間歇日記

世界Aの始末書


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2002年11月下旬

【11月30日(土)】
▼昨日から今日にかけての深夜に帰宅して、晩飯を食いながら『探偵!ナイトスクープ』(テレビ朝日系)の録画を観ていると、「一度だけ人が着ているところを見た、ベルツノガエルらしきカエルがデザインされたTシャツを探してほしい」と、カエラーの女性からの依頼(「探偵!ナイトスクープ・データベース」2002年11月29日放映分「カエルに憑かれた女」参照)。思わずテレビに身を乗り出す。筋金入りのカエラーたちが続々と登場し、まことに有意義なひとときを過ごすことができた。近来稀に見る文化的な放送で、さすがは朝日放送である。受信料を取る“中立”な放送局とはえらいちがいだ。先代の上岡龍太郎探偵局長であれば、『奇跡の詩人』2002年11月16日の日記、および小林泰三「駄文24 NHKスペシャル」参照)とやらを取り上げようものなら、番組収録の途中で激怒し、席を蹴って帰ったにちがいない。
四十歳になった。もはや人生の折り返し地点はとうに過ぎているだろうが、往生際の悪いことに、あれもやりたいこれもやりたい、あんなことも知りたいこんなことも知りたいと、若いころにも増していろんなことに手を出したくなる――が、身体はついてこない。こういう症状を、われわれ専門家は“不惑の総合商社”と、このように呼んでいる。グラッチェ。

【11月28日(木)】
「すべての本にICチップ――商品管理や万引き防止、出版各社、2005年メド」――どうやら、1999年7月13日の日記に書いたことは、意外と早く実現しそうだ。BSEでいっせいに火が点いた、いわゆる“トレーサビリティー”ブームが、技術開発を加速させているのだろう。「商品管理や万引き防止」なんてずいぶんと慎ましいことを言っているが、理屈の上では、書店や出版社のCRM(Customer Relationship Management)にとんでもないブレークスルーをもたらし得る技術である。
 消費者としては、そこから商品を買う一社一社が究極のCRMとでも呼ぶべき顧客管理を実現してくれるのはたしかにありがたい。消費者にとっての利便性も格段に向上するからだ。まさに痒いところに手が届くような、売り込みが売り込みとも感じられないようなマーケティングが可能になる。が、手放しで喜んでばかりもいられない。あくまで“一社一社が”そういう顧客管理をしてくれるのはありがたいが、魔がさした(あるいは悪意の)“複数社”が裏で顧客データをやりとりする可能性は十二分にある。ウェブサイトで捕捉したデータの目的外使用に関して、すでに訴訟が起こったりもして、近年物議を醸している。ICチップによって究極のCRM手段を手に入れた異業種の百社くらいが、住民票コード(さーて、どっかから手に入れたんでしょうなー)で“名寄せ”した巨大な闇データベースを構築、一個人の属性や購買行動のほとんどを把握し、日夜高性能コンピュータをぶん回してデータマイニングをしている――などという、マーケターの夢、個人のプライバシーの悪夢が、技術的にはもはや可能だということだ。早い話が、看護婦と葬儀屋が結託するに等しいことが電子的にできてしまうわけである。あくまで、個人情報保護の意識を著しく欠く複数の事業者が結託すればの話だが……。まあ、「迷子から二番目の真実[36] 〜 クローン人間 〜」にも書いたように、人間という動物は、技術的にできるようになったことは、必ずやる。どこかで誰かがやる。二、三年のうちに、個人情報保護に関する衝撃的な事件が起こるだろう。というか、誰かがやっているのが発覚するだろう。
 問題は、そういうことをされる消費者は、そのあまりの利便性に、「べつにいいじゃん」と思ってしまうようになる可能性があることだ。「プライバシーなんてものはないのだ」と、ことんと枷が外れてしまえば、消費者は存外に快適かもしれないぞ。
 ある日、あなたの家に育児雑誌の購読を勧めるダイレクトメールが送られてくる――。

「あれ、ずいぶんタイミングいいな。ちょっと電話して、この“新規購読特別プレゼント”やらについて詳しく聴いてみよう。もしもし――」
「はい、〈ナマコ倶楽部〉読者サービスデスクです」
「DMを頂戴したんですが、お伺いしたいことがありまして。いやあ、ちょうど妻が妊娠中なんで、関心がありましてね」
「そうでしょうね。このところ、ご愛用だったコンドームをお求めになってませんものね。お客様宅の柑橘類の消費量も増えていますし……」
「…………」
「ご購読のお申し込みでしょうか? いまお申し込みになると、〈ナマコ倶楽部〉特製チャイルドシートをもれなくお届けいたします」
「うーん、そ、それは欲しいな。じゃあ、年間購読します。えっと――」
「ありがとうございます。発信者通知でおかけですので、お名前もお住いも存じております。新規購読特別プレゼントは、阪急電車○○駅前のコンビニ『パープルK』でお受け取りください。明日のご帰宅時間には届いております。木曜日ですから、おそらく午後九時半ころでしょうね」
「……な、なんでそこまで」
「これは異なことを。定期券をお使いでしょう?」

 ……なんて世界を、あなたは便利だと思うだろうか、不愉快だと思うだろうか。

【11月27日(水)】
▼最寄り駅のそばにある駐車場の看板を見て衝撃を受ける――「月ぎめ専用」
 ひ、ひらかなで書くとは……。「げっきょくちゅうしゃじょう」というのは全国チェーンであるというあのネタがあまりにも人口に膾炙してしまったため、誤解を避けるためにひらかなにしたのだろうか。
2002年9月2日の日記で、「携帯万能8」(どうもこの日記を書いているころには「携帯万能9」になっていそうな予感がしてならない)のCMに出てくるケータイショップの店員はいったい何者なんだー!』と書いたところ、複数の方から情報をいただいた。ミツルんさん、奈良県のさいとうさん、匿名希望のね○○びさん、ありがとうございます。
 で、結論から言うと、あのブアイソーな女店員は、「劇団Nylon100℃」新谷真弓だそうである。あっ、なんということだ! 「どっかで見たことがあるような気がするんだよなあ」と思ったのも道理、おれはこの人をたっぷり観ていたリフォーム……じゃない、『安楽椅子探偵とUFOの夜』(朝日放送/原作:綾辻行人・有栖川有栖/なぜか全国ネットではないのだ。もったいない!)に女刑事の妹役で出とったやないか。応募こそせんかったが、出題編も解決編も観たやないか。そのときもたしか、「おお、なかなか“ヘン系”でいいなあ」と思って、解決編のおまけの“役者と劇団宣伝コーナー”をわざわざ巻き戻して観て(おれはリアルタイムでテレビを観るときもとりあえず録画しながら観る)、名前を覚えようと思ったはずなのだ。そうか、そうだ、言われてみればそうではないか、たしかにケータイショップの店員はあのコだ。新谷真弓だ。そういう名前だった! いかん、女性の顔と名前が覚えられなくなってきたとは、おれの脳細胞もかなり残り少なくなってきているのかもしれん。脳細胞というやつは死んでゆくばかりだそうだからな。これから毎回、日記の冒頭に脳細胞の残数を書いて自覚を促すようにせねばってそれは太田健一の『脳細胞日記』。でも、なぜ品切・絶版? けっこう面白かった記憶があるんだが……。
 それはともかく、新谷真弓の画像は所属事務所(スターダストプロモーション)のサイトのほうが写りがよくて大きいので、さっそく加工してケータイの壁紙にする。個人で楽しむぶんにはよろしかろう。おお、なかなかいいぞ。ケータイショップのねーちゃんなんだから、ケータイの壁紙にしてなにが悪い。

【11月26日(火)】
林譲治さんとこの2002年11月25日の日記に出てきた“リフォーム探偵”というのが気に入った。「主人公の探偵は現場にもいかず、助手からの情報だけでリフォームをしながら謎を解いて行く」 ええなあ、隅の老人みたいやなあ。思考機械みたいやなあ。やっぱり、名探偵たるもの、そうそう気軽に現場になど行ってはいかんのである。刑事やないんやから。なぜリフォームをせねばならんのかよくわからんのだが、そこはそれ名探偵だ、奇癖のひとつもなくてはならない。彼もしくは彼女の精神は、リフォームをするときにこそ最大限に活性化されるのだ。
 ほかにも二種類ほど“リフォーム探偵”が出てくるが、いずれもいいなあ。林さんは、こういうのは小説化せんのだろうか。それはともかく、いたく感動したので、さっそくPDAからツッコミのメールを入れる――『リフォーム探偵が必要とするものをなんでも取り揃えている「名探偵コーナン」というのを思いついたのですがあきませんかそうですか』 あきませんかと言いつつ、われながらなかなかの出来である。名探偵コーナン。うむ、いい。身体は大人、頭脳は子供――って、それはおれのことですかそうですか。
 ところで、あの『大改造!!劇的ビフォーアフター』(テレビ朝日系)という番組だが、高須クリニックだとか大塚美容形成外科だとかはスポンサーにつけないのだろうか。つけないだろうなあ。

【11月24日(日)】
仲間由紀恵の髪がきれいなシャンプーだかなんだかのCMをぼんやり観ていたら、天才にはときどきこういうことがあるので困るのだが、頭の中でとんでもない替え歌が流れはじめた――「♪たてナメ、よこサラ、ホテルの小部屋〜」
 おれの頭の中で唄っているのは五木ひろしではなく、もちろん清水アキラである。よって、おれの頭の中の清水アキラは、当然のことながら、この日記の品位を著しく損なう振り付けで唄っているわけだが、あまりにあんまりなので描写はしない。ご想像にお任せする。いや、想像しないほうがいいと思う。
 ……が、いま気づいたけど、おれが知らないだけで、これってほんとに清水アキラがネタにしていそうで怖い。なにしろ、『よこはま・たそがれ』の替え歌は清水にとっては自分のネタなのだから、彼がこのCMを観たら、きっと同じことを考えるだろうからだ。考えてもいいが、テレビではやるなよ。淡谷のり子の墓石がごとっと音を立てるのが聞こえるようだ。

【11月22日(金)】
2002年9月22日に生まれて初めて鉄アレイを買って以来、晩飯のあとやら読書のあいまやらに運動不足解消のため振りまわしていたら、あな不思議、みるみる余分な脂肪が落ちてきた。で、体重が減ったかというと、まだ2kgくらいしか減っていない。いままでが極端な運動不足であったせいであろう、ちょっと運動すると筋肉がついてきてしまって、どうやら脂肪が減ってゆくぶんを相殺しているらしいのである。つまり、脂肪が筋肉に入れ替わってゆくような感じで、なかなか体重は減らないのだ。そのかわり、なにしろ元が極端な運動不足で痩せ型で腹だけが出ているといったありさまだから、みるみる体型が変わってゆくのがわかる。締まってくる。上腕と肩の境界がやけにはっきりしてくる。上腕二頭筋が太くなってくる。鉄アレイひとつでも(ふたつだけど)、けっこう身体のいろんなところに負荷がかけられるもので、大胸筋や腹筋までついてきた(まあ、別途腹筋運動もしてるけどさ)。最初に買った一個1kgの鉄アレイが、すぐになんの負荷にも感じられなくなってしまったため、その後一個2kgのを買い、それもすぐ軽くなってきたものだから、いまでは一個3kgのをふたつ、ぶんぶん振りまわしている。人間の身体というのは、なんとも現金なものであることよ。負荷をかければ、一応適応する。一か月で鉄アレイが1Kg重くなるというこのペースが続くと、もう五十年もすれば両手で1.2トンが振りまわせるようになるはずだ。おおお、驚異の小宇宙、人体!
 脂が落ちて筋肉がついてくるとけっこう面白いので、飽きっぽいおれでもけっこう続いていて、最近おれは主に自分の体型の変化を楽しむために運動をしている。三島由紀夫の気持ちが少しだけわかったような気がしないでもない。おれが思うに、ボディービルとかを本格的にやっている人たちというのは、たぶん食玩やら古本やらを一所懸命集めている人たちと、結局同じようなメンタリティーを持っているのではなかろうか。つまり、ボディービルの方々は、食玩や古本の代わりに筋肉を集めているのである。根がコレクターなんだと思う。だから、コレクターの人たちがいったん筋肉集めに凝りはじめると、とことんやっちゃうような気がするな。野田昌宏宇宙大元帥がボディービルに凝ったらこの仮説がみごとに証明されるのだが、そういうことはあまりありそうにない。ムキムキのガチャピンってのもなあ。おれはコレクターじゃないから、適当なところで手を抜きはじめるだろうけどな。
 鉄アレイ運動をはじめてからまだ二か月くらいしか経っていないのだけれど、胴まわりが少しではあるがたしかに小さくなった。それはいいのだ。問題は、急速に腹が締まりはじめたせいか、“皮が余ってきた”ことである。皮が追いつくには時間がかかるらしい。

【11月21日(木)】
《ご恵贈御礼》まことにありがとうございます。

『ハートのタイムマシン! 瀬名秀明の小説/理科倶楽部』
瀬名秀明、角川文庫)
『贈る物語 Wonder』
(瀬名秀明編、光文社)
『ノルンの永い夢』
(平谷美樹、ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
『神様のパズル』
(機本伸司、角川春樹事務所)

 ご恵贈御礼コーナー、今回から書影をつけないことにする。ケータイでできるだけきれいに撮影するのがけっこう面倒なのである。どのみち、ちゃんとした書影はリンク先に跳んでもらえれば見られることだし、汚らしく撮った写真では誤った第一印象を与えかねない。まあ、ぶっちゃけた話、ただでさえ日記が遅れがちだから、少しでも手間を省こうという気持ちもある。
 『ハートのタイムマシン! 瀬名秀明の小説/理科倶楽部』は、『小説と科学 文理を超えて創造する』(瀬名秀明、岩波高校生セミナー8、岩波書店)を“第一部”とし、新たに同じくらいの分量の“第二部”を加えたうえで改題し文庫化したものである。よって、『小説と科学 文理を超えて創造する』をすでに読んだ方にもたっぷり読むところはあるので、文庫でもあることだし買いましょう。毛利衛氏との対談「科学と文学のリアリティ」も収録されている。
 『贈る物語 Wonder』は、当代人気作家三名が編んだアンソロジーの一冊。ほかに『贈る物語 Mystery』綾辻行人『贈る物語 Terror』宮部みゆきが担当している。2002年8月24日の日記で言っていたようなことは、すでに企画されていたわけだ。惜しむらくは、最初から文庫本で出してほしかった。こういう企画だからこそ、少年少女が気軽に買える程度の値段であってほしいのである。もっとも、こんなご時世、一日五百円で過ごしているお父さんよりも、少年少女のほうが可処分所得は多いかもしれないけどなあ。
 『ノルンの永い夢』は、おなじみ《Jコレ》である。「いかなる過去からも、いかなる未来へも接続しない現在はありうるのだろうか?」というなにやら意味深げな腰巻がついている。つまりこれは、時間SFのようだ。《Jコレ》のカバーにはいつも“英題”が書いてある(これがどういう訳になるか、なかなか楽しみなのである)が、今回は“DER LÄNGE TRAUM VON NORNEN”と初の“独題”になっている。アオリを読むと第二次大戦中のドイツも舞台となるようで、なるほど、外国語題をあえてドイツ語にしているのはそういうことかと納得する。平谷美樹には、やはり“小松左京賞受賞作家”という肩書きが一生ついてまわるにちがいなく、だからこそ、平谷美樹の時間SFというだけで期待もいや増すというものである。
 で、その小松左京賞(第三回)を受賞した作品が、『神様のパズル』である。「宇宙を作る」とかなんとか書いてあるので、「なに? いまさらかよー」とおれは現時点では思うのだが、じつはおれが予知したところによれば、これを読んでおれはひっくり返って喜ぶことになるのだ。〈週刊読書人〉2003年1月10日号で書評することにもなるのだ。いままでこういうものを読んだ記憶には、ちょっと思い当たらない。サリンジャー庄司薫がハードSFを書いたらこういうものになりそうな気がする。奥付けが十一月だから恒例の『SFが読みたい!』(早川書房)の2002年のベスト選考の対象にはならないのだが、来年がよほどの豊作ででもないかぎり、早くも国内ベスト5の席はひとつ埋まったという感じである。まさに小松左京賞にふさわしい傑作だ。作者は、一九五六年兵庫県生まれ、甲南大学理学部応用物理学科卒業とあるから、つまり学科まで同じ北野勇作さんの“先輩”ということになるのか。あいかわらず、SFの新人は年齢が高い。二作め以降にどういうものを出してくるのか見当もつかないところが、また楽しみである。


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