第5巻・第4章
第1章[1] さて、アテナイ人たちとラケダイモン人たちとがかかわりあっていたのは、以上のような事柄であった。他方、テバイ人たちは、ボイオティアにある諸都市を服属させた後、ポキスへも出兵した〔BC 374〕。そこで、今度はポキス人たちの方もラケダイモンに使節を送って、救援がなければ、テバイ人たちに聴従しないわけにはいかないと言ったので、間もなくラケダイモン人たちは海路、ポキスに王のクレオムブロトス、ならびに、彼とともに〔全軍の2/3にあたる〕4軍団と、同盟者たちからも同じ割合〔全軍の2/3にあたる軍団〕を渡海させた。 [2] ほぼ同じころ、テッタリアからもラケダイモン人たちの公廷にパルサロス人 ポリュダマスが来着した。この人物は、自余のテッタリアにおいても大いに評判のよい男で、自国においても善美なる人物(kalos te kagathos)であると思われていたので、パルサロス人たちは彼にアクロポリスを信託したばかりか、歳入を彼が受け取って、法律に記載されたかぎりを、神事その他の財務にも費消することを委ねたほどであった。 [3] 事実、彼も、それらの金銭によって城塞〔=アクロポリス〕を守護して彼らを守り通したばかりか、その他のことをも管理して、年度ごとに会計報告をした。そして、欠損が生じた場合は、自分のところから充当し、歳入に余りが出た場合には、取りかえした。また、ほかにも、彼はテッタリアの流儀にならって客好きで雅量の人であった。さて、この人物がラケダイモンにやってきて、次のようなことを言った。 [4] 「わたしは、おお、ラケダイモン人諸君、あなたがたの保護役(proxenos)であるばかりか、われわれの記憶するかぎりの先祖の代からの善行者(euergetes)として、何か行き詰まったことがあれば、あなたがたのもとに出向き、また、テッタリアで何かあなたがたにとって難しいことが出来すれば合図することが大事だと思っている。ところで、わかりきったことだが、あなたがたも イアソンの名は耳にされていよう。この男は権力も大きなのを有し、非常に高名であるのだから。この男が、和平条約を結んださいにわたしと会見し、次のようなことを言ったのだ。 [5] 『おお、ポリュダマスよ、貴殿らの国家 パルサロスが、心ならずにもせよ、これを拙者が手に入れることができるということは、以下の事実からして貴殿は計算できよう。すなわち、拙者は』と彼は言った、『テッタリアの中でも最多の、しかも最大の諸都市を同盟国として持っている。しかも、貴殿らがこれらの諸都市といっしょになって拙者に反対して出兵していたときに、拙者はこれを屈服させたのである。さらに、貴殿は気づいていようが、拙者は外国の傭兵およそ6000を保有しており、拙者の予想では、いかなる国家もこれと容易に闘うことはできまい。もちろん、数のうえでは』と彼は言った、『劣らずに出動できるものが余所にもいよう。しかしながら、諸都市から成る軍隊は、すでに年齢をくってしまった連中とか、まだ盛りに達していない連中を保有するにすぎない。しかも、身体を鍛えているような者は各都市にきわめてわずかしかいない。ところが、拙者のところでは、拙者と同等に労苦するに充分でないような者は、一人も雇われていないのだ』。 [6] たしかに彼は、――あなたがたに真実を言わねばならないから〔言うの〕だが――身体も非常に頑強であり、しかも労をいとわぬ男である。だからまた、自分の配下の者たちを日々に吟味する。すなわち練兵場であれ、どこかへ出兵したさいであれ、完全武装して嚮導するのである。そして、外人部隊の中に軟弱な連中を察知すれば、追い出し、戦争に対して労をいとわず危険をいとわぬ者たちを眼にすれば、これを誉めるのだが、ある者たちは2倍の報酬で、ある者たちは3倍の報酬で、ある者たちにいたっては、4倍の報酬で、また他にも諸種の贈り物によって――病者の世話とか埋葬の飾りとかによっても〔誉める〕。かくして、彼のもとにいる外人部隊員はみな、自分たちの戦場での徳が、最高の名誉ある人生、惜しみなき豊かなる人生をもたらすということを知っているのである。 [7] さらに彼が指摘したのは、わたしのすでに知っていたことだが、もはや マラコイ人たちも、 ドロペス人たちも、 エペイロスの領主(hyparchos) アルケタス(2)も彼の臣下になっているということである。『したがって』と彼は言った、『どうして拙者が恐れて、貴殿らを屈服させるのは容易でないなどと思うことがありえようか。だから、拙者のことを知らぬ者はすぐに思うことであろう。――それなら、どうしてあなたは逡巡するのか、すぐにもパルサロス攻撃に出兵してしまわないのか、と。神かけて、貴殿らが心ならずもにではなく、すすんで味方になる方が、あらゆる点で勝っていると拙者に思われるからなのだ。なぜなら、強要されたなら、貴殿らは何でもできるかぎり拙者の害悪になることを企むであろうし、拙者も貴殿らができるかぎり脆弱になることを望むであろう。これに反して、説得されて貴殿らが拙者の仲間になれば、われわれは何でも可能な点でお互いを増大させ合えること、明らかである。 [8] ところで、拙者の判断では、おお、ポリュダマスよ、貴殿の祖国は貴殿を頼りとしている。そこで、もしこれが拙者に親愛となるよう貴殿が準備してくれるなら、拙者は貴殿に約束しよう』と彼は言った、『拙者は貴殿を、ヘラスにある人々の中で、拙者に次いで最大の人物に任じよう。そこで、第二のものとして拙者が貴殿に与えるものは、いかなる事物なのかを聞いてくれ、そして、貴殿が計算してみて、真実と思われないようならば、拙者のことを何ひとつ信じてくれなくてよい。それでは、次のことはわれわれにとって明白ではないか。すなわち、パルサロスならびに、貴殿らに依存している諸都市が味方になったら、拙者が全テッタリア諸都市の 総統(tagos)に就任するのはいとたやすいということは。しかも、テッタリアが統治されたなら、騎兵はおよそ6000騎に達し、重装歩兵は10000以上が確保されるということも。 [9] 拙者は、彼らの身体をも雅量をも眼にして、これを美しく仕込む者がいれば、テッタリア人たちが臣下になってもよいと思えるような民族は存在しないと拙者は思う。しかも、テッタリアはきわめて平坦な土地柄であるから、ここに総統が立てば、周囲の民族はみな臣下となる。他方、この地の者はほとんど全員が投槍兵である。したがって、軽楯兵部隊の点でもわれわれの戦力が抜きん出ることは道理というものである。 [10] さらにまた、ボイオティア人たちにしても、その他、ラケダイモン人たちに敵対している人たちはみな、本来的に拙者の同盟者である。したがって、拙者に追随しようとするであろう。ラケダイモン人たちから彼らを自由にしてやりさえすれば。さらにまた、アテナイ人たちも、拙者にはよくわかっているのだが、あらゆる手段を講じてわれわれの同盟者となろうとするであろう。しかし拙者は、彼らとは友好を結ばないのがよいように拙者には思える。なぜなら、陸上の支配権よりも海上の〔支配権〕をわがものにする方がまだ容易だと信ずるからである。 [11] そこで、拙者の計算が道理にかなっているかどうか』と彼は言った、『次の点も考察してくれ。つまり、われわれはマケドニアを領有し、ここからアテナイ人たちも用材を輸入しているのだから、いうまでもなく、われわれの方がやつらよりもはるかに多くの艦船を充分つくることができよう。しかも、これらの艦船の要員を満たすことが可能なのは、アテナイ人たちとわれわれと、どちらがより道理であるのか。これほど多くの、このような〔すぐれた〕農奴(penestes)を保有しているわれわれと。しかも、船員たちを給養するのは、どちらの方がより充分であるのが道理なのか――穀物のふんだんさゆえに余所にまで輸出しているわれわれか、それとも、買い入れなくては、自分のところでは足りもしないアテナイ人たちか。 [12] さらに金銭の点でも、さだめし、われわれがよりふんだんに使用するのは道理であろう。〔われわれは金銭を〕諸島に頼ることなく、内陸の民族から収益するのであるからして。さだめし、周りの民族はみな、年賦金を納めることであろう、――テッタリアの諸民族が統治されたなら。また、さだめし貴殿にはわかっていようが、ペルシア人たちの大王も島嶼からではなく大陸〔の民族〕から収益したゆえに、人間どもの中で富裕きわまりない者となっている。これを拙者が臣下とすることの方が、ヘラスを〔臣下とすること〕よりもなお達成しやすいと拙者は考える。なぜなら、そこの人間たちは、一人を除いて、みな勇武よりはむしろ奴隷根性を仕込まれた連中であることを拙者は知っているし、また、キュロス麾下による進攻にせよアゲシラオス麾下の進攻にせよ、いかほどの戦力によって大王が絶体絶命の窮地に陥ったかを知っているからである』。 [13] こういうことを彼が言ったので、わたしが答えて、他のことは考える価値のあることを言っているが、ラケダイモン人たちの友たるものが、対立者たちの方へ寝返っても、何ら罰せられないですむということ――このことは、とわたしは主張した、難しいようにわたしに思われる、と。すると彼はわたしを称賛し、わたしのことを、こういう人物だからこそ、むしろ頼りになるのだと言ったうえで、彼は主張した、――わたしがあなたがた〔ラケダイモン人たち〕のとろこへ出向いて、われわれが聴従しなければ、彼はパルサロス攻撃に出兵する心づもりだと、真実を言うように、と。そして、あなたがたに救援を要請するようにと彼は命じた。『そうして、もしも神々が』と彼は言った、『嘉したもうて、拙者と戦争するに充分な同盟軍を派遣するよう貴殿が説得できたなら、よろしいか』と彼は言った、『どのような結果であれ、戦争の結果を受け入れよう。だが、彼らが充分救援するように貴殿に思われないのであれば、貴殿を尊敬する祖国のために、貴殿が最も勝れたことを実行しても、貴殿はもはや罪されないのが義しいのではないか』。 [14] まさしくこの件で、わたしはあなたがたのもとにやって来たのであり、わたしの言っていることは、すべて本国でわたしみずからが眼にし彼から聞いたとおりのことである。そこで、わたしの信ずるところ、状況は次のとおりである、おお、ラケダイモン人諸君。すなわち、あなたがたがかしこへ戦力を――ひとりわたしにとってのみならず、他のテッタリア人たちにとっても、イアソンと戦争するに充分な戦力を派遣してくださるなら、諸都市は彼から離反するであろう。どの都市も、あの男の権力がいったいどこまで及ぶものなのか、恐れているからである。これに反して、新平民たちや〔王でない〕私人で充分とお思いなら、平静を保たれるよう忠告しよう。 [15] というのは、ご承知のとおり、この戦争は大きな武力に対するものであるばかりか、隠密行動にせよ、先制攻撃にせよ、強攻策を企てるにせよ、決してしくじることがないような、それほど分別のある将軍を相手にするものである。というのは、彼は夜間でも昼間と同様に充分対処することができ、急ぐ場合には、朝食と夕食とを同時にとってでも労をいとわぬ人物である。しかも、休息しなければならないと彼が思うのは、いったん事をし始めるや、必要なことを成し遂げた時になってである。さらにまた、彼は自分の配下の者たちをも同じように習慣づけているが、しかし、将兵たちが労苦して何か善いことを実践した時には、彼らの思いを満足させる方法も彼は熟知している。だから、次のことこそは、彼の配下の者たちがみな学び知っていることである。すなわち、労苦からこそ安楽も生ずる、ということを。 [16] しかもまた、わたしの知っている人たちの中で、彼は身体の快楽に対して最も自制心の強い人物である。それゆえ、そのようなことのために多忙で、必要なことを常時実行することができない、などということもない。だから、あなたがたは考察してわたしに申し渡してもらいたい、――あなたがたに相応しく、あなたがたがいかなることを実行可能であり、かつ、実行する気があるのかを」。 [17] 以上が彼の述べたてたことである。対してラケダイモン人たちは、このときは回答を延期した。そして次の日とさらに第三日目とに、外地にある軍団、ならびに、ラケダイモン周辺にあって、アテナイ人たちの三段櫂船や国境地帯で敵国にあたっている軍団を、自分たちにとってどれくらいあるかを計算したうえで、現状では、彼に充分な援軍を急派することはできないと解答し、帰国して、自分のことおよび国家のことを可能な仕方で最善に処置するよう彼に命じた。 [18] しかし彼もまた、この国のその単純明快さを称賛しつつ帰国した。そして、パルサロス人たちのアクロポリスは、これを預けた人たちを自分が守り通せるよう、これを引き渡すことを強制しないでくれとイアソンに頼み、他方、自分の子どもたちを人質として渡して、国家を説得して進んで同盟国とならせるのみならず、彼を総統に任命することに協力すると彼に約束した。かくして保証をお互いに取り交わすや、すぐさまパルサロス人たちは和平を保ち、イアソンの方はただちにテッタリア人たちの総統に一致承認されて就任した。 [19] しかも、彼が総統となるや、それぞれの都市に可能なだけの騎兵部隊ならびに重装歩兵部隊を提供するよう割り当てた。かくして、彼の騎兵隊は同盟者たちと合わせておよそ8000以上となり、重装歩兵の方は、20000を下らぬ数が数えられ、さらに軽楯兵部隊にいたっては、全人類相手でも攻撃態勢をとるに充分であった。というのは、これ〔を提供している〕都市〔の数〕を数え上げるのさえ一仕事だったからである。また周住民たちにはみな、 スコパス治下に割り当てられたのと同様に年賦金を納めるよう布告した。かくして事態は以上のごとき決着をみたのである。が、わたしは再び立ち返ろう、――イアソンの所行へと話が横道にそれた地点〔本章の初め〕へと。 |