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Wolf(オオカミ)〔Gr.luvkoV

 地名や姓名にWolfとかWulfという名称がしばしば用いられたことからもわかるように、中世において、ヨーロッパの多くの氏族の聖なるトーテム獣であった。サクソン族の旧暦では、年初はオオカミWolf-monathであった。異教の英雄たちの伝記では、生みの親である雌オオカミ、または養育者である雌オオカミが異彩を放っていた。ジークフリー卜の初期の版本では、彼は聖なる雌オオカミに養育され、名前はヴォルフディートリヒとなっていた[1]

 異教の氏族の間でのオオカミ崇拝から、オオカミ-デーモンやオオカミ人間に関する迷信が数えきれないほど生まれてきた。オオカミはと再生と関連があったが、それは、オオカミは死肉を食べる動物であり、以前は、死者を体内に呑み込んで異教の天国や地獄へ運んでいくと信じられていたからである。point.gifDog. point.gifWerewolf.


[1]Rank, 58.

Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)



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太陽・天のシンボル〕 オオカミは野性の同義語であり、雌オオカミは性的放縦の同義語である。しかしシンボル用語としては、この動物もはるかにずっと複雑に解釈される。それは先ず何よりも、他のすべての象徴的媒介物と同様に、この動物も否定的と同時に肯定的な価値を付与されることになるからである。その象徴的意味が肯定的になるのは、オオカミが夜見えることに注目するときである。そのときオオカミは「光の、太陽のシンボル、英雄的戦士、神話的祖先」となる。北欧人においてオオカミが〈ベルン〉に帰され、ギリシア人において〈アポッローン〉(リュキアのアポッローン)に帰される際の意味作用とはまさにそのようなものである。

トルコ・モンゴル〕 中国とモンゴル王朝の創始者は「天の蒼いオオカミ」である。その力と激しい闘志がオオカミをアレゴリーにするのであり、トルコ人は現代史でもそのアレゴリーを継承するであろう。というのもムスタファ・ケマル(1881-1938)は自ら〈アタテュルク〉すなわち「父なるトルコ人」と名のったが、その熱烈な支持者たちから「灰色のオオカミ」という異名を奉られたからである。

 ケマル・アタテュルクを中心にして集結し、オスマン帝国の衰退により脅かされていたその民族的同一性を回復せんとして戦いを続けたトルコ人たちは、彼を「灰色のオオカミ」と呼ぶことによって、ある非常に古いイメージをよみがえらせようとしたのである。すなわちそのイメージとは、蒼いオオカミたるチンギス・ハーン(成吉思汗)という神話的祖先のイメージである。この人物は天上の光(雷)の力の顕現であり、彼と、大地を表す白または黄褐色の雌ジカとの結合により、この民族の起源をなす天と地との聖婚が成就したとされる。

北米〕 北米のプレーリー・インディアンもこの動物の象徴的意味作用を同様に解釈したらしい。「私は孤独なオオカミだ。多くの土地をさまよい歩く」と、プレーリー・インディアンのある戦いの歌はいう(ALEC、233)。

中国・日本〕 中国もまた、〈天のオオカミ〉(天狼星=シリウス星)を有する。これは天の《宮殿》(大熊座)の番人である。この星の「極」としての性格が、オオカミを北に位置づけることの内に認められる。しかしながら、その番人の役が、この動物の獰猛な面に取って代わられることも指摘しておこう。たとえば日本の若干の地方では、この動物が他の野生動物に対する〈守護者〉として引き合いに出される。オオカミは烈しく費やされ、しかも見境のない、〈抑制のきかぬ力〉の観念を喚起する。

象徴・大地・豊穣〕 ロムルスとレムスの雌オオカミは、太陽と天にではなく、大地冥界とはいわぬまでも)にかかわりを持つ。それゆえ、この動物は〈豊餞〉の観念と結びついている。トルコの民間信仰は今日までこの遺産を保持している。シベリアのヤクート族が珍重する胃石の内でも、オオカミの胃石は最も強力とされる。アナトリア、つまりアルタイ族の地理的広がりのもう一方の端でも、石女が子供をもてるようオオカミの加護を祈るのが見られる。カムチャッカでは「毎年10月の祭りに、干し草でオオカミを象り、これを1年間保存するが、それはオオカミが村の娘たちと結婚するためである。サモイェード族から集録した伝承には、オオカミと一緒に洞窟で生活した女の話がある」(ROUF、328-329)。

象徴・冥界・地獄〕 このシンボルの冥界ないし〈地獄〉とのかかわりはもう1つの主要な面である。これがヨーロッパの民間伝承において支配的特徴であるのは、たとえば『赤ずきん』の物語が証明している通りである。それはすでにギリシア・ローマの神話にも現れている。地獄のアケロンの乳母とされるモルモリュケー〔「雌狼モルモー」〕という雌オオカミの場合がそれで、これによって人々が子供たちをおどしたのは、今日「大きな怖いオオカミ」の果たす役割とまったく同様であった(GRID、303a)。また冥府の支配者ハーデースが着用するのはオオカミの毛皮のマントである(KRAM、226)。エトルリア人の死神の耳はオオカミの耳である。シチリアのディオドロスによれば、ウシル〔オシーリス〕もオオカミの姿でよみがえるが、それは「彼の妻と息子が、彼のよこしまな弟を打ち負かすのを助けるため」である(同書)。

 ゼウスに与えられる形姿の1つもオオカミである(ゼウス・リュカイオス)。農耕呪術が支配的だった時代、干魃やあらゆる種類の天災を終わらせるため、ゼウスに対し人身御供が行われた。するとゼウスは雨を降らせ、田野を肥沃にし、良い風を送ってよこした(ELIT、76)。

ヨーロッパ・魔術〕 中世ヨーロッパの版画では、魔術師はサバトに行くためたいがいオオカミに変身するし、魔女もその際オオカミの毛皮の靴下留めを着ける(GRIA)。スペインでは、オオカミは魔術師の乗用動物である。オオカミ憑き、あるいはオオカミ男に対する信仰は古代からヨーロッパで確認されている。ウェルギリウスもすでに言及している。フランスではルイ十四世治下にやっとこの信仰を疑い始める(PLAD)。それはヨーロッパの信仰の構成要素の1つで、おそらく〈森の精〉がとる姿の1つであろう。

 コラン・ド・プランシーによれば、「ボダンは臆面もなく、1542年のある朝コンスタンティノープルの広場で150人のオオカミ男が見られた、と語っている」。

口の意味との関連〕 オオカミの〈むさぼり食うもの〉としての象徴的意味とは、昼と夜、と生といった相互に繰り返される現象と結びついた、イニシエーションにかかわる原型的イメージで、それは「口」の象徴的意味に他ならない。すなわち口はむさぽり食い、吐き出すからである。口は「イニシエーションを授けるもの」とされ、その地域の動物相に応じて、こちらではオオカミ、あちらではジャガーやワニなどといった最も貪欲な動物の姿をとる。スカンジナヴイアの神話はオオカミを「星をむさぼり食うもの」として示す(DURS、82)が、これは『リグ・ヴューダ』の語る「ウズラをむさぼり食うオオカミ」と関連づけることができる。ウズラが、別の所で記したように、光のシンボルだとすれば、オオカミの口は夜、洞窟地獄であり、宇宙の〈プララーヤ〉(壊)の相である。オオカミの口からの解放は曙光であり、「地獄下り」に続くイニシエーションの光、〈カルパ〉(劫)である(CHRC、DANA、DEVA、GUED、GUES、MALA、MASR、RESE、SOUN)。

北欧・エジプト神話〕 巨大なオオカミのフェンリルは神々の最も執念深い敵の内に教えられる。小人たちの魔力だけが、いかなるものも断ち切り得ない不可思議な綱によって、フェンリルをつなぎ止めることができる。エジプト神話では、大いなる霊魂導師アヌービスは《アンプ》つまり「野生のイヌの姿を持つもの」と呼ばれる(同書)。キュノポリス(イヌの町)では、これを冥界の神として崇める(⇒ ジャッカル)。

 あのオオカミの途方もなく大きな口は(これについてマリー・ボナパルトはその自己分析の中で、母のに由来する幼少時代の恐怖と結びついたものとして語っている、ペローのコント中の、「おばあさん、なんて大きな歯をしてるの!」という一節を連想させる。G・デュランの指摘によると、「それゆえイヌ科の動物の咬むことと、破壊する時間の恐怖との間には非常に明白な一致がある。クロノスはここにおいてアヌービスの顔、人間の時間をむさぼり食う怪物ないし時間を計測する星まで襲う怪物の顔を持って現れる」。

霊魂導師〕 我々はこの象徴体系の持つ「イニシエーション的」意味についてすでに述べた。そのことからオオカミとイヌに〈霊魂導師〉の役割が付与されるということを付け加えておこう。

 アルゴンキン族の神話では、オオカミは西方の死者の国を治める「大ウサギ」で造物主たるメネブシュの兄弟として示される (MULR、253)。これと同様の霊魂導師としての役割がヨーロッパでもオオカミに認められていたことは次のルーマニアの葬送歌の示す通りである。

そなたの前に オオカミが
姿を現そう
……
オオカミをそなたの兄弟とみなすがよい
なぜならオオカミは
森の秩序に通じているのだから
……
オオカミはそなたを
平らな道を通って
《王》の息子のもとへ
《楽園》へと導いてくれよう
(『世界詩宝鑑』、R・カイヨワ、J・C・ランベール編、パリ、1958)

信仰の障害〕 最後に記しておきたいのは、この地獄のオオカミ、性欲の権化たる雌オオカミが、メッカを目指して歩むイスラム教徒の巡礼の途上における障害となるということである。また、(キリスト教徒の)ダマスカスへの道の途上においても、一層大きな障害となり、雌オオカミは「黙示録 中の獣」ほどの重大性を帯びるのである。
 (『世界シンボル大事典』)
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 point.gifWerewolf.