「男根」の意で、ヒンズー教における男神一般のシンボルだが、通常はシヴァ神のシンボルとされている。「リンガ・ヨーニ」の像は、今もなお生命原理の最高のシンボルとされ、男女の性器の交合を表している[1]。「リンガ・ヨーニ」の像に相当する言語表現が、「ハスの中の宝石」である。
リンガは、ときには、「至聖所」cellaに祀られている男根柱の形をとることがあった。至聖所は、神殿の中心であって女神を表しており、今でも「子宮」garbha-grhaと呼ばれている[2]。スターヌ(「柱」)という異名を持っていたシヴァは、「宝石」(すなわち、男根の先端の穴を表す目)を額の中央につけ、リンガ柱から顔を出す形で表現されていた。これは、リンガ全体が男性の姿に変容する様子を、視覚的に示したものである[3]。初子を神の子とするため、石で造られたシヴァのリンガを使って花嫁の処女性を奪うことが、ヒンズー教のしきたりだった。Firstborn. 神殿娼婦たちも、同様のリンガの儀式によって「神の花嫁」にされたのであり、この儀式は、古代の中東、ギリシア、ローマにも見られ、共通のしきたりになっていた[4]。以上のような実物大のリンガのほかに、大きな柱の形をしたリンガもあり、こちらの方は巡礼の対象になることが多かった。シヴァのリンガの近くでは、数々の奇跡が起こると言われていたからである[5]。
Barbara G. Walker : The Woman's Encyclopedia of Myths and Secrets (Harper & Row, 1983)
〔インド・語源〕 〈リンガ〉という語は「しるし」を意味する。しかし別のところで記したように、その語根は〈langalâ〉(犂)の語根と同じで、鋤と男根とを指す。それゆえ〈リンガ〉はまさに男根で、生殖のシンボルである。またエロチシズムはリンガとまったく無縁であるということも述べておかなければならない。〈リンガ・シャリーラ〉と呼ばれる「繊細な形」は常に、粗野な「形」である〈ストゥーラ・シャリーラ〉の反対物である。〈リンガ〉は生命の源のしるしなのである。
〔インド・寺院〕 〈リンガ〉の基部は台座の中に隠れているが四角形で、中央部分は八角形、上部は円筒形である。各部はそれぞれ、ブラフマー、ヴイシュヌ、ルドラと対応するが、また大地、中間世界、天空にも対応している。全体的には〈リンガ〉は、原因となる原理、「子をなすもの」としてのシヴァのシンボルである。〈リンガ〉はシヴァに属するのではない。それはシヴァなのである。しかし〈リンガ〉は単独では、不定形なるもの、「発現せざるもの」の領域に属する。それは女性性器を表す〈ヨーニ〉と対になって初めて、原理から発現へと移行することができる。〈ヨーニ〉(母胎)は祭壇であり、〈リンガ〉を包み込む容器である。それは「精液」の受け皿なのである。
〔象徴・豊饒〕 大地の肥沃化は「それ自体で存在している」自然の〈リンガ〉によって観念的に表現される。自然のリンガとは山頂にそびえ立つ石(たとえば扶南やチャンパのリンガパルヴァタ=リンガの山のような)のことで、明白に「霊石」ないしヤコブのベテル(神の家)を連想させるものである。その上にヤコブが油を注いだように、〈リンガ〉の上にも水が注がれる。さらに卵と〈リンガ〉との象徴的類縁性は、これらの〈スヴァヤムプヴァ・リンガ〉(自分自身で存在するものとしてのリンガ)がまさに、発現のあらゆる可能性を要約するオムパロス、「世界のへそ」であることを示している。日本では田野の繁茂を願って、石か土でできた小さな男根像を土中に埋める。
〔象徴・世界軸〕 「中心」のシンボルである〈リンガ〉は、「軸」のシンボルにもなる。シヴァが示す光の〈リンガ〉(イノシシのブラフマーはその基部を求め、ガンのヴイシュヌはその頂を求める)はまさしく《世界軸》と符合する。それゆえにヴイシュヌとブラフマーはそれぞれ天頂の守護神、天底の守護神として現れる。〈マンダラ〉の形をした多くの寺院(それはとくにアンコールに見出される)では、中心の〈リンガ〉が8つの付随的〈リンガ〉に取り巻かれている。これら8つのリンガはシヴァの8つの位格(アシェタムールテイ)に対応するが、また方位の4基点と4中間点と、太陽を取り巻く8つの〈グラハ〉(惑星)にも対応している。一般に月と結びつけられるシヴァが、事実において太陽の役割を引き受けている例はこれだけではない。
〔ヨーガ〕 軸の象徴的意味も見られる。〈ヨーガ〉では、〈ヨーニ〉に対応する最下部の根のチャクラ(ムーラダーラ・チャクラ)の真ん中に、「光のリンガ」が視覚化され、そのまわりに〈クンダリニー〉のヘビが巻きついている。この〈リンガ〉は認識能力で、〈リンガ〉と〈ヨーニ〉の結合から認識が生まれる。ヨーガの体験の最中に、光の円柱が「頭部の法輪(チャクラ)」にまで上昇し、そこを突き抜ける。するとそれはシヴァの炎の〈リンガ〉と同一化する。
〔インド・錬金術〕 インドの錬金術は水銀の〈リンガ〉を作り上げる。すなわち錬金術はシヴァ神に由来し、水銀は月に、したがってシヴァに対応する。
〔カンボジア・行事〕 また〈リンガ〉のシンボルがカンボジアの慣習の中に残っているらしいということも記しておこう。それは〈ポピル〉といって、火のついたろうそく(リンガ)を載せた盆(ヨーニ)を持って巡回する行事である(BHAB、DANA、ELIF、MALA、PORA)。
〔象徴〕 シヴァ神を崇拝する多くの者たちはリンガの内に「生殖器官の元型」しか認めない。また別の者たちはリンガを「形をとって現れては、周期的に元の無定形な統一性へと戻り、また再生する《世界》の規則的な運動としての創造と破壊を表すしるし、イコン」とみなしている(ELIT、20)。この2つの考え方が結びついて、シンボル間の補完関係を形作っている。
〔中国・美術〕 中国には《圭(けい)》という細長い三角形をした玉器があり、これがヒンズー教のリンガに相当する。圭はそれはしばしば寺院の中心や十字路、山頂に見出され、生命の神秘と生殖行為の神聖さとを想起させる。それはヒエロス・ガモス(聖婚)を象徴する。
(『世界シンボル大事典』)
リンガを「ペニス」そのものと同一視してはならない。
シヴァ神はヒンドゥー禁欲主義の規範である。苦行者として、身体に灰を塗り、頭蓋骨の首飾りをつけ、もつれ髪(ジャター)で墓地を歩き回る彼は、ヒンドゥー社会において、苦行者のある種のモデルとなっている。<……>しかし、ウェンディ・オーフラアティがシヴァ神話のあざやかな研究でつとに明らかにしているように、この神の禁欲主義の性格は、エロティシズムに緊密に関係している(O'Flaherty 1973)。彼の強さと力は、精液を抑制するか、あるいは生殖器を精神的なものに転換する禁欲主義に基づいているのだ。こうした矛盾がシヴァ神の神話体系の基本を成す。彼は自らを去勢するが、切断されたそのペニスはリンガムとして再現する。彼はきわめて長期間瞑想する。すると突然、抑えようのない破壊的な性の衝動に突き動かされる。よく知られたある神話では、シヴァ神は松の森で苦行者の妻たちを強姦する。怒った苦行者は彼のペニスを切断するが、それは崇拝と崇敬の対象であるリンガムとして再現するのである。(ガナナート・オベーセーカラ『メドゥーサの髪:エクスタシーと文化の創造』p.72-73)