第5巻・第2章
第3章[1] 春のきざしと同時に〔BC 381〕、オリュントスの騎兵たち、その数およそ600が、真っ昼間にアポロニアに来襲すると同時に、分散して掠奪を始めた。この日、たまたまデルダスが自分の騎兵隊といっしょに到着していて、アポロニアで朝食をしたためていた。そこで、この来襲を眼にして、平静を保った、――馬たちに攻撃の装備をするとともに、騎乗者たちにも完全武装させてである。そして、オリュントス人たちが侮って、郊外はおろか、城門そのもののところまで疾駆してきた、まさしくこの時に、戦闘態勢にある将兵を率いて撃って出た。 [2] 相手は〔これを〕眼にするや、なだれをうって敗走を始めた。しかし彼は、ひとたび背走させるや、90スタディオンの距離、追撃をゆるめずに殺しつづけ、ついにはオリュントス人たちの城壁のところまでも追いつめた。そうして、デルダスはこの行動中におよそ騎兵80を殺したと言われている。この時以降、敵国人たちは〔以前にも〕まして城壁内に押し込められ、耕地も、まったくわずかを耕すだけとなった。 [3] しかし、時が過ぎ、テレウティアスまでもがオリュントス人たちの都市に出兵してきて、何か樹木のようなものや、敵国人たちによって耕作されたものがあれば、これを壊滅させてやろうとしていたとき、出動してきたオリュントスの騎兵たちは、静かに進軍し、都市のそばを流れている河を渡り、さらに相手陣に向けて進軍した。これをテレウティアスは眼にするや、相手の大胆不敵さに憤慨し、ただちに、軽楯兵たちを指揮していた トレモニダスに、連中に向かって駆け足で突進するよう命じた。 [4] 対して、オリュントス人たちは、軽楯兵たちが先駆けしてくるのを眼にするや、方向を転じて静かに退却し、ふたたび河を渡り返した。そこで相手方は、大いに意気込んで追随し、相手が逃げるものと思って追撃して、続いて渡河した。まさしくここにおいて、オリュントスの騎兵たちは、渡河しおえた相手が自分たちにとってまだ扱いやすいと思われた時に、方向を転じて相手に向かって突入し、トレモニダスその人ばかりか、その他の者たちのうち100人以上をも殺した。 [5] テレウティアスは、何が起こったかを眼にして、怒りに駆られて武器を執ると、ただちに重装歩兵たちを引率し、また軽楯兵たちにも追撃するよう、さらには騎兵たちにも、取り逃がさないようにと命じた。ところが、他にも多くの人たちが、必要以上に城壁の近くにまで追撃したあまりに、退却に失敗したものだが、彼らもまた、櫓からの飛び道具攻撃を受けて、てんやわんやのうちに退却と飛び道具の防戦とを余儀なくされた。 [6] このような状況下に、オリュントス人たちは騎兵たちを攻撃に撃って出させ、軽楯兵たちまでが救援した。最後には、重装歩兵たちも攻撃に押し出してきて、すでに混乱に陥っていた敵密集戦列を圧倒した。かくして、テレウティアスはその場で闘って死んだ。このことが起こるや、すぐさま彼の側近たちも崩れ、なお持ちこたえている者はひとりもなく、全員が敗走した、ある者たちは スパルトロスに、ある者たちはアカントスに、さらにある者たちはアポロニアに、しかし大多数はポテイダイアに。このように、各人が別々の方向に敗走したので、敵たちも別々に追撃して、おびただしい数の兵員を、したがって軍隊のまさしく精鋭の部分を殺したのであった。 [7] そもそも、このような受難を通して、わたし〔=筆者〕が主張したいのは、先ずもって、人間は相手が家僕であっても、怒りをもって懲らしめてはならないと教えられるということである。じっさい、主人が怒りにかられたために、じっさいにしでかしたよりもより大きな害悪を被ることしばしばである。相手に対して、見識(gnome)を持ってではなく怒りをもって襲撃するということ自体が、完璧な間違いである。なぜなら、怒りは思慮分別を欠くのに対して、見識は、いかにすれば敵たちに何か害をなしうるかということと同様、自分が何か受難しないですむかということを考察するからである。 [8] とにかく、ラケダイモン人たちによっては、事件を耳にした後、評議して、生半可でないだけの戦力を派遣すべしと決定された。勝利者たちの思い上がりが冷まされ、〔自分たちの〕労苦が無駄にならないためにである。このように判断して、指揮官としては王のアゲシポリスを、また、アゲシラオスがアシアに派遣されたときのように、スパルテ人たち30人を彼といっしょに急派した。 [9] さらに、周住民たちの中からも、多くの善美なる者(kalos kagatos)たちが進んで彼につき従い、いわゆる「養子たち(trophimoi)」の中の外国の子たちも、スパルテ人たちの庶子たちも、国内の美しい人たちの中でもとりわけて姿よく、無経験でない者たちが〔つき従った〕。さらにまた、同盟諸国の中からも進んで共同出兵する者たちがおり、特にテッタリアの騎兵たちは、アゲシポリスの知己を得たいと望み、また、アミュンタスやデルダスは、以前にもまして熱心であった。まさにかかる形勢のもと、アゲシポリスはオリュントスに進軍したのであった。 [10] 他方、プレイウウス人たちの国は、この出兵のために多くの財貨を、それも早急に支給してくれたと称賛され、また、アゲシポリスが外地にある間は、アゲシラオスが自分たちに向かって出動してくることはなく、まさか、王が二人とも同時にスパルテの外に出ることはあるまいと信じ、大胆にも帰還者たちに何らの権利をも認めなかった〔 第2章 10節参照〕。というのは、亡命者たちは、もめごとを公平な法廷で裁くよう求めていた。が、彼らは自国内で審理されるよう強要した。不正者たちが自分で裁くような裁判とは、いったいいかなる裁判かと帰還者たちが言い立てたにもかかわらず、彼らは少しも聞き入れなかった。 [11] そういう次第で、帰還者たちはラケダイモンに赴き、国を告発しようとし、家郷から他の人たちもいっしょについてゆき、義しい扱いを受けていないと市民たちの多数にも思われていると言い立てた。しかし、プレイウウス人たちの国はこの連中に腹を立て、国が派遣したわけでもないのにラケダイモンへ出向いた全員に刑罰を宣した。 [12] 罰を宣された者たちは家郷にもどることに気後れし、とどまって教えた、「あの連中は、自分たちを追い出したのみならず、ラケダイモン人たちを閉め出すというようなことを強行した〔第4巻 第4章 15節〕連中に他ならず、やつらはまた、われわれのものを買っておきながら、横暴にも返そうとしない連中でもあり、今もやつらはわれわれが勝手にラケダイモンに出向いたとして処罰するということをやってのけたが、それは、将来、国内で何が起こっているかを明らかにするために出向くような者が一人もないようにするためだ」と。 [13] かくして、プレイウウス人たちはまことに暴慢であるように思われたので、監督官たちは彼らを攻撃するための動員令を発令した。 アゲシラオスにとっては、これは腹立たしいことではなかった。というのも、彼の父親 アルキダモス(1)にとっては、 ポダネモス(2)一派は客友で、この時も帰還者たちの仲間だった。しかも、 ヒッポニコス(2)の子 プロクレス(2)の仲間は自分の客友だったからである。 [14] そこで、越境の犠牲が吉兆を示すと、逡巡することなく、進軍しようとしたところ、多数の使節団がやってきて、金銭を与えて、侵入させまいとした。だが、彼は答えた、――この出兵は不正するためではなく、不正されている者たちを救援するためだ、と。 [15] 最終的に、彼らはどんなことでもするからと主張し、侵入しないよう頼んだ。そこで彼は再び言った、――言葉は信用できない、というのも、以前おまえたちが欺いたから、だから、何か信ずるに足る行動が必要だ、と彼は主張した。それはいったいどんなことかと尋ねられて、再び彼は答えた。 「以前にもおまえたちが実行して」と彼は主張した、「われわれによって何も不正されなかった当のこと。それはアクロポリスを引き渡すことだ」〔 第4巻 第4章 15節〕。 [16] しかし、彼らはそうすることを拒否したので、彼は領地に侵入し、すぐに攻城壁を築くと彼らを攻囲した。しかし多くのラケダイモン人たちは、少数のやつらのために5000人以上の国に憎まれていると言った。というのも、そのことがはっきりするよう、プレイウウス人たちは外部の人たちに見えるところで民会を開いたからである。しかし、アゲシラオスはこれに対抗して策をめぐらせた。 [17] すなわち、〔プレイウウス人が〕友愛によってなり、亡命者たちとの親類関係によってなり、〔城内から〕出てくるときには、進んで訓練を受けそうな相手には、自分たちとの会食の席を設けるのみならず、必需品を充分に与えるよう指示した。さらにまた、こういった連中全員に武器をも供給するよう、こういったことに金を費消することに臆病にならぬよう勧奨した。そこで彼らがこれに奉仕したので、1000人以上の、身体が最善で、規律ただしくて完全武装した男たちを提供できるまでになった。その結果、最後には、こういう将兵を必要としていたのだとラケダイモン人たちが言うまでになった。 [18] アゲシラオスが従事していたのは、このようなことであった。他方、アゲシポリスの方は、マケドニアからまっすぐ進撃して、オリュントス人たちの都市の近くで武器を置いた〔BC 380〕。しかし、誰も彼に対して反撃してこないので、そこでオリュントスに何か〔荒らされないで〕残っているものがあればこれを荒らし、彼らの同盟諸都市へも押しかけて、その穀物を壊滅させた。さらに トロネ市へも総攻撃で突撃して攻略した。 [19] しかし、かかる状況下、夏の盛りであったが、燃えるような高熱が彼を捕らえた。そこで、以前、 アピュティスで ディオニュソスの神域を見たことがあったので、その影濃き幕屋ならびに透明で冷たい水を恋う気持ちがこのとき彼をとらえた。そこで、まだ生きている間に、そこへと運ばれたが、しかしながら、発病から7日目に、神域の外で命終した。そして蜜の中に安置されて家郷へと運ばれ、王者の埋葬に与った。 [20] これを聞いたアゲシラオスは、ひとは例えば自分の対抗者〔の死を聞いたら〕悦ぶと想うかも知れないが、そういうふうなどころではなく、涙を流し、交友〔仲間の死〕を悲嘆した。なぜなら、王たちは、家郷にあるときは同じ場所に同宿するからである。しかも、アゲシポリスはアゲシラオスにとって、兵役の年頃の話も、狩りの話も、馬の話も、愛童の話もできる相手であった。かてて加えて、幕僚の中では彼を畏敬していた、――年長者に対して尤もなことではあるが。とにかく、ラケダイモン人たちは彼の代わりに ポリュビアデスを総督としてオリュントスに急派した。 [21] 他方、アゲシラオスは、プレイウウスに穀物が蓄えられていると言われていただけの期間を、とっくに超過していた〔BC 379〕。なぜなら、食欲の抑制は無抑制とは大いに異なるから、その結果、プレイウウス人たちは穀物をそれまでの半分で過ごすことを決議し、これを実行したから、攻囲されながらも通常の期間の2倍の期間を持ちこたえたのである。 [22] さらにまた、果敢は優柔不断とも大いに異なるから、その結果、 デルピオンという、すばらしい人物との評判のある者がいて、自分のもとにプレイウウス人たち300を引き連れて、和平の成立を望んでいる連中を妨害するに充分な者であったばかりか、信用ならぬ者たちを閉じこめて見張るにも充分な人物であり、また、その守備に大衆を向かわせることができると同時に、この者たちを歩哨に立てても、信用できる者たるの実を示させることができた。そして、側近の者たちを率いて撃って出て、ぐるりと巡らされた攻城壁のあちらこちらで守備兵たちを排撃することしばしばであった。 [23] しかしながら、この選りすぐりの者たちが、いくら探しても都市内に穀物を見つけることができなくなったとき、これがために、アゲシラオスのもとに使いを遣って、ラケダイモンへ使節が赴く間の安全保証を求めた。彼らの主張では、何なりと望みどおりに都市を処するよう、ラケダイモン人たちの首脳に任せることが自分たちによって決定された、ということであった。 [24] 彼〔アゲシラオス〕は、連中が自分を無権威者とみなしたことに怒り、家郷の友たちに使いを遣って、プレイウウスのことは自分に任せるよう画策する一方、使節には安全保証を与えた。その一方で、それまでよりもなおいっそう守備を強固にして見張り、誰ひとり都市から出てこられないようにした。しかしながら、それでもなお、デルピオンと彼の配下のある入れ墨者――この男は攻囲者たちから多くの武器をくすねとった男であった――とは、夜陰に乗じて逃亡したのである。 [25] やがて、ラケダイモンから伝達者たちがやってきて、プレイウウスのことはアゲシラオスによいと思われるよう処理することを、国は彼に一任すると伝えたので、アゲシラオスは次のように決定した、――帰還者の中から50人が、また家郷にいる者たちの中から50人が、先ず第一に、国内に生きながらえるべきは誰で、刑死すべきは誰かを審理されるのが義しい。次いで、法を制定し、これに遵って為政すべし、と。そして、このことを達成するまでの間として、守備隊と、この守備隊員たちに対する6ケ月分の報酬とを後に残した。以上のことを実行すると、同盟者たちを解散し、市民軍は家郷へと連れもどった。かくしてプレイウウスの件は、1年と8ケ月で、今度はこういうふうに決着したのであった。 [26] 他方、ポリュビアデスの方も、オリュントス人たちは自分たちの穀物を土地から得ることもできず、海路輸入することもできないために、飢えによって最悪の状態にあったので、ラケダイモンへ和議の使いを送らざるをえなくさせた。かくして出向いてきたのは全権使節団で、ラケダイモン人たちと同じ敵を敵とみなし、友を友とみなし、いずこなりと彼らの嚮導するところへつき従い、同盟者たることという協定を結んだ。そして、このとおりにこの協定を遵守するとの誓いを立てたうえで、家郷へと引き上げた。 [27] ラケダイモン人たちにとって事が有利に運んだので、その結果、テバイ人たちやその他のボイオティア人たちはまったく彼らの意のままになり〔本巻 第2章 36〕、コリントス人たちは最も信頼に足る相手となり〔本巻 第1章 34〕、アルゴス人たちはへりくだるようになり――自分たちが聖月の口実でもはや何の利するところもなくなったからである――〔本巻 第1章 29、34〕、アテナイ人たちは〔同盟国を失って〕孤立化し、他方、同盟者たちのうち、自分たち〔ラケダイモン人たち〕を嫌って連中は、懲らしめられて〔本巻 第2章 7、本巻 第2章 8-10〕、もはや自分たちの支配権は完全に、美しくも安泰に具備したかに思われた。 |