王たちが母権制社会の規律に反対し始めた時代の神話上のテーバイ王。オイディプースは、古代からよくあるように、先王であった父を殺し、王妃であった母親と結婚した。さらに、女神の像(スフィンクス)からかけられた謎を解いたため女神の像は、崖から身を投げ、砕けるという事件を引き起こした。
彼の母親であり、王妃となったのはイオカステー(JocastaあるいはIocaste、「輝ける月」の意)であった。彼女が夫の身に女神の怒りが下ることを祈ったように思われる。オイディプースは一説にはテーバイから追放されたと言い、他の説では、女神の怒りによって、女神の聖なる木立の中で殺されたという[1]。多くの物語が、彼はイオカステーの衣装から取った「留め金」で盲目になったという点では一致している。
イオカステーの「留め金」は、去勢に用いられる月の鎌の腕曲的表現ということもありうる。へーロドトスは「アテーナイの女性たちは、『留め金』で男を殺した」と述べている。しかし、のちになって新しい父権制社会の法律は、女性がこのような武器を持ち歩くことを禁じた[2]。盲目は、サムソン、オーディン、テーバイのテイレシアースによって示されるように、去勢を意味する共通の神話的シンボルであった。エジプトにおいても、ペニスは「目」と呼ばれて、それを除去することは、「片目の神」の「光」を奪うことであった[3]。
伝えられるところの、オイディプースと、彼の母親にして王妃である女性との間の近親相姦的結婚は、女王によって王が選ばれ、王は、殺された先王の「息子」または再来であることを宣言する慣習的な聖王交代にほかならなかった。オイディプースの父は「ラーイオス」という名を持っているが、これは決して名前ではなく、単に「王」を意味する添え名であった。古代においては、すべての王が神であったように、すべての女王は「神の母」であり、同時に神の処女花嫁であった。Incest. Kingship.
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
母権制社会においては、太母神に精子を提供するだけで、用が済めば細切れにされて畠の肥やしになるしかなかった聖王たちは、やがて、みずからの運命に満足しなくなり、何とかみずからが支配者の地位に就こうと、さまざまな策略をめぐらせるようになった。しかし、この企てはなかなかうまくゆかなかった。そういう聖王の失敗のひとつが、このオイディプースの物語である。物語を古型にもどせば、次のようになる。
コリントスのオイディプースはテーバイを征服し、ヘーラーの巫女イオカステーと結婚してその王となった。その後、彼は宣言を発して、テーバイの王位は以後コリントスの習慣にしたがって父から息子へと男系の世襲とし、今までのように圧制者ヘーラーからの贈りものだとされることはないであろうと言った。オイディブースは、彼の父親と考えられているラーイオスを戦車の馬に曳かせて殺したこと、彼を再生の儀式によって王籍に入れてくれた母親のイオカステーと結婚したことをみずから恥じていると告白した。
しかし彼がこうした風習をあらためようとしたとき、イオカステーは抗議のために自殺し、テーバイは疫病にみまわれた。そこでテーバイの人々は神託のすすめにしたがい、オイディプースに供物の肩肉をささげることを控え、彼を追放した。
彼は戦いによってふたたび王位を奪いかえそうとこころみたが、果さずに死んだ。(グレイヴズ、p.539-540)