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カベイリア(Kabeivria)

 カベイリア(Kabeivria) とは、カベイロスたち(KavbeiroV, pl. Kavbeiroi)の密儀のこと。
 カベイロスたちは兄弟で、これの姉妹がカベイリスたち(KabeirivV, pl. KabeirivdeV)である。
 バーバラ・ウォーカーは、Cabiriaがデーメーテールの添え名だとしているが、Kabeivriaは祭事のことであって、女神名ではない。
 Kavbeiroiはラテン語でCabiriとなる。

 KavbeiroiはプリュギアPhrygiaの豊穣神。前5世紀以後航海者の保護神とも考えられ、この点から彼らはディオスクーロイと同一視されるにいたった。
 その祭は秘儀であり、そのためその名を直接に呼ぶことをさけて、ギリシアでは《大神》(Magavloi Qeoiv)とも呼ばれた。
 崇拝の中心はサモトラーケーSamothrakeの島であるが、レームノスLemnos島や小アジア、またオルぺウス教の影響でポイオーティアのテーパイ市ではカベイロイの年長者(=ディオニューソス)と子供の二人の形で崇拝された。
 神話ではへーバイストスとカベイロー(Kabeirwv)(またはその子カドミロスKadmilos)より三人のカベイロイが生れ、その娘たちがカベイリデスであるとも、彼女たちは三人のカベイロイの姉妹ともいう。
 カベイロイの数も三、四、七人と諸説があり、さらに四人のばあい、その名はアクシュロスAxieros、アクシオケルサーAxiokersa、アクシオケルソスAxiokersos、カドミロスであって、おのおのギリシアのデーメーテールベルセポネーハーデースヘルメース(ローマではユーピテル、メルクリウス、ユーノー、ミネルウァ)であるともいわれる。
 またカベイロイはサキトラーケーの英雄イーアシオーンとダルダノスとも同一視されている。彼らの系譜や数に関して上記のように一致がないのは、彼らの崇拝が密儀であり、その名もまた秘密であったためと考えられる。
 彼らはレアーの従者の中に数えられ、コリュバースたちやクーレースたちと同一視されていること もある。(『ギリシア・ローマ神話辞典』)


 カベイロイの密儀については、ヘロドトスが言及している。――
『歴史』第2巻51節
 しかしギリシア人が勃起した男根を具えたヘルメス像を造るのはエジプト人から学んだのではなく、ギリシアではアテナイ人がはじめてこれをペラスゴイ人からとり入れ、アテナイから他のギリシアへ広まったものである。アテナイ人は当時既にギリシア人の数に加えられていたが、そこへペラスゴイ人が移ってきてアテナイの国土に共に居住することになったもので、それ以来ペラスゴイ人もギリシア人と見なされるようになった。カベイロイの密儀はサモトラケ人がペラスゴイ人から伝授を受けて行っているものであるが、この密儀を許されたものならば、わたしのいわんとするところは判るはずである。というのは、アテナイ人と共住するに至ったペラスゴイ人は、以前サモトラケに住んでいたもので、サモトラケ人は彼らから密儀を学んだものだからである。そのようなわけでギリシアではアテナイ人がはじめて、男根の勃起したヘルメス像をペラスゴイ人から学んで作ったのである。これについてはペラスゴイ人の間に聖説話が伝えられているが、その内容はサモトラケの密儀において示されている。

同 第3巻37節
 カンビュセスは〔メンピスで〕、祭司以外の者は立ち入りが禁止されている、カベイロイの聖所へも侵入し、その神像をさんざんに愚弄した挙げ句、焼く払うという暴挙まで敢えてした。カベイロイの像もヘパイストスの象によく似ており、カベイロイはヘパイストスの子と伝えられている。