ローマの神々の母神であるユーノーの鳥。クジャクの虹色の尾羽根にある「目」は女神の注意深き、多彩のヴェール、正義の羽根を象徴した。エジプトのマートの羽根のように、この正義の羽根を秤の一方にかけて、人間の心臓が量られた。ユーノーがまだエトルリアの女神ウニ(「偉大なる女陰」)であった頃から、クジャクはユーノーの鳥であった。 またヒンズーの女神たちサラスヴァティーとマーヤー、さらにこれらの女神たちに対応するギリシアのヘーラーの鳥でもあった[1]。
ユーノーの祭司や巫女は、聖なる行列のときに、丈の高いクジャクの羽根の扇flabelliを持った。これらの品々はキリスト教の教皇に引き継がれ、教皇が復活祭の儀式を行う際に現在も用いられている。これらは現在は「多くの目を持つ教会の不寝番」を表すと言われている[2]。
クジャクは本来母権制社会のトーテム鳥であったため、黒ネコ、オパール、はしご、五芒星形、鏡、フクロウ、月光が受けるのと同じような非難の的となり勝ちであった。キリスト教の迷信は概してクジャクを破滅の鳥と考えた。 1888年のセント・ジェームズ紙は次のように報じた。「徹底的にこの問題を追求した者でなければ、クジャクが撒き散らす災害がどんなに大きいものか、的確に知ることはできない。失恋、手足のけが、金銭上の損失、各種の伝染病は、原因を探ればすべてクジャクがそこにいたことから生じる」。いくつかの伝説によれば、クジャクは、天国への道をサタンに教えることに同意した唯一のものであったため、不運を呼ぶ鳥になったという。これはクジャクがユーノーの霊魂導師Psychopompであったという異教の信仰の反映である[3]。
しかし東洋では、クジャクは依然として「極楽の鳥」であった。クジャクはすべてのヒンズー教の寺院の境内や王宮の庭を気ままに歩けるようになっていた。西欧のハトのようにクジャクは霊魂の鳥、幸運のエンプレムと考えられ、ときには神の啓示とさえなった。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
〔ギリシア・ローマ・象徴〕 我々は、クジャクを虚栄心のイメージだと、好んで考えるが、ゼウス(ユピテル)の妻ヘーラー(ユーノー)の鳥であるこのクジャクは、まずなによりも、太陽のシンボルである。これは、尾を輪の形に広げることと関係がある。
〔アジア〕 クジャクは、ミャンマーでは、太陽の王国のエンブレムとして使われる。クジャクの形をしたビルマ舞踊や、〈トロット〉と呼ばれるカンボシアの舞踊は、太陽によって土地が乾燥することと関連を持つ。シカと同じように、クジャクを殺すことは、雨乞いや天恵を願うことになる。〈クマーラ〉(軍神スカンダの別称)は、クジャクを乗り物にしているが、太陽のエネルギーと同一物である(アンコール・ワットにその有名な像が存在する)。スカンダのクジャクは、たしかにヘビを殺す(すなわち肉体と時間への執着を断つ)。しかし、ヘビは、四大の1つ、水と同一であるから、クジャクは太陽、すなわち四大の1つで水と対照的な火と関連してくることになる。
チベットの死者の書、『パルド・トドゥル」の中で、クジャクは、阿弥陀仏の座にいる。この玉座は、赤色であり、四大の火に対応している。この場合、クジャクは、変質の美しさと力のシンボルとなっているといわれる。なぜならば、美しい羽は、ヘビを殺す際、飲み込んだ毒が即座に変質してできたものであるから。おそらく、不死の象徴的意味も、ここで問題になっているのであろう。インドでは、〈スカンダ〉が毒を不死の飲み物に変化させたという事実の外に、上記のような解釈をしている。
〔仏教〕 仏教の『ジャータカ』(プッダが前生で衆生を救った行業を述べる説教集)の中では、クジャクは、〈菩薩〉の1つの姿であるとされる。このような姿をして、彼はこの世への執着を断ち切ることを説く。
〔中国〕 中国人の世界では、クジャクは、平和と繁栄への祈願を表す。「取りもち男」(仲立人)と呼ばれるのは、クジャクが囮に使われるし、また一目みただけで女を妊娠させるといわれるからである。
〔ヴェトナム〕 ヴェトナム南部のマ一族では、男は後頭部の髷に、クジャクの翼をとりつける。彼らは、そうすることで、おそらく、鳥の民となる。さらにこれは、太陽の光線の象徴的意味とも無関係ではなかろう。ヴェトナムでも平和と繁栄のしるしである(BELT、BENA、DAMS、DANA、DURV、EVAB、GOVM、KRAA、MALA、RORA)。
〔キリスト教〕 キリスト教の伝承では、クジャクは日輪を象徴する。このことから、不死のしるしにもなっている。その尾は、星空を思わせる。西洋の図像の中で、クジャクが聖杯の中の水を飲んでいる姿が描かれていることを、ここで思い出しておきたい。
〔中東・象徴〕 クジャクは、中東では、《生命の木》の両側に描かれる。不滅の魂と人間精神の「両義性」のシンボルである。
クジャクは、ときには乗り物となって、乗った人を確実に目的地に導いていく。「100の目を持つ動物」とも呼ばれ、永遠の至福や魂に映した神の姿のしるしになっている。
クジャクは、ロマネスク様式の彫刻の中でも描かれる。葬儀の象徴体系の中にも見られる(CUMS)。
〔イスラム〕 クジャクは、イスラムでは、コスモス(宇宙)のシンボルとされる。尾を広げて輪をつくっているときには、宇宙、満月、天頂にいたった太陽を表す。「おそらく、ペルシアを起源とする考え方だろうが、スーフィー教の伝説では、神はクジャクに似せて《精神》を形成した。そして神の《本質》という鏡に、映し出して見せた。クジャクは、大変恐れ多い気持ちになり、汗の玉を流した。そこから他の存在物が創り出された。広げられたクジャクの尾は、《精神》の宇宙的広がりを象徴する」(BURD、85)。
秘教的な伝承によれば、クジャクは、全体性の象徴である。広げられた尾に、あらゆる色彩がちりばめられているからである。現象全体と現象のはかなさも示す。クジャクが羽を開閉するごとに、現象は現れまた消え去るからである。
クルディスタンのイェジッド教徒たちは、マリック・タウス(天子-クジャク)と呼ばれる力に重要性を与える。この点で、彼らはスーフィー教徒や仏教徒とも類似している。この力の中ではすべて対立するものが融合していく。
(『世界シンボル大事典』)