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ラブリュス(LavbruV)

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 ガイアレアーデーメーテール、またはアルテミスなど、さまざまな名前で呼ばれた古代アマゾーン女人族の女神が、王笏として手に持っていた(蝶々形の)両刃の斧。ラブリュスは、元来は、スキタイ人の女戦士たちが戦闘用の斧として使っていたものと思われるが、古くから儀式用の武具になっていた。クレータ島のアマゾーン女人族によって建立されたこの女神のデルポイの神殿が、男性聖職者たちの手に落ちたとき、彼らはラブリュスという名称も借用し、自分たちに「斧を持った者たち」の意のラブリュアダイ Labryadae という称号を与えた。この称号は、ギリシア・ローマ時代になってもまだ使われていた[1]。ところで、このラブリュアダイという称号の方は、ギリシア・ローマ時代よりも前の時代に、当時のしきたりとして女神の行列に随行していた笏持ちの男性、おそらくは、女神との聖婚 hieros gamos のために聖別され、間近にせまった婚姻供犠とを表す「男根の」シンボルを誇示していた、あの聖なる若者が下敷きになっていたとも考えられる。

 昨今では、宝石装飾や美術の分野で、レスビアンたちがラブリュスをシンボルとして使っているが、そこには、古代におけるレスボス島女性社会への追憶と同時に、自然の内部と女性相互の中に宿っている「女神」のみを崇拝していた、女性社会創設の母たちへの追慕の念がこめられている。


[1]Graves, G. M. 1, 181.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



ラブリュスはリュディア語で、ギリシア語ではpevlekuV、すなわち両刃の斧(two-edged axe)のことである。

 両頭の斧は、普通の斧と同様、献納する供物としてつくられた。紀元前2000年紀初頭のミノア文明期のクレータ島のシンボルとしてもっともよく知られているが、両頭斧は後のヨーロッパでも重要であった。

 天空と天気の神である東方のバアル神の多くは、両頭斧と結びつけて考えられている。シリアにあるコマゲン山のドリシュヌスと、古代ナパテアのゼウス=ハグッドは2つの例である。これは謎めいたシンボルである。というのも嵐の神とのつながりは、両頭斧に落雷の比喩的表現を与えているのであろうし、また両頭の刃は上の世界と下の世界をつなぐものとして考えられていたのかもしれない。あるいは、両頭斧は単に権威と名声の象徴だったことも考えられる。学者のなかには、両頭斧と蝶の形が似ていることから、両頭斧は再生の象徴を表しているとする主張もある — 羽のある栄光の蝶になる前にさなぎとして死に、そして再生することから — 。

 未開のヨーロッパでは、両頭斧は後期青銅器時代にはすでに、フランスのフォール・アルアーで見つかったようなペンダントの形で、献納の品として現れる。そして、両頭斧はローマ=ケルト時代の鎧のイメージとして受け入れられていった。小型の模型の例は、ドイツのトリーアの神殿のなかで見られ、また英国ケントのリッチバラからは両頭斧のついたピンが発見されている。天上界との関連の重要性をもっとも喚起する例は、バレーム(フランス、オート=マルヌ県)で見つかった、黄金製の魔除けである。この車輪の形をした魔除けには、三日月と両頭斧のモチーフがついていた。このお守りは太陽、、そして嵐の力を表す象徴だと解釈されている。(『ケルト神話・伝承事典』p.258)


[画像出典]
Wikipedia
 Minoan symbolic labrys of gold, 2nd millennium BC: many have been found in the Arkalochori cave.