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レームノス島(Lh:mnoV)

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 女神ミュリーネーの聖なる島。この島では、ギリシア神話にアマゾーン女人族Amazonsとして登場する古代の女性優位の集団が、ミュリーネーに仕えていた。アマゾーン女人族は、自分たちのを1人残らず殺してしまった。それからというもの、彼女らは島の近くを航行する船乗りたちを招いて自分らを受胎させ、部族の人口を維持した。イアソーンとアルゴス船乗組員はレームノス島に立ち寄り、以上の目的を果たした[1]。レームノス島は、古代ギリシア以前の宗教の中心 地の1つであり、ゼウス(父権制)と明らかな対立関係にあった(母権制の)アプロディーテーへーパイストスHephaestusなどの神々に捧げられていた。


[1]Graves, G. M. 2, 223.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



 イアーソーンがレームノス島に立ち寄ったとされているのは、ホメーロスによれば、トロイア戦争のころ、島を治めていたエウネオースがイアーソーンの息子であり、もうひとりのアルゴナウテースであるエウぺーモスがレームノスの女との間にレウコパネース〔「白い姿」〕をもうけて(ツェツェース『リュコプローンについて』886、ピンダロス『ピューティア捷利歌』第四書・455の注釈者)、長くつづいたキューレーネー王朝の祖先となったからである。レームノス島の虐殺は、ここの島民たちが、武装した巫女たちによって支えられる婦人執政社会の形態 — へーロドトスの時代には、リビアのいくつかの部族のあいだで行われていた社会形態 — を今なお保っていたことを示唆しており、そこを訪れたへレーネスたちがこの異例な状態を女たちの反乱という言葉でしか理解できなかったことを示している。ミュリーネーというのは彼らの女神の名だった。(グレイヴズ、p.814)

 女神ミュリーネーというのは、 アテーナー の別名である。
 アテーナー は、リビア人の「愛と戦い」の 女神ネイト である。小アジアへいくと、彼女は偉大な月の女神マリアン、ミュリーネー、アイ・マリ、マリアムネーまたはマリエンナとなり、マリアンデュネー「マリアンの砂丘」や、女権中心のレームノス人の都市ミュリーネーにその名を与えた。またトロイア人たちは、その女神を「身軽に跳び歩くミュリーネー」として崇拝した(ホメーロス『イーリアス』第2書814)。「スミュルナー」も「ミュリーネー」と同じで、はじめの文字は定冠詞である。(グレイヴズ、p.131)

 バーバラ・ウォーカーは、アマゾーン女人族が足跡を残した地方を重視する。このレームノス島がそうであり、レスボス島がそうである。

 "The Amazons of Lemnos"を参照せよ。