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ロザリオ(Rosary)

 ドミニコ会修道士は、ローマの聖サピーナ教会における聖ドミニコスの「至福の幻想」が、ロザリオ(じゅず)の始まりであると偽りの主張をしている。実際はキリスト教徒は、東方の異教徒からロザリオを模倣したのであった。真の起源はカーリー・マーが身につけている「真言のロザリオ」と呼ばれるヒンズー教の「バラのじゅず」japamalaであった。その交互に連なる赤と白のじゅず玉は、カーリー・マーの持つ「母親」と「処女」の姿を象徴していた。point.gifGunas。ロザリオ・ウパニシャッドRosary Upanishadは、カーリー・マーの真言の響きは白であり、じゅず玉の触れ合う響きは赤であると言った[1]。アラビアの詩人は、白と赤のバラを、ともに女性原理のエンブレムとみなし、ロザリオを「バラの園」wardijaと呼んだ。

 ラテン語のrosariumは、14世紀頃までの、もっぱら聖母マリア崇拝にだけ結びつけられていた初期のロザリオを意味した。ロレトの連祷は、マリアを「最も聖なるロザリオの女王」と呼んでいる。ドイツ語のRosenkranz(バラの花輪)は、ときには短縮されて、処女のシンボルである「小さな花輪」あるいは「処女性の花」を意味するKranzleinとなった[2]。東方では花冠は聖なる結婚を表し、男根神の「頭」の周りに飾られた[3]

 持ち運びのできる転経器(経文をしるした円筒型の器具。1回転させると、経文を1度唱えたことになる)のようにロザリオは、くり返し唱えられる祈祷や呪文を数えるために、どこでも使われていた。このような言葉によるまじないを絶えずくり返し唱えることによって、自動的に至福に満ちた死後の世界が約束されると信じられた。『死者の書』Book of the Death*は次のように述べている。ロザリオ(エジプトではヘル〔ホルス〕の像に掛けられた)を用いて唱える定式の祈祷は、「地上にあっては悪から身を護るものであり、死者にとっては現世の人々と神々と完全無欠なる精霊の慈愛を保証する。さらにケルト・ネテル(冥界)にあっては呪文として効力がある。しかし、ウシル〔オシーリス〕-ラーのために、汝自らによって、規律正しく、間断なく、数百万回くり返し唱えられなければならない」[4]

死者の書
 エジプトで死者を埋葬する際に副葬されたパピルス古文書の集成を、一般に「死者の書」と呼ぶ。「死者の書」のテーベ校訂本は紀元前1500年から1350年の間に書かれ、挿絵、頌歌、各章、および記述的な朱書きの標題が含まれる。その中で最も保存状態がよく、典型的な「死者の書」である「アニのパピルス」については、多くの研究が行われている。

 初期のキリスト教徒は最初ロザリオを拒否し、じゅず玉を繰ってくり返し唱えられる祈祷の効力を否定した。イエスは言った。「祈る場合、異邦人のようにくどくど祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞きいれられるものと思っている」(『マタイによる福音書』6:7)。しかし福音書の指示にもかかわらず、キリスト教徒は結局、異教徒のバラの花輪とともに、「くどくど祈る」異教徒の風習を取り入れ、その両方を彼ら自身の信ずる太母神(マリア)に結びつけた。これはヒンズー教徒がロザリオや連祷を、カーリー・マ一に結びつけたのと全く同じである。今日にいたるまで、ロザリオを用いる者は、たいていの場合マリアに呼びかけて、タントラの聖者がカーリー-シャクティに祈るように、死後マリアが彼とともにあることを懇願する。

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 ロザリオととの結びつきは、現在でもチベットの古い宗教の中に見出される。チベットではロザリオのじゅず玉を人間の頭蓋骨で作ることもあり、「破壊者カーリー」が掛けている頭蓋骨のじゅず玉を想起させる。驚くべき一致であるが、キリスト教徒も、ときには骨や象牙に彫刻を施して小さな頭蓋骨を作り、それを連ねてロザリオとした。東方のロザリオには、締具のじゅず玉が甕の形をしたものが多く、この甕形のじゅず玉は他のじゅず玉を生み出すと言われていた。西欧においては、異教の女神も、ロザリオ崇拝の最初の対象であった聖母マリアも、ともに「聖なる甕(Holy Vase)」として知られていた[5]

 回教徒のロザリオには普通じゅず玉が99あり、それぞれにアラーの奇跡を行う力を持つ名がつけられていた。point.gifName 小さいロザリオは33のじゅず玉で作られていて、目じるしによって、11のじゅず玉から成る3つのグループに分けられていた。おそらく33人の神々を、それぞれ11人からなる3つの集団に分けたヴェーダの伝承を模倣したものと思われる[6]。アラビア人はときにはロザリオを、「グリスタン」(バラの園)と呼んだ。これはまた、13世紀の女神崇拝者で、スーフィー教徒の詩人であるシラズのサーディーが書いた神秘的な作品の題名でもある。ヨーロッパの紋章に用いられる赤はgulesと呼ばれるが、これはアラビア語の「バラ」に由来する[7]


[1]Wilkins, 44, 194, 201.
[2]Wilkins, 40, 42, 151.
[3]Larousse, 335.
[4]Book of the Dead, 567.
[5]Wilkins, 45, 58.
[6]Budge, A.T., 437.
[7]Shah, 98.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



[画像出典]
「天竺奇譚」

ヒンズー教の「バラのじゅず」japamala
 japamalaは、もとインドのバラモンが使っていたもので、サンスクリット語で"japa-mâlâ"(念誦の輪)という。これをインド以外の人が"japâ-mâlâ"(バラの輪)として覚えた。サンスクリット語"japa"とは「念誦」の意味であるが、サンスクリット語"japâ"は「バラ」のことであるので、それが西洋に直訳されてロザリオ(rosarium, Rosenkranz, rosary)となった。 — この説は、もと、仏教学者Albrecht Werber(1825-1901)が唱え、日本では中村元を通じて広く受け容れられた。しかし、"japa-mâlâ"と"japâ-mâlâ"とを聞き間違えるほどにサンスクリット語に通暁した者がローマ帝国にあふれていたという妄想を前提にしないかぎり、成り立たない仮説にすぎない。バーバラ・ウォーカーは、この仮説を疑いもなく信じる。

 砂漠の修道者たちは、単純に念珠念誦の回数を数えるために、さまざまな工夫をしていた。一定の数の結び目をつくった縄を腰にぶらさげていた事実も見逃してはなるまい。溝田悟士「ロザリオと数珠の起源に関する仮説」(『愛知論叢』84)参照。

 キリスト教の「小ロザリオ」は、33の小さな珠(キリストの生年数による)と5つ(キリストの5つの傷に関連する)のそれより大きい珠ででき、小さな珠は天使祝詞の唱えるべき数を、大きい珠は主の祈りの唱えるべき数を意味している。
 「中ロザリオ」は、63の小さな珠(マリアの推定年齢による)と7つの大きな珠(マリアの7つの喜びないし苦しみによる)を持つ。
 「大ロザリオ」は、150の小さな珠(詩篇の数による)と15の大きな珠からなり、そのため10回の天使祝詞のあとに1回の主の祈りが続くことになる。(ゲルト・ハインツ=モーア『西洋シンボル事典』)