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back.gif第6巻・第2章


Xenophon : Hellenica



第6巻






第3章



[1]
 さて〔BC 371〕、アテナイ人たちは、友邦であったプラタイア人たちがボイオティアから放逐されて自分たちのところに庇護を求め、また、テスピアイ人たちが、自分たちが亡国の民となるのを座視しないよう嘆願するのを眼にして、もはやテバイ人たちを称揚せず、といって、これと戦争することは恥でもあるし、不利でもあると計算した。とにかく、今まで〔いっしょに〕為してきたことを彼らと共働することをもはや拒んだ。彼らがポキスの国に、昔からの友たちを攻撃しに出兵するのみならず、異邦人に対する戦争〔ペルシア戦争〕のさいに忠誠をつくした諸都市や自分たちの友邦を抹殺するのを眼にしたからである。

[2]
こういう次第で、民衆は和平の成約を決議し、先ず初めにテバイに使節団を派遣し、もし望むなら、和平の件でラケダイモンへついて来るよう呼びかけさせた。その一方では、自分たちだけで使節団を〔ラケダイモンへ〕急派した。選ばれた者たちの中にいたのは、 ヒッポニコス(1)の子カリアス、 ストロムビキデスの子 アウトクレスアリストポンの子 デモストラトスほか、 アリストクレスケピソドトス(2)メラノポスリュカイトスであった。

[3]
さらにまた、民衆指導者のカリストラトスも出席した。というのは、イピクラテスと約束して、もし自分を放免してくれたら、艦隊に金銭を送るなり、和平を結ぶなりするといって、そういうわけでアテナイにあって和平にかかわっていたのである。そうして、ラケダイモン人たちの民会構成員たち、および、同盟者たちの前に立つと、先ず彼らの中で松明持ち(dadouchos)のカリアスが口火をきった。この人物は、他の人たちによって称揚されるのはもちろん、それに劣らず自分によっても称揚されるのを喜ぶような男であった。だからこの時も、およそ次のように話しはじめた。

[4]
 「おお、ラケダイモン人諸君、わたしがあなたがたの保護役(proxenia)をもって自任するのは、ひとりわたしだけではなく、父の父が父祖伝来のこの権利を持し、その子孫に引き継いできたからである。さらにまた次のこと、つまり、国家がわたしたちをいかに遇しているかも、あなたがたに明らかにしておきたい。すなわち国家は、戦争の場合には、将軍としてわたしたちを選び、平静を欲する場合には、和平成約者としてわたしたちを急派するのである。そしてわたしは、以前にもすでに二度、戦争終結の件で当地に出向き、そのどちらもの使節において、あなたがたのためにもわたしたちのためにも、わたしは和平を達成したのである。したがって、今度やって来たのは三度目であるが、今度の条約に与るのは、はるかに最も義しいとわたしは考えるのである。

[5]
なぜなら、あなたがたに善いと思われることと、わたしたちに善いと思われることとが、別々なのではなく、あなたがたもわたしたちも、プラタイア人たち、ならびに、テスピアイ人たちの破壊に憤慨しているのを、わたしは眼にしている。したがって、同じ見解を有する者たちが、お互いが敵同士になるよりも、むしろ友となることが、どうして道理でないことがあろうか。もちろんのことではあるが、相違点が小さい場合、戦争という手段を採るのは思慮ある者たちのすることではない。まして、われわれが見解を等しくしているにもかかわらず、和平を成さないというのは、それはまったく驚くべきことではないか。

[6]
そもそも、われわれがお互いに武力に訴えたということ自体義しくなかったのだ。伝えられるところでは、われわれの祖先の トリプトレモスが、 デメテルコレの秘密の神事を最初に披瀝した外国人は、あなたがたの始祖たるヘラクレスと、あなたがたの市民たる ディオスクウロイ〔ゼウスの息子たち〕であり、さらに、デメテルの果実の種が最初に蒔かれたのは、ペロポンネソスだったのだから。したがって、どうして義しいことがあろうか、――あなたがたが、種を取得した当の相手の収穫物を荒らさんとしてやって来たり、あるいは、わたしたちが、与えた当の相手に、できるかぎり多くの給養がふんだんに生じるようにと望まないというのは。しかし、はたして人間界に戦争の生じるのが、神々からの定めであるならば、わたしたちはできるだけゆっくりとそれを始め、しかしいったん起こったならば、可能なかぎり速やかに終息させるべきである」。

[7]
 彼につづいてアウトクレスが――耳をそばだてさせる弁論家との評判すこぶる高い人物であったが――、次のように弁じ立てた。「ラケダイモン人諸君、わたしの言わんとすることが、あなたがたの気にいらぬように述べられるかも知れぬということは、わたしはわからぬ。とにかく、わたしに思われるところでは、成就せんとする友愛、これができるかぎり長期にわたって持続することを望む者は誰しも、戦争の原因をお互いに教えあうべきだということである。ところで、あなたがたは、諸都市は自治権を有するものたるべしと常々主張なさっている、にもかかわらず、みずからはまったくもって自治の邪魔をしているのである。というのは、あなたがたが同盟諸邦と申し合わせているのは、いずこなりとあなたがたの嚮導するところに追随するよう、これが第一規定である。これのどこが、はたして、自治に相応しいであろうか。

[8]
しかも、あなたがたは同盟者たちと相談することもなく戦争を始め、相手に向けて嚮導するのである。その結果、自治権を有するといわれている者たちが、最も好意的な相手に向けて出兵を強いられることもしばしばである。なおそのうえに、何にもまして自治と正反対なのは、こちらには「十人支配体制(dekarchia)」を、あちらには「三十人支配体制(triakontarchia)」を確立したことである。しかも、あなたがたが面倒をみたのは、それら支配者たちが適法に支配するようにということではなく、力で諸都市を掌握可能なようにということであった。その結果、どうやら、あなたがたは市民支配体制よりは僭主制の方が嬉しいようなのである。

[9]
また、大王が諸都市は自治権を有するものたるべしと下命した時も、明らかにあなたがたはよくわかっていたはずである、――テバイ人たちが諸都市のおのおのに、自己支配ばかりか、自分たちの望む法習を適用することをも認めないかぎりは、大王の文書どおりには運ばないということを。しかるに、あなたがたはカドメイアを占領するや、テバイ人たちには自治権さえも委ねなかった。けれども、これから友となろうとする者たちは、他者の正義〔=諸権利〕に与ることを要求したり、自分たちだけができるかぎり最多のものを欲張っているように見られたりするべきではないのである」。

[10]
 こう言って、彼は全員を黙らせてしまったが、ラケダイモン人たちに憤慨している人たちは喜ばせた。彼につづいて、カリストラトスが発言した。
 「たしかに、おお、ラケダイモン人諸君、わたしとしては、過ちがわれわれからとあなたがたからと、双方から生じたのではないというふうには、言うことはできまいと、わたしには思われる。しかしながら、ひとたび過ちを犯した者たちとは、もはや二度とつきあうべきではないというふうには、わたしは判断しないのである。なぜなら、人間たちのうち、無過誤のまま生を全うするものは誰もいないのを眼にするからである。むしろわたしに思われるのは、人間は過ちを犯すことによって、時としてより通人にさえなる、特に、あたかもわれわれがそうであったように、その過ちゆえに懲らしめられた場合には、ということである。

[11]
だから、あなたがたの場合にも、わたしの見るところ、無考えに行動されたために、多くの反動が生じているところがある。テバイのカドメイアを占領したのもその一例である。とにかく、今は、自治権を有するものとなることにあなたがたが熱心であった諸都市は、テバイ人たちが不正されたために、みな再び彼ら〔テバイ人〕の手に落ちたのである。したがって、強欲は得にはならないとわれわれは教わってきたのであるが、そのわれわれが今また再び、お互いの友愛に対して節度をわきまえた者となることをわたしは希望するものである。

[12]
ところで、この和平を妨害せんと望んでいる輩が中傷している点は、われわれが友愛を求めてではなく、アンタルキダスが大王から金銭を手に入れて来るのではないかと恐れて、それゆえに〔当地に〕出向いて来たということであるが、それがいかに戯言であるかに思いを致していただきたい。なぜなら、ヘラスにある諸都市は自治権を有するものたるべしと記したのは、確かに大王である。しかし、彼と同じことを言いもし実行もしてきたのは、われわれであるから、どうして、われわれが大王を恐れることがあろうか。それとも、こんなことを思うやつがいるであろうか、――あの御仁は金銭を浪費して他の者たちを大きくすることを望んでおられるのだ、出費をせずに自分が最善と判断すること、これが自分のために実行されることよりも、と。

[13]
 よろしい。それでは、はたしてわれわれが来たのは何のためであるのか。むろん、行き詰まってでないことは、おわかりであろう、――お望みなら、海上でのことをご覧になれば、またお望みなら、陸上での目下の状況を〔ご覧になれば〕。はたして何のためか。〔われわれの〕同盟者たちのいくつかは、われわれにとって満足のゆくことを実行していないのは明白である。そこで、あなたがたはわれわれを助命してくれたことがある〔 第2巻 第2章 19-20節〕ゆえに、われわれも、願わくば、正当にも心にいだいた気持ち〔感謝〕を、同じようにあなたがたに示させていただきたいのである。

[14]
さらに、利益についても言及するために〔言うの〕だが、いうまでもなく、いずれの諸都市も、あるものはあなたがたの側を心にかけ、あるものはわれわれの側を心にかけており、さらに国内においては、ある者たちはラコニケ贔屓であり、ある者たちはアッティケ贔屓である。したがって、もしもわれわれが友になれば、何か困難なことを予想し得る道理がどこにあるであろうか。というのも、われわれが友邦となれば、陸上でわれわれを苦しめるに足るような者は生じえず、まして海上では、われわれがあなたがたの親友となれば、あなたがたをいささかでも害する者がありえようか。

[15]
いうまでもなく、戦争は今までにも常に生起してきたということ、そして、終息したということは、誰しもの知るところであり、また、われわれは、今でなくとも、いつかまた和平を欲するであろうということもそうである。しかし、その時を待たねばならない理由があろうか、――諸悪の多さに閉口する時まで? むしろ、できるかぎり速やかに、取り返しのつかないことになる前に、和平を実現すべきではないのか。

[16]
もちろん、わたしが次のような連中を称賛するなどとは、とんでもないことである、――競争者となり、すでに何度も勝利をおさめ、評判を得ながら、勝利欲が強いあまりに、負けないうちは競技を止めようとはしないような連中、あるいはまた、今度は賭博師たちの中で、何か一つのものを得たなら、今度は2倍を賭けて骰子を振るような連中を。というのも、こういった連中の大多数は、完全に行き詰まった者となるのを眼にするからである。

[17]
こういったことをわれわれも眼にして、そういう競争に陥った結果、すべてを取得するかすべてを捨てるかなどというようなことに決してなってはならず、体力もあり幸運でもあるうちに、お互いに友となるべきである。そうすれば、われわれはあなたがたによって、また、あなたがたはわれわれによって、ヘラスにおいて過去よりももっと強大に逆転し得るのだから」。

[18]
 さて、こういった人たちが美しく述べているように思われたので、ラケダイモン人たちも和平を受け入れることを決議したが、その条件は、総督たちを諸都市から引き上げさせること、軍隊は、艦隊も陸戦隊も解散し、諸都市の自治を認めるというものであった。また、これに違犯するもののある場合は、望むものは不正された都市に救援し、望まぬものは、不正されたものたちと同盟関係に入ることを誓約しないこと。

[19]
こういう条件で、ラケダイモン人たちはみずからとその同盟者たちとに代わって、また、アテナイ人たちおよびその同盟者たちとはおのおのの都市ごとに、誓約した。そして誓約した都市の中にはテバイ人たちも加わって登録したが、次の日、再び彼らの使節団がやってきて、テバイ人たちではなくてボイオティア人たちとして誓約したと書き換えるよう命じた。しかし、アゲシラオスは、初めに誓約し登録した内容を何一つ書き換えないと答えた。しかしながら、もしも条約に加わることを望まないのなら、削除してもよい、と彼は主張した、彼らが命ずるなら、と。

[20]
かくのごとくして、その他のものたちは和平を締結し、ひとりテバイ人たちだけには異論があったのだが、アテナイ人たちは、今やテバイはいわゆる「十分の一」になる希望が生まれたとの考えをもったが、対してテバイ人たち自身は完全に意気消沈して立ち去ったのである。
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