第3巻・第5章
第1章[1] さて、アゲシラオスは、穫り入れの時季の始まりと同時に、パルナバゾスの〔領地〕プリュギアに到着すると〔 第3巻 第4章 29節参照〕、耕地は焼き払い破壊し、諸都市は――あるものは武力で、あるものは相手の方からすすんで――わがものに加えた。 [2] そして、スピトリダテスが、自分を伴って パプラゴニアに赴くなら、パプラゴニア人たちの王を会談の席に引きずり出すことも、同盟者となすこともできようと言うので、進軍に熱心となった。いずれかの民族を大王から離反させること、これを彼は以前から熱望していたからである。 [3] かくして、パプラゴニアに到着すると、 オテュス〔王〕がやってきて、同盟関係を結んだ。というのも、彼は大王に召還されながら、参内していなかったからである。そしてスピトリダテスの説得によって、アゲシラオスのためにオテュスは騎兵1000、軽楯兵2000を残置した。 [4] このことでアゲシラオスはスピトリダテスに感謝した。 「言ってもらいたい」と彼は言った、「おお、スピトリダテスよ、オテュスにあなたの娘を与える気はないか」。 「あの方よりもはるかに」と彼が言った、「亡命者の〔娘〕でももらってくれるなら。領地も権力も広大なのを王支配しておられるのだから」。 しかし、この時は、結婚についてはこれだけで話が終わった。 [5] ところが、オテュスが帰ろうとして、挨拶するためにアゲシラオスのところにやってきた。そこでアゲシラオスは「三十人」〔 第3巻 第4章 20節参照〕のいるところで、スピトリダテスを下がらせたうえで、会談を始めた。 [6] 「言っていただきたい」と彼は言った、「おお、オテュスよ、スピトリダテスはいかほどの生まれなのかを」。 すると相手が、ペルシア人たちの中で生まれにおいて誰にも劣るところはないと言った。 「彼の息子を」と彼は言った、「いかほど美しいか見たことがおありか」。 「ないはずがないでしょう。というのも、夕べ、彼といっしょに食事したのだから」。 「その息子よりも、彼の娘は美しいと言われている」。 「ゼウスにかけてまったく」とオテュスが言った、「たしかに美しい」。 [7] 「そこで、わたしとしては」と彼は言った、「あなたはわれわれの友となったのだから、その娘をあなたの妻に迎えるようお勧めしたい。彼女は最美であるし――男子たるものにとってこれ以上に悦ばしいことがあろうか――、父親も最も生まれよろしき者であるばかりか、これほどの権力を持っているのだから。つまり、彼はパルナバゾスに不正されたが、その相手に対する報復たるや、ごらんのとおり、〔相手を〕自領全土からの亡命者にしたほどなのである。 [8] もちろん、よくご存知のように」と彼は〔続けて〕言った、「あいつを敵として、これに報復できた以上、友にも同様に善行することができるであろう。しかも、このことが実現されれば、あなたの姻戚となるのは、彼ばかりではなく、わたしや、その他のラケダイモン人たちや、さらには、われわれはヘラスを嚮導しているのだから、他のヘラスもそうなるのだ。 [9] いや、そればかりか、もしもこれを実現なされば、あなたよりも壮大に結婚式を挙げる者がかつていたであろうか。というのは、花嫁を護衛する騎馬兵たちや軽楯兵たちや重装歩兵たちが、あなたの妻をあなたの館にまで護衛するほどの数、護衛したことのあるような花嫁がかつていたであろうか」。 [10] するとオテュスが聞き返した。 「あなたが話していることは」と彼は言った、「おお、アゲシラオスよ、スピトリダテスにもよいと思われていることなのか」。 「神々にかけて」とアゲシラオスが言った、「彼がこれを言うようわたしに頼んだわけではない。ただ、わたしは、敵に報復できればもちろん悦ぶが、友たちのために何か善いことを見つけだせれば、はるかにもっと悦ばしいとわたしには思えるのだ」。 [11] 「それなら」と彼が言った、「それが彼の望みでもあるのかどうか、どうして聴取しないのか」。 すると、アゲシラオスが、「おまえたちが行って」と彼が言った、「おお、ヘリッピダスよ、われわれと同じことを彼が望むよう教えよ」。 [12] そこで、彼らは席を起って〔行って〕教えた。 時を過ごしている間に、「よければ」と彼〔アゲシラオス〕が言った、「おお、オテュスよ、われわれも彼をここに呼んではどうか」。 「まったく、彼が説得されるとしたら、他の誰よりも、はるかにあなたによってだとわたしは思う」。 アゲシラオスは、スピトリダテスとその他の者たちを呼んだ。 [13] 入ってくると、すぐさま発言したのはヘリッピダスであった。 「他のことについては、おお、アゲシラオスよ、述べられたことを長話する必要がありましょうや。最終的に、スピトリダテスはあなたによいと思われることを何なりと悦んで実行すると申しております」。 [14] 「それでは、わたしによいと思われるのは」と、彼アゲシラオスが言った、「そなたは、おお、スピトリダテスよ、めでたくもオテュスに自分の娘を与えることであり、あなた〔オテュス〕は娶ることだ。しかし、娘子は、春までは陸路でわれわれは連れてくることができまい」。 「いや、ゼウスにかけて」と彼オテュスが言った、「海路なら、今でも送られることができよう、あなたが望めばだが」。 [15] そういう次第で、以上の条件で彼らは握手を交わしたうえでオテュスを見送った。 そこですぐにアゲシラオスは、相手が急いでいると判断して、三段櫂船を艤装し、ラケダイモン人の カリアス(3)に、娘子を連れて来るよう命じたので、この男は、ダスキュレイオン市に向けて発った。ここにはパルナバゾスの王宮もあり、これをめぐって村落も、多くの大きな、必需品をふんだんに有したのもあり、動物たちまでも――あるものは囲いをめぐらされた宮苑(paradeisos)の中に、あるものは開放された場所に――全美なのがいた。 [16] さらに河も、ありとあらゆる種類の魚類に満ちたのがそばを流れていた。さらには、鳥猟のできる者たちのために鳥類(ptena)もふんだんにいた。まさしくこういう地で彼は越冬したのだが、それは、一つにはここで、また、一つには糧秣あさりの部隊といっしょになって、遠征軍の必需品を取得するためであった。 [17] しかし、ある時、侮って無防備に――それまで何の躓くところもなかったためであるが――、将兵たちが必需品を略取しているとき、パルナバゾスは彼らが平原じゅうに散らばっているのに遭遇した。このとき彼は、戦車(harma)は大鎌付きのやつを2台、騎兵はおよそ400を率いていた。 [18] 対してヘラス勢は、相手が突進してくるのを眼にして馳せ参じ、およそ700にまでなった。しかし相手は、逡巡することなく、戦車を先に立て、自分は騎兵たちといっしょに後ろにひかえ、相手勢に向かって疾駆するよう命じた。 [19] そして、戦車が密集隊形を分断するや、たちまち騎兵たちがおよそ兵士100までを斃したので、その他の者たちはアゲシラオスのもとに避難した。彼は重装歩兵たちといっしょにたまたま近くにいたのである。 [20] この後、三ないし四日して、スピトリダテスは、パルナバゾスが大きな村落 カウエに宿営しているのを察知して、およそ160スタディオンほど隔たっていたが、すぐにヘリッピダスに進言した。 [21] ヘリッピダスも、何か輝かしい働きをしたいものと欲して、重装歩兵およそ2000と、他に同じほどの数の軽楯兵たちと、騎兵隊も、スピトリダテスのと、パプラゴニア人たちと、ヘラス人たちのうち、彼が説得できただけの人数とをアゲシラオスに要請した。 [22] すると〔アゲシラオスが〕彼に了承したので、〔スピトリダテスは〕供犠をした。そして、たそがれ時になって、吉兆が現れたところで、その供犠を終わった。そこで、夕食をとってから軍陣の前に出頭するよう下知した。だが、宵闇になったのに、各部隊の半数も出動しようとはしなかった。 [23] それでも、取りやめなどして、他の「三十人」が自分のことを嘲笑するなどということのないように、あり合わせの戦力を引き具して進軍した。 [24] そして、夜明け時に、パルナバゾスの陣営に襲いかかり、その前哨部隊はミュシア人たちから成っていたが、その多くが斃れ、本隊は逃げおおせたが、陣営も略取され、そうして多くの酒杯や、他にもパルナバゾスの所有物とおぼしきものや、これらに加えて多くの輜重や輜重用荷曳き獣も〔略取された〕。 [25] というのは、〔パルナバゾスは〕、居場所を固定したのでは、取り囲まれて攻撃されるのではないかと恐れて、まるで遊牧民のように、居場所をあちらこちらと変えて、本陣の場所をまったくわからなくしていたからである。 [26] さて、獲得された財貨をパプラゴニア人たちとスピトリダテスとは持ち帰ってきたが、ヘリッピダスは歩兵指揮官たちと旅団長たちとを待ち伏せさせて、すべてをスピトリダテスとパプラゴニア人たちから取り上げてしまった。多くの戦利品を自分が戦利品担当官たち(laphyropolai)に持ち帰るためにである。 [27] しかしながら、彼らはこういう目にあって我慢しておらず、不正され面目を失ったとして、夜の間に荷造りをして、サルディスの アリアイオスのもとに立ち去った。彼らが信頼した所以は、アリアイオスも大王に離反して、これに刃向かって戦争したことがあるからである。 [28] アゲシラオスにとっては、スピトリダテス、〔その息子〕 メガバテス、パプラゴニア人たちの離脱ほど、この遠征にさいして大きな打撃となったことはなかった。 [29] ところで、キュジコス人 アポロパネスなる者がいた。この人物は、パルナバゾスとも古くからの 客友(xenos)であったが、この時期、アゲシラオスとも客友関係にあった。そこでこの人物が、アゲシラオスに向かって、友好についてパルナバゾスを彼との会談の席に引きずり出せると思うと発言した。 [30] 〔アゲシラオスが〕この男〔の言うこと〕を聞き入れたので、〔アポロパネスは〕会見の取り決めと右手の確証とをとりつけた上で、パルナバゾスを合意の場所に連れてきた。そこには、アゲシラオスと、彼の側近たる「三十人」とが、草地のような所にじかに横たわって待っていた。対してパルナバゾスの方は、多くの黄金を使った高価な衣装を身につけてやってきた。そして、彼の奉公人たちが絨毯――その上にペルシア人たちがなよなよと座るのだが――を敷いているとき、〔パルナバゾスは〕その女々しさを恥じた。アゲシラオスの質素さを目にしたからである。そこで自分も相手と同じようにじかに座った。 [31] そして、先ず初めに、お互いに挨拶を交わし、次いでパルナバゾスが右手を差し出すと、アゲシラオスも差し出し返した。その後で、パルナバゾスが口火を切った。彼の方が年長だったからである。 [32] 「おお、アゲシラオス、ならびに、ご臨席のラケダイモン人たちのみなさん、あなたがたがアテナイ人たちと戦争をしていたとき、わたしはあなたがたと友となり同盟者となって、あなたがたの艦隊には金銭を提供してこれを強力にし、陸上においてはみずからが馬上にあって戦い、あなたがたといっしょになって敵たちを海中に排撃した〔 第1巻 第6章 24-25節など〕。そして、ティッサペルネスとは違って、あなたがたに対して二心ある言動ににおよんだことがあるとしてわたしのことを告発することは決してできないはずである。 [33] こういう人間であるにもかかわらず、今は、あなたがたのせいで、何かあなたがたが残したものがあれば、これを獣のように漁らないかぎりは、自分の領地で食事もとれないといった有り様である。そのうえ、父がわたしに残してくれたもの――美しい邸宅も、宮苑も、樹木にも満ち、獣たちにも満ちていて、これをわたしは享受していたのに――これらのすべてが、あるいは切り倒され、あるいは焼き払われてしまったのをわたしは眼にしている。そこで、もしもわたしが、神法にかなうことも人法にかなうことも判っていないのなら、どうかあなたがたがわたしに教えていただきたい、――どうして、それが感謝を態度に表す仕方をわきまえた人士のふるまいとなるのかを」。 [34] 彼が述べ立てたのは、以上のような内容であった。対して「三十人」はみな、彼の前に羞恥に満たされて黙り込んでしまった。長い時間の後、とうとうアゲシラオスが口を開いた。 「いや、わたしが思うに、あなたは、おお、パルナバゾスよ、ご存知であろう、――ヘラスの諸都市でも人はお互いに客友となるということを。しかし、これらの人々は、都市が敵対関係に入るや、祖国とも、客友関係にある者たちとさえも戦うばかりか、時によっては、お互いに殺し合うこともあるのだ。そういうわけで、われわれも、今、あなたがたの大王と戦争状態にあるのだから、大王のものはすべて敵とみなさざるを得ないのだ。しかしながら、われわれは、あなたとは友となることを何にもまして重視している。 [35] したがって、よしんば、あなたが大王を主人とする代わりに、われわれを主人とするよう変心しなければならないとしても、わたしとしてはあなたに〔そのように〕忠告することはできないであろう。しかしながら、じっさいのところは、あなた次第なのである、――われわれといっしょになって、何びとの前にも這いつくばることなく、主人として持つこともなく、自分のことのみを享受する生き方をするのは。じっさい、自由であることは、いかなる財貨とも等価であると、わたしとしては信じている。 [36] いや、そればかりか、われわれがあなたに呼びかけているのは、貧乏だが自由であるというようなことではなく、われわれを同盟者とするということであって、大王の〔支配〕を広げることではなく、あなた自身の支配を〔広げ〕、今、あなたの奴隷仲間を屈服させて、〔連中が〕あなたの臣下になるということなのだ。かくして、自由であると同時に富裕ともなれば、あなたがまったき幸福者たるに何の欠けるところがあるであろうか」。 [37] 「それでは」と彼パルナバゾスが言った、「わたしがどうするつもりなのかを、あなたがたに単刀直入に答えるべきではないか」。 「たしかに、あなたはそうすべきです」。 「それでは、わたしは」と彼が言った、「大王が他の者を将軍として派遣して、わたしをその者の臣下に任ずるなら、わたしはあなたがたの友にでも同盟者にでもなりたいと望むことであろう。しかしながら、わたしに指揮権を下命なさっておるからには、――どうやら、名誉愛というものは相当なものであるらしい――、よく承知しておいていただきたいが、可能なかぎり最善を尽くしてあなたがたと戦争するつもりである」。 [38] これを聞いてアゲシラオスは、相手の手をとって言った。 「ああ、こよなく気高い貴男よ、このようなかたがわれわれの友であればよいのに! とにかく」と彼は言った、「次の一事は知っていただきたい。今は、できるかぎり速やかにあなたの領地から立ち去るつもりだということ、そして、将来、戦争状態にあっても、遠征すべき相手が他にあるかぎりは、あなたとあなたのものには、われわれは手出しする気はないということを」。 [39] こういったことが言われた後、彼はその会合を解散した。そしてパルナバゾスは馬に乗って立ち去ったが、彼の〔妻〕 パラピタから生まれた息子は、――まだ美しさの残る青年であったが――後に残って〔アゲシラオスに〕駆け寄った。 「あなたを客友として」と彼が言った、「おお、アゲシラオスよ、もてなしたい」。 「わしとしては、受け入れよう」。 「ほんとうに覚えていて欲しい」と彼が言った。 そしてすぐに槍(palton)――美しいのを持っていた――を取って、アゲシラオスに与えた。彼は受け取ると、書記官の イダイオスが馬に装着していた全美な額飾り(phakara)を剥ぎ取って、相手にお返しとして与えた。すると、この時は、少年はすぐに馬に飛び乗って父親の後を追ったのであった。 [40] ところが、後に、パルナバゾスが外地にいる間に、兄弟がパラピタの子からその支配を奪って彼を亡命者にならせた時、アゲシラオスはその他の点でも彼の面倒を見たが、彼がアテナイ人 エウアルケスの子に恋したときも、――少年たちの中で最も大きかったので――オリュムピアの徒競走に適格審査されるよう、彼〔パラピタの子〕のために万事手を尽くしてやったのであった。 [41] ところで、この時〔39節につづく〕は、〔アゲシラオスは〕パルナバゾスに向かって言ったとおり、ただちにその領土から撤退したのであった。しかし、またもやすっかり春がきざした〔BC 394〕。そこで テベの平原に到着すると、 アステュラのアルテミス神殿の近くに陣取って、手持ちの部隊に加えて、ここでもあらゆるところからおびただしい数の軍隊を掻き集めた。というのは、できるかぎり内陸部深くに進撃せんものと戦備を整えていたのだが、それは、自分が後にした民族はみな大王から離反させられると考えていたからである。 |