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メーティス(Mh:tiV)

 「知恵」を意味し、アテーナーの神秘的な母親。ゼウスはメーティスを受胎させたあとで彼女を呑み込んだため、メーティスの持つ知がゼウスのものになったと言われる。この理由によってメーティスはゼウス信仰に吸収された。こうしてゼウスは、自身の頭からメーティスの子供のアテーナーを生むことができた。より古い神話では、メーティスは本当はメドゥーサ Medusaでもあり、彼女の持つゴルゴーンの顔とヘビ髪の毛は「女性の知恵」のシンボルである、という。アテーナーは、メーティスの処女の姿であるが、ゼウスの頭から生まれたのではなく、リビアのアマゾーン女人族の国に住む三相一体ゴルゴーンから生まれたという。リビアのアマゾーン女人族は、メドゥーサ-メーティスを「運命の母神」として崇拝した[1]。女神メーティスは後のグノーシス派キリスト教に取り入れられて、女神ソフィアSophiaとなったが、ソフィアの名は同じく「知恵」を意味した。


[1]Graves, W. G., 245-46.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



 ゼウスが執拗にティーターニス-メーティスと交わることを求めたので、彼女はさまざまに身を変えて彼からのがれたが、ついにとらえられてゼウスの子をはらんだ。このとき大地の母神のお告げがあって、やがて生れるのは女の子だが、もしメーティスがふたたびはらむことがあれば、こんどは男の子が生れ、その子はちょうどゼウスクロノスの主権を奪い、またそのクロノスはウーラノスを支配者の地位からしりぞけたように、ゼウスをしりぞけることになるだろうと言った。そこでゼウスは、甘いさそいのことばでもってメーティスを寝室につれこむと、いきなり自分の口をあけて彼女を呑みこんでしまった。ゼウス自身は、あとでメーティスが彼の腹のなかからいろいろと助言をあたえてくれたと言っているけれども、とにかくこれがメーティスの最期であった。しばらくのちのこと、トリートーン湖のほとりを通りかかったときに、ゼウスははげしい頭痛におそわれて、いまにも頭が割れそうに思われたので、憤りのあまり天空のすみずみまでこだまするほどの大声で泣きさけんだ。それを聞きつけて、すぐに。ヘルメースが駆けよってきたが、彼はゼウスの不快の原因をすぐに読みとって、ヘーバイストス — 一説にプロメーテウスともいうが — に頼みこんでくさびと大槌とを取りよせ、ゼウスの額を割って穴をあけさせた。この穴から、アテーナーが完全に武装した姿で、大きなうぶ声をあげながらとびだしたというのである。

 アテーナーゼウスの額からおどりでたというこの物語について、J・E・ハリソンは「アテーナーの神話からその女家長制的な条件をとりのぞこうとして苦しまぎれに考えだした方便だ」と正しい解釈を下している。これまで、いつも女神だけが聡明なものとみなされてきたのに、これは知慧が男性のもつ特権だとする独断的な主張でもある。現にへーシオドスは、彼の物語のなかにふくまれる、たがいに矛盾するつぎの三つの見解をなんとか統一しょうと努めている。

 アテーナイ市の守護神アテーナーは、週の四日目と水星にゆかりのあるティーターニスである不死のメーティスの処女受胎によって生れた娘で、あらゆる智慧と知識とをつかさどっていた。

 ゼウスはメーティスを呑みこんでしまったが、それにもかかわらず智慧を失うことにはならなかった(すなわち、アカイア人たちはティーターン信仰を抑圧し、彼らの主神ゼウスこそ、あらゆる智慧の持主であるとした)。(グレイヴズ、p.71-72)