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ヒュアキントス( JUakinqoV) hyakinthos.jpg

 春の花の神(豊穣をもたらす男神)であり。クレータ島、スパルタ、ロドス島、ミケーネにおいて崇拝された。ヒュアキントスは、ナルキッソス、アンテウス、アドーニスなどの別名だった。ラケダイモーン(スパルタ)では、ヒュアキントスの花は男根の表象とされ、年に1度のヒュアキンティアの祭りのときには、人々はその花を捧げ持って歩いた。ギリシア・ローマ神話の中では、ヒュアキントスはアポッローンの同性愛の愛人にされたが、これは、アポッローンが自分の姉妹にあたるアルテミスの役割を強奪したことを示す1例だった。なぜなら、この花の神にまつわる古代からの儀式を司っていたのは、アルテミスの巫女たちのヒュアキンティデス†だったからである[1]。


[1]Graves, G. M. 1, 311.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



 ヒュアキントスはヒヤシンスの語源とされる。ホメーロスのヒヤシンスというのは青い飛燕草 Delphinium Ajacis のことで、花弁のつけ根のところに初期のギリシア文字 AI〔悲嘆の声を意味する〕に似たしるしがあり、クレータ島のヒュアキントスにゆかりの花である。(グレイヴズ、p.943)
 ヒュアキントスについての神話は、一見したところでは、ギリシアのヒアシンスの花弁にあるしるしを説明するためにでっちあげられた感傷的なつくり話にすぎないように思われるが、じつはクレータ島の花の英雄ヒュアキントス、またの名ナルキッソスのことを物語っているのである。

 ヒュアキントスの信仰はミュケーナイ期ギリシアにひろめられ、クレータやロドスやコースやテーラなどの島々、それにスパルタの都では、夏のおわりに彼にちなんでヒュアキンティオスのとよばれていた。ドーリスのアポッローンは、ヒュアキントスの墓のあるタレントゥムでは(ポリュビオス・第八書・三〇)、ヒエアキントスの名前をつかっていた。また、ミュケーナイ文化の影響をうけた都市アミュークライにも、それとは別の「ヒュアキントスの墓」があって、それがアポッローンの聖壇の礎となった。
 アポッローンは、そのころすでに不死の神となっていたので、ヒュアキントスが支配したのは、わずかにひとつの季節だけであった。(グレイヴズ、p.122-123)


ヒュアキンティデスHyakinthides
 hyakinthosの女性形容詞・複数形。彼女たちの物語には二様の所伝がある。
 1)クレータ王ミーノースMinosは、子どものアンドロゲオスがアッティ カのマラトンで殺されたのを怒って、アテナイを攻めたが、成功しなかったので、ゼウスに祈って、アテナイに飢饉と疫病を送った。アテナイ人は古い神託にしたがって、ラケダイモンからの移住者ヒュアキントスの娘アンテイスAntheis、アイグレイスAigleis、リュタイアLytaia、オルタイアOrthaiaをキュクロプスのゲライストスの墓で殺したが、効果なく、ミーノースに屈した。
 2)彼女たちはエレクテウスの娘プロトゲネイアProtogeneiaとパンドーラPandoraをさし、エレウシース人がエウモルポスに率いられて、アテナイを攻めた時に、犠牲に供せられた。その犠牲の行われた場所がヒュアキントスなる丘上であったことから、ヒュアキンディデスと呼ばれる。
 (高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』)