「三相一体の女神で、すべてのものを取り囲む」神である。ギリシア以前の三相一体の女神であったが、ギリシアの著述家たちが単なる海のニンフにしてしまった。この女神はむりやりポセイドーンと結婚させられた。ポセイドーンが地上の王国をなにがなんでも手に入れたいと思ったからである。このことから、昔は、地上の王国はニンフが所有していたことがわかる。こうした神話を解釈して、グレイヴズは、昔女性が支配していた漁業に男性の聖職者が侵害したのだ、と言っている[1]。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
アムピトリーテー、テティス QevtiV 、ネーレーイスというのは、海の支配者である三面相の月の女神につけた地方的に異なった名前である。そしてポセイドーンは、もともと海に関係のふかいアイオロス一族の祖先にあたる神であるから、月の女神の信者がいるところではどこでも、自分は月の女神の夫だと名のっていた。
ネーレーイスというのは「水に濡れた者」の意味で、アムピトリーテーという名は「第三の原素」、つまり海のことである。海は、第一の原素である陸地をとりまき、この陸地の上には第二の原素である空気がただよう というわけである。ホメーロスの詩のなかにでてくるアムピトリーテーは、ただ「海」というだけの意味で、ポセイドーンの妻として擬人化されているわけではない。彼女がポセイドーンとの結婚を拒んだのは、ヘーラーがゼウスとの結婚を拒み、ペルセポネーがハーデースとの結婚を拒んだのに照応する。この結婚は、それまで女性が握っていた漁業権に男の祭司たちが干渉するという意味をふくんでいる。
デルピノスについての話は、海が凪ぐにつれて、たくさんのイルカが波間に浮かびあがってくるという事実の感傷的な寓意物語である。アムピトリーテーの三人の子どもというのは、彼女自身の三面相を示すもので、トリートーン Trivtwn は幸運の新月、ロデー +Rovdh は刈入れのころの満月、ベンテシキューメー Benqesikuvmh は危険な旧月をあらわしている。しかしトリートーンは、その後、男性とみなされるようになった。
アイガイはエウポイア島のなかでも、内がわのボイオーティア半島よりに位置しているので、オルコメノスの外港の役割をはたしていた。なお、トロイア遠征のための艦隊が集結したのはこのあたりである。
アムピトリーテーがスキュラに復讐した話は、パーシパエーがもうひとりのスキュラに復讐した話とよく似かよっている。スキュラ(「ものをひきさく女」あるいは「小犬」)というのは、じつは彼女自身の醜悪な側面 つまり、陸上海上を問わず自由に出没するイヌの頭をした死の女神へカテーのことである。クノーソスから出土した押印には、このスキュラが、ちょうどメッシナ海峡でオデュッセウスを脅かしたのとおなじように、小船に乗っている人間を脅かしている姿で刻みこまれている。ツェツェースの引用している話は、ある古い花瓶にえがかれた絵をもとにしたものらしいが、花瓶の片面にアムピトリーテーがイヌの頭をした怪物のいる泉のほとりに立っている構図があり、その反対がわには、水に濡れた英雄が、冥府の入口で、それぞれ二匹のイヌの頭をもった三人の女神にとらえられている構図がある絵を読みちがえたのであろう。(グレイヴズ、p.93)