間歇日記

世界Aの始末書


ホームプロフィール間歇日記ブックレヴューエッセイ掌篇小説リンク

← 前の日記へ日記の目次へ次の日記へ →


2002年6月中旬

【6月20日(木)】
《ご恵贈御礼》まことにありがとうございます。

『言の葉の樹』
(アーシュラ・K・ル・グィン、小尾芙佐訳、ハヤカワ文庫SF)
「Treva」で撮影

 『闇の左手』などと同じく、いわゆる《ハイニッシュ・ユニバース》もののひとつだそうだ。アオリによれば、エクーメンとの接触後、圧政が敷かれている惑星アカが舞台で、古い象形文字で書かれた過去のあらゆる本が焚書にされているのだという。そこに観察員として派遣された地球人の女性がアカの伝統文化〈語り〉に触れる……って話らしい。お、“言葉もの”ですな。おれはどうもル・グィンは肩が凝って苦手なのだが、これはなかなか面白そうな設定である。
 原題は、The Telling となっているが、この邦訳のタイトル、いいねえ。日本語ならではの名タイトルだ。折に触れてしみじみ思うのだが、日本語の“ことば”ってのは、すごい言葉でしょう。“こと”“は”なんであって、現象のはしっこ、あるいは、かけらだというわけだ。むろん、漢字を当てなくても“葉”にも通ずる。言葉に相当する語に、これほど哲学的に深い含意を持つ言語がほかにあろうか――って言うほど外国語に通じちゃいないけどね、でも、すごいなあといつも思う。現象のはしっこ、あるいは、かけらでコミュニケートしているわけだから、現象の本質そのものが伝えられているわけではない。“はしっこ”を受け取ったほうでは、そいつから元の現象をいわば“逆コンパイル”してそこに“現出”させなければならないのだ。そこに現出する“こと”は、なにしろ“はしっこ”から現出させたわけだから、元の“こと”とはちがっているかもしれない。ちがっているかもしれないが、とにもかくにも、その“ことのは”からは、ひとつの現象が紛れもなく立ち上がるのである。
 または、この“はしっこ”には不完全なものである含意はなくて、むしろ“はしっこ”にこそ元の現象の本質がホログラムのようにすべて含まれているという意が込められた“はしっこ”とも解釈できよう。先の解釈とはまったく逆のように見えるが、じつは同じ意味なのかもしれない。相反するように思えるこれらの解釈をいずれも包含している。部分であり全体であり象徴であり本質であり、表象にすぎない“はしっこ”であると同時に表象された“こと”の正体でもある“はしっこ”だというアンビバレントなダイナミズムを包含する、とても怖い“はしっこ”だ。そして、おれたち日本人は、誰に教えられたわけでもないのに、“ことのは”“ことば”という言葉からそのダイナミックな両義性・重層性をなんとなく感じとっているのである。怖ろしいことではあるまいか。
 この“ことのは”という言葉を作ったやつは、いったい全体何者なんだろうと、とても不思議な気がする。誰か特定の一人が作ったわけじゃあないだろうけど、だとしたら、言葉というものはこういうものだという認識を、その共同体が誰に教えられたわけでもなくあたりまえのように共有していたということなんだから、考えれば考えるほどそら怖ろしくなってくる。『イティハーサ』水樹和佳子)みたいな世界が過去にあったような想像をそこはかとなくしちゃうんだな。“言葉”って言葉は、ほんとにとんでもない言葉だ。他の言語で“言葉”という言葉に日本語のそれに似た含意を持つものがあったら、識者の方々は、ぜひその語と併せてどこの言語かご教示くださりたい。

【6月19日(水)】
文化庁が今日発表した「国語に関する世論調査」とやらによると、十代の若者の八割が、「けんもほろろ」「つとに知られている」という慣用句や言いまわしを「使わないし意味も分からない」と答えているのだそうだ。まあ、「月をなめるな」『「ヨクネン」って何のことですか』のあとではあまりインパクトのある報道ではないにしても、たしかに若年層向けの小説を書いている作家がぞっとしそうな調査結果ではある。
 ぞっとするからといって、若年層向けに書いている作家がご親切にもこうした表現を避けるようなことがあるとしたら、これはいただけない。そんなことをしたら、ますます若いやつがボキャ貧になるばかりである。若年層のファンがいるからこそ、そういう作家の方々は遠慮なく“ふつう”の慣用句や言いまわしを使って、若者を教育していただきたい。もっとも、本を読むような若者は最初から心配しなくていいのかもしれないが……。なあ、「けんもほろろ」や「つとに」なんて「使わないし意味も分からない」と答えた若者よ、それくらい、デーブ・スペクターだって使うぞ。エドワード・サイデンステッカーだってドナルド・キーンだって使うぞと言っても全然説得力ないわけだが、デーブ・スペクターならけっこう効くだろう。効かんかなあ。ビビアン・スーだって使うぞってのはどうだ? 使わんかもしれんなあ。
鈴木宗男が逮捕される。あれっ? とっくに逮捕されてなかったっけ? で、結局、最後に笑ったのは外務省ってか? いやいや、まだまだ物語は終わらない。終わらせてはならない。最後に笑うのは国民であってほしいものである。

【6月18日(火)】
▼ワールドカップ決勝トーナメント、日本がトルコに負ける。もし勝ってたら、来月の「今月の言葉」は、「日本八強」で決まりだなとも思っていたんだが、元ネタがわかる人はこの日記の読者の五人に二人か三人くらいだろうから微妙なところである(ちなみに、おれの持ってるのは大都社版だが、サンデーコミックスでもこんなに最近出ていたとは知らなんだ)。
 しかし、韓国対イタリア戦は面白かったなあ。観ているだけでスポーツがこんなに面白いと思ったのも、ひさしぶりのことだ。まるでむかしのスポ根マンガみたいな展開である。現実にこういうことが起こるものなのだなあと感動すると同時に、あまりにもフィクションじみた展開に現実のこととは思われぬ胡散臭さすら感じてしまう。映画かなにかのフィクションであんな試合を観せられたら、「くっさ〜」としらけてしまうだろうな。現実とフィクションとの関係は、じつに難しい。

【6月17日(月)】
「仮面ライダーマウス」なるものが出るそうで、なんちゅうか、こういうのを見ると、日本はまだまだ大丈夫だという気がするなあ。不景気だろうがなんだろうが、ほんとうに好きな人は飯を抜いてでもこういうものを買うにちがいない。日本経済の活性化に貢献する。やっぱり、小金持ちの年寄りかオタクに金を使わせるのがいちばんだ。ううむ、おれも欲しいが、価格を見ると萎える。それほどまでに仮面ライダーが好きだというわけでもない。千円くらいなら買うかもな。それにしても、みごとなアイディアだ。たぶん、働けど働けど暮らしが楽にならない誰かがじっとマウスを見つめていたところ、「おお、仮面ライダーに似てるじゃん」と思いついたのだろう。貧すれば鈍すとは言うが、貧したほうが出てくるアイディアってものもある。なんか貧したやつが思いついたと勝手に決めつけているけれども、激しくそんな気がするんだよ。面白いし、おれは好きだが、客観的に見て、非常に貧乏臭いアイディアだと思いません? たかがマウスだし。
《ご恵贈御礼》まことにありがとうございます。

『マーブル騒動記』
井上剛、徳間書店)
『歩兵型戦闘車両ダブルオー』
坂本康宏、徳間書店)
「Treva」で撮影

 『マーブル騒動記』は、第三回日本SF新人賞受賞作『歩兵型戦闘車両ダブルオー』同賞佳作である。例によって予知能力を発揮すると、〈週刊読書人〉2002年8月9日号のSF書評に取り上げるにちがいないので、ご用とお急ぎでない方は、そちらを“予知”されたし(なんか、すっかりおなじみのパターンになってきたなあ)。
 今回はダブル受賞ではなく、『歩兵型戦闘車両ダブルオー』は佳作なのだが、個人的好みから言うと、ダブル受賞でもよかったのではないかと思うくらいである。たしかに『マーブル騒動記』のほうが数段洗練されている。文句なく賞にふさわしい。『歩兵型戦闘車両ダブルオー』は粗削りであり、文章もやや乱れている。が、後者には、なんかこう、新人賞応募作品にふさわしいハチャメチャなパワーが感じられるのである。このあとなにをやらかすか、まるでわからないところがある。好き嫌いを言えば、おれはダブルオーのほうが好きだ。マーブルより下手だが、でも好きだ。歴史的意義もあるかもしれない。合体ロボットがなぜ合体しなければならないかを合理的に説明しおおせたSFは、この作品が初ではなかろうか? 『愛と青春のサンバイマン』藤井青銅、徳間ノベルス・ミオ/徳間文庫)ファンの方は必読。前回は犬猫対決だったが、今回はドライな洗練ウェットな野趣との対決といったところか。日本SF新人賞、いい作家を世に出し続けている。

【6月16日(日)】
▼なにがあったのか、よく憶えていない。まあ、こういう日もあらあな。三か月くらいあとになって思い出すかもしれないが、きっと思い出せないにちがいないという、ほとんど既定事実であるかのような確信がおれを支配している。

【6月15日(土)】
▼ちょっと前から気になっていて、一度食ってみようと昨日の夜中にコンビニで買ったのだが、「チョビッツ」湖池屋)って菓子は、いくらなんでも商標権の侵害にはならんのだろうか? そりゃ「ちょびっツ」と表記はちがうが、アルファベット表記は同じ「chobits」だもんなあ。ま、菓子はなかなかうまいし、食いやすいけどね。どうせなら、タイアップして菓子のパッケージに“ちぃ”の絵でも載せたほうが、双方得なんじゃないかなあ。等身大の“すもも”プレゼントでもいいぞ。おれ的には等身大の“管理人さん”のほうがいいが、それにしてもアニメに出てくるアパートの管理人さんがああいう感じであるのは、『めぞん一刻』からの伝統ででもあるのだろうか。『藍より青し』もそうだしなあって、ありゃ大家さんか。どうでもいいが、おれ、あの桜庭葵ってのは、観てると張り倒したくなるんだよな。あんな“男に都合のいい女の権化”みたいなやつがおるか〜っ! あれは反フェミニストアニメかなにかか? それとも、さらに深く企んだどんでん返しが用意されたフェミニストアニメか? よくわからんから、腹立つけどラーメン啜りながらちょくちょく観るのだ。しかしおれ、土曜の夜中って、アニメばっかり観てるな。勉強せんか、勉強。

【6月14日(金)】
▼なんと、ウルトラマンが逮捕されてしまった。なんでも、『ウルトラマンコスモス』(TBS系)の主演男優(21)が未成年だった二年前に起こしたらしい傷害・恐喝容疑で逮捕されたというのである。“主演男優”ってあなた、「O森望」とかいうのと同じで、全然匿名になっとりゃせんがな〜。制作の毎日放送の決断は迅速で、すっぱり放送打ち切り。さっそく(というのなんだが)明日の放送分から、臨時番組に差し替えるらしい。
 いやあ、それにしてもどえらいことだ。こんなことはウルトラシリーズはじまって以来である。南夕子役の女優さんが出産で抜けて、テーマソングがちょっとヘンになった『ウルトラマンA』ってのはあったが、まあ、役者も人間じゃて、慶事で抜けるのはまだよろしかろう。逮捕されたってのはなあ……。
 関連グッズやら映画やらの損害はたいへんなものになるだろう。スパークレンスやらリーフラッシャーやらエスプレンダーやらアグレイターやらコスモブラックやら(推定総額一万五千円弱)が玩具箱にぎゅうぎゅう詰めになっているお子様をお持ちの親御さんは、明日の十八時までに、なぜコスモスが出てこないのかをどう説明したものか、考えておかなくてはならない。まあ、最近のガキどもちゅうかお子様たちは、大人が思うよりはウルトラマンを斜に構えて観てるかもしれんが、やっぱり小さいお友だちにはショックが大きかろう。ヒーロー役の選考はよっぽど気をつけてやらんとなあ。平成ウルトラマンは、人間としてのウルトラマンを強調しとるから、多少は叩いて埃が出るくらいがヒーローとしてもいいのかもしれないが、逮捕されちゃまずいでしょ、やっぱり。

【6月13日(木)】
▼今度は北京の韓国大使館に、中国側から北朝鮮の亡命者が駆け込んだらしい。北朝鮮ってとこは、よっぽどひどいことになっとるんだろうなあ。観光客呼び込むのもいいけど、平壌なんて行ったって、ほとんど太秦映画村のようなものではなかろうか。周囲を取り囲む“書き割り”が風でぱたーんと倒れると、その陰で地元の人がそこいらの雑草をむしって食っているんじゃないかと思うと、観光なんてとてもする気にゃなれまい。
《ご恵贈御礼》まことにありがとうございます。

『デューンへの道 公家(ハウス)アトレイデ3』
(ブライアン・ハーバート&ケヴィン・J・アンダースン、矢野徹訳、ハヤカワ文庫SF)
「Treva」で撮影

 全然読めてなくて申しわけないのだが、訳者あとがきによると、これでもって一応『公家アトレイデ』は完結なんだそうである。このあとさらに『デューンへの道 公家ハルコンネン』『デューンへの道 公家コリノ』と続き、こっちの《デューンへの道》シリーズも旧作と同様に大長篇になっているとのこと。

【6月12日(水)】
ナンシー関が急死したと聞き驚く。同い年だったとは知らなんだ。同い年の人間が自殺するのもなかなかにフクザツな心境になるが、病死、しかも突然死となると、さらにフクザツな心境になる。
 まあ、故人にとやかく言いたくはないが、さすがにあんなに肥っちゃ、どこかおかしくなるだろう。あれほどミもフタもない鋭いものの見かたができる人が、自分の体重は管理できなかったというあたりに、なんとなく親近感を覚えるね。おれも最近肥ってきたからな。あるいは、ああいうものの見かたの斬れ味は、一種フリーク性すら帯びたあの肉体に培われたものなのかもしれない。あの巨体も含めて、ナンシー関的精神だったと思えば、まこと天は二物を与えぬとも言えるし、非常に gifted な人であったとも言えよう。ドイツ語の Gift“毒”だよな。

【6月11日(火)】
「暗号化する」の対語は、「復号化する」ではなくて「復号する」なのである。なんとなく気色が悪い。たいていの日本語入力システムも、「復号する」よりも「復号化する」のほうが一発変換しやすいようだ。「○○化する」というサ変動詞のほうが、同じサ変でも「復号する」よりも機械的に判断しやすいせいだろう。いっそのこと、「暗号化する」ってのはやめて、「暗号する」とでも言うようにしてはどうか。待てよ、「暗合する」とまちがいやすいか。日本語は難しい。


↑ ページの先頭へ ↑

← 前の日記へ日記の目次へ次の日記へ →

ホームプロフィール間歇日記ブックレヴューエッセイ掌篇小説リンク



冬樹 蛉にメールを出す