数年前から町中の書店で、さまざまな地方の小さな媒体をみかけるようになった。それらはフリーペーパーだったり有料だったりし、発行主体も個人や少人数のチームだったり、出版以外の企業や自治体だったりと多種多様だ。かつて「ミニコミ」と呼ばれ、最近では「リトルプレス」と呼ばれるたぐいの小規模な出版物が多いが、なかには数万部も発行されているものもある。
私自身、5年前に出した『再起動せよと雑誌はいう』(京阪神エルマガジン社、2011年)という著書のなかで、こうした雑誌のあり方に出版の一つの可能性を見出したことがある。でもいま思えば。それは自分のわずかな経験と、身の回りで目にしたいくつかの雑誌だけが手がかりの「仮説」にすぎず、もう少し正直にいえば、一種の「夢想」でしかなかった。
多くの人と同様、私自身がメディアとの関係を問い直すきっかけになったのは、この年に起きた東日本大震災である。東京からの視点のみで発信されるメディアの限界を痛切に感じた。だから、さまざまな地域メディアの実態を誰かが本格的に取材し、それをテーマに一冊の本を書いてくれることを願っていた。
あれから5年経ち、さまざまな魅力をもった全国のローカルメディアとそのつくり手を取材した、影山裕樹さんの労作『ローカルメディアのつくりかた』はまさに私が待っていた本だった。
ただしこの本では「ローカルメディア」とは何か、という確固とした定義は語られていない。むしろ、取り上げられている各メディアは、個別性や特殊性において際立っている。地域で完結しているものもあれば、そこを越えて伝わる魅力をもったものもある。介護や老人、仏教といった一般メディアでは取り扱われることの少ない領域を専門とするものもある。出版形態もバラバラで、書籍もあれば雑誌もあり、新聞もある。ネットの力を借りる場合もあれば、そうでないものもある。逆説的にいえば、そうした多様性こそが、影山さんが注目しようとしている「ローカルメディア」の本質なのではないか。
私はいま「マガジン航」というウェブメディアを編集発行しているのだが、影山さんを共同モデレーターにお招きして、「ローカルメディアで〈地域〉を変える」と題した連続セミナーを、この夏からはじめたところだ。魅力的なローカルメディアの実例をたんに「紹介」するだけでなく、そこにかかわる人からノウハウやヒントを学び、自らも新たにメディアを生み出したい人が学べる場、そうした人同士が意見交換できる場をつくりたかったからだ。
このセミナーは年内に計3回、のべ6人の講師をお招きする。7月に開催した初回は日本全国から参加者があり、大盛況だった。関心のある方はぜひ、次回以降にご参加いただきたい。
メディアにはコミュニティを生み出す力があり、またすでにあるコミュニティを「可視化」させる力もある。この本の中には、その実例がいくつも詰まっている。
担当編集者より
影山さんが取材から戻る度に報告してくれたローカルメディアはいつも新鮮で、例えば福岡の「ヨレヨレ」を教えてもらった時はタイトルはもちろん、イラスト、写真、見出し、文章、レイアウト、どれをとっても考え抜かれていて、悔しいほどショックだった。 この本の事例はどれも偏屈なほど編集のこだわりがあって、多くは書店以外で売るのだから流通の方法も常にチャレンジングだ。「ローカルメディアはいつも実験場だった」とあるように、その地で、その人たちが知恵を出し切ったからこそできた、真似のできないストーリーが集まっている。
(井口)
最初は「ローカルメディアなんて読んだことあったかな」と思っていたが、先日、自宅に『La Collina』があったことに気づいた。知らず知らずのうちに手に取り、いつの間にかその魅力に惹かれていくローカルメディア。手軽に「良さげな」ウェブメディアを外注してしまうのではない、不利に見える紙のメディアだからこその工夫の数々には目からウロコだった。丁寧な工夫が多くの人々の心をつかんでいることに、紙の本をつくる身として勇気づけられた。著者のイベントもどれも盛況なようで、聞こえてくる読者の反応からも、ローカルメディアの盛り上がりを改めて感じている。
(神谷)