようですが、多くの患者を診てこられた先生の経験からの結論は光っています。
アメリカのアルツハイマー協会が「アルツハイマー病を疑う10の症状」改正版を公表しています。注で御覧ください。
一般にいわれているアルツハイマー病は現在のところ原因も治療法も分からないといわれますが、金子先生は遺伝子の異常に起因するものをアルツハイマー病とされ、これは現在治すことも家庭で看護することも不可能だといわれます。しかし従来アルツハイマー病と分類されている患者の90%は「廃用性痴呆」で初期であれば生活改善によって治せるといわれるのです。
これまでの概念でのアルツハイマー病のことに戻りますと、進行を遅くし、症状を軽減する薬は最近2種類承認されるようになってきました。家内の場合はこの様な新薬は使えなかったのですが、その後幻覚も出てきて、勤務先に「今、インドの男の人と女の人が来てはる」と電話があり、2時間ほど掛かって帰宅してみると、電気もつけないで途方に暮れた様子で座っている姿を見たこともあります。「どこに?」と聞くとそこには取り入れた黒白の洗濯物の山がありました。また、徘徊も始まり、夜中に出入り口の戸のところにしゃがみ込んでいることもありました。途方もないところで発見されることもありました。聞いてみると本人は「家に帰るの」というのです。どうやら「家」というのは自分の生まれた家の事と思われ、ずいぶん遠くまで歩いていくのです。一番困ったのは姿が見えなくなっても東西南北どちらへ行ったのか皆目見当がつかないことでした。自転車で探し回っても私は全く見当違いのところを走っているのでした。警察の方もお宅ばかり探しているわけにもいかないので何とかして下さいといわれるので、決心して定年の2年前に急遽退職して妻の面倒を見る決心をしたのです。18年前のことです。
徘徊問題と緊急時の救急車依頼については別項注に書くことにします。徘徊高齢者家族支援サービス事業を行っている市町村も京都府を始めかなりあるようです。各地で担当している部署が違いますから、一度「認知症の人と家族の会」に電話(携帯・PHS不可)されて相談されると良いと思います。「認知症の人と家族の会」が介護について相談のある方に、フリーダイヤルを開設されました。会員でなくても全国無料でいろいろの相談に応じていただけます。月曜から金曜まで10時から15時まで。電話:0120−294−456。
本題から外れるが、孤独死問題についても防止の提言が見られたので、注に付記しておきます
さて、もはや食事の準備も妻は出来なくなっていましたから、私が炊事場に入るのですが、よく「なぜこんなところにいるのですか。あなたさまも家族がおありでしょうから早く帰りなさい」と脅えたような形相でいうこともありました。私が炊事を続けていると、闖入者と思えるらしく、猛烈な勢いで押しのけるような素振りを見せることもありました。そういう時は逆らっても仕方がないので1時間ほど散歩をして帰り「ただいま」と、さも勤めから帰ったようにすると「お帰り」と機嫌良くいうのです。やがて歩くことも出来なくなり、全く炊事場にも興味を示さなくなって、徘徊やこのようなトラブルはなくなりました。
このような異常な行動が出始めたら、ぜひ周囲の人が病人の節目節目の行動の詳細な記録(日時や内容)をして置かれることと、信頼の出来る医療機関でしっかりした診断を受けて置かれることをお勧めします。障害者手帳関係の申請をするにしても、若年性の痴呆で傷害基礎年金の申請をするにしても、信頼される公的機関の診断書(必ずしも公的機関でなくても、適格の医師名は福祉事務所が把握しています。該当医師なら良いのです)と申請者の詳細な申請理由が要求されます。記録がないとか的確な診断を受けていないとこの申請書類をつくるのに、恐ろしく苦労します。介護保険によるサービスを受ける場合も、本人あるいは代行機関の申請が要ります。その時に特記事項として病状を記載せねばならないことがあります。また、かかりつけのお医者さんの診断書が必ず要ります。サービスはこの申請と医師の判断を参考にして調査員が調査し、結果をコンピューター処理して認定されますから、調査員に資料を提供する意味でも、行動の詳細な記録をお勧めするのです。不十分ですと期待するよりも低い程度に認定されかねません。我が国はすべて待っておれば国がしてくれるのではなくて、こちらからの申請で始めて国や地方自治体も動くのです。要介護認定は家内の場合は当初4でしたが、ケアマネージャーさんがされた再申請の結果は2001年3月からは介護度5とすると通達がありました。認定期間も2005年からは2年間に延長されました。介護保険の本質についての私の考えはいま考えていること 43(2000年04月−陰の介護保険−に記しました。ご覧いただけると幸いです。
2003年私が成年後見人となることを家庭裁判所に申請したときにも、申請に必要な医師の診断書を書いて頂くときに、過去の病状記録をすべて提供して参考にして頂き、また家裁にも請求されたのではなかったのですが上に記した病状記録をすべて提供しました。審判に先立って原則として家裁から派遣された鑑定医の診断が行われるのですが、「これ以上の新しい事実はでないと思われるので、鑑定医の診断は省略します」という結果になりました。
私の場合、これまでもそういう資料を材料に、福祉事務所に相談してヘルパーさんを派遣してもらったり、デイケアサービスを受けたり、風呂場の改良や車椅子、ポータブルトイレなどの援助をしてもらって介護の体制を整えました。つい家族の体面などが気になって、人にあまり知られたくないという気持ちが先に立って、隠そうとする気持ちになるのも分からないではありません。しかし、この病気については家族のものもみんな腹を据えて、オープンにする方が隠すことに気を使わなくてすみ、気持ちも楽になって介護に取り組めます。病気なのですから何も恥ずべきことではありません。自分だっていつ、そういう状態になるかも知れません。まして高齢化が進めば進むほど、からだの変調が起こる可能性は高くなります。これは生物の宿命です。こういう心の転換をすることによって、いろいろの社会的サービスも利用できるのです。
家内は1997年9月から病気の進行に伴う嚥下の困難が現れ、肺炎を起こし入院していましたが、12月、鼻から入れた栄養剤注入用のチューブ(マーゲン ゾンデ)と導尿管(俗にバルーン)をつけた状態で退院し、以後完全にその状態でのベッド生活になりました。入浴もケア ステーションからの看護師さんと福祉サービス協会からのヘルパーさんがベッドでのビニール浴を週2回(月曜と金曜)して下さっています。体温測定、マーゲン ゾンデの交換・洗浄(キッチンハイターを薄めたものをチューブに吸い上げることを繰り返し暫く放置後十分に水で洗浄する。)、胃に達していることを聴診器で確認する、病人が抜いたりしていないかの管理、栄養剤の注入などが私の現在の仕事です。退院後は毎週医師の往診をお願いし、私も導尿管の汚れ具合や尿の色の監視と必要に応じての膀胱洗浄、尿量の測定をしていたのですが、家内の場合は膀胱の筋肉の力が弱いのかよくこの導尿管が抜け、その時に直径3cmほどもあるバルーンの摩擦で出血も見られました。
経口で食事を摂っておられる場合に気を付けたいことがあります。必ずしも本人のペースでないのにスプーンで食事を口に運ぼうと仕勝ちです。ことにほかの予定など控えていて時間的に急いているときなど、介護者の都合で早く食事を病人の口に運びたくなるものですが、嚥下性肺炎−−つまり食べ物や飲み物が気管支に入って起こる肺炎の兆候が見られたら慎重でなければなりません。栄養摂取の立場から少々無理を冒しても食事を摂らせようとされる気持ちはわかるのですが、私の経験から言えばこれは危険です。ことに相手が老人ならもはや基礎代謝量が衰えていますから、病人の立場ではむしろ食事を減らしてもらう方が誤嚥性肺炎を起こすよりもましだと思います。
1999年3月急に高熱を発し入院、抗生物質の投与を受け恢復、4月1日退院しました。熱の原因は胆嚢管の結石が疑われ或いは導尿管からの細菌感染かも知れないとの医師の診断でした。退院に当たっては入院中導尿管の使用を止めて居られましたので、ともかくそのまま退院させてくれと依頼し、1ヶ月の様子を見てから導尿管の使用は判断すると私の方から医師に申し出ました。その後1ヶ月観察し、今の方針ではこのまま導尿管なしで行こうと思い、連休明けには往診に来られた先生にその旨申しました。確かにオムツを5時間置きには交換せねばならず手間がかかりますが、本人には導尿管がない方が気持ちが良さそうですし、尿路感染の可能性も圧倒的に低いのです。大きいオムツと尿パッドを併用していますが、濡れ具合によって大きいオムツの方も取り替えます。あまり濡れていなくても、細菌の繁殖を考えるとケチケチしないで交換することを心がけています。尿路感染を防ぐにはオムツの節約は無意味です。またベッド上での入浴介助も、看護婦さんは導尿管がない方が陰部洗浄がしやすいと言っておられます。こういうわけで可能な限りオムツの使用で対応しようと思っています。交換は起床時・午後2時前・夕方7時半、最終時間は23時30分前後で朝までそのままです。このように書いてから既に10年以上経過しました。この間、病状は安定し、発熱もありません。最近は病状の進行からか一日の大半は静かに眠っています。時たま熱が38度前後になるのですが、原因は胃からの逆流物が気管支に入ることによるようです。その都度パセトシンなど抗生物質で対処しあるいは短期の入院となります。この現象はマーゲンゾンデを使っていると起こりやすいので「胃ろう」の方がよいと言われますが、器具挿入部でタダレが起こってセット交換手術が必要になったり、挿管後次第に太い管に交換する過程で腹腔へ挿入して腹膜炎を引き起こし、患者を死に至らしめているケースが病院で頻発しているのを知ると、当分現状のままで行こうと思っています。
もちろん医師は大切にせねばなりませんが、やはり日常の管理という点では家人の方が密接に観ていますから、すべてを医師に任すよりも家人が主体になって、必要なこと、分からないことに医師をアドバイザーとして活用するという姿勢も大事なような気がします。医療の側では看護師の不足ということもあって、患者の立場よりも医療の立場での能率の良さを優先している側面もあります。必ずしも患者に快適を保証するものではないのです。亡くなられた入院患者の口中に蠅の幼虫(つまりウジ虫ですね)が発生していたことが報じられるこの頃ですから、うっかり病院に任せられないのです。
これから益々在宅看護のウエイトが大きくなると思うのでこういう姿勢も大事だと経験上思います。近頃では家内はまったく自分で意思表示はできませんから、日常的に介護しているものがよく観察して病状を読みとり判断する必要があります。おそらく日常的に接していない医師よりもこの点では優れた判断ができるとも思います。毎週の往診の前日には過去1週間の概要と要求事項を整理し、看護ステーションの看護師さんの残された記録と一緒にメモにして往診にこられた医師に渡しています。こうしますと医師への連絡漏れができませんし、私自身の反省にも役立ちます。どのような病気でも病人一人一人みな細かい点では違いますから、医師の一般論では処理できません。
家内が一日の大半眠っていることを記しましたが、入浴の補助介護に見えるヘルパーさんももったいないからと家内の寝室の電灯を消してしまわれることもありました。しかし私は昼間は極力明るい電灯をつけておくようにしています。夜は家内のベッドの傍らに布団を敷いて私も横になるのですが、そのときには豆電球だけ残して他は消灯します。この理由は往々病人の睡眠の昼夜逆転が世間ではいわれます。これは睡眠のリズムが狂ってくるからで病気が原因の場合もありますが、一番大切なのは明暗のリズムを病室でも健康なときと変えないことです。「昼は明るく、夜は暗く」というリズムは、仕事をしないので一見照明を必要としない病人の場合にこそ大切なのです。むしろ人工的に照明を加減して明暗のリズムを保たなければならないと思っています。少しでも刺激になるようにラジオか音楽CDを昼間はできるだけ大きく流すようにもしています。
病人のベッドは暗くなりがちです。訪問者にも私にも少しでも明るい印象を持てるように、以前ソニーファミリークラブから通販でポルトガル製の明るいロングタオル(180x110cm:5000円)を4枚買い、シーツ代わりに使ってきたのですが、予備が減ったので、楽天市場で検索しデザインも面白いロングタオルを買いました。
現在家内は寝たきりですから、数年前に一度床ずれができたことがありました。一度できるといくらオルセノン軟膏を塗ってもなかなか治りませんでした。かなり深い穴が開いてしまって、肉がなかなか盛り上がってこないのです。家内は現在72才ですが、栄養状況は食事代わりに投与している大塚製薬製のTwinlineで確保できているのでしょう、その後何とか治癒しました。中国製のムートンに横たわっているのが良いのか、以後床ずれなく過ごしています。私は毎朝、下腹部を清拭してやりますが、以前床ずれができたところをよく観察し、血の循環を助けるため清拭に使った手拭いで床ずれ跡の周囲四方を10回ずつのマッサージします。さらに床ずれ跡をポンポンと40回叩きます。その後患部にウレパール(現在比較のためにセキューラPOを試用中)をオムツをかえるたびに塗布していますが、結果はよいようです。皮膚の色が変わったり爛れかけたりして多少怪しいときは、早めにテラジアパスタをすり込むようにしています。こうして、日常体位変換も全くしていませんが、ここ数年床ずれはありません。床ずれの兆候が見られるときは最近はDuo Activeを貼って全快を計っています。
頭部の湿疹の治療にとムートンの車椅子用クッションを枕代わりに使ったことがありますが、少し厚めで枕としては不向きでした。このときはまた床ずれができましたが、クッションの使用を止めDuoactiveで患部を覆いました。治療効果は高かったです。
寝たきりになりますと、とかく関節が固まってしまって、オムツを換えるのさえ困難になりかねません。家内は現在週3回マッサージ師に来てもらって関節の柔軟運動を施してもらっています。2003年少し左の腕が屈曲しがちになってきましたが、それでも効果は大きいように思います。この運動の 後半、ベッドに腰掛けさせ私も支えて、肩の辺りをマッサージしてもらっています。寝たきりの家内にとって、このとき頭にも背中にも風が通り、短時間とはいえ垂直に背骨を支えて腰掛けるので良いようです。
家内は自分の意思表示が出来ません。健康なときも歯が良い方ではありませんでしたから、虫歯でも出来て歯が痛くなったらどうしようというのが私の一つの悩みでした。もはや歯科医を訪ねることもできないので、いろいろ探しましたら2キロほど離れたところにある歯科診療所が往診しておられるのを知りました。それ以来毎月2回歯科医の往診で詳細にチェックしてもらい、その医師の指示を受けた歯科衛生士さんに毎週1回来診処置をしてもらっています。これで安心できました。週2回の入浴日に見える看護師さんも簡単な歯の掃除はしてくださるのですが、連休などで衛生士さんも看護師さんも見えない日が続きますと、衛生士さんの話では相当プラークが歯に認められるようです。各地に歯科医の往診情報を知らせてくれる保健所があります。私と同様の心配をされている方は一度保健所に相談されてはいかがですか。来診される歯科医の指導下で私も毎朝綿棒にイソジン液を含ませて、家内の上下の歯茎と歯の間を簡単に消毒しています。これではプラークは除けませんが、消毒はできて歯茎部分の膿の滲出防止にある程度役立っているようです。最近はその後和光堂の口腔ケア用口中清浄ティシュで唇と頬の内側を拭き、続けてネオステリンを滴下した水を含ませた舌苔用のブラシで舌を清掃しています。肺炎の予防にもなるそうです。
冬は空気が乾燥しがちです。乾燥注意報が出ると米国製の加湿器を運転しています。また唇の乾燥も防ぐために資生堂製のリップジェリーを毎日朝夕塗布してやります。リップスチックは入手しやすいのですが、ジェリーを売っている店は比較的少ないのです。唇の乾燥は荒れを生じ、痛みをもたらします。幸いエアコンのリモコンが湿度を表示しますので55%を目安に調整しています。
一般にアルツハイマーの人は早く死を迎える様ですが、私の家内も既に発病してから23年経ちます。さらに朗報は2004年6月5日自宅で亡くなったアメリカのレーガン大統領は1994年発病してから10年、93歳でしたから、天寿を全うされたのです。
介護もこのように時々刻々遭遇する場面が変化していきます。その時々の対応が大事で先のことをむやみに心配しても意味がないことも多いのです。家内の様子を見ていますと、日常的な次元では応対は無いのですが、何かもっと深い感情の奥底は生きていてその次元での反応が時には見られるような気がします。(注)。患者も感情は恐らく最後まで残っていますから、すべて病気がさせているのだからと思って逆らわず、患者の気持ちを和らげることが大事だと思います。逆らうと患者も素直でなくなって、結局そのとばっちりを味わうのは介護者です。聴覚も長く機能しているように思います。ですから、自分が耳にしたくないようなことは病人の傍らでは話題にしないようにしましょう。聞こえないだろうと思って例えば“いつまでもつだろうか”とか、家内のように口から食事を摂れなくなった病人のそばで、美味しい御馳走の話しをするのは、ひょっとすると病人に聞こえているかも知れませんから、かわいそうです。病人がストレスを持つようになると、介護が難しくなると思います。あくまで気の毒なのは介護されている人だと考えて、介護する側の都合は二の次にする方が、スムースにいくのではないかというのが私の考えです。最近知人が16年の闘病を終わってなくなりましたが、世話をなさっていた奥さんは「介護していると時には何か得られるけれど、亡くなると何も得るものはありません」と電話してこられました。そうだろうと思います。語源辞書によるとcare の語源ラテン語のcaruには「悲しむ」という意味もあり、ケアとは根底に相手のことを思って悲しむというものがあるようです。相手の悲しみを共有するといっても良いでしょう。そういう心を持って当たるのが介護なのです。「ボケ予防協会」が発表した「家族の接し方10カ条」やアメリカのアルツハイマー病患者の詩もキリスト教をベースとしているからでしょう、基本は“愛”だということを歌っています。参考にしてください。やはり妻というのは私のそう長くない一度限りの人生で一番心を通わせた間柄ですから、いくら寝たきりといっても傍にいてくれるのは私自身の励ましにもなっているのです。粗末には出来ません。介護の負担は大きいものですが、日常、介護に携わりその都度優しい気持ちで接せられるのは、私自身にいつまでも優しい気持ちを失わせない効用もあるのでむしろ感謝すべきでしょう。
現状わたしも1時間以上の外出は難しいのです。なにかの弾みで鼻から挿入した管(Magen Sonde)に家内が指を引っかけてしまっていることだってたまにはあります。介護はたいへんに違いありません。しかしこういうこともあるのです。というのは9年前のわたしの大腸ポリープの発見は家内の病気のおかげです。勤めていたときは毎年定期検診が勤め先でありましたが、退職するとその機会がなくなりました。それで当時まだ歩けた家内と一緒に近くの病院の検診を受けました。検便の結果わたしは異常がなかったのですが家内が引っかかり、大腸内視鏡検査ということになりました。下剤の服用がたいへんと聞きましたから、アルツハイマーの家内には無理ではないかと思い、わたしが一度試みてみると医師に申し出ました。その結果わたしの大腸に4cmのポリープが発見され即刻手術ということになったのです。家内の方は再度検便を繰り返し、異常なしということになりました。もしあのときこういうことがなければ、あるいはわたしは大腸癌で既にオサラバしてしまっていたかもしれません。
私の現在の心境は「もっとも不幸な人に、こうならなかったら味わえなかったかも知れない幸せを」です。妻の歌集(“かきつばた”;国立国会図書館所蔵,請求記号KH596-G357;京都府立総合資料館でもご覧いただけます)を編集出版し、妻の友人のみなさんや親戚に配布しましたが、もし妻が人並みに元気に年を取っていっていたら、恐らく歌集の編集をしてやろうなどとは考えず、妻の生きてきた証であるこの歌集も生まれなかったかもしれません。
私の母は昭和20年1月吐血し、胃潰瘍だったと思われますが、当時、戦争中で医師も年取った先生しかおられず、医療器具も薬も手に入らず、先生も手を拱いておられるだけでした。母は1週間後になくなりました。今ならきっと助かったでしょう。現在家内は鼻から入れたチューブを介して注入するTwinlineという栄養剤で生きているのですが、これは大変栄養的には優れているようで、毎月の血液検査結果も良好です。こういう優れたものもイラクのように戦争に巻き込まれると、たちまち入手できなくなり、生存が脅かされるのです。いろいろ看護は大変ですが、それでも平和な現在は恵まれています。平和こそ福祉の基盤だと痛感しています。
昨年2009年の経費を集計しました。家内分の経費概要です。家内はアルツハイマー病とパーキンソン病を患っていますから通常の医療費は負担がないのですが、介護保険になって在宅療養管理指導料が要るようになりました。医療費を負担されている家庭では大変だと思います。
訪問看護ステーション(週2回) 133,742円
診療所(在宅療養管理指導料) 6,380円
歯科来診(在宅療養管理指導料共) 27,950円
歯科 547円
福祉サービス協会(ヘルパー週2回) 72,072円
医科機械店(主としてオムツ代) 75,989円
医科機械店(特殊ベッド借り賃) 18,000円
計 334,680円 (昨年349,410円)
2009年の介護保険料天引き額は私の年金から78,680円(2008年93,180円;2007年95,860円;2006年82,380円;2005年69,680円)家内の納付額は50,400円(2008年57,120円;2007年57,120円;2006年54,420円;2005年46,390円)合計129,080円(2008年150,300円;2007年152,980円;2006年82,380円;2005年116,070円)となりました。高齢者医療保険料は私の分288,693円、家内の分30,110円計318,803円(2008年431,110円;2007年466,400円;2006年349,450円;2005年228,710円)でした。
財政赤字と少子高齢化の日本では、今年地方税・保険料・利用料とも加速度的に引き上げられています。流用される内閣機密費などもってのほかで、せめて低所得老人には配慮して欲しいものです。
「高額介護サービス費」として介護保険から払い戻しが受けられるのは月37,200円(世帯全員が住民税非課税の時は24,600円,老齢福祉年金受給者でしかもその所属世帯が非課税の時は15,000円)以上支払った場合ですが、この額は介護されている方お一人でなくても、同一世帯で二人以上の介護認定を受けてサービスを利用している方がおられるときは、その合計額に適用されます。
2年に一度程度私のポリープを内視鏡的に処置するため入院が必要になります。それにはまず家内をショートステイさせる必要があり、ケアマネジャーさんに手配を依頼するのですが、これまでの経過からもっとも適当と思われる介護型病院は予約が2ヶ月前の月の第一日に、満床になるのだそうです。家内の介護で久しく同窓会にも失礼していて、友人からはショートステイを利用して出席しないかと言われるのですが簡単には利用できないのです。介護保険もまだまだ改善の余地があります。
近年困ったのは郵便局で家内の入院保険給付を受けたときのことです。本人が郵便局に行けないので私が受け取ろうとしたのですが、委任状が必要だと言うことでした。委任状の様式の中に本人が署名し、誰を委任人にするかその委任人の姓名を書かなければならいところがあります。私が両方とも代筆したのですが、局で本人のサインと代理人のサインの筆跡が同じだから駄目だと言われたのです。この件はそれでも説明してともかく通してもらえたのですが、その後家内の簡易保険満期が来て、また同じ問題が出て来ました。満期は7月11日でしたが、今度は額もやや大きいからでしょうが、郵便局も甘い顔はしてくれず成年後見人を任命する手続きに入ることになりました。法定の成年後見人になるには、手続きが面倒ですし、裁判所の手数料印紙も一般には医師の鑑定料を含めると10万円以上要るようです。「保険」の所の終わりの方もお読みください。成年後見人になるまでの体験も「法定後見人---夫婦・家族も「個」の時代」にまとめて発表しました。成年後見人になってからも日常の事務処理がたいへんです。
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社団法人「認知症の人と家族の会」が介護について相談のある方に、フリーダイヤルを開設されました。会員でなくても無料でいろいろの相談に応じていただけます。月曜から金曜まで10時から15時まで。電話:0120−294−456です。どうぞ!
家族の会にはホームページもあります。
このホームページに掲載されている痴呆関係のリンクは充実しています
電子メールで、なにか介護の参考になる本を教えて下さいという方もあります。私はさし当たって、次の本をお薦めします。
長谷川和夫・五島シズ 共著 「痴呆のお年寄りの介護」
定価 税とも1,575円
東洋出版(112-0014 東京都文京区関口1―44―4 電話 03-5261-1004(代)) 発行
日本認知症ケア学会は、認知症ケア専門士認定試験を2005年から実施しておりすでに施設、団体で認知症ケア専門士が働いている所もあります。詳しくは日本認知症ケア学会をご覧ください。印象では一般の人に資格を取らせることに重点があるようで、受験者を獲得することに熱心なようです。
最後にアルツハイマ−の薬のことですが、アリセプトの開発者で現在京大大学院薬学研究科教授の杉本八郎氏によると(ぽ−れぽ−れ(認知症の人と家族の会発行:2007年4月)No.321p.13;同誌No.322p.12所載)脳内のアセチルコリンの量を維持するためのアセチルコリンエステラ−ゼ阻害剤として現在日本ではアリセプトだけが承認されていますが他にエクセロン、レミニ−ル、コグネックスがあります。副作用(嘔吐、食欲不振、下痢など)などに違いがあります。この他ナメンダ(一般名:メマンチン)があり、こちらはグルタミン酸の受容体の一つNMDA受容体の拮抗剤です。これは脳内に過剰のグルタミン酸が貯まると神経細胞死が起こるからです。これらの薬は何れも根本的に病気を治すものではなく対症療法の薬物ですが、根本的な治療薬の開発も夢では無くなりつつあるとのことです。ベータアミロイド仮説ではベータアミロイド(Aβ)を生成しないようにAβを生成させる酵素ベータセレクターゼとガンマセレクターゼを阻害する薬とAβを分解する酵素アルファセレクターゼを薬とする方法があり、この3方法のいずれもようやく臨床試験の段階に到達しているそうです。このほかAβワクチンも臨床試験中だとのことで、またアルツハイマー病の原因として注目されている神経原繊維変化を阻害するためにタウタンパク質のリン酸化を阻害する方法の探求もあります。またAβのいくつか集まった状態(オリゴマー)こそ治療の対象と考えている大阪市立大付属病院の神経内科グループでは「これらの治療法はいずれもまだ実用段階には至っていませんが、最近の医学の進歩を考えると、そう遠くない将来、根本治療薬が開発されることが確実であり、期待されると思われます」と述べています(毎日新聞2008.03.14朝刊)。
2010年10月31日のNHKスペシャル「認知症を治せ!」でイギリスの大学でレンバ−が来年最終試験にはいることが報道されました。脳に溜まるアミロイドβの増殖を防ぐ効果が期待されています。また生活習慣病の進行がアルツハイマー病の発症を促進することも知らされました。
国内では治療薬は現在、エーザイの「アリセプト」(ドネベジル塩酸塩)しか承認されていませんが、2010年4月発行のぽーれぽーれ357号(発行 認知証の人と家族の会)によりますと、
”アルツハイマー型認知症の世界的な標準治療薬であるヤンセンファーマの「レミニール」(一般名・臭化水素酸ガランタミン)と、第一三共・アスビオファーマの「メマンチン(メマリー錠)」(同・塩酸メマンチン)、小野薬品工業・ノバルティスファーマの「リバスチグミン(貼付剤
)の国内製造販売の承認申請が厚生労働省で受理されました。いずれも審査に2年ほどはかかる見通し。”
認知証の人と家族の会発行「ぽーれぽーれNo.368(2011.3)によりますとメマリー錠(「メマンチン塩酸塩」の商品名)とレミニール錠(「ガランタミン」(一般名・臭化水素酸ガランタミン)の商品名)は3月中にも使用出来るようになるそうです。またリバスタッチ(リバスチグミンの商品名)、イクセロン(リバスチグミンの商品名)も6月頃には市販されるようで、貼り薬なので胃腸障害が無いようです。
レミニール・リバスチグミンはコリンエステラーゼ阻害剤で、脳内の神経に情報を流すのに必要な物質アセチルコリンの分解を抑えるだけでなく産生も促します。アリセプトもコリンエステラーゼ阻害剤なので併用は出来ません。メマリー錠(メマンチン)は脳の神経細胞が壊れるのを防ぐ作用があり、アリセプトとの併用が可能です。
国内のアルツハイマー型認知症患者は100万人以上とも言われ、現在の治療薬の市場は薬価ベースで約1千億円という試算もあります。
結論的にはいろいろ研究は進んでいるとはいえ、有効な薬の開発には至っていないようです。(「国際的にアルツハイマー病の治療薬の研究進む(アメリカ)」認知証の人と家族の会発行「ぽーれぽーれNo.338(2008.9)」)
治療薬開発の一側面(2010年8月18日reuter他の記事。)これは開発がうまくいかなかった例です。
「米イーライ・リリー社のアルツハイマー病治療薬セマガセスタットは、長期の2つのフェーズ3試験が日本を始め31カ国で2600人以上の参加で行われていた。。
中間の分析結果によると、同薬を投与された患者は、偽薬と比較して認識力と日常の仕事をこなす能力に悪化がみられた。皮膚がんのリスクが高まるデータも得られたという。同社はセマガスタットの開発を中止した。」 |
リウマチ治療薬や市販の鎮痛剤にアルツハイマー病を防ぐ働きがあるとされる説を検証した米研究で、予防効果は期待できない
との結果が出ました。報告は、神経学専門誌「アーカイブズ・オブ・ニューロロジー」2008年7月号に掲載されます。研究の対象となっていたのは、非ステロイド系の抗炎症薬2種。リウマチ性関節炎などの消炎鎮痛剤として使われる「セレコキシブ(商品名セレブレックス)」と、市販鎮痛剤の「ナプロキセン(商品名アリーブ)」です。
2008年11月のアメリカ国立加齢研究所(NIA)の発表では銀杏エキスには認知証の発症にも認知機能の変化にも全く効果がないことが明らかになっています。(ぽーれぽーれ342号 発行 認知証の人と家族の会 (2009年1月))
新しい治療薬の販売を前に、本間昭(認知症介護研究・研修東京センター長)の談話に興味をお持ちの方はアルツハイマー治療薬の効果を得るためにも御覧下さい。
京都新聞(2011.4.21)の記事によりますと、京都府では専門医療機関「認知症疾患医療センター」を京都市内・、府南部・府北部の3カ所に2011年夏をめどに3カ所設置する予定です。認知症患者のかかり付け医や介護福祉施設の相談に応じます。
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