第3巻・第2章
第3章[1] その後、アギスは デルポイに到着して、「十分の一」税を奉納し、再びもどる途中、ヘライアで病にかかった、すでに老齢であったからである。そして、ラケダイモンに運ばれてもどったときには、まだ生きながらえていたが、当地ですぐに亡くなった。そして人間の分際をこえたほどの荘厳な葬礼に与った。さて、日々が聖別されたあと、王を任命しなければならない段になって、王位をめぐって、アギスの息子と称する レオテュキデスが継承権を申し立て、アギスの兄弟の アゲシラオスもそうした。 [2] レオテュキデスの申し立てるところでは、 「いや、法習の命ずるところは、おお、アゲシラオスよ、兄弟がではなくて、王の息子が王位にあるべし。しかし、たまさか息子のない場合には、その兄弟が王位に就いてもよいであろう」。 「だから、王位に就かねばならぬのは、わしなのだ」。 「どうして? わたしがいるのに」。 「おまえが父と呼んでおる方は、おまえのことを自分の息子とは認めなかったからだ」。 「いや、あの方よりもはるかに美しく知っている母親は、今でもやはり認めているのだ」。 「いや、 ポセイダン〔ポセイドン〕神が、おまえがいかに自分のことがわかっていないか暴露しておられる。地震によっておまえの父親をその寝所から表に追い出されたのだからな。また、このことは、あの最高の真理であると言われる「時間」も、この神に賛同証言している。というのは、たしか、〔父親が〕寝所から逃れ出たあと、おまえが生まれたのは10ケ月あとになってからのはずだ」。 彼らが言い立てたことは、こういう内容であった。 [3] ディオペイテスも、すぐれた予言者であったが、レオテュキデスを擁護して、 アポロンの神託でも、跛の王に気をつけよとある、と言った。だが、リュサンドロスは、彼に対してアゲシラオスのために反論した。――その神が気をつけるよう命じたもうているのは、ひとが躓いて跛になることのないようにということだとは思えぬ。そうではなくて、むしろ、血筋にない者が王になることのないようにということだ。なぜなら、 ヘラクレスの血筋を引かぬ者どもが国を指導したのでは、その時こそまったくもって王は跛ということになろう、と。 [4] 以上のようなことを両者から聴取して、国はアゲシラオスを王に選んだ。 しかしながら、アゲシラオスが王位に就いてまだ1年もたたぬうちに、国家のためにある所定の供犠を彼が執り行っているときに、占い師が、最も恐るべき策謀のようなものを神々が表しておられると言った。そこで、もう一度供犠したが、もっと恐るべき卜兆(うらかた)があらわれていると主張した。そこで、三度目に供犠すると、彼は言った。「おお、アゲシラオスよ、まるで、われわれは敵対者ばかりの中にいるかのように、そういうふうに徴がわたしに現れている」と。そういうわけで、賽の神々にも救済の神々にも彼らが供犠すると、やっとのことで吉兆を得たので、彼らは〔供犠を〕やめた。しかし、供犠がすんで5日もたたぬうちに、策謀とその事件の首謀者として キナドンとを監督官たちに密告する者が現れた。 [5] このキナドンというのは、姿も若々しく、魂も頑強な男であったが、しかしながら平等民(homoioi)の一員ではなかった。さて、行動計画はどうなっているのかと監督官たちが訊ねると、その弾劾者は言った、――キナドンは自分を市場の外れに連れてゆき、この市場にスパルテ人たちが何人いるか数えるよう命じた。 「そこでわたしが」と彼〔内通者〕は言った、「王、監督官たち、長老たち、その他およそ40人と数えたうえで、尋ねた。『いったい何のためにわたしがこれらの人たちを、おお、キナドンよ、数えるようにとあなたは命じたのか?』 すると彼は言った。『この連中は』と彼は言った、『おまえの敵だと考えよ。しかし、その他の、この市場にいる4000人以上の連中は、みな味方だと〔考えよ〕』と。さらに彼は、と彼〔内通者〕は言った、路上で行き会った者たちを、こちらの一人は敵、あちらの二人は敵、しかし、その他のみんなは味方だと指して見せた。また、たまたま田舎にいたスパルテ人たちについても、敵は主人一人だけだが、それぞれの耕地にいる多くは味方だと〔指して見せた〕、と。 [6] そこで監督官たちが、その行動計画の同調者はいったい何人ぐらいいるとやつは言っているのかと尋ねると、それについても彼は言っていた、と彼〔内通者〕は言った、自分たち指導者層を知っている者たちは決して多くはないが、しかし信頼に足る者たちである。しかしながら、自分たちは隷属民(heiros)たちのことも新平民のことも下等民(hypomeiones)のことも周住民(perioikos)たちのことも、全員のことを知っていると彼らは主張した。なぜなら、彼らの間でスパルテ人たちのことについて何か話になったとき、生のままでも喜んでやつらを食べかねないということを包み隠せる者はいないから、と。 [7] そこでさらに〔監督官たちが〕、「武器はどこから入手するつもりだと連中は言っていたのか?」と尋ねると、彼〔キナドン〕は言ったという、『われわれのうち戦闘団に属する者は、もちろん、自分で所有しているが、群衆のためには』――自分〔内通者〕を鍛冶場に連れてゆき、おびただしい戦刀(machaira)、おびただしい両刃剣(xiphos)、おびただしい剣身(obeliskos)、おびただしい戦斧(pelekys)や手斧(axine)、おびただしい鎌を指して見せた、と彼〔内通者〕は主張した。さらに、人々が土地であれ木材であれ石であれ、これを加工するさいに使うものもすべてが武器となりうるし、その他の職人の大部分が武器とするに充分な道具を持っている、とりわけ武器を持たぬ相手に対しては、と彼〔キナドン〕が言っていた、と彼〔内通者〕は主張した。さらに今度は、いつそれを実行するつもりなのかと尋ねられると、内地にとどまっているよう、すでに自分に下知がまわってきた、と彼は述べた。 [8] これを聞いて監督官たちは、考え抜かれたことを彼が言っていると考えて驚倒し、いわゆる小民会さえも召集せず、長老たちのうち集まった者たちだけでそこここで評議し、キナドンを他の若年兵(neoteros)たちといっしょにアウロンに派遣し、アウロン人たちの中の何人かと、隷属民たちの中の、 密書(skytale)に記載されている連中とを連行するよう命ずることにした。さらには、その地で最も美しいといわれている女で、ラケダイモン人たちが到着したときに、年長者も若年者も堕落させられるに違いない女をも連行するよう命じた。 [9] じつは、それまでにもキナドンは、他にもこういったことで監督官たちに奉仕したことがあった。その時にも、逮捕さるべき面々が記載されている密書を彼に与えたのである。さて、彼が、若年兵たちの中で誰々を自分といっしょに連れていけばよいのか尋ねると、「行くがよい」と彼らは言った、「そして、馬廻組(hippagretes)の中の最年長者に、居合わせる者たち6、7人をおまえに同道させるよう命ずるがよい」。ところが、彼らはあらかじめ手筈をととのえておいて、その馬廻組の者は派遣すべき面々を知っていて、また派遣される連中も、キナドンを逮捕しなければならないことを知っているようにしておいたのである。さらに次のことも、つまり、馬車を3台送るつもりであることも彼らはキナドンに言っていた。それは、逮捕された連中を徒歩で連行しなくてすむようにするためであったが、じつは、彼らがくだんの〔キナドン〕一人を目当てに派遣するのだということを、可能なかぎりわからなくするためであった。 [10] ところで、国内で彼を逮捕しなかったのは、この事件がいかほどの規模のものかわからなかったからであり、また、共謀者たちが誰々なのかをキナドンから聞き出す前に、連中が密告されたということに感づいて逃げ出すようなことのないようにと望んだからであった。したがって、逮捕にあたった者たちは、とにかく彼を取り押さえ、同調者たちを彼から聞き出して供述書をとると、できるかぎり速やかに密書を監督官たちに送り届けた。監督官たちのこの事件に対する対応ぶりたるや、騎兵部隊までもアウロンに向かった者たちの救援に派遣したほどであった。 [11] さて、被疑者が逮捕され、キナドンが白状した連中の名前を騎兵が持ち帰るや、ただちに占い師の ティサメノスほか、他にも最も枢要な連中を逮捕した。そしてキナドンも連れもどされて吟味され、すべてを認めもし、同調者たちを言いもしたので、最後に、いったい何を望んでこんなことをしようとしたのかと彼に尋ねた。すると彼は答えた、「ラケダイモンで誰にも劣らないことを〔望んで〕」と。そういう次第で、もちろんすでに両手も首も枷にかけられていたのだが、鞭打たれ突き刺されたうえ、彼も彼の仲間も国中を引き回された。そしてやっと本来の報い〔処刑〕を受けたのであった。 アリストテレスは、『政治学』第5巻7章において、いかにして内乱(stasis)が起こるかに関連して、このキナドンに言及している。「ある男らしい人があって、名誉のある役に与らない場合」に内乱になると(1306b33-6)。 |