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Dog(イヌ)

 人間が初めて犬を飼いならしたのがいつであったかについて知る者は1人もいない。飼いならしたのは男性ではなくて、女であった、とする根拠はある。神話でイヌがお供をするのは女神だけで、イヌはその女神の死後の世界の門番をし、女神を助けて死者たちをそこで迎える。

 死肉を食べる他のもの、たとえばハゲワシと同様、イヌ、オオカミ、ジャッカルは葬送の習俗と関連があった。イヌは死者を彼らの母神のところへ連れていった。イランでは、死者を埋葬することが普通になってからでも、埋葬する前にイヌにその死体を引きちぎらせることは必要なことだと考えられた。昔の習俗の名残りである[1]。ヴェンディダッドによると、天国への途上にある霊魂はイヌを連れた女神に出会うという。「そのとき、美しく、姿のよい、強くて優雅な乙女がやってきます。両側lにイヌを連れ、がよく、子供も多く、幸福で、理解力にすぐれている乙女です。彼女は正しい人々の霊魂を天国へ昇らせるのです」[2]

 この女神をの天使にしてしまったのはセム族の伝承であった。の天使が近づいてくるのが見えるのはイヌだけで、そのために、イヌはに向かって吠え、を告げる[3]。デポンシャーの民間伝承では、今なお、にはイヌがいて、の使者となっている、と言われている[4]。アイルランドでは、の門の番をしているイヌが2匹いて、そのイヌが昔はの国エマニアに案内してくれた、と言われている。会葬者たちはあまり大声で泣かないようにと言われた。イヌが起き出してきて、門のところで死者の霊魂を襲うといけないからである。こうした考えや、その他同じような考えをたどっていくと、の門とした古代のヴェーダの考え方に行きつく。ヴェーダでは、その門は女神の支配下にあって、女神が連れている2匹のイヌによって守られている[5]

 こうしたオリエントのシンボルは、今では、タロット・カードの「」のカードにほぼそのままの形で見られる。このカードの絵は、一般に、門または塔門の前で2匹のイヌが満月に向かって吠えている図で、1本の道がその2匹のイヌの間を通って、遥かな地平線に達している。この光景は、通常、と関係があると解釈された[6]。ときにはこのカードがヘカテーと呼ばれることがあった。ヘカテーはギリシア・ローマ神話のの女神で、そのトーテム獣はイヌであったからである[7]ヘカテーの門は3つの頭を持つ猟犬ケルベロス(「底なし穴の霊(Sprit of the Pit)」の意)によって守られていた[8]。ケルトの神話では門番はドアマース(「の門」の意)という名前のイヌであった[9]。同じようなイヌが有名なグンデストルプの大なべにも見られる。このイヌは女陰を表す門を守っている。この門を通って英雄たちと変容への道を進むのである[10]

 ヴェーダの伝承によると、雌イヌの女神サラマーは死者の道を守るイヌたちの母親で、アルテミス、ディアーナ、アナテ、およびその他西欧のの乙女たちと同様、聖なる女猟師であった[11]。古代バビロニアではその女猟師は運命の女神グラであった。この女神のシンボルはイヌであった[12]。そして、イシュタルに吸収されてしまった。このイシュタル聖王タンムーズはイヌに八つ裂きにされてしまった[13]。夕ンムーズはギリシア神話ではアドーニスまたはアクタイオーンとなったが、アルテミスのイヌたちに八つ裂きにされた。アドーニスは救世主オルペウスとして、レスボス島のネアントスに化身し、オルペウス教の神殿で、イヌたちに八つ裂きにされた[14]。女神アテナがの女神の装いをするときには、アテナに仕える巫女たちは神殿いっぱいにイヌのような鳴き声を響かせた。それはオオカミやイヌがに向かって吠えるのに似ていた[15]。ときにはイヌ(あるいは巫女?)が一団となって、の国で、霊魂狩りをした。それは、ちょうどケルトのアンヌーン(のない至福の地)の猟犬たちのようであった。キリスト教徒は、すぐに、この猟犬たちを「地獄の猟犬」に変えてしまった[16]

 これは、本来、女神ヘル(死の国の支配者)の猟犬たちのことを言うのであった。北欧神話では、へルは、死者の肉体を食べてその霊魂を楽園へ案内するオオカミ-イヌ、を生んだ。このオオカミ-イヌの首領はマナガルム(「-イヌ」の意)であった。『アイスランド・サガ』によると、マナガルムは「運命にある者たちの肉体を貧り食い、赤い血で神々の住みかを赤く塗る」者であった[17]。言いかえれば、マナガルムは、原始時代の死肉を食べるイヌのように死者を連れ去ったのであった。

 北欧神話のこの-イヌたちの母親の名前は、他にアングルポダ(鉄の森の魔女)という名前でもあった。年老いたへルのことを言い、ときにはへルの母親とも呼ばれた[18]。アングルボダにはゲリとフレキというイヌの子供が2人いた。2人はヴァルハラに住み、「オーディンの卓」(祭壇を意味する)に供えられた食べ物を食べた[19]。このことから察するに、ヴェーダの2匹ののイヌのイメージが北欧神話に入り、一対のイヌの神々となったと思われる。それは古代世界一般の多くの聖なるイヌ、オオカミ、ジャッカルと同じであった。

 こうした神々の最古の神にエジプトのアヌービスAnubisがいた。アヌピスは非常に早い時期に、ウプ-ウアト(「道をあける者」の意)の名の下に、中央アジアから入ってきた。アヌピスはまたマテスMates(「母親の男」の意)とも呼ばれた。古代アイルランド語でイヌを表すmadraに類似した語である[20]。この古代アジアの神はオオカミであると言われたが、すぐに、ジヤッカルのアヌピスに吸収されてしまった。アヌービスはマテスの双子の兄弟であると言われた。アヌピスとマテスが合成されて1人の神となった。「その顔は猟犬の顔にそっくりで……死者を食べ……死体を貧り食って、心臓をひと飲みに飲みこんでしまう」。王朝以前の時代においては、アヌービスは、最古の神話に出てくる冥界において、「ジャッカルの頭をして、手に屠殺用のナイフを持った」供犠を司る聖職者たちを治めていた[21]。コプト教会のキリスト教徒たちは、のちに、このアヌピスをガブリエルと同一視した。ガブリエルは死者の裁判官と呼ばれた[22]

 死の国の神として、アヌピスはミイラ作りの神となった。アヌピスは身をかがめて、心配そうに、ウシル〔オシーリス〕のミイラを見ている姿で表されることが多かった。そのとき防腐剤としてアスファルトmumiyaが用いられた。このmumiyaに由来してミイラmummyという語が派生したのである。ウシル〔オシーリス〕崇拝が占星術に関わるものとなると、ウシル〔オシーリス〕のイメージの多くは、アヌービスのイメージも含めて、冥界から天界へと移ってしまった。

 アヌービスの星はソティス(シリウス。「イヌの」の意。ギリシア語ではカノーピス)であった。シリウスは大犬座のになる星である。空でいちばん明るい星である。エジプト人はシリウスの中にウシル〔オシーリス〕の霊魂が宿っていると信じていた。ウシル〔オシーリス〕が再生するのは、シリウスが東に昇り、ナイル川が氾濫すると同時である、と信じられていた。「3人の賢者」が、生まれたばかりの救世主に、行く道を教えた。その3人の賢者とはオリオン座の3つ星のことであり、シリウス星を指す方向を示している。地上でのアヌービスの聖都もまたカノービス(「イヌの」の意)であった。カノーポスの(ミイラの内臓を収めるのに用いた)とはこのカノービスに由来する。

 アヌービスはウシル〔オシーリス〕の秘儀の中心人物としてローマにやってきた。行列に見られたアヌピスの姿は次のようなものであった。
 「身を低くして人間の足で歩き……そのイヌの頭と首を高々とかかげていた — 天国と地獄との間の使者よろしく、夜の黒い顔と昼の光り輝く顔とを交互に見せて、左手にへルメースの杖を、右手には緑のヤシの校を高く振りかざしていた。彼の歩くそのすぐうしろには雌ウシが1頭、直立の姿勢で、従っていた — この雌ウシは「宇宙の親」(女神そのもののとと)の豊穣のエンブレムで、行列者の1人が肩にかついで、威風堂々と連れていた。そして、もう1人の人が聖なる物を収めている棺を選んでいた。その中には聖なる宗教の秘蔵の物がきちんと収められていた」[23]

 アヌービスばかりでなく、ローマ帝国で崇拝されたイヌの神々は他にも多くあった。パレストリーナ出土のローマ初期の箱を見ると、の乙女ミネルウァが、3つの頭を持つのイヌを従えて、裸のマルスを大なべで生贄としている。このイヌは、明らかに、ペルセポネー、あるいはヘカテーのイヌであるケルベロスと同じイヌである[24]。母神の門番をしているイヌは、古代においては、どこにもいた。おそらく、野犬が最初家庭に飼われたのは、家の入口を守るものとしてであったからであろう。家の戸口というのは、一般に、その家を所有している女性に捧げられるものであった。アッシリアでは、イヌの像を家の入口の下に埋めた。昔、死亡した番犬がやはり入口に埋められたのと同じである[25]。埋められたイヌの霊は、それ以後も引き続いて、人が家に侵入しないように守ったのである。花嫁を連れて家の入口を通るときに、花嫁を抱き上げる習慣が昔あったが、それは、その入口の下で番をしているイヌの霊が花嫁を侵入者と思わないように、そしてその家の居住者であると認めるように、とするためであった。

 犬儒学派のディオゲネースは自らを太母神を祀る神殿の門番のイヌとした。その神殿では彼はこの世の子宮を表す「大きな陶製の」の中で生活をした[26]。犬儒学派の人々は女神の「イヌのような人々」kynikosであった。この学派は紀元前4世紀に創立されたが、彼らは天極を回る小熊座(彼らはこの星座をイヌと呼んでいた)を見て、世界の終末を予言すると公言した。北極星は「イヌの尾」kunos ouraであった。それでCynosure。(kynos+oura)とも言われた[27]。犬儒学派によると、北極星は、今は、回転している世界の静止点のところにあるが、そこから移動すると、現在の宇宙の終末がすぐにやってくるということであった。

 犬儒学派の人々はイヌが北極にはりついていると考えたが、そうした考え方はヨーロッパの民間伝承の中に、今も、見られる。スラブ人はゾリヤ(三相一体運命の女神)について語った。この女神は「小熊座に鉄の鎖でゆわえられているイヌを飼っていた。その鎖が切れると、世の終わりである」[28]。エジプト人も、同様に、世界の最後の日がくるまで天界の鎖につながれている「暗黒の神」を女神が飼っている、と信じていた[29]。北欧の人々は、その鎖には、世界滅亡の日に自由になる、巨大なオオカミであるフェンリルがつながれている、と言った。フェンリルはノルンたち(三相一体運命の女神)によって解放されるが、世界の終末のときに、天界の父親を貧り食ってしまう。これが合図になって、すべての神々が死滅する[30]。北欧の人々は、このため、世界の終末の日を「オオカミの日」と呼んだ[31]

 古代ローマには雌オオカミであるルパを祀る祭儀があったが、太女神自身がオオカミであった。ルパのもともとのはルポス(「オオカミ」の意)であった。このルポスはまたフェロニオス、あるいは、ディス・パテルDis Paterで、エトルリア人伝来の地中海のオオカミ神であった。ローマの建設者ロムルスとレムスに乳を与えた雌オオカミと同じようなオオカミであった。有名なルペルカリア祭の雌オオカミ像は、紀元前5世紀に、青銅で鋳造されたものである。オオカミの腹の下にいる2人の乳児は、もともとあったものではなく、ローマ建国の伝説に合うように、数世紀後に加えられたものである[32]

 ルペルカリア祭LupercaliaとはルパーカーリーLupa-Kaliが転読したものかもしれない。オリエントの太女神カーリーもまた雌オオカミであった。クンティという女陰を表す名の下に、カーリーは聖なる子をルペルカルの小洞窟(パラティヌス丘にある)のような「オオカミ洞穴」の中で生み落とした。その子供はイグサの籠の中に入れられ、ガンジス川に流された。それは、ロムルスとレムスがテベレ川に、モーセがナイル川に、サルゴンがユーフラテス川に流されたのと同じであった。雌オオカミであるルパは産婆-女神アッカ・ラレンティアと同一視された。ラレンティアはロムルスとレムスをその籠から拾いあげた。それはサルゴンをアッカが、モーセをパロの娘(アッカのような人物)が拾いあげたのと同じであった。アッカ(Akka、Acca)やアッコ(Acco)という人物は、ホメロス伝説で雌オオカミに変身するヘカテーと同一人物であった[33]。ルパ(あるいはアッカ)はルペルカルの小洞窟にある聖なる泉にその姿を消した。ルパの霊はルペルカリア祭において、毎年。その泉で崇められた。

 中東地方の神話には育ての母としてのオオカミが多かった。伝説でトルコ建国の人とされているトゥー・クーエは、幼時、聖なる雌オオカミに養育され、その後、そのオオカミ結婚した。すなわち、そのオオカミはトルコの女神で、トーテム獣としてオオカミになったのであった[34]。トルコの有名な指導者にアタチュルクという人物がいた。アタチュルクAtaturkとは「灰色のオオカミ」という意味であった[35]。ゾロアスター教を興したのは雌オオカミであった。キュロス大王はマンダネ(-母親)から生まれ、ギリシア名をキュノという女性に養育された。キュノのメディア名はスパコであるが、これは「雌イヌ」の意味である。ジークフリートもまたオオカミに育てられた子供で、彼のいちばん最初の名前はヴォルフディートリッヒであった[36]

 カナリア諸島最古の宗教はイヌ、またはオオカミを祀るもので、その痕跡は、今でもなお、古代の多くのイヌの彫像に見られる。カナリアという鳥や、カナリアブドウ酒は、その名をこのカナリア諸島からとったものであった。しかし、カナリア諸島という名前は、実際は、カニスCanis(イヌ、の意)をとって名づけられたものであった[37]

 ユダヤの聖職者の世襲階級に、昔、祭司Kohenというのがあったが、これも同じく、ギリシア語のkuon(イヌ、の意)に由来するものであった[38]。イヌは古代の母権制社会と関連が深かったために、イヌという形容辞をセム族の族長につけると、それは侮辱するものとなった。イスラム教では、女性とイヌは神殿に近づくことを禁じられている[39]。しかし、イスラム教徒たちは、矛盾するようではあるが、黒いイヌの胆嚢は魔除けになり、家全体を悪霊から守ってくれるものと、今でも、信じている[40]

 初期キリスト教徒たちはガロ-ローマのオオカミ神をなんとか自分たちのものにしようとして、聖ルポス、あるいは、聖ルプス(「聖なるオオカミ」の意)という名前をそのオオカミ神につけた[41]。この聖人は、伝説では、トロア(フランス北東部の都市)の司教で、侵入してきたフン族を撃退するという奇跡をやってのけた。しかし、この話は史実としてなりすましているが、虚構の話であった[42]。キリスト教会はルポスがどのような形で表されようとも、それに対して全く寛大であったわけではなかった。その証拠に、ルポスはオオカミ人間werewolfの原型となったのであった。サクソン人は、昔、ルポスを聖年の最初の(オオカミWolf-monath)に祀ったが、キリスト教会筋はこのの名前を「クリスマス後のJ」After-Yule、または「イエスの」Jesu-monathと変えてしまった。こののルーン模様のしるしは丸に点で、「キリスト割礼の祝日」(1月1日)のしるしと同じであった[43]

 女狩猟者ディアーナとその「イヌたち」は、イングランドでは、広い地岐において祀られた。ディアーナ伝説の中には、アーサー、ランスロット、およびその他の英国の英雄たちの伝説と混同してしまっているものもあった。ランスロットカ人アクタイオーンと同じように、女神の緑林に踏み入り、その聖なる泉のほとりで眠りにおちいった、という話もあった。

「その森には1人の女王が住んでいた。彼女は偉大な狩猟者で、毎日、狩りに出かけた。そしていつも弓をたずさえ、連れていく者は女性だけで、男性は1人も連れていかなかった。女性たちは弓の名手で、背後から忍び寄ってシカを見事に射止めることができた。彼女たちは、毎日、弓矢を、また笛や木製のナイフをたずさえ、飼っている立派なイヌを多数引き連れていた」[44]

 その「女王」が男子禁制の場所に入っていたランスロットをつかまえたが、そのとき女王は、昔の女王たちがしたように、イヌをけしかけるようなことはしなかった。女王はただ彼の尻に矢を射込んだ。そのため彼はウマに乗ることができなくなった[45]。戦士たる者、傷は身体の前面にあるべきなのに、うしろに傷をうけたばかりに、ランスロットは面白を失ってしまった。

 イヌは女狩猟者の伴侶であるのみならず、家庭の妻の伴侶でもあったために、しばしば、魔女の使い魔であるとされた。黒いイヌは黒いネコ以上にそう疑われたようであった。デーモンの愛人は動物に姿を変えると、しばしば、イヌになる、と信じられた。それは、女性がともするとイヌを抱きしめて愛撫するためであったと思われる。そうした行為をしただけで絞首刑になった女性がイングランドでは多かった。見かけは人間の男性の姿をしている悪魔と肉体関係を持ったという理由で魔女として断罪された女性がいた。しかしその男性は黒いイヌの姿になって彼女から離れた、という[46]

 そうした魔女裁判を下敷きにしたジプシーの話がある。美しい乙女がいて、その愛人はイヌであった。毎年1度、その愛人は人間の男性の姿になって、彼女と寝た。やがて、彼女は「白い仔イヌ」を生んだ。そのため彼女は川に飛びこんで、溺死した(魔女を葬る方法としてよく行われたのが、いわゆる泳がせる神判を課して、溺れさせる方法であった)。デーモンである愛人は人間の姿になって、その乙女の死体を取りもどし、その仔イヌの子供に胸をあてがわせ、乳を吸わせて彼女を生き返らせた。その後、すべてのおとぎ話にあるように、2人は結婚して、以来、幸せに暮らしたという[47]

 黒いイヌは魔女を助けて、まじないとなる物をいろいろ集めるイヌとされた。迷信でありながら、例外的に長持ちした迷信によると、マンダラゲの驚くべき根っ子を引き抜くためには、黒いイヌに頼るしかないということであった。この奇妙な形をした根は「野の男根」、あるいは「悪魔の生殖器」とも呼ばれたが、軽率な人に引っこ抜かれると悲鳴をあげる、と考えられた。そしてその悲鳴を聞いた者はすべて気が狂うか、または死んでしまうであろう、と考えられた[48]

 アイルランドの人々はイヌが死と関連があることを覚えていて、真の呪いをかけるときにはイヌの助けが必要だ、と言った。ケルト人の間でイヌcainteと言えば、それは、風刺をきかせて呪いを歌う吟唱詩人のことを指した。この吟唱詩人は呪力を持っていて、そのため、その呪いは現実のものとなる、とされた[49]

 大聖堂建立にまつわる数々の不思議物語において、イヌやオオカミは、古代と同じく、霊魂導師の役割を演じた。このことは、さかのぼると、エトルリアのルポス、つまりディス・パテルに行きつく。ルポスはオオカミの頭をした死の神で、供犠のための生贄を運び去っていった神であった。はるか昔の地鎮祭においては、神殿の基礎造りのために鋸掘った溝には生贄の血が流された。もしこの血の呪術が行われないと、建物の安定が失われると信じられた。そのため、ヒンズー教のインドからラティウムやプリタニアにいたる広い地岐において、そうした呪術が行われた。宗教美術に現れるルポスはオオカミの姿をした天使で、祝福された死後の世界へと生贄を運んでいった。エトルリアのに描かれたの神カローンはルポスと同一視され、オオカミの皮をかぶっている[50]

 聖なる建物を建立するときには血にひたす必要があるという考え方は、ユダヤ-キリスト教の伝承もふくめて、すべての伝承に明白に存在していた。聖書では、ヒエルがエリコの町を建てたとき、「彼はその基をすえる時に長子アピラム(の血)を失い、その門を立てる時に末の子セグプを失った。主がヌンの子ヨシュアによって言われた言葉のとおりである」(『列王紀上』16:34)。英国の伝説によると、ヴォルティガーンの神殿の壁が、建立のときに血の供犠をやらなかったために、いつまでも崩れ落ち続けたという[51]。こうした異教の習慣は中世までも続いた。教会や大修道院の壁、円柱、すみ石を見ると、そこには多くの骸骨が埋まっている。人柱としてそこに埋められたのである[52]。ゲッテインゲン近くにある修道院のすみ石の下には、聾唖者が1人埋められた[53]。ノース・デボンのヘル〔ホルス〕ワージィにある教区教会は1845年に建てられたものであるが、その南西部の壁に骸骨が1体埋まっている[54]。建物の土台に埋められるのは私生児が多かった。聖ベネゼ、または、ちびのベネトという人が、1184年、アビニョンの橋の礎石に埋められた。500年後、彼を埋めた地下室が開けられた。ところが、その死体がいぜんとして新鮮で腐敗していなかったために、彼が聖人であったことが証明された[55]。キリスト教会の報道係が、とにかく、そう喧伝した。「安定を願って、城などの礎石に、子供や娘や成人たちを生きたまま埋めて生贄とすることは、キリスト教徒の間では実際によくあることであった」[56]

 聖コルンバがアイオーナ島(スコットランドの西岸沖にある島)に修道院を建立したとき、彼はその礎石に生きたまま埋められる志願者を求めた。オラン、あるいはオドランという名前の修道士が申し出た。そのために彼は、後世、聖人に列せられた[57]。ある理由で — おそらくキリストのように再生することが約束されたためであったと思われるが — 彼は埋められて3日後に再び掘り出された。しかし、まだ生きていた彼は神を冒涜するような説を口にし始めた。すなわち、神も悪魔もいなければ、天国も地獄もない、と。聖コルンバは、そのため、彼を殺してまた埋めてしまった[58]グノーシス的な、不可知論的な、あるいは、無神論的な信念をいだいていた修道士がそういう運命に会うということはよくあることであった。

 ヨーロッパで、イヌやオオカミをトーテム獣としていた部族が、こうした供犠の習慣に関わるようになったと思われる。それは、イヌやオオカミが昔の地鎮祭に関わりがあったのと同じであった。たとえば、ケルンの大聖堂は悪魔が設計したものであると言われた。そして、その鐘は、ウルフという名前の謎の鍛冶屋の鋳造場で、悪魔の指図の下に造られた、という。耳ざわりな音を立てる鐘(不幸なときにのみ鳴ると思われる)を造ったのちに、ウルフは鐘塔から落とされて殺された。悪魔と一緒に作業をした建築家も、自分の名前がすでに刻まれている大きな石に押しつぶされて、殺された[59]

 『武勲詩』(フランスの11世紀から13世紀にかけての叙事詩)ではそれと異なる話になっている。ケルン大聖堂を建てた人々はルノー(キツネ)という名前の人を殺して、その礎石に埋めた。そして、彼を記念する教会が、811年に、建てられた。それは彼が殺されたケルンの町のその場所に立っていた[60]。ルノーが、トリックスターであり、英雄であり、半神である「キツネのルナール」と同一人物である、と言う人もいた。また他に、彼は偉大な戦士で、カール大帝の12勇士の1人である、と言う人もいた。

 悪魔とオオカミもエクス・ラ・シャペルにあるカール大帝の墓と関係があった。悪魔は大聖堂建立のためにお金を寄付した。その見返りに、その大聖堂の戸口からいちばん先に入る者の命をくれと、悪魔は要求した。そこで人々は、大聖堂献堂式のときに、その入口にオオカミを投げ入れた。そのため悪魔はオオカミの命をもらうことになった。人々はそれで無事に大聖堂に入ることができた。この大聖堂にも、ケルンの大聖堂と同じように、緊急のときに耳ざわりな音を立てる鍾があった。この鐘を鋳造した人は鐘をたたく木で打ち殺されてしまった。そしてその血で鐘を洗い清めたという。

 ストラスプールの大聖堂についても似たような話がある。この大聖堂を設計したのはサピナという名前の賢い魔女であった。サビナというのはかつてはルパの添え名で、雌オオカミサビナと言われた。この大聖堂を献堂するとき、ロムルスとレムスのような双子の兄弟が生贄となった。すみ石を据えつけるとき、その兄弟のうちの1人がもう1人をその石の下敷きにして、殺してしまった。(雌オオカミサビーニーに養育されたロムルスとレムスは、ローマの城壁を築くために溝を掘っているとき、ロムルスがレムスを殺した)。ストラスプールの司教はすみ石を再び持ち上げるよう命令し、双子のもう1人をその石の下にほうりこんで殺してしまった。それはその人の意志であったのである。彼は「私の身体はこの大聖堂をいつまでも守るであろう」と言った[61]

 人柱を信じたり。そうしたりする習慣が、今日までも残存した。第二次世界大戦中、ナチの親衛隊はコンクリートの要塞や塹壕に人体を埋めこんだ。そうすれば補強されるとでも思ったのかもしれない[62]。ギリシアの農民たちは、今日でも、橋を架けるときには血を供えるべきだと言って、や動物の生き血に礎石を浸し、補強する[63]

 イヌの血は人間の血と同じであるという考えが、今なお、ベルベル人の間に見られる。ベルペル人は人を殺してその人の血を身体に塗ると、一生、呪カが得られる、と信じているが、イヌを殺しても、同様に、その血を身体に塗る[64]。今でも、世界のいたるところに、イヌは亡霊やその他さまざまな霊をそので見ることができる、といった考えがある。それは、昔、イヌ科の動物はの世界と関連があり、また冥界の女神が特別に保護しているものとも関連がある、という考えが世界中にあって、それが残存したためである[65]


[1]Herodotus, 56.
[2]Robertson, 115.
[3]Budge, G. E. 1, 19.
[4]Baring-Gould, G. M. M. A., 197.
[5]Lethaby, 193.
[6]Cavendish, T., 128.
[7]A. Douglas, 106.
[8]Graves, G. M. 2, 385.
[9]Squire, 257.
[10]Cavendish, V. H. H., 49.
[11]O'Flaherty, 352.
[12]Larousse, 63.
[13]Assyr. & Bab. Lit., 338.
[14]Larousse, 198.
[15]Herodotus, 270.
[16]Graves, W. G., 36.
[17]Sturluson, 39.
[18]Graves, W. G., 409.
[19]Sturluson, 63.
[20]Joyce 2, 453.
[21]Book of the Dead, 182, 394 140.
[22]Graves, W. G., 153.
[23]Budge, G. E. 2, 217.
[24]Dumézil, 243.
[25]Budge, A. T., 99.
[26]Campbell, Oc. M., 244.
[27]Potter & Sargnet, 174.
[28]Larousse, 285.
[29]Budge, G. E. 2, 249.
[30]Sturluson, 88.
[31]Campbell, M. I., 72.
[32]Larousse, 220.
[33]Rank, 18, 45 ; Graves, G. M. 2, 342.
[34]Gaster, 228.
[35]Wedeck, 173.
[36]Rank, 29, 56-58.
[37]Potter & Sargent, 173.
[38]Knight, S. L., 114.
[39]Fab, W. P., 144.
[40]Budge, A. T., 12.
[41]Knight, D. W. P., 191.
[42]Attwater, 223.
[43]Brewster, 50.
[44]Maroly 2, 307.
[45]Maroly 2, 308.
[46]Robbins, 193, 463.
[47]Groome, 139.
[48]Simons, 67.
[49]Joyce 1, 455.
[50]Castiglioni, 201.;Summers, W., 69.
[51]Guerber, L. M. A., 205.
[52]de Lys, 380-81.
[53]Groome, 13.
[54]Elworthy, 80.
[55]Brewster, 194.
[56]Leland, 241.
[57]Joyce 1, 285.
[58]Holmes, 207.
[59]Guerber, L. R., 47-56.
[60]Guerber, L. M. A., 162.
[61]Guerber, L. R., 85-88, 297-300.
[62]Becker, E. E., 104.
[63]Lawson, 264.
[64]Frazer, F. O. T., 35.
[65]Halliday, 59.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



一般〕 おそらく1つの例外もなく神話は、アヌービス、天狗、ケルベロス、ショロトル、ガルムなどのイヌを、地獄、地下の世界、冥界、あるいは界の神々の支配する不可視の帝国に関連させる。したがってイヌという非常に複雑なシンボルがまず大地-水-の3要素に結ばれていることがわかる。それらが神秘的で雌性で、植物的かつ性的な意味を持つこと、予知予言にかかわること、そして無意識や潜在意識の概念にとって非常に重要な意味を持つことは周知のとおりである。

霊魂導師〕 普遍的に証明されているイヌの第一番の神話的役割は〈霊魂導師〉である。現世の光の中で友であったイヌはの夜の闇の中で人間を導くものとなる。アヌービスから、トート、ヘカテーヘルメースを経て、ケルベロスまで、西欧文化史における道しるべというべきあらゆる存在に、の偉大な導き手のすべてに、イヌの顔がつけられた。しかし、全世界にはいろいろなイヌがいる。そしてあらゆる文化にさまざまな姿をとって登場する。かくしてこの第1の象徴的意味は止まるところなく豊かになっていく。

エジプト・図像〕 エジプトの図像に非常に多いヒヒ(頭部がイヌを思わせる)は「光の敵を閉じ込め、破壊する」、そして聖所の門を守ることを使命とする。

ゲルマン・神話〕 ゲルマン人ではガルムという名の1匹の恐ろしいイヌがニヴルへイム、死者の王国、氷と闇の国の入り口を守る。

中米・神話〕 古代メキシコ人はとくに彼岸で死者に付き添い、案内をするためのイヌを育てた。死体と一緒に「ライオンの色、すなわち太陽の色のイヌ」が埋葬された。このイヌは「イヌの顔の神、ショロトルが地下の旅の間太陽に付き従ったように、故人に付き添うのであった」(GIRP、161;SOUA)。あるいはイヌは主人の墓の上で生贄にされたが、それは長い旅の果てに主人が「死者たちの永遠のすみか、チコメミクトラン、第9天」(ALEC、246)への侵入を禁じている9つの川を渡るのを援助するのであった(SOUA)。

 今日なお、グアテマラのラカンドン族は墓の4隅にシュロの葉で作った4つのイヌの人形を置く(THOH)。

 メキシコの昔の黄道帯の13番で最後の星座はイヌの星座である。それは、終末、地下世界を想起させるが(BEYM)、秘儀伝授、再生の思想へも導く。なぜなら、詩人ネルヴァルによるならば、「13番目が回帰する……それはまた第1のもの」であるからである。

シベリア・葬儀〕 地球の反対側にあるシベリアで、シャーマニズムを奉じる民族が行う葬式のいくつかの点が、この中央アメリカの例によって、よりよく理解できるようになる。たとえば、ゴリド族では、死者は常に自分のイヌとともに埋葬される。別の騎馬民族では死者のウマは生贄にされ、その肉が、天や冥界の諸国に故人を案内していくイヌとに分け与えられるのである(HARA)。

ペルシア〕 ペルシアやパクトリア(アフガニスタン北部の古代の王国)では死者、老人、病人はイヌに投げ与えられた。ボンベイのパルシー教徒(ペルシア系のインドのゾロアスター教徒)は瀕死の人の側にが会うようにイヌを座らせる。産裾にある女性が死ぬときは1匹でなく、2匹のイヌを見せる。なぜなら2つのの旅を保証しなければならないからである。清い神と、汚れた神がを奪い合う神話の〈チンワト〉の橋では、正しい者は清い神の側で橋を守るイヌに案内されて楽園に行く(MANG、52n)。

仲介者〕 しかし不可視なものと非常に親しいイヌは死者の案内で満足はしない。イヌはまたこの世とあの世の仲介者、死者やその地の地下の神々に問いかける生者の代弁者の役を務める。

アフリカ・占い〕 そこで、カサイ(コンゴ盆地)のパンツ一族では次のような催眠術による占いの方法が観察されたのである。この方法では占い師の「客」は糸で占い師とつながれ、穴の中に下りて行く。そして穴の中で睡眠状態にある間じゅう、両側にいるイヌとニワトリのおかげで彼は霊たちとの交流状態に入る(FOUC)。同じ地方で、夢にイヌが現れるのは、どこかで魔法をかけていることの知らせである。最後に多分一番驚く例であるが、同じ観察者たちは村の住民が不審な死に方をすると、その謎を解くためパンツ一族が行う次のような習慣を発見した。酋長はおそらくその能力を攻撃的方向に発揮させる目的で、ヒョウの皮を被せた死者のイヌを木に吊るす。このように生贄にされたイヌの体は、ついで頭を除き、村の全住民に分配され、皆がそれを食べなければならない。頭は酋長のもので、カオリン(白色粘土)を塗ってから、次のような言葉で酋長はそれに問いかける(⇒白)。

「イヌよ。ヒョウよ。よく見るのだ。
 イヌよ、どの方角からこの者のがやっ来たか嗅ぎだせ。
 お前はに会う、呪術師に会う、
 この者のを引き起こせし者を誤ることなかれ」

 しばらく後に、イヌの肉を一緒に食べた村人の1人が病気になる。イヌが犯人を指し示したのである。

 この透視力、そしてや夜のに見えない力との親しさが理由で、極端な場合にはこの動物に妖術使いの疑いが掛けられることもある。南スーダンのアザンデ族にエヴァンスとプリチャードの伝える例がある。そこでは神明裁判において、謎のの責任を信用ならないイヌに被せる判決がいくつもなされたのであった。

シベリア・慣習〕 シベリアの習慣はここでもアフリカの習慣と一致する。葬式の宴でテレウト族はこのような言葉を述べた後に死者の分をイヌに与える。

「お前が生きていたときは、お前自身が食べた。
 お前が死んだ今はお前のが食べるのだ」
   (HARA、227)。

 他方、バニオウスキーはなめしたイヌの皮で作ったシャーマンの服の描写をしたが(ROUF、242)、これはこの動物に付与された占いの能力を示すものである。

アフリカ・占い〕 この服は西アフリカの旧奴隷海岸でも見られる。ベルナール・モーポワル(MAUG、199)はボルト・ノヴォで資料提供者の1人が次のような打ち明け話をした様子を伝えている。彼は自分の占いの数珠の力を強化するためわざわざ殺したイヌの腹の中にその数珠を入れ、数日間地中に埋めておいたというのである。

北米・慣習〕 イロクオイ族でもイヌはやはり仲介的伝令である。毎年、新年の祭のとき伝統的に1匹の自イヌを生贄にすることになっていた。「この供犠が祭りの中心をなしていた。なぜならイヌは人間の祈りをすばやく天に運んで行く伝令だったからである」(KRIR、267)。

地獄とイヌ〕 イヌは地獄を訪れるが、一方、地獄の番人がイヌであったり地獄の主がイヌの顔をしていることもきわめて多い。すでに引用したもの以外に、その例は無数にあげられよう。ギリシア神話では闇の神、ヘカテーは、ときには雌ウマ、ときにはイヌの姿を取ることができた。彼女は地獄の猟犬の群れを従え、十字路によく現れた(ROYR)。同様に、アルタイ山脈のシャーマンはそのオルフェウス的な地獄下りの旅の話をするとき、地獄の主の館の門でイヌに出くわしたと明言する(ELIC、187)。アステカ人の占い暦の第10日はイヌの日である。このの守護者は地獄の神で、夜の神々が住むのは第10番の天である。

南米・神話〕 イヌ、冥界の神々、人身御供の組み合わせがアビラ神父の年代記(スペインによる征服の初期に始まる)に報告されたペルーの前インカ神話からはっきりと浮かび上がる(AVIH)。この神話によると「新しい時」(多分周期的農耕の神話的始まりに対応する)の開始を告げるのは、大地の内部の火の主である冥界の神に対する、水と天の火の主である天界の神の勝利である。高いアンデス山脈の谷間に敵を追いつめ、その力を奪った天の神は「人間の肉を食べてきた罰に、以後冥界の神はイヌの肉を食糧とする」と決める。それが理由で、この失墜した神を崇めるユンカ族は今日もなおイヌの肉を食べるのである、とアビラ神父は結論を下す。

ギリシア・神話〕 。ヘルメースのような霊魂導師であるイヌはときには治癒の力を持つ。イヌはギリシア神話では医学の英雄であり神であるアスクレビオス(ローマ名アイスクラビウス)の象徴物の1つである(GRID)。

性との関連〕 結局、人間の生の彼岸此岸を知っていることから、イヌはしばしば文明開化推進の英雄、とくに火の支配者、あるいは征服者として、また神話上の祖先として現れることになる。そしてここからイヌの象徴的意味に性的意味が付け加わる。

アフリカ・語法〕 たとえば、バンパラ族はイヌを陰茎にたとえる。すなわち娩曲語法で彼らは陰茎を指すためにまさに「イヌ」という言葉を使用するのである。ザーアンによると、この組み合わせは陰門を前にしての陰茎の「怒り」(勃起)と、見知らぬ人を前にしてイヌが吠えることの間に認められた類似から来ている。またそれは「イヌの食欲以外に並ぶもののない人間の性的貪婪さ」からも来ているとされる(ZAHB、70)。

アジア〕 トルコ・モンゴル語族の神話は光が妊娠させた女の話を伝える。この光は女を訪れたあと「黄色のイヌ」の姿でそのもとを去ったと、多くの場合はっきり述べられている。これはアステカ族のすぐれて太陽的な「ライオン色のイヌ」を思い出させずにはおかない。

祖先〕 イヌやオオカミは他方、トルコやモンゴルの多くの王朝の起源であるが、これはアメリカ・インディアンの神話と同方向に向かうもので、それらの神話の裏づけとなる。たとえば、北アメリカのデネ族は人間の起源を1人の女と1匹のイヌの秘密の関係に置くのである(KRIE、62)。アステカの伝承の語るところでは、神・イヌのショロトルが地獄から骸骨を盗み、これから神々が新しい人類を作り出したとなっている(METB)。

 神話上の祖先としてのイヌはしばしばの模様に見てとれるが、そのせいでウサギやキツネなどの他のの動物に倣って、イヌが少々好色な祖先、英雄としばしばみなされることとなる。メラネシアではイヌはマリノフスキーが研究した4つの社会階級の1つの祖先である(MALM)。ローマの雌オオカミは、常に周期的農耕の開始とつながった、文明開化の英雄である他の無数のイヌ科の動物と比較検討すべきものである。

火との関連〕 しかし、それらの伝承ではイヌは火を発する英雄の姿で現れることが一番多い。すなわち生命の輝きに先立つ火花、あるいは生命の輝きと混同される火花としてのイヌである。

アフリカ〕 たとえば、自ナイルのシルック族や高ナイル地域全体でイヌはへど、虹、天の神々、あるいは≪大精霊≫から火を盗み、尻尾の先につけて運ぶとされた(FRAF)。炉に向かって走る途中、尻尾が燃え出したので苦痛のため吠えながら薮に火を移したらしい。人間はそこから火をとりさえすればよかったのである。北カメルーンのファリ族ではイヌは黒サル、火を盗んだ鍛冶の化身と対にされ、隣のプロドヴコ族ではイヌは火とアワという一番貴重な2つの財産を人間にもたらした。イボ族、イジョ族やビアフラの他の住民にとっても、人間に与えるために天の火を盗んだのはやはりイヌである(TEGH、88)。

アメリカ〕 南アメリカで、〈カニス・ウエルス(老犬)〉は火の征服者でなく、火の最初の持ち主であり、カタツムリとの姿をした双子の英雄がこのイヌから火を盗むのである(FRAF)。「北アメリカにおける火と性行為の象徴的類似は、他の神話にもはっきり見られ、そこではイヌが火を発する英雄として描かれている」。たとえばニューメキシコのシア族とナバホ族、カリフオルニアのカロック族、ガリノメロ族、アチョマウイ族、マイドゥ族の場合、草原の大英雄コヨーテは摩擦で火を発明する、または火を盗み耳に入れて持って来る、あるいはリレー競走を開き、これを利用して人間は神々から火を奪う(FRAF)。

オセアニア・火、性との関連〕 オセアニアの神話は常に火の征服と結ばれたイヌの性的意味をさらに明確にする。ニューギニアでは多くの小部族が、イヌが火を最初の所有者のネズミから盗んだと考える。ネズミの火とは冥界の火ということである。パプアのモトウ・モトウ族やオロカイヴァ族にとってイヌが火の支配者であることは確かである。なぜならイヌはいつも火の側で眠り、火から追い立てようとすれば怒るからである。しかし一番印象的にイヌ・火・性の連合を説明するのは、やはりフレイザーが報告するニューブリテンの神話である。当時は男子秘密結社の会員だけが摩擦による火の起こしかたの秘密を知っていた、と彼はいう。1匹のイヌが会員のやり方を観察し、次のようにしてその発見を女たちに報告した。すなわちイヌは尻尾をその男子結社の色で塗って来て、その尻尾で木片を擦った。その木片の上には1人の女がそこから火が吹き出るまで座っていた。火がふき出ると女は泣き出して、イヌにいった。「お前はわたしを辱めた。今やお前はわたしと結婚しなければならない」。

 ボルネオ北部のムルツト族にとってイヌは、神話上の祖先であり同時に文明開化の英雄である。洪水のただ2人の生存者である男とその妹の近親愛から生まれた最初の子供であるイヌは、新しい人類に火の技術を含む新しい技術のすべてを教える。これまた周期的農耕の起源の説明である。この部族の隣のダヤク族の場合は、洪水の翌日、イヌが尻尾で蔓(言)を擦って火の秘密を1人の女に明かす。最後にカロリン諸島のある神話では、火はイヌの姿で現れた雷の神から女に渡される。この最後の例ははっきりとこのシンボルが冥界と天界の間を揺れ動いていることを示し、再び中央アメリカ人の場合を考えさせる。すでに見たように、マヤ人にとってイヌは太陽の地下旅行の案内役である。ということは黒い太陽を表す。そしてアステカ人にとってはイヌは火のすべてを総合するもの、火のシンボルそのものである。

ケルト・神話〕 ケルトではイヌは戦士の世界に結ばれている。ギリシア・ローマ人の場合と逆に、イヌはケルトでは人をほめそやすときの誓えや比喩の対象である。一番の英雄クーフリンは「クーランのイヌ」である。大陸のケルト人も、島のケルト人もすべて、戦争用、狩り用に調教したイヌを飼っていたことが知られている。英雄をイヌにたとえることは名誉をもたらすことであり、戦士としての価値をたたえることであった。そこに軽蔑的な意味はまったくない。ケルベロスに類似する地獄のイヌは存在しないようである。不吉なイヌは民間伝承にだけ存在するが、これはおそらくキリスト教の影響によるものである。ブルターニュではアレ山地の〈黒いイヌ〉が〈地獄の亡者〉を表す。アイルランドの英雄クーフリンの食べてはならないものの第一番にイヌの肉があった。そこで、彼に運命を負わせるために、戦いに行くときに出会った魔女たちはイヌの肉を差し出し、無理矢理食べさせてしまう(OGAC、11、213?215;CELT、7、随所に;CHAH、293?294)。

 ここまで描いたイヌの象徴的意味のいくつかの側面、すなわち、文明開化の英雄、神話上の祖先、性的能力の、したがって永続性のシンボル、誘惑者、好色漢、春の自然のように生命力に溢れた者、あるいは禁じられた関係の子などといった姿はイヌのシンボル体系の昼の面を表すものであった。そこで続いて夜の面を観察してみよう。この面についての最も確かな例はイスラム社会でイヌがこうむる容赦ない排斥である。

イスラム〕 イスラムではイヌを創造物の中で一番いやしいイメージにつくりあげている。シャビスタリーによると、世界に執着することは、死体を食うイヌと同じになることである。イヌは貪要、強欲のシンボルである。イヌと天使が共存することは不可能である。しかし、イスラムの伝承によればイヌは52の特性を持ち、その半分は聖なるもの、あとの半分が悪魔的である。たとえば、イヌは番をし、忍耐強く、主人を噛まない。さらに、ユダヤの律法学者に吠えるなど、イヌの〈忠実さ〉はたたえられる。「兄弟がなければ、イヌが兄弟である。イヌの心は主人の心に似る」。

 イヌはまた〈不浄〉ともみなされる。〈ジン(幽鬼)〉はしばしば黒イヌの姿で現れる。家の近くでイヌが吠えることはの前兆である。肉は薬として使われる(不妊症、悪運などに対する)。タンジールでは、子イヌ、あるいは子ネコの肉は魔術に対する解毒剤として食べられる。他の種類のイヌと違い、グレーハウンドは不浄とはみなされず、〈バラカ(霊力)〉をそなえていると考えられる。このイヌは邪眼から主人を守る。シリアのイスラム教徒は天使はイヌのいる家には決して入らないと信じている(WESR、2、303)。大預言者マホメットについてのある伝承によれば、彼はイヌが飲んだ容器は7度、最初は土で洗われねばならないと申し渡した。彼はの上に白い2つの斑点のある黒イヌは悪魔であるので除き、他のイヌは殺すことを禁じたといわれる。イヌを殺すと不浄になる。7人の人間を殺すのと同じくらい悪いことであるという。なぜならイヌは7生を持つからである。洞窟の≪7人の眠り人≫(『コーラン』18)の番をしたイヌは護符にその名が書き込まれる。

 しかしながら、イスラム教徒は普通のイヌと、歩く姿の上品さから清らかな動物とされるグレーハウンド犬との間に区別を設ける。ダンテの「使者」、くヴュルトロ〉とはデューラーにも出てくるグレーハウンド犬のことで、キリスト第2の到来の先駆者とされた動物である。火を吐くイヌは聖ドミニコのエンブレムで、この会の修道士は〈ドミニカネス〉(主のイヌたち)、すなわち声で《神の家≫を守るもの、あるいは神の言葉の前触れ、と名づけられた。

極東〕 極東地域では、イヌの象徴的意味は本質的に両面的である。恩恵をもたらすもの、なぜならイヌは人間の親しい仲間で、すまいの注意深い番である。不吉なもの、なぜならオオカミやジャッカルと類縁関係にあるので不浄で軽蔑されるべき動物と思われるからである。このような見方は地理的な区別とはまったく関係なく、等しく広がっている。

チベット〕 チベットでもイヌは極東と非常に近い意味を持ち、嫉妬のしるしであると同時に性欲、性行為のしるしでもある。イヌのように肉体の「放蕩に」生きたものは、死後はイヌとともに歩むことになるだろう、とプッダは教える(『南伝大蔵経・中部』387)。

日本〕 日本ではイヌは一般に好意的な見方をされている。忠実な友であるイヌの絵は子供を守り、お産を助ける。

中国〕 中国では、イヌは《仙人》に忠実に付き添い自らも神仙化する。たとえば、漢の武帝の治世、泰山に現れた「大尊師」 は黄色のイヌを綱でつないで連れていた。邦子(だん)のイヌは天のイヌのように赤くな り、翼が生え、不死を獲得した。錬金術師の貌伯陽はイヌを連れて天に登った。イヌは中国少数諸民族の、そしておそらくは中国人自身の祖先で、象徴である。なぜなら盤古(伝説上の古代の天子の名)はイヌであった可能性があるからである。

 天のイヌ(〈天狗〉)とは雷雨と流星であり、雷鳴と稲妻を発し、火のように赤い。もちろん、悪魔のミミズクの敵であるが、また戦争の予告者でもある。ともかくミミズクから身を守るためはイヌの耳を引っ張って吠えさせる。いくつかの古い伝承によると、中国人はカオスも毛の長い巨大なイヌの顔をしたものと考えている。そのイヌにははあるが見えない。耳はあるが聞こえない。5臓はないが生きている。

 優れて中国的なシンボルとして他に「藁のイヌ」がある(『道徳経』第5章参照)。 この人形を使う習慣はシャーマニズムに起源を持つかもしれない、とM・カルタンマルクは示唆している。それは、ヴイジェルによると、「魔よけ」で、使ったあとは壊すのである。『荘子』がこのシンボルを使うとき、それは役目を終えると捨てられ、足で踏みつけられ、燃やされる物体のつかの間の存在をまさしく表すためである(14章)。有用であることをやめたものは捨てられねばならない、そうしないとそれは不吉なものになる、と『荘子』は結論を下す。『老子』はこのイヌを、聖人は愛着を抱かないこの世の物事のはかなさのシンボルとする(CORT、GRAD、KALI、LECC、OGRJ、SCHC、WIET)。『荘子』の「天運」篇にはこうある。「藁のイヌは供物となる前は美しい布に包まれて箱にしまわれていた。死者へ捧げられたあとそれらは燃やされた。というのはもう一度それらを使いなどしたならば、故人の家族の皆が悪夢で苦しむことになったであろうからである」。

中央アジア〕 中央アジアには、中間的と規定することができそうな神話、「ミッシング・リンク(系列上、欠如している要素)」がある。それによって、どのようにしてイヌが少しずつ、消すことのできない本源的な汚れを焼きつけられた不浄の呪われた存在になったかがわかる。

 タタール族の場合、神は創造の、人間に悪魔が近づくのを防ぐためイヌに番をさせた。しかしイヌは「敵」に買収され、これによって人間の堕落の「責任者」となった。ヤクート族にとっては、神がイヌに番をさせたのは神の「絵姿」であり、イヌはこの絵を悪魔に汚させたのである。神は罰としてイヌに現在の姿を与えた。ヴォルガ川流域のフィン人系の住民の間にこのテーマの数多くのヴアリアントがあるが(HARA)、すべてに次のような貴重な共通点がある。もとは「裸」であったイヌは裏切りの報酬に悪魔から毛をもらう、という細部である。こうしてその裏切りは毛によって物質化され、この毛が表す悪魔との関係がイヌを徐々に不浄な、触れてはならない動物にしていくのである。それどころか、裏切り行為は毛と同じく悪魔の唾液から出た「内的な汚れ」、病気を人間にもたらす結果を生む。このようにしてイヌは結局これらの災禍、「よごれとよだれ」の結果であるの責任者となる。ブリヤート人は神は不実なイヌを次の言葉で呪ったという。

「お前は常に飢えに苦しむだろう。お前は骨をしゃぶるだろう。お前は人間の食べ物の残りを食べ、人間にめった打ちにされるだろう」(HARA、85)。

 この最も不吉な相をとるとき、イヌのシンボルは腰罪のヤギのシンボルと合致する。

 ウノ・ハルヴァはこれらのアジアの神話にイランの二元論の影響を見ている。この点に閲し、彼は、アフラマズダの動物であるイヌは古代ペルシアの宗教では悪霊を追い払うという優れた役割を演じたことを指摘している。またも神話におけるこのシンボルの価値が逆転を起こすわけである。ジャン・ポール・ルーの表現によれば、守護し恩恵を与える精霊であり、また同時に神の呪いの媒体であるとイヌを考えるアジア民族たちの頭の中では、このシンボル固有の二元性が原因で、イヌは「堕ちた天使」の典型となっているというとができる(ROUF、83)。

錬金術〕 要するに、イヌはさまざまな対立相を含むシンボルで、どれかに決定した文化は1つもない。しかしこの点で次のことがとくに目を引く。錬金術師には、オオカミに食べられたイヌはアンチモンによる金の純化、「大いなる作業」完成の1つ前の段階を表す。そこでこのイヌとオオカミとは今問題にしているシンボルの2つの相でなくて何であろう。おそらく、このシンボルはこの秘教のイメージの中で対立を解消し、その最も高い意味を見出すのである。すなわち、イヌでもオオカミでもある賢者、あるいは聖人は、自分を食らうこと、言い換えれば自己の内部で自らを犠牲に捧げることにより自分を純化し、ついに精神的征服の究極の段階に達するのである。
 (『世界シンボル大事典』)