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ヘカテー(=Ekavth)

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 ギリシアにおける最古の三相一体の女神たちの一員。ヘカテーの名はエジプトの産婆-女神ヘキト、ヘケトまたはヘカトに由来しており、他方、エジプトの産婆-女神の名の方は、先王朝期の女族長をさしたヘクから派生した。女族長(ヘク)は、すべてのヘカウhekau(母親の「力ある言葉」)を司る賢女だった[1]

 ヘキトは、産室の女神「7体のヘ(ウ)ト=ヘル〔ハトホル〕」をひとつに融合した天界の産婆として、毎朝、太陽神を生んだ[2]。彼女のトーテムはカエルで、カエルは胎児のシンボルだった。それから4000年後に、ヘカテー(すなわちヘキト)はキリスト教徒によって「魔女たちの女王」にされたが、そのときも、ヘカテーに捧げられた動物はやはりカエルだった。

hekate.jpg ギリシアのヘカテーは、天界・地上・冥界を支配する原初の三相一体の女神につけられた数多くの名前のうちのひとつだった。古代ギリシア人は、この女神の「老婆」の相、すなわち冥界の神としての側面を特に強調するようになっていたが、しかし、3本の道が出会う場所で彼女を崇める風習の方は、変更することなく続けられた。このしきたりは、魔術、予言、死者への問いかけなどの儀式の場合、特に顕著だった[3]。ヘカテーの像は何世紀にもわたって三叉路を守護し続けたので、彼女はヘカテー・トレヴィア(「三叉路のヘカテー」)と言われた。満月の夜には、道端にある彼女の礼拝所に捧げ物が供えられた。聖書に登場するバビロンの王の例にも見られるように、ヘカテーは、魔術と予言の女神として、旅に出る人々から祈願を捧げられた。バビロンの王は、「道の分かれ目、二つの道のはじめに立って占いをし、矢をふり、テラピムに問い」かけた(『エゼキエル書』第21章 21節)。

 ヘカテーは、「最も美しい者」というの呼称で呼ばれた[4]三相一体の女神の具現形態の例にもれず、ヘカテーもその三つの相のすべてにおいてと関連づけられた。一説によると、彼女は、天界では「」のヘカテー・セレネ、地上では「女狩人」アルテミス冥界では「破壊者」ペルセポネーだった[5]。古文書では、彼女は「遠くまで矢を放つ」のヘカテー・セレネで、ディオニューソスの母と言われた。しかし、ディオニューソスペルセポネーの息子とも言われており、このことは、ヘカテーとペルセポネーの両者が頻繁に混同されたことを示している[6]。ヘカテーは、あるときは産婦を守護するの女神ディアーナ・イリテュイアと同一視され、またあるときは「天界の女王」の三相一体(乙女ヘーベー、母親ヘーラー老婆ヘカテー)の一相とされた。ポルピュリオスは次のように述べている。

 「はヘカテーであり、ヘカテーは変化するの形相の象徴である……ヘカテーの力は、三つの姿で顕現する。新月を象徴するとき、ヘカテーは白い衣装をまとい、黄金のサンダルを履き、火のついた松明を持っている。天の高みに達したとき、ヘカテーは籠を持っているが、その籠は、ヘカテーの光がその輝きをますにつれて育っていく各種の作物の栽培を象徴している」[7]
ポルピュリオスA.D.233-c.301
 新プラトーン主義の哲学者、古典学者、著作家。プローティーノスの伝記を書いた。彼はキリスト教会に異を唱え、その結果、教会側は彼の著作のほとんどを破棄してしまった。

 ヘカテーが天界から冥界へ移ったのも、元来はが沈むという現象の神話的隠喩だったが、古代ギリシア後期の神話記者たちは、このヘカテーの移動についてかなり手のこんだ解釈を考え出した。すなわち、ヘカテーは出産時の女性の家に宿っていたが、神々はこのために彼女の魔力が他に伝播することを恐れ、生誕-魔力をすっかり洗い落とすためにヘカテーをアケロンの河に投げ入れた。河はヘカテーを冥界へ運んでゆき、冥界で彼女はハーデースHades結婚したのだというのだった。この神話は、産婦たちに触れるという行為に対して家父長たちがいだいていた不安に根ざしており、この不安は、聖書の中に特に明瞭に表されている(『レビ記』第12章 5節)。ヘカテーのこの河旅の物語は、産褥期が終わったときに、聖なる河で母と子を水浴させた儀式から生まれたものと思われる。

 中世初期には、ヘカテーは「冥界の女王」または「魔女たちの女王」として知られるようになった。彼女は、カトリック教会筋によって特別な悪魔に仕立て上げられた。カトリック教会によれば、信仰にとって最も危険な人物は、ヘカテーが庇護している者、すなわち産婆たちだった[8]。しかし、昔からヘカテーに具わっていた天界・地上・冥界を支配する三つの力の方は、聖職者を兼ねていた著作家たちに模倣され、キリスト教において神とみなされている存在の属性になった。「キリストには三つの力がある。すなわち、天国・地上・地獄における力である」[9]


[1]Budge, E. M., 196; G. E. 2, 300.
[2]Larousse, 38.
[3]Graves, G. M. 1, 124.
[4]Angus, 173.
[5]Wedeck, 203.
[6]Graves, G. M. 2, 393.
[7]Briffault, 2, 605.
[8]Kramer & Sprenger, 66.
[9]de Voragine, 776.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



 コレーKovrhペルセポネーPersefovnhとヘカテー+Ekavthとは、明らかに女性だけが農耕の秘術を会得していたころの同一の女神の三面相を示すもので、それぞれ処女と、成熟したニンフと、老女に対応する。コレーは青い麦、ペルセポネーは実った麦の穂、ヘカテーは刈り入れを終わった麦 — 英国の田舎あたりで云う「老婆(carline wife)」にあたる。しかし、デーメーテールが女神の通称であり、コレーにもペルセポネーの名前がつけられているところから、この話に混乱が生じたわけである。(グレイヴズ、p.139)