二○○三年回顧――SF
 国内では、良質のSF作品がいくつも心に残ったわりには、2003年の決定版と呼べるずば抜けた傑作がなかった点が少し気になる。海外作品は、SFならではの驚異を主としたものと文学的洗練に重きを置くものとが、バランスよく訳されている。

【国内作品】

 〈ハヤカワSFシリーズ Jコレクション〉は、第二期も依然好調。一見ファンタジー風だが、SFの世界構築力で読ませる藤田雅矢『星の綿毛』、奇ッ怪な大法螺が魅力の深堀骨『アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記』、古典の再話を荒唐無稽にズラして楽しませる田中啓文『忘却の船に流れは光』など、比較的直球が多かった第一期と対照的に、第二期は日本SFの変化球がコレクションに厚みを加えつつある。
 若手の活躍がめざましい。冲方丁『マルドゥック・スクランブル』(全三巻/ハヤカワ文庫JA)は、日本SFの大きな収穫。国籍不明であると同時に日本SFを再発明している感があり、かつてサイバーパンクを日本で同時発生させた大原まり子をどこか思わせる。宇宙SFでも、小川一水『第六大陸』(全二巻/同文庫)が、もはや夢ではない宇宙開発を新世代の感性で描いて楽しませた。新人では、野趣に溢れる幻視力を見せる三島浩司『ルナ Orphan's Trouble』(徳間書店)、新人離れした筆力で娯楽性とヴィジョンを両立させる上田早夕里『火星ダーク・バラード』(角川春樹事務所)が頼もしい。
 徹底した懐疑主義を貫きつつ、神や超常現象を必然として巧みに織り込むコロンブスの卵的な力作、山本弘『神は沈黙せず』(角川書店)、林譲治『記憶汚染』(ハヤカワ文庫JA)、菅浩江『プレシャス・ライアー』(光文社カッパ・ノベルス)は、コンピュータが日常化した時代のコンピュータSFの方向を示す。平谷美樹『約束の地』(角川春樹事務所)は、古典的な超能力者ものを厚みのある現代的な展開で読ませた。神林長平北野勇作小林泰三牧野修ら、大御所・中堅勢の作品集が続々出たのも心強い。
 SF周辺作品にも優れたものが目立ち、古川日出男『サウンドトラック』(集英社)、佐藤哲也『異国伝』(河出書房新社)、川端裕人『せちやん 星を聴く人』(講談社)が、プロパーSFに新たな可能性を示す刺激に満ちていた。

【海外作品】

 翻訳作品では、寡作の逸材テッド・チャン『あなたの人生の物語』(浅倉久志・他訳/ハヤカワ文庫SF)と、グレッグ・イーガン『しあわせの理由』(山岸真編/同文庫)がずば抜けている。両者とも、科学・技術の先端が人間存在の成立する地平を揺るがす、現代SFの王道をゆく傑作集だ。スティーヴン・バクスター『プランク・ゼロ』(古沢嘉通・他訳/同文庫)『真空ダイヤグラム』(山田和子・他訳/同文庫)は、壮大なヴィジョンを提示する外宇宙派のハードSFを堪能させた。高い娯楽性とSF的驚異とのバランスの妙では、マイクル・クライトン『プレイ――獲物――』(上・下/酒井昭伸訳/早川書房)が読ませる。フィリップ・K・ディック『ユービック:スクリーンプレイ』(浅倉久志訳/ハヤカワ文庫SF)は、大御所物故作家の掘り出しものだ。
 パトリック・オリアリー『不在の鳥は霧の彼方に飛ぶ』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF)と、アミタヴ・ゴーシュ『カルカッタ染色体』(伊藤真訳/DHC)は、いずれもSF的アイディアを核に据えつつ幻想小説風の文学的洗練を追求した傑作だった。

[週刊読書人・2003年12月26日号]

(C)冬樹蛉



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