「ゲッケイジュ」(予言の木)の意。アポッローンの祭儀がとって代わり、ゲッケイジュを噛むのがデルポイの巫女たちに限られるまでは、ダプネーを祀る巫女たちが、ダプネーの神殿のある谷間で、ゲッケイジュを噛んでいた[1]。ダプネーの本来の名前はダポエネDaphoene(血まみれの者)であった。それは、ダプネーを熱狂的に崇拝していた女たちが、依然として、血の供犠を行っていた昔の頃のことであった。
狂宴と関連のあったダプネーも、ギリシア・ローマ神話に入ると、純潔なる乙女となり、アポッローンに凌辱されそうになったが、そのとき、ゲッケイジュに変身して逃れることができた。こうしたダプネーの神話は、自分の足もとで生贄となった聖王を女神がゲッケイジュの枝から見下ろしている図像からきたものであったかもしれない。ゲッケイジュは霊感と詩的情熱を与える木であるとされた。そのため、ゲッケイジュの冠は最高の詩人に与えられ、その詩人は「桂冠詩人(a poet laureate)」と呼ばれた。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
「月桂樹」の意味。
ぺーネイオス河の娘でもあり、また大地母神の巫女でもあった。アポッローンがダプネーを追いかけたという話は、あきらかにへレーネスたちがテムぺーの地〔テッサリアにある神域〕を占領したことを物語っている。
このテムぺーの地では、月桂樹の葉を噛んで酔いしれては祝祭におどり狂うマイナスたちの一団が女神ダポイネー(Dafoinhv) （「血なまぐさいもの」）をあがめていた。このマイナスたちの一団を鎮圧してのち — プルータルコスの記述によると、これらの巫女たちは、月の女神がパーシパエーとよばれていたクレータ島へのがれていったらしい — アポッローンは月桂樹を自分の神木とした。それ以後、ピュートーニス〔デルポイのあるピュートーの地の女、具体的にはデルポイの巫女〕以外には、誰も月桂樹の葉を噛むことをゆるされなかった。ダポイネーは、ピガレイア〔アルカディア南西の都市〕でそうだったように、テムぺーでも馬の頭をしていたのであろう。（グレイヴズ、p.122）
〔象徴・不滅性〕 ゲッケイジュは、冬でも落葉しない常緑植物と同様に、〈不滅性〉という象徴的意味と結びつけられる。ローマ人たちもこの意味を忘れてしまうことはなかったらしく彼らはゲッケイジュを、軍事上および精神上の〈栄光〉のエンプレムとした。それにゲッケイジュは昔、雷から身を守ってくれるものとみなされていたが、この特質も上の不滅牲と関連があることは明らかである。
〔中国・象徴〕この不滅性という象徴的意味は中国でも知られている。月にはカツラの木があり(月桂=月中にある桂樹)、仙人がいる(呉剛)と信じられていた。この月桂(桂は薬用植物)の根方では、月の野ウサギが薬草をすりつぶして不死の薬をつくっている(SQUL)。
〔ギリシア・神話} アポッローン神に捧げられた潅木として、ゲッケイジュは勝利によって得られた不滅性を象徴する。それゆえその枝葉は英雄や天才や賢者の頭上を飾るのに用いられる。アポロンの霊木であるゲッケイジュは、勝利の精神的条件、ヒロイズムと結びついた知恵を意味する。
ギリシアでは、ピュティアや占い師たちが予言をする前に、ゲッケイジュを噛んだり燃やしたりしたが、それはゲッケイジュがアポッローンに捧げられた霊木で、予知能力を持っていたからである。ピュティアから「幸先のよい回答」をもらった人々は、「頭にゲッケイジュの冠をのせて家に帰って行った」(LOEC， 52)。ゲッケイジュはアポッローンの徳、霊木との接触によるその徳の分有を象徴したから、したがってアポッローンの加護を保証しその権能の一部を分け与える、アポッローン神との特殊的関係を象徴していた。ミルクと同様、ゲッケイジュは不滅性と神秘の知の、象徴的連想を示すのである。
〔アフリカ} 北アフリカのベニ・スヌ族にあっては、季節祭のとき、仮面を着けた者たちが携行するのはキョウチクトウlaurier-roseの棒である。「この木が選ばれたのはどうでもよいことではない。この木は湿った場所をとくに好むので、農民たちはこの木に数多の浄化能力を付与している。……その小枝は、ーたび生贄の血に触れて聖別されると、人間と目に見えない存在との間に結ばれた契約の明白なしるしとなり、その結果護符としてあらゆる悪霊を遠ざけてくれるのである」(SERP， 370)。
（『世界シンボル大事典』）