母神ヘーラーが飲んだ「超自然的な赤ブドウ酒」で、ギリシアの神々はこのおかげで不死を得た[1]。ヴェーダではソーマsoma、ペルシアではハウマhaoma、エジプトではサーsaがそれにあたる。つねに月や、母の「生命の血」、たとえば経血menstrual bloodと関連があった[2]。マーリン(アーサー王を助けた魔法使い)の昔の名前がアンブロシウスAmbrosiusであったということから、生命を与える女性の血と関連を持つと不死が得られる、という異教のシンボルとマーリンが関わりがあったことがわかる。
Merlin.
Thomas Rhymer.
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
〔ギリシア・神話〕 不老不死の食物で、ネクタルとともに、オリュンボス山にのみある。神々、女神、英雄が食べ、自分のウマにまで与える。不思議な効き目があって、どんな傷でもなおす軟膏になり、また死体に塗れば腐らない。しかし勝手にアンブロシアーを味わう人間には災厄が待ち構えており、タルタロスの刑罰にさらされかねない。
〔インド〕 ヴェーダの神々はそれほどねたみ深くなく、人間が神酒〈ソーマ〉や不死の霊水〈アムリタ〉を味わったら極楽へ行ける。
「神肴を知るガンダルヴァよ、秘密にされたその名を教えたまえ!
一気に人は駆けめぐる、《天》と《地》と三界と
天の居住区と光の住みかを。
《秩序》の織り目をほどいて、《この》神秘を見たからには、
人はあらゆる被造物にいます《この》神秘になる」
(『タイッティーリヤ・アーラニャカ』10、1、VEDV、335)
人間は自分が食べたものになり変わる。この意味は後にキリスト教の神秘神学に取り入れられる。アンブロシアーは聖体の秘跡になり、救い主の身体、「天使の本物のパン」になるのだ。
(『世界シンボル大事典』)
ギリシア語「アムブロシアー」は、a-否定辞+btot-〔死すべき〕=「不死の」の意味。
他に、神々の飲み物として、ネクタル(nevktar)がある。もともとは、アムブロシアーが食べ物、ネクタルが飲み物という区別があった(Od. 5.93)が、この区別は無視されるにいたった。
葡萄酒よりも古い種類の麻酔剤があった……中に蔦の葉を混ぜ、蜜酒で甘くした唐檜入りのビールがそれだ。蜜酒(oijnovmeli, Dsc.V-16)というのは、ハチ蜜を発酵させて醸し出した、つまり「ネクタル」のことで、ホメーロスの叙事詩に出てくるオリュムポスの神々が盛んに飲んでいるのは、これのことである。(グレイヴズ、p.161-162)
神々の甘美な食物であるアムブロシアーも、大麦と油と細かく刻んだ果物を混ぜた粥のようなものらしく、貧しい部下たちが相変わらずツルボラン(asphodel)や、ゼニアオイや、ドングリを食べて飢えをしのいでいたころ、王たちはこの粥を飽食していたというわけである。(グレイヴズ、p.174)
なお、インドのソーマ、古代ペルシアのハオマ(ハウマ)を、伊藤義教は、麻酔酩酊性のある麻黄科麻黄属の植物Ephedra gerardianaの汁液と想像している(『ペルシア文化渡来考:シルクロードから飛鳥へ』p.89ff.)。