ギリシア神話の翼のあるウマ。聖王あるいは英雄の天界への旅のシンボルであり、北欧の神秘的な死-ウマと同様に、死と神格化のイメージであった[1]。ペーガソスは古い、母権制社会に根ざす起源を持つ。彼は月女神メドゥーサの「知恵の血」から生まれた。メドゥーサは、女性の知恵を意味する印欧語の基幹語medhaの原理を具象化した女神である。また他の説によれば、彼は女神デーメーテールから生まれた魔法のウマの、アリーオーン(「高みにある月の生物」)であり、エリス(ギリシア西部)で聖王の役目を果たしていたヘーラクレースがこのウマに乗ったという。
もっと初期にはアガニッぺー(「慈悲深く破壊する雌ウマ」)という名の女のペーガソスがいた。アガニッペーは実際は、破壊カを持つ月の「夜の雌ウマ」 Night-Mareとしてのデーメーテール自身の添え名であった[2]。
ペーガソスは、コリントスの聖なる泉ペイレーネーの番をする水の巫女ペガーたちにちなんで名づけられた。この信仰はエジプトに起源を持つと思われる。アピュドス(紀元前約2000年頃存在した、エジプ卜中部の古代都市)にあるウシル〔オシーリス〕の最古の神殿は、ベガと呼ばれる聖なる泉がその中心となっていた[3]。
ギリシアのベガたちはべレッロポーンの神話に示されるように、生贄となって死にゆく神への祭儀を保持していた。ベレッロポーンはペーガソスに乗って、「あたかも不死の者であるかのように」天界に行とうと試みた。彼は失敗し落馬した。ベレッロポーンより前に行った者(神話では彼の「父」となっている)もまた失敗し、人間を食う野生の雌ウマたちに食い尽くされた。これは人間の肉がかつてはウマの食糧になったことを暗示するものではない。それよりも「古代ギリシャ以前の聖王が、雌ウマに偽装した女性によって統治下の領土内で八つ裂きにされた」ことを意味するものであった[4]。
ペーガソスは神にふさわしい神性とともに、神の霊感をも表した。彼に乗った人間は偉大な詩人となった。ペーガソスの三日月形のひづめは地面を踏み蹴って、ミューズたちの住んでいるへリコーン山にある詩的霊感の泉、ヒッポクレーネー(「馬の泉」)を掘った。これは一種の不死性を示すものであった。ペーガソスの乗り手は、象徴的な意味で、「空を飛ぴ、天界に到達する」ことができた[5]。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
ぺーガソスPhvgasoVの-asoVなる接尾辞はこの語がギリシア先住民族の言語に由来することを示しているとされているが、古代のギリシア人はこれをphghv《水源》と結びつけて、オーケアノスの源、すなわち極酉の地に生れたものの意と解していた。これはぺーガソスが、ベルセウスに退治されたメドゥーサの頸から生れた(したがって父はポセイドーン)、あるいはその流血が地に満たって生れたとされているからである。(『ギリシア・ローマ神話辞典』)
ポセイドーンがメドゥーサと交わってぺーガソスをはらませたという話で思いだすのは、ポセイドーンが、雌馬に姿をかえたデーメーテールと交わって神馬アリーオーンをはらませ、デーメーテールの憤激を買ったという話である。この二つの神話はともに、ポセイドーンを信仰するへレーネスが、月の巫女たちのかぶるゴルゴーンの仮面を無視して彼女らとむりやりに結婚し、神聖な馬の信仰にゆかりのある雨乞いの祭式をひきついだいきさつを述べているのである。しかしデーメーテールの仮面は、その後もなおぺネオスにある石の函におさめられていて、デーメーテールの祭司が悪霊を棒でたたく儀式を行うときにはこれをかぶったものである(パウサニアース・第八書・一五・一)。(グレイヴズ、p.189)