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アバッドーン(=Abaddwvn)

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 神アポッローンApollonは、日中は、天界における太陽王で、夜は、冥界におけるの神であった。神アポッローンは、の神として、ユダヤのアポリュオーン、すなわち底知れぬ穴の天使(『ヨハネの黙示録』第9章11〔この箇所におけるギリシア語聖書の"=Apoluvwn"は、ギリシア語で「滅ぼす者」の意〕)となった。

 神アポッローンが退治したピュートーンは、デルポイにある神託所の神殿の穴に住むヘビ神であった。ピュートーンは自分の住む冥界が発散する神秘の気で女預言者に霊感を与えた。穴を表すギリシア語はabaton〔人跡未踏、つまり、「足を踏み入れられぬところ」の意で、冥界への入口を意味する〕で、それをユダヤ人がAbaddonと転訛した。のちに、このAbaddonが、キリスト教徒にとって、地獄を表す同意語になったことはよく知られていることである。

 このabatonは、また、mundus(大地-子宮)とも呼ばれたが、それは実在の穴で、普通、異教の神殿にあるものであった。子を生むincubateために、すなわち、胎児が子宮の中で眠っている状態を魔術的に模倣するために、ひと夜、そこで寝ようとして穴に入ると、インクブスincubus、すなわち、預言の夢を見せてくれる妖精が現れると考えられた[1]。新参の聖職者たちは、その穴に入って、もっと長い時間、子宮の中の胎児の眠りを経験する。そして、そこで、と埋葬と、母なる大地子宮から再生するさまを無言で演ずる。このような儀式にいったん参入すると、聖職者たちは夢占いの術、つまり、夢を解釈する能力を得ると考えられていた。

 旧約聖書では、ヨセフが夢占いの術を得たが、彼も穴の中で子宮の中の胎児の眠りを経験したからであった。ヨセフを穴に入れた兄弟たちも同じ祭司であったと思われる。ヨセフは、穴に入れられるという儀式を受けて、初めて、パロの夢を解釈することができたのである〔『創世記』第41章以下〕。アッシリアの聖職者たちも、穴の中に入ることによって、同じく夢を解釈する力を得た[2]。彼らは、それから、多彩な聖職服を着た。それは、夢占いを表す名前であるナンシェNanshe(夢を解釈する者)という名前の女神と、霊的な交わりをすることを表すものである[3]ヨセフは多彩な着物を着ていたが、それは、大祭司であった父がくれたもので、もともと儀式の前ではなく、儀式が終わってからくれたものらしい[4]

 これと同じような埋葬と再生の儀式は古代の多くの聖人たちの生涯にも見られる。古代ギリシアの七賢人の一人であったピュタゴラス学派の哲学者ミーレートスのタレースは、「底知れぬ穴」に住む知恵の女神と霊的な交わりをして、その知力を得たと言われた[5]


[1]Bromberg, 11.
[2]Lethaby, 172.
[3]Assy. & Bab. Lit., 131.
[4]Larousse, 63.
[5]de Lys, 336.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



「ヨセフは多彩な着物を着ていた」
 ヨセフの父親ヤコブは、末子ヨセフをことのほか愛し、「彼にあでやかな衣装を作ってやった」(『創世記』第37章3)。この「あでやかな衣装」がどんなものか、原語の正確な意味は不明らしい。「踵まである」とか、「身に巻き付ける」などの意にも解されているという(岩波版)。
 七十人訳では、「多彩な長衣(citw:n poikivloV)」、ウルガタ聖書では「tunica polymita」 — ギリシア語をほぼ正確にそのまま訳したものである〔"tunica"はローマ人の衣服であるが、長衣citw:n の訳語として用いられていた。"polymita"は、色とりどりの糸で織られた」という意味〕。
 しかし、魔術的な意義を有するこの語は、現代語訳聖書では無視される傾向にある。

 上の画像は、「黙示録」第9章の中世写本の挿絵である。
 第五の御使が、ラッパを吹き鳴らした。するとわたしは、一つの星が天から地に落ちてくるのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開く鍵が与えられた。そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった。その煙の中から、いなごが地上に出てきた、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。……彼らは、底知れぬ所の使を王にいただいており、その名をヘブル語でアバッドーンと言い、ギリシア語ではアポリュオンと言う。

 ヘブル語アバッドーンは、「アバード(滅びる)」からの派生名詞。七十人訳はこれをajpwvleia と訳し、死者の滅びの場所を言い表している(ヨブ記26:6、同28:22〔ここでは擬人的用法〕、同31:12、詩篇87(88):12、箴言15:11他)。新約聖書ではただ1箇所(黙示録9:11)でajpolluvwn と訳して、さらに擬人化した〔バーバラ・ウォーカーは、ヘブル語アバッドーンはギリシア語a[baton(足を踏み入れざるところ)の転訛だとするが、語源学的論拠はない〕。おそらく、聖書記者は、ギリシア神話のアポッローンとの語呂合わせの気持ちがあったのであろうが、結果的には、単なる語呂合わせ以上の内容を含んでいた。というのは、いなご(バッタ)は、アポッローン神の使い魔だからである(パウサニアース『ギリシア案内記』第1巻24章8他)。その羽音はすさまじく(ヨエル書2:5)、そのおびただしい数は、太陽をも暗くするという(出エジプト記10:15、エレミヤ書46:23、士師記6:5、同7:12、ヨエル書2:10,ナホム書3:15)。

 ヘブライ人はバビロニア人から七層におよぶ冥界の構造を借用して、ゲヘナをつくりだし、その闇の君主をアルシエルとも呼んだ。これは反物質のネガティヴな太陽、「黒い太陽」を意味する。最下層の中心の窖のなかには、堕天したギリシアの太陽神アポッローンにして、デーモンじみた蝗の王である、の天使アポリュオーンが住む。これは驚くべきことではなく、地獄にはさらに強壮な異教の神々がいる。教会に関するかぎり、聖書で言及されていないものは悪であった。これが意味するのは、真に興味深い神々の多くが地獄の領域で見いだせるということである。(マルコム・ゴドウィン/大瀧啓裕訳『天使の世界』青土社、2004.3.、p.143)

 バーバラ・ウォーカーがいかにも独創的に思えるのは、彼女が(おそらく)外国語が不得意で、翻訳から考えているため、例えば、「穴」とあれば、ヨセフが投げこまれた穴も、地下世界の神々と交信するための穴も、底なしの穴もみな同じと考え、そこに何らかの共通性を読み取ろうとするためであろう。ヨセフが投げこまれた穴は、雨水をためておくための(しかし、そのときは水の涸れた)水溜穴(ギリシア語ではこれをlavkkoV という)である(創世記37:19-23)。地下世界の精霊と交信するための竪穴は、ギリシア語でボトゥロスbovqroV と呼ばれるものである。これは聖なる竪穴で、そこで生贄を捧げ、地上と地下世界がつながると考えられていた。これは地中海世界、およびケルトにも共通した信仰であった。

 ギリシア語a[baton は、たしかに至聖所を指すこともあるが、とりわけデルポイの神託所の至聖所=内陣を意味するにはa[duton が使用される〔意味はa[baton とほぼ同じ〕。デルポイの巫女ピュティアは、深淵から立ちのぼる霊気によって神懸かりとなって託宣すると伝えられているが、そのような大地の割れ目がなかったことは、考古学的に確認されている。
 point.gifPython.

 とはいえ、*ヨセフが多彩な着物を着ていた*ことを手がかりにすれば、彼の投げこまれた穴(水溜穴)が、地下世界の神々との交信の場であった可能性がないわけではない。というのは、古代人にとって、竪穴のみならず、水のたまった竪穴、したがって井戸や池は、地下世界への入り口と見なされていた。のみならず、われわれは、冥界下りをしたという犬儒派メニッポスが、「珍妙な恰好」をしていたことを知っているからである(point.gif『メニッポスあるいは冥界下り』。この「珍妙な恰好」「多彩な着物」は、地下世界の精霊との交信、すなわち、預言の能力を身につけることを可能にする何かを意味していたはずだが、それを解く鍵をまだわたしたちは見つけられていない(道化のまだら服 motley との関連も考えなければなるまい)。