ギリシアにおける神々の母ヘーラーの処女相で、イヴの異形の1つ。イヴは、アナトリアではへパト、メソポタミアではへヴェーあるいはハウア、ペルシアではフヴォヴだった。ギリシア神話によると。へーぺーは神々に酌をする乙女で、神々に不死を与えるアンプロシア(神々の食べ物や飲み物など)を配ったという。彼女がいなくなると、神々は年老いて死んでしまうのであり、それはちょうど、アレイアを失ったときに、北欧の神々が死の脅威にさらされたのと同じ運命だった[1]。
イヴと同じように、母親の相の場合のへーべーは、魔法のリンゴがなっている「生命の木」を司った。このリンゴは神々の永遠の生命の源泉であり、人聞を近づけないようにと神々が油断なく見張っていた(『創世記』 3: 22)。ヘーラクレースのような英雄たちは、へーべーと結婚し、聖なる木のリンゴが食べられる至福の園で暮らすことによって、不死の神々になることができた[2]。この種の神話からも、へーべーがヘーラーを乙女の姿に移しかえた存在にすぎないことがわかる。なぜなら、ギリシア人に「へスペリデスの園」として知られていたはるか西方の楽園で、ヘビによって守られたリンゴの木を所有していたのは、ヘーラーだったからである。
古代ギリシア人が、父権制の社会制度とロマンチックな同性愛の風習とを導入すると、父神ゼウスは。へーベーを昔からの酌人の地位から退かせ、代わりに男性の愛人ガニュメーデースをその地位に据えた。その結果、この処女神は、新たに神々の酌人となった若者にその地位を奪われてしまったのである。ガニュメーデースの方は、のちに、天界に連れていかれ、「水瓶座」となって星たちの間で暮らした[3]。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
ヘーラーとゼウスの間に生まれた女神。一説によると、ヘーラーがある花〔サンザシらしい〕に触れるとアレースとその双子の妹エリスをみごもり、チシャにさわるとへーべーをはらみ、ヘーパイストスもまた処女受胎によって彼女が産んだ子だという。
子どもころの女神へーべーは、オリュムポス系の神話では、酒宴の席で神々のとりもちをする役目を与えられている。ガニュメーデースが彼女にとってかわってこの役を引き受けるようになってからは、結局へーべーはヘーラクレースと結婚することになる。(グレイヴズ、p.79)
ヘーベーは、たぶん青春の女神ではなく、『オルぺウス讃歌』の48番目と49番目に大地母神ヒプタ {Ipta として名をあげられている神であろう。ディオニューソスは彼女にひき渡されて保護をうけたのであった。プロクロスは(『ティーマイオスを駁す』二・一二四C)、彼女が箕にいれた彼を頭のうえにのせて運んだと言っている。当時、リューディア・プリュギア人の部族が住んでいたマイオーニアから出土したごく初期の二つの刻銘では、ヒプタはゼウス・サバージオスと結びつけられている。クレッチマー教授は彼女が、ボアズケイから出土した、あきらかにトラーキアからマイオーニアへもたらされたテクストに記されているミタンニの女神へーパ、ヘピット、またはへーベーと同一であるとしている。もしヘーラクレースがこのへーベーと結婚したのなら、この神話は、プリュギアや、ミューシアや、リューデイアでかずかずの偉大な行為を行ったへーラクレースと関係があり、彼をゼウス・サバージオスと同一視してもいいであろう。
ヒプタは、中東ではあまねく知られていた。リュカオーニアのハットゥサにある岩山の彫刻〔双頭の太陽ワシの翼の上にまたがっている獅子の女神ヘプタの二つの顔〕は、彼女がヒッタイトの嵐の神との神聖な結婚をまさに祝おうとして、ライオンにまたがっている姿を描いている。彼女はそこでヘパトゥと呼ばれているが、これはフリアのことばだという。そしてB・フロズニイ教授(『ヒッタイト文明とスバレア人たち』第15章)は、彼女が『創世記』第二章にエヴァとしてあらわれる「生きとし生けるものの母」ハゥワーとおなじだとみている。フロズニイ教授は、イエルサレムのカナアン人の王子アブディヘパ、そしてエヴァと結婚したアダムは、イエルサレムを守護する英雄だったと書いている(ヒエロニムス『エペソ書釈義』五・一五)。(グレイヴズ、p.787)