事例1 「株式会社品川千本桜」 −人の活動が生み出す公共空間 品川再開発と展覧会
敷地は、 国鉄清算事業団が土地を持っていました。 現在、 全体が三つに割られ、 東側と西側の縦長部分に高層ビルが10棟くらい建ちつつあるのですが、 その真ん中部分に幅40メートル、 長さ450メートルのスペースに広場をつくりましょうというプロジェクトです。
写真は広重の浮世絵です。 空間や広場のようなものは全く用意されていませんが、 七夕になるとどの家もそれぞれ笹を飾り付けている。 お皿はないけれども、 現象が先にあって、 それが一つの公共あるいはコミュニティの風景をつくりだす力強さがこの絵にはあるわけです。 公共のためにその受皿のような空間をまず作ってしまうことは、 何か空々しい。 むしろ先にこういう活動があるのではないかということを問いかけたいと思いました。
行政の線引きで公共空地と公園を合わせて1.8ヘクタールくらいが用意されてしまっているわけです。 そこでまず私は細かく分断することから始めようと思いました。 それから広場のようなものが図として構成されているのではなくて、 もじゃもじゃと動いている、 目を寄せてみると毛虫がたくさん動いているような、 蜂の巣に寄ってみると中でもじゃもじゃ動いているような、 そういう空間をつくりたいという直感的な発想がありました。
この細かく分断されたそれぞれの動きが、 超高層のガラスの冷たい雰囲気と対比をなすようにという意図があります。
シーグラムビル−その可能性と問題点
これはシーグラムビルです。 公開空地はマンハッタンから始まってアメリカそして日本へと広がってきたものですが、 高層棟の容積アップを認めてもらう見返りに公共空地を用意するというものです。 都市のなかの公共空間というと広場を思い浮かべるのですが、 現在の広場は周りをほとんど道路で囲まれてしまっていて、 街区の一つになっているんです。 そもそもヨーロッパの中世都市の広場は、 必ず建築で囲まれています。 その意味では、 ここは三方向は車道ですが、 これだけのアクティビティを持っている建築に一辺は接していますので、 大きな可能性があるのではないかと思いました。
ひとの活動をデザインに取り込む−顔の見える風景
まずこのロットを区民あるいは都民の一人に抽選で与えてしまう。 それには義務と特典があって、 一年間その桜の木の清掃なり除虫などの「世話人」になってくれれば、 その1ロットはお花見の時にはあなたの専有空間にしましょうというものです。 そういうコーディネートの会社をつくろうというのが「株式会社品川千本桜」であるわけです。
写真はたまたま落ち葉掃除をしているところです。 架空の話ですが、 いつかやってみたいと思っています。
このようにこの空間のデザインのボキャブラリーが、 すべて個人が桜を管理しやすいように構成されている。 そういうものが公共空間に力強さを出すという提案です。
ボイドな空間がもたらすもの
写真は品川の近くの運河のお祭りです。 普段はまったく何にも使われていない無機能な空間ですが、 お祭りの時にだけ船が出てきて専有するわけです。 そういうボイドな感覚と、 全く私有化されたプライベートな使われ方が現れる期間との対比がある、 脈打っているというあたりが、 その空間を公共化させるのではないかという気がします。
歴史をひもといてみると、 この品川には目黒川という小さな川がありました。 その河口部分にドックがあり、 そのドックの形が、 この品川千本桜のオープンスペースとして最後まで残ったとも考えられます。 この間には国鉄が新幹線の車庫として使ったりと、 いろんな経緯がありました。 ランドスケープの設計をしていきますと、 土地の歴史みたいなものによくぶつかります。 その中で、 例えば運河であるとか線路敷きのような、 何もない長大な空間を大事にしたいと思っています。
アートと民有公共
これはイサムノグチがデザインした広場です。 民有地で、 二方がディベロッパーが入っているビルで、 二方が立体駐車場になっています。 その間に挟まれた単なる空き地なのですが、 イサムノグチが設計したことによって、 広場がアートのレベルに達しています。
「公共=安い」みたいな発想からまったくフリーなところにあって、 公共の空間がアートのレベルで論じられているいい例だと思います。
杜(もり)をつくる、 道をつくる
例えばシャンゼリゼであるとか、 東京ならば表参道であるとか、 いい通りはみんな曲面です。 そういう曲面を人工的につくる、 地形をまずつくりだすことから発想しようとしています。
このプロジェクトに関わりながら、 日本で大きな公共空間をつくる時に注意しなければならないと思ったことが二つあります。 それは「広場」をつくるのではなく、 「道」をつくったほうがいいのではないかということ。 それから「広場」ではなく「杜(もり)」をつくった方がいいのではないかということです。 ヨーロッパの広場のようにぱーっと開いていて青空が見えているよりも、 木で覆われている杜をつくったほうが、 公共空間としては親切なのではないかということです。
現在はすでに高層棟が3棟並んでいまして、 歩行者大空間は高層棟で囲まれた状態になっています。 それは日本ではありえなかったスケールであるわけです。 そこを一つの大きな空間として構成するのではなく、 細かく分断された杜(もり)の空間にしたい。 それが集積してそのなかを歩いていく空間にしたいと思っています。
現在はスケッチ段階なのですが、 45m×28mという小さなユニットを12個連続させ、 5本の桂の木をセットにしたツリーバーをつくろうと考えています。 基本的には杜をつくろうということです。 最初にボイド感を大事にしたいと申しましたが、 周りの都市活動とは一旦縁を切ったところで、 ア・プリオリにあるものとして杜を感じてもらいたい。 しかし一方でその下の広場にはそれぞれ周りの建築の活動、 お店があったり、 地下車路への入り口があったりするのですが、 そういった活動に人の動線が絡んで、 別の表情が出るようになればと思っています。
そういう人間の機能とは関係のない杜があって、 ふと見上げると頭上をある大きなシステムが覆っている。 人々の都市的な生活とは関係のないところで、 杜ができて、 鳥が来てさえずっている、 そういう空間が公共空間になればと思います。
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