雑記帳2003年7月から11月頃の雑記帳


7 Nov 2003

 またひとり逝った。
 彼はある企業のその部門のリーダーとして、この世界の先駆的業績を挙げ、誰からも第一人者と目されている方だ。死ぬほど仕事をして、死んでしまった。
 この春、私たちはあるプロジェクトを立ち上げた。そのリーダー役を担っていたのが彼だ。彼は我々の想像だにしないスピードでたたき台を仕上げ、世に出した。もうすでに、死を予感して、一刻も早い完成を目指したのか。
 またも、先達を、これからという大切な人材を、私たちを導く目標を、このような形で失ってしまった。死ぬほど働かされ、しかも、死んでも前へ進もうとした。理想と、使命感と、社会的責任感が、死への行軍に駆り立てるのだ。その気持ちは彼だけのものではない。多くの仲間も、そして私ももっているものだ。死なないように働くことと、死ぬように働くことと、どちらが世の中をよくするのか。どちらが幸せなのか。満足するのか。次に死ぬのは誰か。ヴァルキューレたちが頭上を徘徊する下で、どうすることが彼らへの手向けとなるのか、私には決心がつかない。

15 Sep 2003

阪神優勝
 阪神が優勝した。
 私は阪神ファンだ。長年阪神を見てきた。負けても負けても阪神ファンはやめなかった。18年前は高校生だった。うれしかったが、戎橋のらんちき騒ぎは遠い世界の話だった。関西に住むようになって15年。阪神優勝一色に染まるこの地でこの日を迎え、本当の関西人と共有できるものをまたひとつ増やすことができたと感じる。大げさだが本当にそう思う。
 

<訃報に接して>
 この半年ぐらいのあいだに、続けて3人の、衝撃的な訃報に接することとなった。
 親しかった方々ではない。ひとりは、学生時代の技官さん。謎な人だったが、誰もがお世話になった方だ。この分野で活躍する数多くの技術者が、彼のもとを巣立ったのだ。ふたりめは、私たちの分野の先駆者であり、大先輩である方。一度仕事で講演をお願いしたことがある。時代を切り開き画期的な成果を残してこられた。そして、私たち後進のために多くのものを残そうとされた。よく存じ上げているわけではないが、私たちのリーダーであった。
 三人めは、地球温暖化対策の税制の第一人者だった。直接面識はない。5月に、とある先生のご退職祝賀会でお見かけしたのが最後となった。彼の死が環境税の議論を頓挫させることにならぬよう、残された者は力を尽くさねばならない。それがせめてもの供養だろう。道半ばにして亡くなった先生の無念はいかばかりか。
 それぞれに直接の死因は異なるわけし、共通性を論ずることは間違いだろう。しかし、この3人は、いずれも五十代だった。そして、少なくともそのうちのふたりは、まだ次の仕事をするつもりで、準備をしているさなかだった。
 密かに忍び寄る突然の死を予見して日々を送ることなど、常人にはできない。毎日を全力で生きれば悔いはないという人は、まだ死んでいないからそう云えるのだ。いくら全力で生きても、目標に向かって進んでいる者が突然の死を迎えたなら、悔いが残らぬはずはない。悔いはなかろう、と推論するのは、残された者のための気休めにすぎない。
 先達を失った者は、友人も、後輩も、教えを受けた者も、私淑する者も、彼らの到達できなかった目標に向かって、自分なりのやりかたで、努力を続けなければならない。しかしその道のりの、なんと遠く険しいことか。
 先生と仕事で関わったある方はいう。地球温暖化対策に関わってきた者が、この数年で何人命を落とし、何人が心身に傷を負ったかと。その方ご自身もそのひとりなのかもしれないが、願わくは、もうこれ以上犠牲者の増えざらんことを。地球のために、人類のためにそう思うのではない。励まし合い手を取り合い、険しい道を進む師や友や、見知らぬ仲間たちを、もう二度と、その熱意がために失いたくないのだ。


2 Jul 2003

 半年もご無沙汰してしまいました。
CD評
Fried Pride "heat wave"
 すっかり確たる地位を築いた感のあるフライドプライドの3枚目。今回はピアノあり弦ありポンタありのバラエティに富んだ選曲。そしていきなりディープ・パープルで始まる。相変わらずのお達者ぶりは、一段と芸域を広げている。どうでもいいけど「ブロードキャスター」のエンディング曲も入っている。
 例により録音よし。ビクターエンタテイメント/コンコードレーベルから6/21発売。
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