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back.gif第6巻・第5章


Xenophon : Hellenica



第7巻






第1章



[1]
 次の年〔BC 369〕には、ラケダイモン人たちとその同盟者たちとの全権使節団がアテナイにやって来た。ラケダイモン人たちとアテナイ人たちとの同盟がいかなる条件で可能かを評議するためである。そして、多くの外国人たち、多くのアテナイ人たちが、同盟は公平・平等であるべきだと言い立てたが、このときプレイウウス人のプロクレスが次の意見を述べた。

[2]
 「おお、アテナイ人諸君、あなたがたにとってラケダイモン人たちを友とするのが善いと決められたからには、次に考察すべきは、いかにすればこの友好が最長の期間持続するかということ、これだとわたしには思われる。そこで、両国にとって寄与するところが最大になるよう、そういう仕方でこの条約も締結するならば、かくすれば、道理として、最もよく持続し得よう。そこで、他の点はほとんど一致同意されているが、嚮導権が今、考察の対象となっている。ところで、評議会で先議されたのは、海上の嚮導権はあなたがたのものだが、ラケダイモン人たちには陸上の嚮導権が帰するということである。わたし自身にも、これは人間の考えによってというよりは、むしろ、神的な自然ないしは運命によって規定されたことのように思える。

[3]
なぜなら、先ず第一に、あなたがたはこの点においては生まれつき最美な地位を有しているからである。というのは、海を必要とする諸都市のうち、大多数の都市が、あなたがたの都市の周囲に住み、しかも、それらの都市はいずれもあなたがたの都市よりも脆弱なのである。かてて加えて、あなたがたは港湾を有しているのであるが、これなくしては海軍兵力を行使することはできないものである。なおまた、多くの三段櫂船をも保有していて、艦隊を所有しつづけることは、あなたがたにとって父祖伝来の主義なのである。

[4]
いや、そればかりか、これに関するあらゆる術知を、あなたがたはみずからのものとして保有している。そればかりか、船のことに関する経験の点では、余人をはるかに凌駕しているのである。なぜなら、あなたがたの大多数の人たちにとっての生活が、海に依存している。その結果、あなたがたは私的なことに心を傾けながら、同時にまた、海上の競争にも経験者となるからである。なおまた、次のようなこともある。つまり、多数の三段櫂船が一団となって出帆するのは、あなたがたのもとを除いて、余所にはどこもない。これこそは、嚮導権にとって決して些細ではない枢要な点である。なぜなら、誰しもが喜々として結合せんとするのは、最初に強力であるものに対してなのだからである。

[5]
なおまた、この点においては、神々からさえも幸運であることがあなたがたに授けられているのである。なぜなら、海上における最多の、しかも最大の競争を争ってきながら、あなたがたがしくじったことは最も少なく、成功したことは最も多いのである。だからして、同盟者たちも、あなたがたとならその危険に喜々として与ろうとするのも道理なのである。

[6]
とにかく、この就役(epimeleia)があなたがたにとっては必然でもあり相応でもあるということは、次のことを基に思いを致していただきたい。つまり、ラケダイモン人たちはかつて長年にわたってあなたがたと戦争〔ペロポンネソス戦争〕し、領土を制圧しながら、あなたがたを破滅させることには何らの前進もなかった。しかるに、海上での優位を神が彼ら〔ラケダイモン人たち〕にお与えになるや〔アイゴス・ポタモイの戦い。第2巻1章20-32〕、あなたがたはたちまちにして完全に彼らに屈することとなったのである。こういう事情からして、あなたがたの救いがすべて海に依存していることは、明白ではないか。

[7]
したがって、こういうふうに生まれついているからには、海上の嚮導権をラケダイモン人たちに委ねることが、どうしてあなたがたにとって美しいことがあろうか。彼らは、先ず第一に、この仕事にはあなたがたよりも無経験であるとみずからも同意し、第二に、海上の争いにおいて危険にさらされるのは同等ではなく、彼らにあっては〔危険にさらされるのは〕三段櫂船に乗り組んだ者たちだけであるのに対し、あなたがたにあっては、子供たちも妻女も国家全体までも賭けられるのに。

[8]
 以上が、あなたがたの事情である。では、ラケダイモン人たちの事情を考察していただきたい。すなわち、先ず第一に、彼らは内陸に居住している。したがって、陸上を制圧しているから、海上を封鎖されても、美しく暮らすことが可能なのである。そこで、この人たちもそのことを知っていて、子供時代からすぐに陸戦のための訓練を積むのである。さらに最も肝要な点は、指揮官たちに聴従するということだが、この点でこの人たちは陸上において最強であるの対し、あなたがたは海上においてそうだということである。

[9]
第二に、あなたがたが艦隊で出撃するように、逆にこの人たちは陸上において最も多勢で、最も速やかに出撃してきた。その結果、今度は陸上において、同盟者たちが最も意気揚々接近する相手がこの人たちであるのは道理なのである。なおまた神も、海上で幸運であることをあなたがたに授けられたと同様、陸上でそうであることを彼らに授けられてきた。すなわち、今度はこの人たちは最多の争いを陸上で争ってきたが、躓くことは最も少なく、成功することは最も多かったのである。

[10]
そこで、陸上の就役が彼らにとって必然的なのは、海上の就役があなたがたにとって必然的なのに少しも劣るところがないということは、次の事実(ergon)から判断できよう。すなわち、あなたがたは彼らと長年にわたって戦争をし、何度も海戦に勝利したが、彼らを敗戦させることには何らの進歩もなかったのである。しかるに、〔ラケダイモン人たちは〕陸上〔レウクトラ〕でひとたび負かされるや〔 第6巻 第4章 1-15節〕、たちまちにして自分たちの子供も妻女も国家全体も危険にさらされることになった。

[11]
だから、今度は彼らにとって、自分たちなら陸上のことを最善に面倒みられるのに、陸上の嚮導権を他の者たちに委ねることが、どうして恐るべきことでないことがあろうか。そこでわたしとしては、以上のことは、評議会で先議されたとおりに述べたものであって、両国にとって最も有利だと考えているのである。では、今度はあなたがたが、わたしたち全員にとって最も勝れたことを評議する番である」。

[12]
 このように彼は述べ、アテナイ人たち、および、ラケダイモン人たちのうちの列席していた者たちは、両者とも彼の言葉を強く称賛した。ところが、ケピソドトス(2)が進み出た。
 「アテナイ人諸君」と彼は言った、「あなたがたは騙されていることに気づいていない。が、わたしの言うことをお聞きになれば、わたしはあなたがたにすぐここで〔それを〕明示しよう。すなわち、あなたがたは現に海上の嚮導権を持っているのだ。しかるに、ラケダイモン人たちがあなたがたの同盟者となれば、明らかに、彼らは三段櫂船指揮官としてラケダイモン人たちを、またおそらくは艦上戦闘員たちを派遣することであろうが、船員たちは、明らかに、隷属民たちとか傭兵たちになるであろう。したがって、あなたがたが嚮導するのはこの連中になるのだ。

[13]
これに対してラケダイモン人たちは、あなたがたに陸上の出兵を下知する場合、明らかに、あなたがたは重装歩兵たちや騎兵たちを派遣するであろう。したがって、こういうふうなわけで、彼らはあなたがたをそっくり嚮導するのに対し、あなたがたは彼らの奴隷たちや、ほとんど値うちのない連中を〔嚮導するに〕すぎないことになるのである。そこで、わたしに答えて欲しい」と彼は主張した、「おお、ラケダイモン人 ティモクラテス(2)よ、先ほどあなたは、公平・平等の条件で同盟関係を結ぶためにやって来たと言ったのではないか」。
 「そう言った」。

[14]
 「それなら」と彼ケピソドトスが主張した、「次のこと以上に公平なことがあろうか、――交代で各々が艦隊を嚮導し、交代で陸戦隊を〔嚮導し〕、そして、あなたがたも、海上の支配で何か善いことがあれば、これに与り、またわたしたちも、陸上の〔支配で何か善いことがあれば、これに与る〕ということ以上に」。
 これを聞いて、アテナイ人たちは心変わりし、各々が5日間ずつ嚮導するという決議をしたのであった。

[15]
 かくして、両国自身とその同盟者たちとはコリントスに出兵したのであるが、オネイオンは共同で守備すると決定された。そして、テバイ人たちとその同盟者たちとが進軍して来た時、戦闘態勢をとったものの、オネイオンはそれぞれが別々の個所を守備したのだが、結果的に、ラケダイモン人たちとペッレネ(1)人たちとは最も激戦の地点を〔守備することになった〕。対して、テバイ人たちとその同盟者たちとは、守備者たちから30スタディオンの距離になると、平地に陣取った。そして、時を見計らって――進発して夜明けのうちにたどりつけると思っていた――その時刻になると、ラケダイモン人たちの守備隊に向かって進軍した。

[16]
たしかに、彼らは好機に欺かれることなく、彼らがラケダイモン人たちとペッレネ(1)人たちとに襲いかかったのは、夜間守備がちょうど終わって、寝床から起き出して各人が必要な部署に〔就こうとしていた〕時であった。ここにテバイ人たちが殺到して吶喊したのである。準備の整った者たちが、準備の整わない者たちを、また、戦闘態勢にある者たちが、戦闘態勢にない者たちを。

[17]
しかし、この事態から助かった者たちは、すぐ近くの丘の上に逃げ延びたので、ラケダイモン人たちの軍令官は、同盟者たちの中の望むだけの重装歩兵たちを、また、軽楯兵たちを率いて、その場を確保することができたはずである――というのも、必需品はケンクレイアイから安全に輸送することができたから――。にもかかわらず、彼はそれをせず、またテバイ人たちは、シキュオン目ざして攻め下るべきか、それとも、再び引き返すべきか、大いに行き詰まっていたにもかかわらず、〔ラケダイモンの軍令官は〕休戦条約を、それも大多数の人たちに思われるところでは、自分たちによりはテバイ人たちに有利に結んで、そうやって撤退し、自分の配下の者たちを連れもどったのであった。

[18]
 かくして、テバイ人たちは安全に攻め下り、自分たちの同盟者たち、すなわち、アルカディア人たち、アルゴス人たち、エリス人たちと合流し、ただちにシキュオンと ペッレネ(1)とに突撃した。さらには、エピダウロスに出兵し、彼らの領土全体を荒らしまわった。さらには、相手勢をみなまったく見下したふうにそこから引き揚げると、コリントス人たちの市域の近くに迫り、プレイウウスに向かう人のための城門に向けて駈け足で突進した。あたかも、もしもたまたま城門が閉っていなかったら、なだれこむつもりであるかのように。

[19]
しかし、裸兵(psilos)の何人かが市内から救援に駆けつけ、テバイ人たちの選り抜きたち〔いわゆる神聖部隊〕を城壁から4プレトロンも離れていないところで迎撃した。そして、記念物や小高い場所に登って、飛び道具攻撃・投槍攻撃をして、前線のきわめておびただしい数を殺害し、これを背走させて、およそ3ないし4スタディオン追撃した。これが起こっている間、コリントス人たちは屍体を城壁のたもとに引っ張って来ておいて、休戦の申し入れを受けて引き渡し、勝利牌を立てた。これには、ラケダイモン人たちの同盟者たちも息を吹き返した。

[20]
 まさしくこの一件が起こると同時に、ラケダイモン人たちにはディオニュシオスからの援軍――三段櫂船20艘以上が出帆した。彼らはまた ケルタイ人たちイベリア人たち、および、騎兵およそ50騎を引率していた。そして次の日、テバイ人たち、および、その他の彼らの同盟者たちとは、一帯に布陣し、平野は海に至るまで、および、都市に接した丘に至るまでを充満し、平野に何か有用なものがあれば、これを壊滅させた。アテナイ人たちの騎兵もコリントス人たちの騎兵も、この軍隊には近づくこともまったくしなかった。相手勢の強さ多さを眼にしたからである。

[21]
ところが、ディオニュシオスのもとから遣わされた騎兵たちはといえば、たったそれだけの数であったが、彼らは各人各様に分散し、〔敵戦列に〕沿って駆けて、突進してきては投槍攻撃をし、〔相手が〕これに向かって跳び出てくると退却し、また再び旋回してきて投槍攻撃をした。そして、こういうことをする間にも、馬から降りて休息した。そこで、下馬した相手に襲撃をかける者がいても、楽々と〔馬に〕飛び乗って引き揚げた。さらには、今度は何人かが自軍からはるか遠く彼らを追撃すると、その時は引き返してきて攻めかかり、投槍攻撃して、恐るべき働きをし、かくして、敵軍全体を進むも退くも彼らの意のままという仕儀に立ち至らせたのである。

[22]
しかし、その後、テバイ人たちは駐留に日を重ねることなく、家郷へと引き上げ、その他の者たちも各々家郷へと〔引き上げた〕。そういう次第で、ディオニュシオスからの者たちはシキュオンに侵入し、戦闘では平野でシキュオン人たちに勝利し、およそ70人を殺害した。また デラスの城壁は総攻撃で攻略した。かくして、ディオニュシオスからの最初の援軍は、こういうことをしでかしたのち、シュラクウサイへと船で引き上げたのであった。
 対して、テバイ人たち、および、ラケダイモン人たちから離反した者たち全員が、この時まで心を一にして行動も出兵もともにしたのは、テバイ人たちの嚮導によってである。

[23]
ところが、マンティネイア人 リュコメデスなる者が現れて、この男は生まれの点で何ひとつ欠けるところがないばかりか、財産の点でも抜きん出たものであり、何よりも名誉愛の強い人物であったが、この男が次のように言ってアルカディア人たちを思い上がりに満たしたのである。つまり、ペロポンネソスが祖国なのは自分たちだけである、なぜなら、自分たちだけが生え抜きの者としてこの地に居住しているのである、また、ヘラスの部族中アルカディア部族は最多にして、強壮きわまりない身体を有している。さらにまた、彼は自分たちをこのうえなく好戦的な存在と指摘し、その証拠として、ひとびとが援軍を必要とするときは、アルカディア人たちよりほかには何びとをも採用しなかった事実を提示した。なおまた、かつてラケダイモン人たちも自分たちなしにはアテナイに侵入し得ず、今またテバイ人たちもアルカディア人たちなしにはラケダイモンに進撃することはできないのだ〔と彼は言った〕。

[24]
 「ゆえに、もしもあなたがたに分別があるなら、誰かがどこかに誘ってきても、追随することはやめにするであろう。かつては、ラケダイモン人たちに追随して、やつらを拡大させたが、今また、やみくもにテバイ人たちに追随して、交互に嚮導することを要求しないなら、おそらくは、間もなくやつらがもうひとりのラケダイモン人になるということを見い出すであろう」。
 アルカディア人たちはこれを聞いて増長し、リュコメデスを溺愛し、彼のみを男子と考えた。かくして彼らは、彼が命ずる面々を支配者に据えた。さらにまた、結果した事実によってもアルカディア人たちは大得意となった。

[25]
というのは、アルゴス人たちがエピダウロスに侵入し、カブリアス麾下の外人部隊、アテナイ人たち、コリントス人たちによって出口を塞がれたとき、救援に赴いて、完全に攻囲されていたアルゴス人たちを解放したのである。〔敵の〕将兵ばかりか、地の利をも敵としながらである。さらにまた、ラカイナ〔ラケダイモン〕の アシネにも出兵し、ラケダイモン人たちの守備隊、ならびに、軍令官になっていたスパルテ人 ゲラノルを殺害し、アシネ人たちの郊外を破壊した。つまりは、彼らが侵入したいと望んだ時には、夜も、嵐も、長い道のりも、越えがたい山脈も、彼らを妨害しなかった。その結果、この時期には、彼らははるかに最強の軍勢と自負していたのである。

[26]
これがために、テバイ人たちはといえば、アルカディア人たちに嫉妬し、もはや友好的ではなかったのである。さらにエリス人たちはといえば、アルカディア人たちに対して、ラケダイモン人たちによって奪われた諸都市〔第3巻2章25以下第6巻5章2〕の返還を要求したが、相手が自分たちの言葉を意に介するどころか、トリピュリア人たちやその他の者たちを、彼らから離反したことがあるにもかかわらず、アルカディア人であると称しているという理由で尊重するので、こういったことが原因で今度はエリス人たちも彼らを嫌悪するようになった。

[27]
 このように、同盟者たちがそれぞれ大いに自惚れをいだいているところに、アビュドス人 ピリスコスがアリオバルザネスのもとから莫大な金銭を携えてやって来た〔BC 368〕。そして先ず初めに、和平の件でテバイ人たち、同盟者たち、ラケダイモン人たちをデルポイに招請した。そこで彼らはその地に出向いたが、いかにすれば和平が成立するかと彼らは神には何もお伺いを立てず、自分たちだけで評議した。しかし、テバイ人たちは、メッセネがラケダイモン人たちの支配下に入ることに譲歩しなかったので、ピリスコスは外人部隊をさかんに集結して、ラケダイモン人たちといっしょになって〔テバイと〕戦争するつもりでいた。

[28]
 事態がこのように進行しているときに、ディオニュシオスのもとから2回目の救援隊も来着した。かくして、アテナイ人たちが、自分たちはテバイ人たちと対峙するためにテッタリアに赴くべきだと主張したが、ラケダイモン人たちは、ラコニケに〔赴くべきだ〕と〔主張し〕、この意見が同盟者たちの間で勝利した。そこで、ディオニュシオスからの〔派遣〕軍はラケダイモンに廻航し、これを引き連れてアルキダモスは市民軍といっしょに出兵した。そしてカリュアイを総攻撃で陥落させ、生け捕りにした者はすべて喉をかき切った。そして、ここからすぐに、アルカディアの パッラシア市に、彼らといっしょにさらに出兵し、その地を荒らした。

[29]
しかし、アルカディア人たちとアルゴス人たちとが救援に駆けつけたので、後もどりして、 メレアの丘陵地帯に宿営した。しかし、彼がここにある間に、ディオニュシオスからの救援隊の指揮官 キッシダスが、参戦するよう指示された自分の任期は切れたと言った。そして、こう言うと同時に、スパルテに向かう道を退却しはじめた。ところが、彼が退却行軍しているところを、メッセネ人たちが道の狭隘な地点で遮断したので、ここにおいて彼はアルキダモスに使いを送り、救援を頼んだ。そこで、とにかく彼は救援することにした。そして、 エウトレシオイに向かう分岐に達したとき、アルカディア人たちとアルゴス人たちとはラカイナに向けて進撃していたが、それは、この者たちも彼を家郷へ向かう道中で閉じこめるつもりだったのである。彼の方は、エウトレシオイとメレアとに向かう道が出くわすところに平坦地がある、まさしくここで道を外れて戦闘するつもりで攻撃態勢をとらせた。

[30]
そして彼は旅団の前に進み出て、次のように督励したといわれている。
 「同市民諸君、今こそわれわれは善勇の士となって、互いに正視しあえるようになろう。われわれが先祖より受け継いできた祖国、これを子孫たちに受け渡そう。子どもたちにも妻女たちにも年長者たちにも外国人たちにも恥じ入らないですむようにしよう。彼らの間で、これまで、全ヘラス人たちの中で最も仰ぎ見られる存在だったわれらなのだから」。

[31]
 こういったことが話されたとき、晴天から稲妻と雷鳴とが彼に瑞兆を現したといわれている。さらには、右翼方向に神域とヘラクレスの神像とが位置する結果になり、これゆえにまた、これらすべてを根拠に、大いなる意気と勇気とが将兵たちにみなぎり、その結果、指揮官たちの仕事は、将兵たちが前列を押すのを禁ずることだったと伝えられている。とにかくアルキダモスが嚮導したときには、敵兵たちのうち、長柄の届く距離で相手を受けとめて戦死した者はわずかであった。その他の者たちは敗走中を斃されたのである。多くは騎兵によって、また多くはケルタイ人たちによって。

[32]
戦闘が終わって勝利牌を立てると、すぐさま家郷へ伝令官 デモテレスを派遣して、勝利の大きさとともに、戦死者はラケダイモン人たちに一人もなく、敵兵にはおびただしいと報告させた。じっさい、スパルテにある人たちはこれを聞いて、アゲシラオスを始めとして長老たちも監督官たちもみなが号泣したと伝えられている。はたして、それは、嬉しさのあまり、何か苦痛とも共通するような涙である。しかしながら、アルカディア人たちの運命に、ラケダイモン人たちに劣らずはるかに喜んだのは、テバイ人たちとエリス人たちとであった。それほどまでに、彼らの思い上がりに腹を立てるようになっていたのである。

[33]
 ところで、テバイ人たちは引き続き、何とかしてヘラスの嚮導権を握ることを画策していたが、ペルシア人たちの大王のもとに使いを送れば、大王のところで何か儲けものがあろうと考えた〔BC 367〕。そういう次第で、ただちに同盟者たちに呼びかけて、ラケダイモン人の エウテュクレスも大王〔アルタクセルクセス2世〕のもとにいるとの口実のもと、テバイ人たちの中からは ペロピダスが、アルカディア人たちの中からは全格闘技の優勝者 アンティオコス(1)が、エリス人たちの中からは アルキダモス(3)が参内した。さらにアテナイ人たちもこれを耳にして、 ティマゴラスレオン(3)とを参上させた。

[34]
彼らがかしこに着くと、ペロピダスがペルシアから大層大儲けをした。というのは、彼は言うことができたからである、――ヘラス人たちの中で自分たちだけが、プラタイアにおいて大王と共闘したということも、また、その後も大王に刃向かって出兵したことも一度もないということも、そして、ラケダイモン人たちが自分たちに対して戦争を仕掛けてきた所以は、自分たちがアゲシラオスとともに彼〔=大王〕に向けて出兵することを拒んだばかりか〔 第3巻 第5章 5節〕、アゲシラオスがアウリスでアルテミスに供儀するのも許さなかった〔 第3巻 第4章 3-4節〕からである、アガメムノンがアシアに向けて出航するとき供儀して、トロイア攻略した、そのゆかりの地では、と。

[35]
さらにペロピダスが誉れを得るのに大きく寄与したのは、テバイ人たちがレウクトラの戦闘に勝利したこともそうであり、また、まぎれもなくラケダイモン人たちの領土を破壊したこともそうである。またペロピダスはこうも言った、――アルゴス人たちとアルカディア人たちとが、戦闘でラケダイモン人たちに負かされたのは自分たちが参戦しなかったからだ、と。しかも、彼の言うことがすべて真実であると彼のために証人に立ったのは、アテナイ人のティマゴラスで、この男はペロピダスに次いで第2位の誉れを得た。

[36]
こういう次第で、大王に、おまえの望みはどう記載されることなのかと下問されると、ペロピダスは申し立てた、――メッセネはラケダイモン人たちから独立して自治権を有するものとなすとともに、アテナイ人たちは艦船を揚陸すること、これに聴従せざれば、その者たちに向け出兵あること。追随を拒む都市あらば、先ずもってその都市に向け出撃あること、と。

[37]
さて、これらの事柄が記載され、使節団に読み上げられると、レオンが大王に聞こえるところで口にした。
 「神かけて、おお、アテナイ人たちよ、われわれは、どうやら、大王にかわる別の友人を探すべき時であるようだ」。
 書記官がこのアテナイ人の言ったことを通訳すると、彼〔大王〕はさらに付加条項を追加した。
 「もしもこれらの条項よりも何か義しいことをアテナイ人たちが知っているなら、大王のもとに出向いて教えるべし」。

[38]
 さて、使節団はおのおの家郷へ帰着すると、アテナイ人たちはティマゴラスを処刑した。レオンが告発したのである、――自分とは同宿するを拒んだばかりか、万事ペロピダスといっしょになって画策したことだと言って。また、その他の使節たちのうちでは、エリス人アルキダモスは、アルカディア人たちよりもエリスを優先させたとして大王の所行を称賛したが、アンティオコス(1)は、アルカディア同盟が軽視されたとして、贈り物も受け取らず、「一万人会」〔アルカディア同盟総会〕にも次のように伝達した、――〔大王は〕パン職人や料理人や酌人や扉番はおびただしく有しているが、ヘラス相手に闘えるような人士は、探したが見つけることはできなかった、と彼は主張した。かてて加えて、金銭の多さも、自分に思われるところでは、空威張りにすぎない、と彼は主張した。かの賛美されたる黄金のプラタノスも、蝉に陰を提供するにも充分でない、と彼が言ったのである。

[39]
 一方、テバイ人たちは、大王からの書簡を聞くため、全都市から召集し、かくして文書を携行したペルシア人が大王の印章を示したうえで文書を読み上げ、テバイ人たちは、大王と自分たちとの友邦となることを望む者たちに、それを立誓するよう求めたが、諸都市から〔派遣された〕人たちは答えた、――自分たちが派遣されたのは、立誓するためではなく、聞くためにすぎない。もしも何か立誓を必要とするなら、都市に遣わすように求めた。アルカディア人リュコメデスなどは、こんなことまで言ってのけた、――テバイでは会合さえ必要ではない、〔会合が必要なのは〕どこであれ戦争のあるところなのだ、と。それで、テバイ人たちは彼に対して不機嫌となり、盟約を潰すものだと言ったが、彼は会議に列席することも拒否して、立ち去ってしまい、アルカディアからの使節団もすべて彼と〔行動をともにした〕。

[40]
かくして、テバイで会合をもった者たちが立誓を拒否したので、テバイ人たちは使節団を諸都市に派遣し、大王の文書どおりに行動することを立誓するよう命じた。諸都市もそれぞれが一国ずつになれば、自分たちと大王とを同時に憎むことは臆するだろうと信じたからである。しかしながら、彼ら〔使節団〕が先ず初めにコリントスに到着すると、コリントス人たちは抵抗を示し、大王と共通の立誓は何も必要としないと答え、他の諸都市も次々と追随して同様の返答をした。かくしてペロピダスとテバイ人たちとの支配の企みそのものが瓦解したのであった。

[41]
 再び〔本章33にもどって〕、 エパメイノンダスについて言えば、アカイア人たちを味方につけることを望んで――それは、アルカディア人たちもその他の同盟者たちももっと自分たちに心を寄せるようにさせるためであった――、アカイアに出兵すべきだと判断した。そこでアルゴス人 ペイシアス――彼はアルゴスの将軍であった――に、オネイオンを先に占領しておくように説いた。そこでペイシアスも、オネイオンの守備が、ラケダイモン人たちの外人部隊の指揮官 ナウクレスによっても、アテナイ人 ティモマコスによってもなおざりにされているのを確認したうえで、夜陰に乗じて重装歩兵2000とともにケンクレイアイを見下ろす丘陵を占拠した。7日分の必需品を携行してである。

[42]
この日数の間に、テバイ人たちも出動して、オネイオンを通過し、また同盟者たちもみなアカイアへと出兵した。嚮導したのはエパメイノンダスであった。そして、アカイアの最善者〔=貴族〕たちが彼の前に帰伏したので、エパメイノンダスは威光を笠に、最有力者たちを亡命させず、国制も変革せず、アカイア人たちから、誓って同盟者となり、いずこなりとテバイ人たちの嚮導するところに追随するとの保証をとって、かくして家郷へと引き上げた。

[43]
ところが、この彼をアルカディア人たちと党争相手とが告発し、ラケダイモン人たちのためにアカイアを整備して引き上げたというので、総督たちをアカイアの諸都市に派遣することがテバイ人たちによって決定された。そして彼らは赴任すると、大衆といっしょになって最善者たちを追放し、民主制をアカイアに樹立した。しかしながら、追放された者たちはただちに集合して、諸都市の一つひとつに進軍し、人数は少なくなかったので、帰還して都市を占領した。しかも、彼らは帰還するや、もはや中道はとらず、ラケダイモン人たちと熱心に同盟を結んだので、アルカディア人たちは、こなたはラケダイモン人たちによって、かなたはアカイア人たちによって圧迫されることとなった。

[44]
 シキュオンにおいては、この時にいたるまで国制は古来の法習に従っていた。ところがその後、 エウプロンが、ラケダイモン人たちとの関係で同市民中最大の人物であったのと同様に、彼らの反対者との関係でも第一人者になることを望んで、アルゴス人たちに向かってもアルカディア人たちに向かっても、もしも最も富裕な連中がシキュオンの征服者になれば、はっきりしているのは、機会さえあれば、国家が再びラコニケ化することだと言い立てた。
 「これに反して、民主制が成立すれば、よくおわかりのとおり」と彼は主張した、「国はあなたがたに忠実であろう。そこで、あなたがたがわたしの味方になってくれるなら、わたしは民衆の召集者となって、これをわたしはあなたがたに対するわたしの保証として与えると同時に、この国を同盟関係の確実なものとして差し出そう。こんなことを」と彼は主張した、「わたしがするのは、よろしいか、ラケダイモン人たちの思い上がりには、あなたがたと同様、以前から嫌悪してきたが、隷属状態から逃れられるなら、喜んでそうするのだ」。

[45]
 そこでアルカディア人たちとアルゴス人たちとは、これを聞いて悦んで彼の味方になった。そこで彼はすぐさま市場で、アルゴス人たちやアルカディア人たちの立ち合いのもと、国制は公平・平等になるからと、民衆を召集した。そして会合が始まると、自分たちによいと思われる人々を将軍に選ぶよう命じた。そこで彼らはエウプロン当人と ヒッポダモス(2)クレアンドロスアクリシオスリュサンドロス(2)を選んだ。これらのことが実行されると、さらに外人部隊にも自分の息子の アデアスを任命し、前任の指揮官 リュシメネスを解任した。

[46]
そしてすぐさま、エウプロンはこれら外人部隊の何人かを、よくしてやって、信頼に足る者に仕上げ、さらに他の者たちも味方につけた。公金も聖財も惜しまないことによってである。さらにまた、ラコニケ贔屓の廉で追放した者たちも、これらの連中みなの財産も活用した。さらには、同僚支配者たちも、ある者は罠にかけて処刑し、ある者は追放した。かくして、万事を自分の意のままにし、はっきりとした僭主に成りあがった。しかし、こんなことを同盟者たちが彼に任せておくようにさせるために、あるいは金銭も相当に使い、あるいはまた、〔同盟者たちが〕いずれかに出兵する場合には、外人部隊を率いて熱心に追随・協力したのであった。
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