〔フランス〕 フランスでヤギについて知られていることは、敏捷さ、あるいは、衝動的に行動する自由を好む気性だけといえる(ラ・フォンテーヌによれば、気紛れ、気儘を表すcapriceという語がラテン語のやヤギ(capra)からきたのはこの気性のせいである)。
〔インド〕 インドでは、ヤギを指す言葉が「未生」も意味するので、ヤギは発現していない根本原質のシンボルである。ヤギは世界の《母》、〈プラクリテイ(根本物質)〉である。ヤギに与えられた3つの色、赤と白と黒は3つの〈グナ(功徳)〉あるいは3つの原初の特質、〈サットヴァ(純質)、ラジャス(激質)、タマス(暗黒の特性)〉に順に対応する(DANA)。
〔中国〕 中国の少数諸民族はヤギを雷神と関係づける。生贄にされたヤギの頭を雷神は鉄床に使うのである。雷とヤギの同じ関係がチベットでも確認されている。ヤギは結局、大地のため、より正確には農業や牧畜のために天が活動するときに使う道具の象徴である。
〔ゲルマン〕 ゲルマン人において、ヤギのハイドルンはトネリコのイグドラジルの葉を食べ、その乳をオーディン神の戦士たちは糧とした。
〔ギリシア〕 ヤギはギリシアでは稲妻を象徴する。〈御者座〉のヤギ、カペラ星は、ゼウスに乳を与えたヤギのアマルティアのように嵐と雨を告げる。
〔神の顕現との関連〕 ヤギを神の顕現と結びつける考えは非常に古い。シチリアのディオドロスによると、ヤギが大地の胎内から煙が出て来る場所へデルポイの人々の注意を導いたらしい。めまいを起こしてヤギたちは踊り、不思議に思った人々はついに大地から発する蒸気の意味を理解した。しかしこの顕現がなにゆえなのかを説明する必要があったので、人々は神託所を創設したというわけである。
ヤハウェはシナイで稲光と雷の中央に現れ、モーセにその姿を示した。この顕現を記念し、幕屋の覆いはヤギの皮でできている。
〔衣服〕 ー部のローマ人とシリア人はヤギの毛で編んだ〈キリキウムcilicium〉という名の衣服を祈りのときに、神との結合を象徴とするために着た。キリスト教徒では苦行衣の着用が同じ意味を持ち、苦行によって肉体を痛めつけ、そうすることで主たる神に完全に自らを捧げることを望む高揚した魂を肉体から解放しようとする。これは修道士の荒布の僧服を連想させずにはおかない。
この点では次のことに留意しておこう。〈スーフィー〉という言葉は、オリエントで一番正統とされている伝承によると、〈スーフ〉から来ているらしい。この語はヤギの毛で作ったフェルトを指し、とくに内部規則の厳しいいくつかのイスラム神秘教団の修道士たちの衣服が決まってこのフェルトで作られた。
〔秘儀伝授との関連〕 オルペウス教徒は秘儀を授かった者の魂を「乳の中に落ちた子ヤギ」にたとえる。すなわちその魂は新加入者の取る栄養を乳として育ち、神の不死の生命へと近づいていくのである。ディオニューソス祭では生贄として殺した子ヤギの皮をディオニューソス神の巫女たちが破った。子ヤギは神秘的な失神状態にあるディオニューソスをときに指す。彼は新たに神の生を得てよみがえったのだ。子供のゼウスはヤギのアマルテイア=Amavlqeiaの乳を吸った。アマルテイアはニンフに変身し、次いで、養育の女神、そして太陽の娘になった。こうした伝承のすべてにおいて、ヤギは物質的意味でも、神秘的意味でも、授乳者、秘儀伝授者のシンボルである。しかしヤギに含まれる気紛れというコノテーションは、神の予想できない恵みの無根拠性も意味しているようである。
(『世界シンボル大事典』)