イヴの知識の実は、昔は、女神の聖なる不死の心臓であった。このことはインド・ヨーロッパの全文化圏にわたって見られることであった。西方にある多くの女神の楽園には、永遠なる生のリンゴがなっていた。ケルト人は西方の楽園をアヴァロンAvalon( = apple land)と呼んだ。そこは死者たちの女王であるモーガンが治めていた。アイルランドの王たちは女神モーガンの魔法の不死のリンゴを手にし、日没に乗じて女神と一緒に暮らすために出かけていった。アーサー王は三相一体の女神( 3人の妖精女王)自らに導かれてアヴァロンへ行った。
スカンジナヴィア人は、再生するにはリンゴはなくてはならないものだと思った。そのため、リンゴの入った容器を墓に入れた[1]。北欧神話の女神イドゥンは西方に魔法のリンゴの園を持っていた。そこでは神々がリンゴをもらって不死の身となった[2]。リンゴは霊魂を人から人へと伝えるものであった。シグルドの、すなわちジークフリー卜の曽祖母はリンゴを食べて妊娠した[3]。クリスマスのブタを焼くときにはその口にリンゴをくわえさせたが、それはリンゴが来世において心臓になるとの考えからであった。
Boar.
ギリシア人は母神ヘーラーHeraが西方に魔法のリンゴの園を持っていると言った。そこでは「生命の木」がヘーラーの聖なるヘビに守られていた。グレーヴズの指摘によると、イヴEveとアダムAdamと木にひそむヘビ serpent の話は、太女神が崇拝者にリンゴの形をした命を与えている図像を誤って解釈したものであるという。その図像の背景にはリンゴの木とヘビがいる。同様に、ギリシア人たちも、生贄となった英雄が楽園へ旅立つ前に、三相一体の女神からリンゴを受け取るという図像を誤って解釈して、「パリスの審判」とした。その図像は若い男性が3人の女神からリンゴを受け取る図であって、その逆ではない[4]。
古代ローマ人はリンゴ-母親を表す女神にポーモーナという名を与えた。これはおそらく古代エトルリア人から引き継いだものであったろうと思われる。ポーモーナは結実全般を象徴する女神であった。ローマ人の饗宴は、つねに、「卵から始まってリンゴで終わる」まで続いた。このことは創造のシンボルで始まって、完結のシンボルで終わることを表す。記録によるとへロデ王は毎食事をローマ式にリンゴを食べて終わりにしたという[5]。
リンゴに対して大変な敬意が払われる1つの理由は、ジプシーや占い者がやるように、リンゴを真横に切ってみるとわかる。リンゴのしんに、コレーKoreを表す5芒星形が隠れているのである。乙女コレーが大地母神であるデーメーテールDemeterの心臓に隠れていて、そして世界霊を表したように、コレーを表す五芒星形pentacleもリンゴの中に隠れていた。
円の中に五芒星形があると、エジプト象形文字では冥界の子宮を表した。そこでは「変容」を司る母親-心臓によって死者が再生するのであった[6]。キリスト教の図像でも、このリンゴが描かれていると、それはデーメーテールの中のコレーのように、母親の中に隠れている聖母を表した。 Anne, Saint.
ジプシーの間では、オカルトの性魔術を実践する男女は、五芒星形が現れるようにうまくリンゴを切って、そしてタントラ教典に則って性交をしながら、魔力を与えてくれる滋養物としてそのリンゴを一緒に食べた[7]。ジプシーの娘はその肉体を通して性交の相手を大地の霊魂と結び合わせることができると考えられた。そのためその娘はシャクティShaktiのような存在であった。リンゴは性的なシンボルであった。リンゴを男に投げて恋人を選ぶのがジプシー娘のならわしであった。それはカーリー・シャクティが自分の運命の花婿としてシヴァを選んだ方法と同じであった[8]。
ケルト民族の異教においても、女神の持つリンゴは、同様に、聖なる結婚と、死者の国への旅立ちを意味した。現実に三相一体の女神であったグィネヴィア女王は、中世ウェールズの三題詩によると、アイルランドの騎士パトリース卿に魔法のリンゴを与えたことになっている。このパトリース卿とは実際は聖パトリックのことで、聖パトリックは、昔は、父親-神Paterであった[9]。 Patrick, Saint. そのアイルランドの騎士は死んでしまった。そのためグィネヴィアは魔女と宣告されて火刑に処せられた。ところがランスロットが彼女を助り出した。グィネヴィアの犯した罪というのは昔の儀式に則って聖王を選んだことであった。キリスト教以前の伝説によると、英国を支配する王は誰もが三相一体の女神によって選ばれ、その後、その女神の老婆の姿であるモーガンによって殺される運命にあった。モーガンは赤い血の色をした五芒星形の女で、西方にリンゴの島を持っていた[10]。
諸聖人の祝日の前夜祭Halloween、リンゴで祭儀を行うのは、もとをたどると古代ケルト人のサムハイン祭に発したものであった。 10月31日に行われる死者の祭りである。ひもに吊したリンゴや、水に浮かべたリンゴを口にくわえようとするのは。それによって、首吊りになったり溺死した魔女たちを呼び出したのかもしれない。この祭儀は、ケリトウェン(雌ブタ女神であるモーガンの別名)の姿をした死神をそうやってだますということを暗に言っているものであった。祭儀の終わりに、全員が「黒く短い尻尾の雌ブタから逃げるために」走り去った[11]。
諸聖人の祝日の前夜祭のリンゴは占いにも用いられた。リンゴはまるで冥界から呼び出された不気味な死霊のようであった。そのような呪術はとくに女性と関連があって。もとをただすと、冥界の聖震は女性が支配するという異教の伝統にあった。ヴォルスング伝説によると、男性は「へルのリンゴ」を妻からもらわなければならなかった。それは、そのリンゴには、死んで冥界に行ったときに、その人を守るカがあったからである[12]。(ヴォルスングとはチュートンの半神半人族のことで、オーディンに愛された。オーディンは魔法のリンゴを用いて一族の始祖であるヴォルスングの母親をはらませた。ヴォルスングの子孫のシグルドは「ニーベルンゲンの指輪」の主人公であるジークフリートとしてよく知られている)。かくして、諸聖人の祝日の前夜祭のリンゴは結婚と関連することが多かった。その前夜に、ろうそくの灯がともされている鏡の前でリンゴの皮をむくと、未来の配偶者の姿が現れるという[13]。
リンゴの花は結婚の花であった。それは女神の乙女の姿を表し、成長すると結実するからであった。異教のシンボルがキリスト教に取り入れられると、リンゴ-イヴ-母親-女神は若返って、バラ-マリア-乙女-女神として生まれ変わると言われた。 5弁のバラと5弁のリンゴの花が組み合わされると神秘的なものになることが多かった。赤と白の錬金術のバラは聖母を表象するものであった[14]。聖なるバラと呼ばれるマリアMaryが錬金術を考案した、と言う神秘主義者もいた[15]。
しかし、女神は「死をもたらす母親」でもあり、リンゴはこうした女神の一面とも関連があって、危険な面があるということも忘れてはならないことであった。女神は乙女であり母親でもあったが、同時に、へル、あるいはヘカテー Hecateでもあったので、女神のリンゴはキリスト教の民間伝承では、しばしば、有毒であるとされた。魔女は狙った人間にリンゴを送って、悪魔にとりつかれるようにするのだ、と聖職者たちは喧伝した[16]。子供や他人にリンゴをやったところ、その人が発作を起こしたとして殺された老婆がいた。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
ギリシア語ではmh:lonという。果実をさすことは間違いないが、具体的に何を意味しているのかは不明。セイヨウリンゴ(Pyrus malus, Dsc.I_159)、その野生種(Dsc. I_163)、シトロン(Citus medica, Dsc. I_164)、あるいは、ミカン科ミカン属の植物(Citrus, Dsc.I_166)などが考えられる。
〔ヨーロッパ・象徴〕 リンゴは、象徴的には、はっきり異なった意味に用いられるが、その意味の間には、大なり小なり結びつきがある。まず、パリスからアプロディーテーに与えられた「不和のリンゴ」(不和の種)という使われ方がある。ヘスペリデスの園の「黄金のリンゴ」というのもある。不死の果物の意味である。アダムとイヴの食べたリンゴもある。『雅歌』に登場するリンゴ、これは、オリゲネスによると、神の御言葉の豊餞さ、その味わいと香りを表している。これらからわかるように、要するに、リンゴは認識の手段であり、あるときは、《生命の木》になる果実であったり、あるときは、善悪の《知恵》の木になる果実だったりする。不死を授ける統合の知識のときもあれば、「墜落」を引き起こす弁別の知識のときもある。錬金術で、「黄金のリンゴ」とは、硫黄を表すシンボルの1つである。
〔フリーメーソン〕 E・ベルトラン師はこう書いている(BOUM、235頁)。「リンゴの象徴的意味は、その中央部分の、種の入っている*くぼみ*が、五角星形であることに由来する。秘伝を授かった者たちは、これにより、リンゴを、認識と自由の果実と考えた。〈リンゴを食べる〉とは、悪を知るために、その知識を悪用すること、悪を求めて感受性を乱用すること、悪を行うため自由を悪用することを、彼らには意味した。よくあるように、一般大衆は、このシンボルを本当のことと思った。リンゴの中に、精神としての人間のシンボルである五角星が入っていることは、肉体の中で精神が退化することも意味する」。
このような考え方は、すでにロベール・アンプランの『大聖堂の影』の中で述べられている。「リンゴは、今日でも、入門儀式において認識の具体的なシンボルとなっている。花梗にそって、縦に二分するとき、種の配置自体によって形成された五角星が、現れる。これが、伝統的に知のシンボルと考えられてきたからである」。
〔ケルト・神話〕 ケルトの伝承によると、リンゴは、〈知・魔術・啓示〉の果実である。リンゴは、〈魔法の力を持つ食物〉の役目もする。他界から来た女が百戦のコン王の息子コンレに近づいて、息子にリンゴを手渡す。このリンゴは、1か月間食べても減りもしない。神ルフは、父キアン殺しの償いに、トウレンの3兄弟に魔法の力を持つ品物を探せと命じた。その中には、ヘスペリデスの園の3つのリンゴも含まれていた。これを食べる者は、誰もがもう、空腹も、のどの渇きも、苦痛、病気も、味わわないですむ。リンゴは、食べても減らない。ブルターニュの昔話では、リンゴを食べることが予言の始まりとして使われている(OGAG、16、253-256)。
リンゴが、魔法の力を持つ果実なら、リンゴの木(ケルト世界ではabellio)もまた、《他界》の木である。《他界》の女性が、王プランを探しにやってくる。彼を海の彼方に連れて行く前に、手渡すのがこのリンゴの木の枝である。アイルランド語でアヴィン・アブラフ、ウェールズ語でイニス・アファルというのは「リンゴ園」で、亡き王や英雄たちが死後赴くところと考えられた(西方海上の極楽鳥アヴァロン島のこと)。
ブリトン人の伝承によると、アーサー王も、国民を外国の支配から解放するため、一時的にそこに身を寄せていたという。文献によると、マーリン(アーサ王伝説の高徳の予言者)は、リンゴの木の下で教えを説いた(OGAG、9、305-309;ETUC、4、255-274)。
リンゴの木は、ガリア人にとっては、カシワとともに、聖なる木と考えられていた。
〔エリアーデ〕 リンゴは、若さを維持する果実で、再生と永遠の若さのシンボルである。
「ゲルウァシウスGervasiusは、アレクサンドロス大王が、インドで〈生命の水〉を探すうちに、僧侶たちの生命を400歳まで伸ばすリンゴを、いかにして見つけたかを語っている。北欧の神話では、リンゴは、再生と若返りの果物の役目をする。神々は、リンゴを食べて、ラグナロク(世界の滅亡)にいたるまで若さを保つ。つまり現在ある宇宙の時代が終わるまでである」(ELIT、252)。
〔心理学〕 ポール・ディエルの分析によると、リンゴは、球状をしているので、地上の欲望、あるいはその欲望における自己満足を包括的に意味する。ヤハウェは、人間にリンゴを食べることを禁じたが、欲望が過剰になることを警告したのである。欲望は、一種の退化現象によって、物質的生活に人を引き寄せ、進歩の方向である精神的生活の対極へと導いていく。
神が人間に与えた警告によって、人間は2つの方向の存在を知り、地上の欲望の道か、精神性の道か、どちらかを選択することになった。リンゴは、このようなことを知るシンボルであるし、これを知る必要性、選択する必要性を示すシンボルでもある。
(『世界シンボル大事典』)