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デーメーテール(Dhmhvthr)

 コレーKovrhペルセポネーPersefovnhヘカテーEkavthとは、明らかに女性だけが農耕の秘術を会得していたころの同一の女神の三面相を示すもので、それぞれ処女と、成熟したニンフと、老女に対応する。コレーは青い麦、ペルセポネーは実った麦の穂、ヘカテーは刈り入れを終わった麦 — 英国の田舎あたりで云う「老婆(carline wife)」にあたる。しかし、デーメーテールが女神の通称であり、コレーにもペルセポネーの名前がつけられているところから、この話に混乱が生じたわけである。(グレイヴズ、p.139)



 ギリシア語のmeterは「母親」の意味である。Deはデルタdeltaつまり三角形で、ギリシアの聖なるアルファベットで、「女陰を表す文字」として知られる女性性器のしるしである。インドのヨーニ・ヤントラYoni-Yantra(女陰のヤントラ図形)と同じである[1]。ギリシア語のde(delta)に対応する語として、サンスクリットのdwh、ケルト語のduir、ヘブライ語のdalethがあるが、いずれも、生誕、、あるいは性的楽園、の入り口を意味した[2]。かくして、デーメーテールはアジアで言うところの「神秘な女性の入り口……そこから天界と大地が躍り出た根」であった[3]。ミュケナイでは、デーメーテールを祀った最も初期の祭儀の中心地のひとつは、丸天井式地下納骨堂で、その出入り口は三角形、通路は膣状で短く、丸天井であったが、それは女神の子宮を表すものであった。そこから再生するものと考えられていた。この出入り口は、一般に、女性に捧げられた。シュメールでは、その出入り口は赤く塗られて、女性の「生命の血」を表した[4]。エジプトでは、出入り口は宗教的儀式のためには本当の血が塗られた。ユダヤ人はその過越の祭りにそうした習慣をまねた。

 三角形-出入り口-女陰はデーメーテールの三相を象徴するものであった。アジアの基本的な女神の最古の姿と同じように、デーメーテールも乙女、母親、老婆、あるいは、創造者、維持者、破壊者の姿をとった。例えば、デーメーテールと同じく女陰-母親であったカーリーKali-クンティがそうであった。デーメーテールが乙女の姿をとるときはコレーKore〔「乙女」の意〕となった。ギリシア・ローマ神話でコレーが誘拐されたときには、コレーはデーメーテールの娘になっている。このことは、女神が二人になって二つの相を表したからであった。デーメーテールが母親の姿をとるときには、名前や添え名が大変多かった。例としてあげると、デスポイナDespoina(女主人)、ダエイラ(女神の意)、大麦-母親、大地と海の賢者、プルートーPluto(豊穣)である。この最後のプルートーという名前は、冥界の男神〔ハーデース〕を表す名前に変わった。そしてプルートーは、休耕期の暗い季節、乙女を大地-子宮に連れてゆく神であると言われた。しかしこれは後世において勝手に作られた神話であった。本来プルートーは女性で、その乳房から豊かな恵みが大地に振りまかれたのであった[5]

 デーメーテールが老婆の姿をとるときには、破壊者ペルセポネーPersephoneとなるが、後世の神話では、乙女と同一視され、そのために冥界へ誘拐された娘は、ときにはコレー、ときにはペルセポネーとなった。破壊者デーメーテールの昔の名前はいくつかある。例えばメライナ(黒い者)、デーメーテール・クトニア(地下に住む者)、エリーニュス Erinys(復讐者)である。破壊者としてのデーメーテールは黒い衣服に身を包み、雌馬の頭をした偶像で、そのたてがみにはゴルゴーンがからみついていたが、これはフィガリア〔アルカディア南西部〕のデーメーテールを祀った最古の洞穴礼拝堂のひとつマヴロスペリュア〔黒い洞穴〕にあった。その偶像は海豚とハト(いずれも子宮と女陰のシンボル)を携えていた。むさぼり食うどこの死の女神とも同様に、デーメーテールもかつては人食いの女神であった。デーメーテールはペロプスの肉を食べて、それから大釜に入れて再生させてやった[6]。デーメーテールも他のさまざまな老婆と同様、恐ろしい女神であった。中世の伝説に出てくる夢魔〔罪を犯した人々をその睡眠中に苦しめる馬の形をした復讐の女神〕は、古代の雌馬の頭をしたデーメーテールの像がその起源であった。

 デーメーテールの崇拝は、紀元前13世紀のミュケナイにおいて、すでに確固としたものであった。そしてギリシアでは、その崇拝はずっとキリスト教時代までも続いた。その寿命の長さは、キリスト教そのものの長さにほぼ匹敵するものであった[7]。エレウシースにあったデーメーテール神殿は、ギリシア最大の礼拝堂のひとつであったが、すばらしい秘教の中心地になった。「ハーデースの館にゆく前にこうした秘教の儀式を見た者は3倍幸福である。そういう人々だけがハーデースの館で真の人生を送るからである」とソポクレスは言った。さらに、アリステイデスは、「デーメーテールの祭典をすると、そのおかげで、そのときが楽しくなり、それまであったさまざまな悩みから解放され、息抜きできるばかりでなく、死について今までより以上の幸福な思いを持つことができる。その思いというのは、死後の生活がよりよくなり、入信しない者たちを待ち受けていると信じられている運命、すなわち、暗く薄汚れたところに横たわるということはないという思いである」と言った。イソクラテスも、「デーメーテール……この女神はわれわれの祖先たちに慈悲深い心を持っていた。それは祖先たちがデーメーテールに対して礼拝を行ったからであった。入信者だけがそうした礼拝の話を今も耳にするが、その礼拝をすると、昔は、あらゆる賜物のうちで最大のものをもらうことができたという。第一に、果実。このおかげでわれわれは獣たちのような生活を送らないですんだ。そして、第二に、儀式。この儀式に参加すると、死と全人生に関する思いがより幸せなものになるのである」[8]と言った。

Demeter.JPG
 *画像は、エレウシースで祀られたデーメーテール。両手にと麦藁を持っているが、この格好といい、コスチュームといい、クレータの蛇女神を彷彿とさせることに注意。

 エレウシースとは「降臨」の意味であった。エレウシースの主要なる秘儀によって聖なる子、すなわち、救世主が降臨した。この救世主の名前はいろいろあった。プリモス、ディオニューソスDionysos、トリプトレモスTriptolemos、イーアシオーン Iasion、エレウテリオスなどであった。救世主は、穀物のように、デーメーテール-大地から生まれ、飼い葉桶や簑の中に置かれた[9]。彼の肉体は穀物の最初の、あるいは、最後の束から作られたパンという形で、拝領者に食された。彼の血は葡萄酒として飲まれた。イエスと同様、彼も大地にいったん入り、また現れた。聖体を拝領した人々は救世主の不死にあずかることができると考えられた。そして、死後、彼らは「列福者でデーメーテールの者」Demeteiroiと言われた[10]

 神の啓示は、秘密のうちに「耳に入るもの、口に入るもの、眼に見えるもの」を通して、入信者に授けられた[11]。こうした方式からただちに心に浮かぶのは、耳と口とを覆って訓戒を垂れている3匹の猿のことである。この猿は「悪いことはいっさい耳にするな、口にするな、見るな」という金言を具体的に表しているものと思われる。「悪」とはエレウシース教の秘儀であったのであろうか。ともかく、デーメーテールはギリシアの農夫たちに、19世紀まで、エレウシースで「女神」として崇拝された。エレウシースではデーメーテールは「大地と海の女神」と称されていた。1801年、クラークとクリップスという名前の二人のイギリス人が,デーメーテール像をケンブリッジ博物館に持ち去ったために、農夫の間に暴動が起こった[12]

 初期キリスト教徒たちは、エレウシースの秘儀が公然とセックスを売り物にしているとして、猛反対した。しかしその秘儀の目的は「再生と罪の赦し」であった[13]。「エレウシースの儀式というのは、秘教を解説する者と巫女が暗闇に降りていって、二人だけで、おごそかに交わるのではないのか。そして、松明は消され、暗闇の中で二人がすることの中に救済があると、そこに集まった多くの人々は信じていたのであろう」[14]とアステリオスは言った。狂信的な修道士たちは、西暦369年に、こうした性的な秘儀が行われる神殿を破壊してしまった。しかしその神域はデーメーテール信仰者にとってはいつまでも聖なるものであった。そして、その場所で、また他の場所でも、エレウシースの秘儀は行われていた[15]

 田舎の人々は、デーメーテールの霊が最後に収穫された穀物の中に明らかにあると信じ続けてきた。この最後の束のことを「デーメーテール」「穀物の母」「老婆」などと呼んでいた。収穫祭では、その最後の束はしばしば女性の衣服につけられ、また、家畜がすくすく育つようにと、飼い葉桶の中に入れられた[16]。中世のフリーメーソン団は反キリスト教的な秘密の教義を持っていたが、古代の大地と海の女神を祀る祭儀からいくつかのシンボルを拝借した。フリーメーソンの豊穣の聖像は「滝の近くにある穀物の穂」であった[17]。究極的な秘儀は、エレウシースにおいては「沈黙のうちに刈り取られた穀物の穂」の中に具現した。穀物の穂というのは、ユダヤ人がシボレテshibbolethと呼んだ聖なる呪物であった[18]


[1]Mahanirvantantra, 127.
[2]Gaster, 302.
[3]de Riencourt, 175.
[4]Hays, 68.
[5]Graves, W. G., 159, 406 ; G. M. 1, 61 : G. M. 2, 25.
[6]Graves, G. M. 2, 30.
[7]Encyc. Brit., "Demeter."
[8]Lauson, 563-64.
[9]Graves, W. G., 159.
[10]Angus, 172.
[11]H. Smith, 127.
[12]Lawson, 79, 89-92.
[13]Angus, 97.
[14]Lawson, 577.
[15]Angus, vii.
[16]Frazer, G. B., 473.
[17]Elworthy, 105.
[18]d'Alviella, 2.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



 例によって、バーバラ・ウォーカーは怪しげな語源論を展開しているが、Dhmhvthrの語源は、おそらく「大地-母」gh: mhvthrの転訛ではないとメンゲはいう。よくはわからないが、おそらく「家-母」devspoinaを意味しよう、と。グレイヴズは「大麦の母」の意味だという(グレイヴズ、p.68)。理由根拠は示していない。
 語源はどうであれ、デーメーテールが大地-母の太女神であることに間違いはない。しかし、その大地は、宇宙開闢の基本要素である大地Gai:aではなくて、〈耕された大地〉、麦と豊かなあらゆる穀物を生産する大地である。
 (『世界シンボル大事典』)