二○○二年回顧――SF
 国内では、当代の実力派を作風のヴァリエーション豊かに取り揃えた〈ハヤカワSFシリーズ Jコレクション〉の刊行が最大の話題だろう。早川書房の底力がSF出版全体を活性化した感すらある。海外作品は、直球勝負のSFから周辺領域作品まで満を持した大冊の翻訳が目立ち、大人の娯楽としてのSFを印象づけた。

【国内作品】

 本格ハードSFは若年層向けの衣なしでは出せないといった傾向が長年あったように思うが、〈ハヤカワSFシリーズ Jコレクション〉は、その不文律を打ち砕いた。堂々たるファースト・コンタクトで読ませる野尻抱介『太陽の簒奪者』、科学的奇想で独特の詩情を醸し出す小林泰三『海を見る人』、宇宙に進出した人類を多元的視点から分厚く描く林譲治『ウロボロスの波動』などは、一般向けSFとしてしか成立し得ない作品だろう。
 しかし、〈Jコレクション〉がハードSFを王道とする排他的な試みなどではないことは、濃密な科学的設定をうしろに潜ませつつ強靭な日常をのどかに描く北野勇作『どーなつ』、言語のフェティシズムで魅せる牧野修『傀儡后』、奇怪な政治ファンタジーで共同幻想を揺さぶる佐藤哲也『妻の帝国』、古きニューウェーブが新鮮に薫り立つ飛浩隆『グラン・ヴァカンス 廃園の天使I』、華麗な歴史変調を奏でる高野史緒『アイオーン』、猥雑な二○世紀へ近親憎悪的オマージュを捧げる恩田陸『ロミオとロミオは永遠に』といった、見るも異形のラインナップがよく示している。文藝の鬼子としてのSFが孕む暴力的なまでの異形性こそが、いよいよ再び武器となる予兆を感じさせよう。
 古典スペースオペラの本家取りをみごとに輝かせた古橋秀之『サムライ・レンズマン』(徳間デュアル文庫)、“神”と真正面から対峙する気概に満ちた平谷美樹『レスレクティオ』(角川春樹事務所)、非SF読者に配慮しつつもSFの破壊力はけっして矯めない菅浩江『五人姉妹』(早川書房)などは、それぞれにSFらしさを迸らせる。性と政治と人体改造を淫靡に絡める柾悟郎『シャドウ・オーキッド』(コアマガジン)の異端性も喜ばしい。
 徳間書店の日本SF新人賞は、牛が知能を持ち自己主張をはじめる受賞作『マーブル騒動記』の井上剛、失業者三人組が官製の合体ロボットを操縦し怪物と戦う佳作『歩兵型戦闘車両ダブルオー』の坂本康宏と、力強い才能を世に出した。周辺作品では、川端裕人『竜とわれらの時代』(徳間書店)が空前の恐竜小説として印象深い。

【海外作品】

 『レッド・マーズ』に引き続き、驚くべきリアリティーで近未来火星史を描くキム・スタンリー・ロビンスンの大河SF『グリーン・マーズ(上・下)』(大島豊訳、創元SF文庫)、ナノテク近未来像の金字塔となるであろうニール・スティーヴンスン『ダイヤモンド・エイジ』(日暮雅通訳、早川書房)、同じくスティーヴンスンが暗号を狂言回しに虚実を織り交ぜた『宝島』風冒険譚で酔わせる『クリプトノミコン(全四冊)』(中原尚哉訳、ハヤカワ文庫SF)らは翻訳が待たれていた大作。
 スペースオペラ風ながら本格宇宙SFの醍醐味で飽きさせない快作は、ヴァーナー・ヴィンジ『最果ての銀河星団(上・下)』(中原尚哉訳、創元SF文庫)。認知心理学者の女性が身を以て臨死体験の謎を追うコニー・ウィリス『航路(上・下)』(大森望訳、ソニー・マガジンズ)は超絶的職人技で深い人間的感動を呼んだ。異星人が殺人容疑でアメリカの裁判にかけられるという前代未聞の設定がミステリファンにも注目されたロバート・J・ソウヤー『イリーガル・エイリアン』(内田昌之訳、ハヤカワ文庫SF)は、SFならではの楽しさを満喫させてくれた。

[週刊読書人・2002年12月27日号]

(C)冬樹蛉



冬樹 蛉にメールを出す

[ホームへ][ブックレヴュー目次へ][SFマガジン掲載分目次へ]