Xenophon : Hellenica訳註 |
犠牲の祭事は、「神聖な」という意味を持つ形容詞 hieros の中性複数形 hiera という語で総称される〔供犠を表す語は thusia(名詞)、thuein(動詞)である〕。ta hiera はまた、犠牲に供された動物〔主として羊、山羊、豚、牛……〕の腑分けされた特別な部分――それによって吉兆を占う部位〔肝臓、心臓などの臓器〕をも意味し( 3_4_4 3_4_15 3_5_5)、さらには、そこに現れた卜兆(うらかた)をも意味する(たとえば、 3_3_4 4_2_18 4_4_5 4_7_7 4_8_36 6_5_49 7_2_21)。
他方、両軍が相対峙して、今まさに突撃を開始せんとするような緊迫した場面や、海や河を前にしたときに、犠牲獣の喉をかき切って、その血を勢いよくほとばしらせる sphagia という犠牲祭もある。この語もまた、そこに現れた卜兆(うらかた)をも意味する。動詞は sphagiazesthai という中動相をとる。漢文に、いけにえの血を供えて神を祀る意の「血祭」(けっさい)ないし「血祀」(けっし)という語があるので、本編では、sphagiazesthai は「血祭を捧げる」と訳した( 3_4_23 4_2_20 4_6_10 7_4_30)。
語源をなす動詞 sphazein ないし sphattein ( 4_4_3)は、犠牲獣の喉を切って、血を勢いよくほとばしらせる動作を表す。そこから出た名詞の sphage、また、人を表す sphageus 等、みな同類語であるが、統一的に訳しにくいので、いたしかたなく、sphage(あるいは、sphagen poieidthai という成語も)( 2_2_6 3_2_27 3_2_29 4_4_2 5_4_14)は殺戮(殺戮する)、sphageusは殺戮者と訳し( 3_2_28 4_5_5 5_1_34)、apo-sphattein ( 6_4_31 2_1_32 2_4_26 3_1_27 5_4_12 6_4_31 6_4_37 6_5_25 7_1_28 7_3_5 7_4_26)は「喉をかき切る」などと訳し分けた。この主導権争いは、前373/2年にかけてのティモテオスの将軍職罷免、アンティマコス処刑、対してカリストラトス(2)らの指揮権獲得によって、後者の勝利に帰した( 第6巻2章13)。
しかし、前371年の和約からわずか20日後、レウクトラにおいてスパルタはテバイに大敗、前370年にはアルカディア連邦が結成され、スパルテとの戦いに突入すると、陸の覇権をめざすテバイの介入を招き、ペロポンネソス半島は激動の時期を迎える。このとき、アテナイ/スパルテ同盟(前369年)の締結を推進したのは、上記の「二元覇権政策」推進論者たちであった( 第6巻3章10以下)。このグループは、新たに アウトクレス、 ティモマコス、 カレスを加えて、彼らの軍事行動はほとんどペロポンネソスに集中することになる。
しかし、二元覇権政策の破綻は、再びティモテオス派の台頭を促すことになる(前366年、ティモテオスが将軍職に選任される)。彼らはアルキマコス、 カリステネス、エルゴピロスを加えて、攻勢的な海上作戦を展開する。この路線は、海上同盟の枠を乗りこえて、アテナイの海上ヘゲモニーを海上支配へと変質させる「海上支配拡張政策」であったといえる。
前360年代末、新たにアリストポンを中心に、二元覇権派から離れたカレス、アウトクレスを加えたグループが台頭し、ティモテオス派と主導権争いを展開するが、「海上支配拡張政策」という基本的路線に差はない。いわば派閥抗争である。こうして、前357年、アテナイの海上支配に反発したキオス、コス、ロドスが海上同盟から離反し、アテナイとの間に同盟市戦争が始まるのである。
(森谷公俊「第二次海上同盟期アテネの政治と外交」参照)。
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