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アドーニス(!AdwniV)

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 ギリシア語で、セム語のアドナイAdonai (「主」)に相当する。去勢されて生贄とされた救世主-神である。またアドーニスは愛と死の神であることから、アプロディーテーAphrodite、アシュラAsherah、マリ Mariと結びつけられた。エルサレムでは、アドーニスという名前はタンムーズTammuzとなった。

 アドーニスはベツレへムで生まれた。しかもキリスト教徒たちが、のちに、イエス Jesus の生誕の地と主張したあの聖なる洞穴で、アドーニスは生まれたのである[1]。アドーニスは聖処女ミュッラーの息子であった。ミュッラーは神殿娼婦であった。そして初期のキリスト教徒たちはミュッラーを聖母マリアMaryと同一視して、イエスの母を「海のミュッラ−」と呼んだ[2]。ミュッラーは、異教でもキリスト教でも、主の死を象徴するものであった。主は死んで、太母、海、アプロディーテー-マリのもとへ帰ったのである。アレクサンドリアの巫女たちは、神の像を海に投げこんで、主のそうした帰還を祝った[3]

 シリアのアドーニスは復活祭Easterに死んだ。そして、彼の血から生まれたとされるアネモネの花で飾られた。アネモネという名はアドーニスの添え名であるNaaman(「最愛の人」)に由来する。アドーニスも、ナルキッソス、アンテウス、ヒュアキントスといった春の花で飾られる神々と同じように、「美神」と呼ばれた。

 アドーニスと同じような神の1人にアンキーセースがいる。アンキーセースはアプロディーテーと交わったのちに、去勢された。アドーニスも、同様、去勢された。アプロディーテーに仕える、イノシシの仮面をかぶった聖職者に鼠径部を突き刺されたのである。その切断された男根が、アドーニスの息子で、男根で表される神プリアーポスになった。プリアーポスはギリシアではエロース、エジプトではウシル〔オシーリス Osiris〕-ミンMinと同一視される。プリアーポスは切断するためのナイフを持ち物としている。それは、新しい生命が生まれる前に神を去勢する必要がある、というしるしなのである[4]

 神を去勢するということは穀物を刈り取ることを擬したもので、アドーニスはそのことを体現した神なのである。アドーニスの再生は大地子宮から芽生えることであった。毎年、ケルノスkernos〔小さなを数多く結合した祭儀用陶器〕。あるいは「アドーニスの庭」と呼ばれる聖なるにコムギやキビの種をまき、復活祭に芽が出るようにした。こうした習俗は今世紀まで地中海沿岸諸国で見られた[5]。土製の子宮を表した。ときどき、巨大なケルノスが復活祭の行列で車に乗せられて運ばれた。この車はとくにカラントスkalanthosという名がつけられた[6]

 アドーニスは、繁茂と豊穣のすべての神々と同様、周期的に死んでは再生した。アドーニスはまた、天界において死んでは再生する太陽と同一視された。アドーニスを称えるオルペウス風讃歌、「お前は、ホーラたちのように、美しい周期で光り輝いては消えていく。あるときは暗いタルタロスに住み、そしてあるときは、オリュムポス山に登っては、果実を実らせる」[7]。アドーニスは生まれたその洞穴(子宮)の中に埋葬された。その洞穴は今では「ミルク洞穴」 the Milk Grottoと言われていて、そこのちりは授乳中の母親によいとされている。また聖母マリアがそこでイエスを育てたとも言われた[8]。またその洞穴はイエス埋葬の場所として固く閉ざされた。それは、イエス崇拝にしても、アドーニス崇拝にしても、聖処女の子宮は聖処女の墓と同じであったからだ。その墓は、「まだだれも葬ったことのない、岩を掘って造った墓」(『ルカによる福音書』23: 53)であった。

 『魔術パピルス写本』〔初期キリスト教時代に広く流布していた悪魔祓い、祈願、まじない、呪文を集めたもので、のちに魔法使いの使った神秘的な文字で書かれた本の呪文や、ヘルメース・トリスメギストスの本のもとになったもの〕によると、イエスとアドーニスの名前は、いずれも、名前の魔術としては同じ効果を発揮した。「主」Adonaiは最高神で、奇跡を行うことができる「真の名前」を持っていた[9]。ところが、数世紀後、キリスト教会は「主」を悪魔だと宣言した。


[1]Doane, 155. : Briffault 3, 97.
[2]Ashe, 48.
[3]Frazer, G. B., 390.
[4]Graves, G. M. 1, 69, 72.
[5]Frazer, G. B., 400-401.
[6]Briffault 3, 126.
[7]Baring-Gould, C. M. M. A., 286.
[8]Budge, A. T., 319-20.
[9]M. Smith, 124.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)

[画像出典]
Thomas Willeboirts 作(1642年)
 Venus Bewailing the Death of Adonis.



アネモネという名はアドーニスの添え名であるNaaman(「最愛の人」)に由来する
 「アネモネ」という花名を「風(a[nemoV)」に結びつけたのはオヴィディウスである。

血のなかから、同じ色の花が現れた。
強靱な皮の下に種子を隠し持っている、あの柘榴が着ける花にそっくりだが、
しかし、その花を賞でる期間は短いのだ。
花の付き具合が悪く、軽すぎて落ちやすいために、
アネモネというその名のもとになっている風が、これを散らすからだ。
          (『変身物語』巻10、735-739)

 しかし、アネモネはa[nemoVからではなく、セム系言語のナアマン(いとしい人、君)からきたのではないか、といわれている。フレーザーによると、今でもアラブ人はアネモネの花のことをナアマンの傷と呼んでいるという(The Golden Bough, Bd. V. I, p.226f)。<……> それに、ナアマン(nâman)は、同じくセム系言語のアドーン(adôn)の同義語とみる説もある。アドーンもやはり、いとしい人、主人を意味する言語であって、言語学的にこのアドーンからギリシア語のアドーニスが派生したといわれている。そうすると、アネモネの花と美少年アドーニスとは、語源的にも同一ということになる。(山形孝夫『聖母マリア崇拝の謎:「見えない宗教」の人類学』p.80補注)

 太女神は若き恋人をもっていた。
シュメールのイナンナに対するドゥムジ、
アッカドのイシュタルに対するタンムーズ
プリュギアのキュベレー・アグディスティスに対するアッティス
そして、
ギリシアのアプロディーテーに対するアドーニスである。

 アドーニス(フェニキア語でアドンは「主」の意)は、毎年繁茂と枯死をくりかえす植物の魂であるシリアの半神タンムーズのギリシアふうな名前である。シリアや、小アジアや、ギリシアでは、女神の聖年が、それぞれ獅子と山羊と蛇の統べる三期に区分されていた時代があった。一年の中期の象徴である山羊は愛の女神アプロディーテーの聖獣であり、後期の象徴である蛇は死の女神 ベルセポネー の聖獣であり、そして初期の象徴である獅子は誕生の女神の霊獣であった。ここで誕生の女神というのはスミュルナーのことだが、アドーニスの母親としての権利はあたえられていない。この暦年は、ギリシアではやがて一年を二期にわかつ暦年に席を譲った。スパルタやデルポイでは、夏至と冬至を境にして二分する東方系の暦年に、アテーナイやテーバイでは、春分と秋分を区切りとして等分する北方系の暦年に。(グレイヴズ、p.109)

 タンムーズは猪に殺されたが、神話に登場するこれに似た神々や人物はたくさんある。— オシーリス、クレータ島のゼウス、アルカディアのアンカイオス、リューディアのカルマーノール、それにアイルランドの英雄ディアルミッドなど。
  この は昔は三日月形の牙をもった雌の豚で、やがては ベルセポネーと名づけられる女神の化身であったらしい。ところが一年が二等分されて、あかるい半年を 聖王 が支配し、暗い半年を彼の競争者である後継者が支配するようにかわると、この競争者がの形で表されるようになったものと思われる — オシーリスを殺したときのセトとか、ディアルミッドを殺したときのフィン・マック・クールなどのように。タンムーズの血潮というのは、冬の雨が降った後でレバノンの山腹を真っ赤に染めるアネモネの花を擬人化したものである。タンムーズの死をいたむ祭礼アドーニアは、毎年、春のおとずれとともに ビュブロス で行われた。(グレイヴズ、p.109)。
  しかしこの花を同定することはむつかしい。

アネモネ(ボタンイチゲ)
Anemone coronaria

キンポウゲ科イチリンソウ属
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ラナンキュラス
(ハナキンポウゲ) Ranunculus asiaticus

キンポウゲ科キンポウゲ属
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ヒナゲシの仲間 Papaver spp.
Papaver subpiriforme

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アドーニスの仲間 Adonis spp.
キンポウゲ科フクジュソウ属

(Adonis annua)
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Adonis palaestina
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Adonis aestivalis
ケシ科ケシ属

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 イスラエルの春一番に咲く赤い花はアネモネである。その意味でゾハリーはイエスのたとえ話の「野の花」はアネモネであろうとしている。エルサレム付近で見られるアネモネはほとんどが赤いアネモネである。エルサレム市内の公園や空き地に真っ赤に咲いているアネモネをよく見かける。

 これが北のほうに行くと、ピンク、白、ブルーなどの色もある。球茎様の根のある植物で、6枚の花びらがある。花の直径は4-8cmである。この花びらの基は黒っぽく、周りは白い。実際はこの花びらと思われているところは萼の変化したものである。花は朝開き、夕方近くなると閉じてしまう。

 ディオスコリデスの薬物誌には根の絞り汁を鼻に注入すると、頭を浄化し、根を噛めば頭の粘液を駆出させるとある。また葉と茎を一緒に麦湯で煮て食べると乳汁を分泌させ、膣座薬に用いると月経を招来し、患部につけると重い皮膚病によいなどの記載がある。アラブの民間療法としてかつて腫瘍や胃潰瘍に用いた。またレバノンでは絞り汁を鼻をきれいにするのに用い、根を噛んで結核、ハンセン病、マラリアな どに用いたという。

 このアネモネが「ユリ」の候補として挙げられるのは、たぶん雅歌5:13に「頬は香り草の花床、かぐわしく茂っている。唇は「ユリ」の花、ミルラのしずくを滴らせる」とあることによるのであろう。

 アネモネが「野の「ユリ」」といわれるのであれば、聖地にアネモネと前後して咲き出すラナンキュラスも同様に赤い可愛らしい花である。このほかにも赤い花は、アドーニス、ヒナゲシの仲間、チューリップとたくさんある。なかでもアネモネとラナンキュラスは現地のガイドたちも間違って説明するほど遠くからは区別しにくい。アネモネの花は中央が黒く、その周りが白っぽくなっていること、萼がないこと(実際は花冠と萼の区別がないのであるが)でラナンキュラスと区別できる。
 ラナンキュラスは萼があり、艶のある花冠の中央に黒のビロードのようなたくさんの雄しべがある。アネモネのように球茎様の根を持たない。根はチューブ状の塊茎で、そこからまた新 しい根をだす。花の基も白くない。アネモネのようにいろいろの色がなく、ほとんどが赤で、まれに黄色やオレンジ色のものがある。

 アネモネ、ラナンキュラスと共にイスラエルの春を彩るのがヒナゲシの仲間である。一番多くみかけるのがパパウェル・スブピリフォルメPapaver subpiriforme であるが、そのほかにも数種類のヒナゲシの仲間がある。ヒナゲシは非常に短命で、花が咲いたと思ったらすぐに散ってしまう。このヒナゲシの美しさ、はかなさはペトロの手紙(一)1:24-25を思い浮かばせる。
人は皆、草のようで、その華やかさはすべて、草の花のようだ。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は永遠に変わることがない。

 またイザヤ書40:6-8にも

肉なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの。草は枯れ、花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい。草は枯れ、花はしぽむが、わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。

 きれいな赤色のヒナゲシは開花の時に萼を振り落とし、4枚の花びらは、受粉後すぐに散ってしまう。花の中央には黒い斑点がある。草丈12-35Cmの1年草で花びらは通常開ききらないので、遠くからはアネモネやラナンキュラスと間違えるような大きさに見える。

 余談になるが、ケシPapaver somniferum および近縁植物は麻薬をとるケシで、イスラエルにはない。ヒナゲシとの区別は、葉も茎もすべすべとして白っぽいこと、葉が茎を抱き込むようになっていることなどである。末期癌患者や胆石、腎臓結石の鎮痛に使用されるモルヒネはこれからつくられたものであり、そのほか咳止めの燐酸コデイン、麻薬のヘロインなどはこれからつくる。

 アネモネ、ラナンキュラスよりやや遅れて咲く赤い色のやや大輪のパレスティナアドーニスAdonis palaestina、小さな赤い花の咲くアドーニス・ミクロカルパAdonis microcarpa、アドーニス・アンヌアAdonis annua、ナツザキフクジュソウAdonis aestivalis に加えて黄色のアドーニス・デンタタAdonis dentata がある。
 フクジュソウの仲間で可憐な花である。パレスティナアドーニスの花の直径は3-5Cmとこの仲間では一番大きい。
出典は、廣部千恵子著/横山匡写真『新聖書植物図鑑』(教文館、1999.8.、p.19-21)